学位論文要旨



No 125685
著者(漢字) 相,尚寿
著者(英字)
著者(カナ) アイ,ヒサトシ
標題(和) 大都市圏駅前商店街の時系列分析 : 建物用途別の立地と床面積の変容傾向の定量化
標題(洋)
報告番号 125685
報告番号 甲25685
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7218号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 貞廣,幸雄
 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 准教授 石川,徹
 東京大学 准教授 河端,瑞貴
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、大都市圏駅前商店街に着目し、その実態および変容傾向を定量的に把握することにより、商店街の現状と都市計画運用との整合性を検証し、用途規制、容積率規制などの見直し議論に対して、客観的な情報提供を行う。第1章では、上記の通り研究の意義、および研究対象地について紹介する。研究対象地は、三軒茶屋、赤羽、中村橋、北千住、大岡山、門前仲町であり、各々から商店街が形成されている道路2本ずつを抽出する。いずれの地域も東京23区内、東京都心や主要ターミナル駅から5~10km程度の距離に位置している。また、分析対象期間である1986年~2001年の期間中に、再開発ビルの開業や駅の大規模改良工事などが行われており、商業構造や歩行者流動の変化が起こったと考えられる地域である。

第2章では、時空間解析の既存研究事例を体系的に整理する手法を提案し、実際に既存研究を整理することで、本研究で適用すべき分析手法を検討する。既存研究事例を、分析対象物の空間的表現方法や属性の取り扱いなどにより分類したマトリックスを作成して視覚的表現を作成する。検討の結果、商店街が形成されている沿道を分析の単位として用いること、床面積の増減と沿道上での立地傾向をもとに商店街の特徴を把握すること、床面積は商業、店舗、住宅の用途別に観察することを分析の方針として設定する。

第3章では、商店街沿道上での建物用途別の床面積の立地傾向を定量的に議論するため指標化を行う。はじめに、沿道上での床面積立地を視覚的に示すために延床面積プロットを作成する。このプロットは横軸に駅など商店街の基点からの距離をとり、縦軸に当該地点までの延床面積が沿道全体の延床面積に占める割合を取る。プロットは必ず左下から右上に至る線となるが、その形状により、沿道上での床面積の立地傾向すなわち偏在の有無を視覚的に捉えることができる。

次に床面積の立地傾向の時系列比較あるいは複数沿道間比較を可能とするため指標化を行う。集積度である。絶対集積度と相対集積度の2種類を算出する。絶対集積度は、仮想的に床面積が沿道上に均一に立地している状態と比較して実際の床面積(全ての用途)の立地傾向が駅周辺または駅から離れた偏在傾向を示すかを表している。相対集積度は、全ての用途の床面積立地傾向と比較して商業または住宅用途の床面積立地傾向が駅周辺または駅から離れた偏在傾向を示すかを表している。

集積度の概念を導入することにより、商店街沿道での床面積立地傾向を定量化することが可能となったが、偏在しているか否かについては明確な基準が設けられていないため、シミュレーションに基づく有意性検証を行う。沿道上における建物形状すなわち建築面積の配列は固定するが、建物用途や階数をランダムに並べ替えた仮想的な商店街を多数生成し、これをもとに算出された集積度の分布と実際の集積度とを比較することにより、実際の商店街における建物用途の配列または階数の配列が有意に偏在しているかを議論するものである。

第4章では、3章で提案した集積度の概念を用いて商店街の実態および変容傾向の類型化を行う。具体的には(1)商業集積規模および商圏の大小を反映する商業床面積の多寡、(2)商業用途建物と住宅用途建物の沿道上における混在の程度を反映する商業と住宅の相対集積度、(3)商業と住宅が混在している際に、日照や通風など住環境の保健性に大きく影響する商業床面積規模と住宅床面積規模の差異、以上の3点に注目して8類型に分類する。各々の類型に属する商店街について、一般的に想定される商店街の特徴、懸念される都市計画上および住環境上の問題点などを整理した後、分析対象地へ類型化を適用する。

三軒茶屋では、商業と住宅ともに床面積が増加傾向で床面積規模が大きい。また、商業が駅周辺に偏在、住宅が駅から離れて立地しているため、商業と住宅が空間的に分離されている。以上から、商業集積および建物の高層化が進行しつつも、商業と住宅の混在を防ぎ住環境の保全を図る「駅前広域商業」であると分類する。

赤羽のうちスズラン通りは商業床面積が大きいものの、商業と住宅の立地に差が見られる。北側沿道は商業が駅周辺に集積する「駅前広域商業」、対して南側沿道は商業が駅から離れた位置に集積する「非駅前広域商業」と分類する。南側沿道は「住宅混在商業地」や「駅前広域商業」へ変化する傾向を見せており、変容過程で周辺住宅へ日照や通風などの影響を与える懸念があるものの、住宅床面積が非常に小さいため、影響は極めて限定的であると見られる。一番街は商業床面積が小さく、商業が駅周辺に偏在、住宅は駅から離れて立地しているため「駅前近隣商業」に分類する。過度な商業集積や建物高層化を抑制して周辺の住環境を保全しつつ、周辺住民の最低限の需要を満たす商店街の機能が維持されていると考えられる。

中村橋では、商業が駅周辺に集積しており、住宅は駅から離れた立地傾向となっている。商業床面積が小さいため、赤羽の一番街と同様に「駅前近隣商業」に分類される。なお、駅南側区間の西側沿道のみ、商業と住宅の混在が認められ「低層住商混在」に分類されるが、いずれも低層の建物が中心であるため、日照や通風など周辺の住環境に大きな影響を与えてはいないと考えられる。しかし、近年は住宅床面積が増加しており、これと連動して商業床面積の増加や建物の高層化が進行すると「高層住商混在」となり、日照や通風などの保健性への影響のほか、商業集積が進行して商圏が広がることにより来街者が増加し、治安や騒音などの問題も懸念される。

北千住では駅の東西で大きく異なる傾向を見せる。西口は商業床面積が大きく、駅周辺に商業が偏在、住宅は駅から離れた立地傾向を見せる。このため「駅前広域商業」に分類される。三軒茶屋や赤羽スズラン通りと類似した商店街であると考えられる。しかし、近年は商業と住宅が混在する立地に変化する傾向が見られることから「高層住商混在」となり、住環境、特に日照や通風への影響が懸念される。また、現時点でも商圏が広く来街者が多い地域であり、地域内に立地した住宅の住民には、治安や騒音などの面で不安が生じる恐れもある。

大岡山は商業、住宅ともに床面積が増加傾向ではあるものの、規模が小さい。商業と住宅の立地傾向の差異により「低層住商混在」に分類されるものと「駅前近隣商業」に分類されるものとが存在するが、いずれも現状では住環境などへの深刻な影響は想定されない。また、現状の変化傾向が継続しても商店街が他の類型に変容するものではないと考えられる。

門前仲町も2つの沿道である永代通りと清澄通りでは状況が異なる。永代通りは商業床面積が大きい。1986年から1991年にかけては商業と住宅の混在が認められ「高層住商混在」に分類する。近年は商業が駅周辺に、住宅が駅から離れて立地する傾向に変容しつつあり「駅前広域商業」に変化する途上であると見られる。清澄通りは床面積の規模が小さく、駅周辺に商業が偏在しているため「駅前近隣商業」に分類する。

最後に門前仲町と、同一の類型に分類された他の地域とを比較した考察を行う。永代通りは「駅前広域商業」であるものの、三軒茶屋や赤羽の例と比較すると建物の大型化や商業と住宅の空間的な分離が完全には進行していない。したがって「高層住商混在」の要素が残っており、日照や通風など住環境への影響が懸念される。清澄通りは「駅前近隣商業」であるが、中村橋や大岡山と比較すると、門前仲町は都心への近接性や交通利便性の観点から商業地としてのポテンシャルが高いと考えられる。また、用途地域指定の実態も、中村橋や大岡山が駅に近接している限定された地域が商業系用途地域の指定を受け、周辺は住居系用途地域に指定されているのに対し、門前仲町では広範囲に商業地域や準工業地域など、立地する用途に対する規制が少ない用途地域が指定されている。現状は「駅前近隣商業」に分類されるが潜在的には商業集積が進行し、永代通りと同様の変容傾向を示す可能性がある。本研究では、上記の検討を踏まえ、清澄通りでは用途地域指定や容積率規制の見直しを伴って過度な商業集積を抑制することで現状の住環境を保全し、同時に商業開発を永代通り沿いの立地に誘導することで永代通りを「駅前広域商業」に導くことを提案する。

第5章はまとめであり、2章から4章までに行った分析および議論を総括し、今後の課題を述べる。今後の課題としては、商業統計や業種構成など本研究では利用しなかった様々な情報をどのように商店街の実態把握に活用し、より正確かつ詳細な類型化が可能となるかという点を指摘する。

図1研究マトリックスの例(第2章)

図2延床面積プロットの例三軒茶屋世田谷通り北側

審査要旨 要旨を表示する

本論文「大都市圏駅前商店街の時系列分析 -建物用途別の立地と床面積の変容傾向の定量化-」は,5章構成である.

第1章では研究の背景を述べた後,研究の目的として,大都市圏駅前商店街に着目し,その実態および変容傾向を定量的に把握することにより,商店街の現状と都市計画運用との整合性を検証し,用途規制,容積率規制などの見直し議論に対して,客観的な情報提供を行うことが記されている.他に,研究対象地の紹介,利用したデータの概説などがなされている.

第2章の前半では,既存の時空間分析事例を整理する際に,分析対象物の空間的表現方法や属性の取り扱いなどにより分類するための基礎的な概念を整理,提案している.具体的には,幾何学的表現,時間軸上の表現,位置と形状の変化,属性の変化,地物の種類数の5つである.さらに,上記5つの軸によって既存研究事例を整理,分類し,視覚的に表現する手法として研究マトリックスを提案している.後半では,実際に都市や商店街に関する既存研究にマトリックスを適用することにより,本研究で適用すべき方法についての検討を行っている.具体的には,指標化による定量的議論の展開,集計データによる議論の限界を克服するための詳細なデータの利用,商店街の実態に即して沿道外の後背地の影響を排除するための分析単位(沿道)の設定,商店街の状況や変容を検出する指標として商業と住宅の床面積への着目である.

第3章では,商店街沿道上での建物用途別の床面積の立地傾向を定量的に議論するため指標化を行っている.沿道上での床面積立地を視覚的かつ直感的に示すために延床面積プロットを提案し,対象地に適用することで床面積立地の傾向および時系列変化についての議論を展開としている.続いて,延床面積プロットの概念を基礎に,複数沿道間の比較あるいは時系列変化に関して定量的な議論を行うため,指標として集積度を提案している.集積度は,符号により床面積が偏在する位置を,絶対値により偏在傾向の強弱を表現しており,延床面積プロットから読み取った傾向が,集積度によって数値的に示されることも検証している.さらに,床面積が偏在しているか否かの基準を定めるため,ランダムな市街地の概念を提唱し,これに基づくシミュレーションにより有意性指数を算出している.

第4章では,3章で提案した集積度の概念を用いて商店街の実態および変容傾向の類型化を行った.具体的には,(1)商業集積規模および商圏の大小を反映する商業床面積の多寡,(2)商業用途建物と住宅用途建物の沿道上における混在の程度を反映する商業と住宅の相対集積度,(3)商業と住宅が混在している際に,日照や通風など住環境の保健性に大きく影響する商業床面積規模と住宅床面積規模の差異,以上の3点に注目して8類型に分類している.各々の類型に属する商店街について,一般的に想定される商店街の特徴,懸念される都市計画上および住環境上の問題点などを整理した後,分析対象地へ類型化を適用している.対象地の大半が「駅前広域商業」「駅前近隣商業」「低層住商混在」に分類される.前者は駅周辺に商業が高度に集積すると同時に商業と住宅の立地が空間的に分離され,商業集積と住環境保全が実現されていると考えられる.後者は旧来からの駅前商店街に近い商業形態であり,周辺住民の需要を満たしつつ商店街沿道内や周辺の住環境保全が図られていると見られる.1つの対象地では,「高層住商混在」の傾向が見られ,住環境への影響や商店街における店舗連続性の喪失が懸念される.この対象地については,周辺状況や人口動態を含めた考察を行い,都心への近接性から商業地としての開発圧力が比較的高いこと,商業地域が広く指定されているため商店街沿道のみでなく地域全体の建物立地傾向として商業と住宅や高層と低層の混在が見られるため住環境への影響が懸念されること,近年は人口が増加に転じており住環境への影響はより大きくなる可能性があることなどを指摘している.また,対象地内の2つの沿道間での建物立地傾向の違いに着目し,一方では商業集積と建物高層化を抑制して後背住宅地も含めて住環境の保全を図りつつ,他方の沿道での商業集積を促進すると同時に沿道外の街区内における用途混在の解消を実現するため,ダウンゾーニングを中心とした都市計画運用の見直し案を提案している.

第5章はまとめとして,2章から4章までに行った分析および議論を総括し,今後の課題を述べている.今後の課題としては,商業統計や業種構成など本研究では利用しなかった様々な情報をどのように商店街の実態把握に活用し,より正確かつ詳細な類型化が可能となる可能性を挙げている.さらに,より多様な商店街を分析対象とする場合や分析期間が長期にわたる場合などは,商店街として分析対象に抽出する範囲が変化すること,地域ごとに分析対象となる沿道の延長が異なることが想定されると指摘し,このような場合への対応として本論文で提案した手法の拡張性について考察している.隣接する駅勢圏に跨らない駅前商店街に限定して分析を行うとすると,集積度によって駅周辺の高層化進捗と,商業と住宅の沿道上での立地傾向を把握することは可能であり,床面積については商業規模や住民概数の指標として床面積総量(沿道全体の合計)を用い,建物の高層化や大型化の指標として床面積密度(沿道単位長さあたり)を用いることで,分析が可能であると結論付けている.

以上,本論文には学術的意義を十分に認めることが出来る.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク