学位論文要旨



No 125686
著者(漢字) 大塚,佳臣
著者(英字)
著者(カナ) オオツカ,ヨシオミ
標題(和) 水辺価値向上にむけた住民の都市河川価値評価構造の解析
標題(洋)
報告番号 125686
報告番号 甲25686
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7219号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 准教授 中島,典之
 東京大学 講師 栗栖,聖
内容要旨 要旨を表示する

1. はじめに

都市中小河川の多くは,用水路や排水路としての治水・利水機能を優先した結果,その多くが三面張形状で整備されてきた.一方で,都市河川は貴重なオープンスペース・環境空間と認知され,アメニティ機能も求められつつある.住民の都市河川に対する要求機能は多様化し,人によって各機能に対する価値の重み付けも多様である.住民の多様な価値評価構造を明らかにすることは,都市河川が持つ価値を向上させる施策を効率的に検討する上で不可欠である.本研究では,住民の都市河川に対する意識の多様性に着目し,都市河川に対する住民の価値評価構造を明らかにすることを目的とした.価値評価指標として,治水,親水を含めた総合的な満足度(以下,満足度と呼ぶ)および金銭を扱った.モデル河川として千葉県北西部の大堀川・大津川・坂川・真間川を取り上げた.

2. 価値評価構造構築

既往の研究に基づき仮説を構築し,アンケート調査I(2008年7月実施,回答数300)の結果を基に,その仮説の妥当性を検証した.まず,潜在クラス分析によって,近隣河川への意識に基づき住民を類型化し,5つの川の意識グループを得た.地域についても,河川の物理属性に基づき,クラスター分析により類型化し,5つの地域グループを得た.近隣河川への意識グループ,地域グループおよび満足度の相関分析を行い,川の状態および人の特性が満足度に与える影響を評価した結果,近隣河川の評価は,近隣河川の状態より近隣河川への意識の影響が大きいことが明らかになった.次に,評価グリッド法を用いて,近隣河川の認知構造パス図を作成した上で,近隣河川への意識グループ別のパス図を比較して,近隣河川への意識と評価構造の関連を解析した結果,近隣河川への意識によって認知構造に大きな差があることが示された.

3. 価値評価構造定量化

(1) 満足度を指標とした価値評価構造

得られた評価構造を定量化するために,アンケート調査II(2008年11月実施,回答数1238)の結果を基に,川の特性(自然の豊かさ,遊歩道の状態,利用安全性,水の状態,施設の状態,緑の豊かさ,きれいさ),川の印象(使いやすさ,安らぎ,気持ちよさ,楽しさ,洪水に対する安心感),満足度の因果に関するパス解析を行った,その結果,満足度は「気持ちよさ」の貢献が大きく,「気持ちよさ」は,主に「楽しさ」から得ていることが示された.「自然の豊かさ」は,ほとんどの項目に影響を与えており,特に,「水の状態」,「きれいさ」,「遊歩道の状態」に対する評価を高めていた.

近隣河川への意識の違いによる評価構造の差を評価するために,まず,潜在クラス分析によって,近隣河川への意識に基づき住民を5つのグループ(G1~G5)に類型化した.これらのグループ別にパス解析を行い,個人属性,水辺全般・近隣河川の経験・利用との相関とあわせてグループ別に評価を行った結果,以下のような特徴が得られ,住民は,主に近隣河川での経験から近隣河川への意識を形成し,その意識に基づいて近隣河川を認知,評価するという構造が示された.

・快適追求型(G1):川のもたらす快適性と利便性を重視し,川を水辺というより公園に近いとらえかたをしている。

・平均型(G2):全体的に平均的な評価をしている.生き物に関心があり,川自体よりも川がもたらす周囲の自然空間に着目している.

・肯定型(G3):居住年数が長い住民およびシニア層が多い.また,水辺経験が豊富な住民が多い.近隣河川に対して肯定的な意識を持つ.満足度が最も高く,水辺全般や近隣河川は重要な自然環境であるという意識が強い.

・否定型(G4):居住年数が長い住民および30歳代が多い.過去の洪水被害,汚濁体験の印象が強く,近隣河川に対して否定的な意識を持つ.満足度が最も低く,水辺自体にも否定的な意識を持つ.治水機能に価値を認めているが,アメニティ機能に価値を見いだせていない.

・低意識型(G5):この地域に住んで5年以内の住民および20歳代の住民が多い.近隣河川に対する意識が低い.水辺自体に関心がなく,近隣河川に対し明確な評価構造を持っていない.

(2) 金銭を指標とした価値評価構造

金銭を指標とした価値評価構造を明らかにするために,条件付きロジットモデルに,評価の多様性の要因となる心理変数や個人属性等をメンバシップ変数として組み込んだ潜在クラスロジットモデル(LSL)を用いてコンジョイント分析を行った,

近隣河川への意識が,金銭を指標とした評価構造に与える影響を評価するにあたり,近隣河川の意識に関する質問の回答結果に対する主成分分析によって得られた,「アメニティ意識」,「否定的意識」,「河川汚濁意識」,「洪水対策意識」を示す主成分をメンバシップ変数とした.河川機能の効用関数においては,「水質」,「ごみの状態」,「洪水対策」,「護岸の形状」,金銭尺度として「税金投入額」を変数に用いた.コンジョイント分析用質問の回答結果をもとにモデルを解析した結果,3つセグメント(Sm1~Sm3)が抽出された.

・アメニティ機能重視型(Sm1):水質,ごみの改善に価値を感じているが,洪水対策・護岸改修は必要がないと考えており,「きれいさ」を改善する施策に金銭価値を認めている.

・全機能重視型(Sm2):近隣河川に対するアメニティ意識,洪水対策意識が強く,洪水対策を含む川の機能全般に改善に金銭価値を認めている.

・機能無関心型(Sm3):近隣河川に対する否定的意識が強く,近隣河川の環境改善に関して金銭価値を感じていない.

近隣河川の意識グループに関して,G3(肯定型)はSm3(機能無関心型)に,G5(低意識型)はSm2(全機能型)に所属する確率が有意に低かったが,その他の近隣河川の意識グループの所属については有意な差がなかった.金銭を指標とした価値評価は,水辺全般・近隣河川の経験との関連が強いことから,水辺全般・近隣河川の経験に基づき,潜在クラス分析により住民を類型化し,これらの経験グループの支払意識グループへの所属確率を解析した.経験グループは,以下の4つ(Ge1~Ge4)が得られた.

・Ge1(自然環境型):幼少時から水辺経験が豊富であり,また,洪水被害経験者が多い.水辺全般および近隣河川に関して自然環境としての意識が高い

・Ge2(川無関心型):近隣河川に関しては経験がなく関心もないが,水辺全般の経験・意識は平均的である

・Ge3(リフレッシュ型):幼少時から水辺経験が豊富であるが,洪水体験者は少ない.水辺全般をリフレッシュの場と考えている

・Ge4(水辺否定型):水辺経験がとぼしい一方で,洪水被害経験者が多い,近隣河川だけでなく水辺全般に対して否定的で,近隣河川については治水機能を重視している

経験グループは,Sm1(アメニティ機能重視型)にはGe1(自然環境型)およびGe3(リフレッシュ型)が,Sm2(全機能重視型)にはGe1(自然環境型)およびGe4(水辺否定型)が,Sm3(機能無関心型)にはGe2(川無関心型)およびGe3(リフレッシュ型)が所属する確率が高かった.金銭を指標とした価値評価においては,近隣河川を含めた水辺全般の経験の影響が大きい.金銭を指標とした場合,住民は,これまで水辺全般で得た体験を基に望ましい川の姿をイメージし,それを近隣河川にて実現するべく金銭価値を評価しているものと推察された.

4. 河川機能の金銭価値算出

河川機能の金銭価値を評価するために,アンケート調査III(2009年2月実施,回答数1238)の結果を基に,条件付きロジットモデルによってコンジョイント分析を行った.効用関数には,河川機能の効用関数においては,「水質」,「ごみの状態」,「洪水対策」,「護岸の形状」,金銭尺度として「税金投入額」を変数に用いた.また,河川機能改善に税金を投資することに関する住民の意識を評価するために,税金投資額がゼロの時1,正の時0となるダミー変数(ASC;Alternative Specific Constant)を効用関数に導入した.解析の結果,「水質が江戸川並みに改善すること」,「ごみを目にしないことが多いレベルに改善すること」,「100年に1度の大雨に対応すること」,「自然型護岸に改修すること」にそれぞれ一人年間1,829円,2,775円,2,639円,1730円の金銭価値を認めていることが示された,また,ASCが有意に負となったことから,住民は,改善内容や水準と無関係に,河川機能改善に積極的に税金を投入することを支持していることが明らかになり,その金額は一人年間6,088円と推定された.

5. 水辺価値向上に向けた施策の考察

近隣河川の満足度を向上させる上では,満足度が低い否定型,低意識型の意識を変えること,増えないようにすることが重要である.そのためには,i) 親水施設の整備,地域活動促進・イベント実施といった水辺の体験を増やす施策,ii) 治水対策,ごみ清掃,植生回復など,近隣河川における不快体験を抑止する施策が有効と考えられた.

以上に示した施策は,これまでもその重要性が指摘され,実際の施策のなかで実行されてきたが,これらの施策が有する,住民の意識を変えて価値を高めるという本質的な意義を,価値評価構造に基づく解析により示すことが可能になった.また,住民は,河川機能改善に対する積極的な投資を支持していた.予算を投じて河川機能を改善することについて,住民は,単に近隣河川の現状に対する不満を解消することを期待しているわけではなく,これまでの水辺での体験をもとに,近隣河川がより望ましい水辺となることを期待しているものと考えられた.

審査要旨 要旨を表示する

都市内の中小河川は、かつては洪水が頻発しており、それを防ぐためにいわゆるコンクリート三面貼りのように治水を優先した河川の整備が行われてきた。その後生活環境の向上に対する人々の要望が次第に高まりを見せ、今日では治水に加えて水辺のアメニティを高めるための施策がとられるようになってきた。しかしながら、今日行われているさまざまな施策が必ずしも住民から見た価値の向上につながらない場合もある。このような状態を打開するためには住民が水辺環境に対して認める価値を明らかにすることが不可欠である。本研究は、実際の中小都市河川の流域において、住民が持つ価値評価の構造を詳細に解析したものであり、全9章からなる。

第1章は「序論」と題し、基本的な背景と研究の必要性を述べ、研究の目的を示している。

第2章は「既往研究の整理」である。都市河川の水辺環境の向上および住民が持つ価値評価構造に関するこれまでの研究を整理し、研究の論理的な背景を与えている。

第3章は「対象地域及び手法」で、対象とした地域の特性を示すと共に、研究方法の概略を説明している。

第4章は「価値評価構造仮説」である。この章では、本研究の重要な仮説として、評価構造は川の状態の影響を受けること、評価構造は川への意識の影響を受けること、住民は川の状態を認識した上でその特性や印象を判断し評価を行っていること、川への意識は水辺全般や近隣河川での経験の影響を受けることを示している。従来の研究では河川の状態によって価値が形成されるとの考え方が多かったのに対し、人間側の意識形成の影響も大きいことを仮説として提示した点に独創性がある。

第5章は「価値評価構造の妥当性評価」であり、前章で示した仮説の妥当性を検討している。周到に準備されたアンケート調査の結果を基に、潜在クラス分析によって,近隣河川への意識に基づき住民を5つに類型化した。一方河川についてもその物理属性に基づき、クラスター分析により5つに類型化した。これらに対して満足度の相関分析を行った結果,河川に対する満足度はその河川の状態よりもむしろ人間側の意識の影響が大きいことを示した。また、評価グリッド法を用いて,河川に対する認知構造パス図を作成して解析した結果に基づいて、近隣河川への意識によって認知構造に大きな差があることを示した。これらの点は従来の研究と異なる重要な結果である。

第6章は「価値評価構造の定量化」である。第5章とは別に大規模なアンケートを実施し、川の特性(自然の豊かさ、遊歩道の状態、利用安全性、水の状態、施設の状態、緑の豊かさ、きれいさ)、川の印象(使いやすさ、安らぎ、気持ちよさ、楽しさ、洪水に対する安心感)、満足度の因果に関するパス解析を行った。近隣河川への意識の違いによる評価構造の差を評価するために、潜在クラス分析によって、近隣河川への意識に基づき住民を5つのグループに類型化した。これらのグループ別にパス解析を行い、個人属性、水辺全般・近隣河川の経験・利用との相関とあわせてグループ別に評価を行った結果、住民は、主に近隣河川での経験から河川への意識を形成し、その意識に基づいて河川を認知、評価するという構造を明らかにした。この点は河川に対する住民の意識形成のステップを客観的に明らかにしたものとして評価される。

金銭を指標とした価値評価構造を明らかにするために、条件付きロジットモデルに、評価の多様性の要因となる心理変数や個人属性等を組み込みコンジョイント分析を行った。一方、水辺全般・近隣河川の経験に基づき、潜在クラス分析により住民を類型化した。これらの住民グループとコンジョイント分析の結果を考察することにより、住民は、これまで水辺全般で得た体験を基に望ましい川の姿をイメージし、それを近隣河川にて実現するべく金銭価値を評価していると推察している。

第7章は「河川機能の金銭価値評価」である。水質、ごみ、洪水対策、護岸改修、に対する住民の金銭価値をコンジョイント分析で明らかにしている。

第8章は「結果のまとめと水辺価値向上施策に関する考察」である。ここでは、本研究で得られた知見に基づき、今後の水辺価値の向上を実現するための施策に関して考察を行っている。

第9章は「結論」であり、本研究で得られた知見を総括している。

本研究は、多様な住民が河川の価値を形成する過程を、周到に準備された調査と緻密な解析によって明らかにしたものであり、水辺の価値の向上にむけた施策に資するところが大きい。

以上、本研究において得られた成果には大きなものがある。本論文は環境工学の発展に大きく寄与するものであり、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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