学位論文要旨



No 125684
著者(漢字) 稲坂,晃義
著者(英字)
著者(カナ) イナサカ,アキヨシ
標題(和) 都市商業地域分析のための新たな手法の開発と適用 : 詳細空間データを用いた都市空間事象の可視化
標題(洋)
報告番号 125684
報告番号 甲25684
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7217号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 貞廣,幸雄
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 准教授 羽藤,英二
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 講師 井上,亮
内容要旨 要旨を表示する

都市空間には,人々の多様な都市活動の現れとしての多くの空間的事象が存在する.このように現れる事象は,様々な影響を都市活動に及ぼし,それがさらに別の都市活動へ影響を及ぼすなど,循環を繰り返しながら存在する.このような事象の中には,直接的ないし間接的にでも人々の日常生活に影響を及ぼすものがある.特に,都市商業地域においては,人々の生活と同時に商業活動など社会情勢に影響を受けやすい都市活動が混在し,それぞれの影響は顕著である.

都市商業地域における事象には,大きく分けて2つ,目で見て捉えられる可視的な事象と,目でみて捉えることのできない,不可視的な事象がある.まず不可視的な事象は,各地域が独自にもつそれぞれの雰囲気やイメージなどがその典型だろう.これらは,目には見えないが,人々の良好な居住地を選択する際の一つの指標となっていたり,商業店主が出店する店舗のイメージと地域のそれとの親和性を検証したりと,人々の都市活動の重要な意思決定を行う局面において理解しておく必要があるだろう.他方で可視的な事象としては,例えば,建物の新築や改装など様々な建築行為や,それに伴う店舗の出退店などが上げられるだろう.これらは,調和の取れた街並みや,周辺住民にとって利便性の高い商業地などを形成する際に,それらの活動がどのように表れ,それが都市計画的にどのように位置付けられるか明確にする上で正確に把握しておく必要がある.このように,都市の事象は,住民生活や都市計画などあらゆる都市活動の局面において重要であり正確に把握する必要がある.

以上を鑑みて,本研究では,都市空間において最もその活動が活発である,都市商業地域における様々な事象対象に,それを代表する空間データの分析及び,可視化する手法を提案する.対象としては,目に見えない事象の可視化,従来の手法では把握できなかった事象のもつ潜在的なパターンの可視化と,複雑かつ不規則な変化事象の可視化に焦点をあてる.

本論文は,第1章から第6章に至る全6章によって構成される.第1章は本論文の序論として,研究の背景や目的について述べる.次に第2章では,本論文で取り上げている都市商業地域の分析手法として,空間データの可視化という観点から,それを取り巻く問題点などについて言及し,本論文の意義を明確にする.第1章と第2章での課題を受けて,その後の第3章,第4章,第5章の各章では,新たに提案される分析・可視化手法に関する内容となる.最後に第6章では,本論文の総括として得られた成果を結論として述べる.

以下,各章の概要について記する.

第2章では,本研究で対象とする都市商業地域における様々な事象を念頭においた,既往分析および可視化手法について論じる.ここでは,これまで行われてきた都市商業地域分析に関連する様々な研究動向を踏まえて,各事象の捉え方に関する問題点や課題について述べる.さらに第3章,第4章,第5章において提案する各手法の意義とその方向性を示し,その必要性について述べる.

第3章では,都市商業地域におけるイメージの分析手法とその可視化手法の開発とその適用を行った.地域イメージは,都市計画やまちづくり,また個人の居住地選択などにおける空間的意思決定においてしばしば重要な役割を果たす.ここでは,イメージを被説明変数とし,周辺土地利用構成比を説明変数とした重回帰分析によってイメージの説明モデルの構築を行っている.被説明変数であるイメージは,対象地域内のサンプル点の「名称」とその「周辺地図」を刺激としたSD法アンケートにより地域イメージを抽出した.そのアンケート結果の因子分析から,ここでは「賑やかさ」,「居心地」,「更新性」と名付けられる3つの因子軸が抽出された.説明変数である土地利用構成比は,対象地域内のサンプル点を中心とした,いくつか設定したバッファにより抽出し,それぞれについて分析し,最も高い説明力をもつモデルを採用した.そのモデルを用いて,任意地点の土地利用構成比から地域イメージの度合いを推計し,RGB色指標を用いて可視化を行った.

実証分析として,ここでは,渋谷・青山・原宿地区内の26箇所の信号交差点においてSD法アンケートを行い,土地利用構成比を抽出し,説明モデルを構築した.構築したモデルを用いて,渋谷駅周辺の街路上60箇所のサンプル点のイメージを推計し,RGB値に置き換え,可視化を行い,その結果の考察をし,手法の有効性の検証を行った.

第4章では,都市空間事象の潜在的なパターンの可視化として,商業地域の時系列的な形成過程の傾向を類型化し把握する分析手法の開発を行った.例えば歴史的な街並みを保全すると同時に現代社会に則した地域更新をしなければならない場合,都市計画や街作りにおいて,変化の傾向を正確に把握し,適切な制御を行わなければならない.地域別の形成過程のような変化傾向を体系的に理解をするために,商業集積の形成過程を捉え,類型化する手法の提案を行った.ここでは,商業店舗の出店順番と場所を考慮した新規出店店舗と既存集積との距離関係を各店舗を中心としたバッファの重なり具合で判別し,それを出店形態とした.その各出店形態を観測頻度を実測値とした.他方,その出店順番のランダムな状態を考え,ある十分な回数繰り返した結果,各出店形態の回数から観測期待値を求めた.ここで求めた,実測値とこの観測期待値の大小関係によって,形成過程の分類を行った.

実証分析として,渋谷区と新宿区を対象とした.使用したデータは,1990年から1999年の年度ごとに発行されているNTTタウンページデータを用いて,バッファ半径を,25m, 20m, 15mの3つのバッファ半径を用いて行った.その結果を,各バッファ距離対別,各形成過程分類別の考察を行い,手法の有用性について検証した.

第5章では,都市空間における変化の事象について,商業集積の拡大方向を,円統計手法を用いて,分析し可視化する方法の開発を行った.商業集積の変化は,多様性,同時性,不規則性を併せ持ち,特に局所的な商業地域の拡大傾向を一様ではなく,それを既存の手法で詳細に把握することは容易ではない.ここでは,「拡大方向記述法」と名付けた,商業集積の拡大方向を,商業店舗の出店順番と場所を考慮して,円統計手法を用いて,新規出店店舗中心とした任意の単位円内に含まれる既出店舗の方向を,平均円方向によって記述し180度反転させることで拡大方向を記述し,円分散によって,その拡大方向の指向性の強さを評価し可視化を行った.次に先に得られた結果に対して,「拡大方向傾向記述法」と名付けた,等間隔に観測点を配置し,そこにおける拡大方向の傾向を観測点における平均円方向で記述分析し,円分散によって方向の指向性の評価を行った.

実証分析として,渋谷区を対象とした.使用したデータは,1988年9月から2007年3月の各年および隔月に発行されたNTTタウンページデータ,81時点間で出店した商業店舗全業種を対象とした.「拡大方向記述法」で用いる単位円の半径は,30mから1000m間の7パターンについて分析を行い結果の考察を行った.また,「拡大方向傾向記述法」については,100m間隔の観測点を配置し,それぞれに対して,単位円の半径100mから1000m間で5パターンについて分析を行い,結果の考察を行った.それぞれの考察をもって,手法の有用性について検証を行った.

最後に第6章で,本研究で得られた成果を総括し,本論文の結論を述べるとともに,今後の課題について述べた.

本研究では,都市商業地域における各事象を捉えそれを可視化する手法開発を目的とし,詳細かつ大量の空間データより,事象同士の相関関係や事象の形成過程ならびにその変化を抽出する分析手法,そして,それを直感的に解釈できるような可視化の手法を提案し,その有効性を示した.また,各方法については,都市商業地域の様々な事象を想定し,実際のデータを用いて,実証的にも有意義な結果を得るに至った.ただ,一方で事象を単純化し,手法構築を行っているため,現実に起こる事象を完全に再現しているとは限らない.そのため,都市計画やまちづくりにおける,実務的な利用にはまだ不十分であることを留意されるべきである.今後,さらに検討の必要がある.

審査要旨 要旨を表示する

都市空間において最もその活動が活発である,都市商業地域の様々な事象対象に,それを代表する空間データの分析及び,可視化する手法を提案している.対象としては,目に見えない事象の可視化,従来の手法では把握できなかった事象のもつ潜在的なパターンの可視化と,複雑かつ不規則な変化事象の可視化に焦点をあてている.

本論文は,第1章から第6章に至る全6章をもって構成される.第1章は本論文の序論として,研究の背景や目的について述べている.次に第2章では,本論文で取り上げている都市商業地域の分析手法として,空間データの可視化という観点から,それを取り巻く問題点などについて言及し,本論文の意義について述べている.第1章と第2章での課題を受けて,第3章,第4章,第5章の各章では,新たに提案される分析・可視化手法に関する内容となる.最後に第6章では,本論文の総括として得られた成果を結論について述べている.

以下,各章の概要について記する.

第2章では,本研究で対象とする都市商業地域における様々な事象を念頭においた,既往分析および可視化手法について論じている.ここでは,これまで行われてきた都市商業地域分析に関連する様々な研究動向を踏まえて,各事象の捉え方に関する問題点や課題について述べている.さらに第3章,第4章,第5章において提案する各手法の意義とその方向性を示し,その必要性について述べている.

第3章では,都市商業地域におけるイメージの分析手法とその可視化手法の開発とその適用を行っている.地域イメージは,都市計画やまちづくり,また個人の居住地選択などにおける空間的意思決定においてしばしば重要な役割を果たす.ここでは,イメージを被説明変数とし,周辺土地利用構成比を説明変数とした重回帰分析によってイメージの説明モデルの構築を行っている.被説明変数であるイメージは,対象地域内のサンプル点の「名称」とその「周辺地図」を刺激としたSD法アンケートにより地域イメージを抽出している.そのアンケート結果の因子分析から,ここでは「賑やかさ」,「居心地」,「更新性」と名付けられる3つの因子軸が抽出された.説明変数である土地利用構成比は,対象地域内のサンプル点を中心とした,いくつか設定したバッファにより抽出し,それぞれについて分析し,最も高い説明力をもつモデルを採用している.そのモデルを用いて,任意地点の土地利用構成比から地域イメージの度合いを推計し,RGB色指標を用いて可視化を行っている.

実証分析として,ここでは,渋谷・青山・原宿地区内の26箇所の信号交差点においてSD法アンケートを行い,土地利用構成比を抽出し,説明モデルを構築している.構築したモデルを用いて,渋谷駅周辺の街路上60箇所のサンプル点のイメージを推計し,RGB値に置き換え,可視化を行い,その結果の考察をし,手法の有効性の検証を行っている.

第4章では,都市空間事象の潜在的なパターンの可視化として,商業地域の時系列的な形成過程の傾向を類型化し把握する分析手法の開発を行っている.例えば歴史的な街並みを保全すると同時に現代社会に則した地域更新をしなければならない場合,都市計画や街作りにおいて,変化の傾向を正確に把握し,適切な制御を行わなければならない.地域別の形成過程のような変化傾向を体系的に理解をするために,商業集積の形成過程を捉え,類型化する手法の提案を行っている.ここでは,商業店舗の出店順番と場所を考慮した新規出店店舗と既存集積との距離関係を各店舗を中心としたバッファの重なり具合で判別し,それを出店形態としている.その各出店形態を観測頻度を実測値としている.他方,その出店順番のランダムな状態を考え,ある十分な回数繰り返した結果,各出店形態の回数から観測期待値を求めている.ここで求めた,実測値とこの観測期待値の大小関係によって,形成過程の分類を行っている.

実証分析として,渋谷区と新宿区を対象としている.使用したデータは,1990年から1999年の年度ごとに発行されているNTTタウンページデータを用いて,バッファ半径を,25m, 20m, 15mの3つのバッファ半径を用いて行っている.その結果を,各バッファ距離対別,各形成過程分類別の考察を行い,手法の有用性について検証している.

第5章では,都市空間における変化の事象について,商業集積の拡大方向を,円統計手法を用いて,分析し可視化する方法の開発を行っている.商業集積の変化は,多様性,同時性,不規則性を併せ持ち,特に局所的な商業地域の拡大傾向を一様ではなく,それを既存の手法で詳細に把握することは容易ではない.ここでは,「拡大方向記述法」と名付けた,商業集積の拡大方向を,商業店舗の出店順番と場所を考慮して,円統計手法を用いて,新規出店店舗中心とした任意の単位円内に含まれる既出店舗の方向を,平均円方向によって記述し180度反転させることで拡大方向を記述し,円分散によって,その拡大方向の指向性の強さを評価し可視化を行っている.次に先に得られた結果に対して,「拡大方向傾向記述法」と名付けた,等間隔に観測点を配置し,そこにおける拡大方向の傾向を観測点における平均円方向で記述分析し,円分散によって方向の指向性の評価を行っている.

実証分析として,渋谷区を対象としている.使用したデータは,1988年9月から2007年3月の各年および隔月に発行されたNTTタウンページデータ,81時点間で出店した商業店舗全業種を対象とした.「拡大方向記述法」で用いる単位円の半径は,30mから1000m間の7パターンについて分析を行い結果の考察を行っている.また,「拡大方向傾向記述法」については,100m間隔の観測点を配置し,それぞれに対して,単位円の半径100mから1000m間で5パターンについて分析を行い,結果の考察を行った.それぞれの考察をもって,手法の有用性について検証を行っている.

最後に第6章で,本研究で得られた成果を総括し,本論文の結論を述べるとともに,今後の課題について述べている.

本研究では,詳細な空間データを用いて,都市商業地域における様々な都市空間事象を可視化するための新たな手法の開発を行った.各手法を,実際の詳細空間データを用いて実証的に分析を行い,対象地域における従来の方法では捉えきれなかった空間事象の可視化を実現し,実証的にも有意義な結果を得るに至った.

なお,本論文の第3章は貞広幸雄・古谷知之の各氏との共同研究,本論文第4章,5章は,貞広幸雄氏との共同研究が含まれているが,いずれも論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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