学位論文要旨



No 125687
著者(漢字) 黒田,啓介
著者(英字)
著者(カナ) クロダ,ケイスケ
標題(和) 都市環境の改善を目的とした地下水の利用可能性評価
標題(洋)
報告番号 125687
報告番号 甲25687
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7220号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 滝沢,智
 東京大学 教授 高田,秀重
 東京大学 准教授 栗栖,太
 東京大学 准教授 徳永,朋祥
 東京大学 講師 小熊,久美子
内容要旨 要旨を表示する

本研究では,東京都区部における地下水の飲料用水,水洗トイレ用水,散水用水,環境用水,災害時生活用水としての利用可能性を水質と水量の両面から評価し,地下水利用の有効性を評価した。水質に関しては,現在知見が少なく水質基準に含まれていない有機フッ素化合物を地下水汚染物質として測定した。また,医薬品類や人為起源Gdを地下水中の下水マーカーとして測定し,地下水中の分布や下水マーカーとしての特性を明らかにし,地下水汚染物質の起源推定に用いた。

まず,地下水の採水調査結果から,飲料用水,水洗トイレ用水,散水用水,環境用水,災害時生活用水としての利用可能性を評価し,水質に応じて用いられる処理方法を想定した。飲料用水の水質基準は水道水質基準に加え,海外で近年問題となっているPFOAとPFOSを加えた。飲料用水には,無処理では51地点中基準に適合した地点が1箇所のみであったが,マンガン接触ろ過とMF/UF膜ろ過,凝集により鉛とTOCを除去することで51地点中33地点(65%)まで基準に適合すると考えられた。残りの地点は,1)PFOSとPFOA(活性炭で除去),2)硝酸性・亜硝酸性窒素(イオン交換樹脂で除去),3)ホウ素,ナトリウム,塩化物イオン(RO膜で除去)が支障となり,それぞれ追加の処理が必要となることがわかった。水洗用水・散水用水には,無処理では112地点中27地点(24%)の地点で基準に適合しており,残りの地点については塩素消毒や濁度と鉄・マンガンの除去が必要であった。修景用水と親水用水では,全51地点中37地点(73%)で亜鉛が水質基準を超過しており,凝集,マンガン接触ろ過,MF/UF膜ろ過により51地点中46地点(90%)で基準に適合すると考えられたが, 51地点中5地点(10%)の地点ではPFOSが基準を超過していた。災害時生活用水には,無処理で121地点中103地点(85%)が使用できると考えられた。

飲料水では鉛,TOC(凝集で除去)に加えてPFOS・PFOA(活性炭で除去),硝酸性・亜硝酸性窒素(イオン交換樹脂で除去),ホウ素,ナトリウム,塩化物イオン(RO膜で除去)が処理上の主な障害となり,より簡易な処理の適用を妨げると考えられた。水洗用水・散水用水では濁度・鉄・マンガンの基準超過が大きな障害となっている一方,大腸菌のみが基準を満たさない地点も存在した。修景用水および親水用水では,亜鉛の基準超過が大きな障害であり,続いて鉄・マンガン,PFOSが続いていた。

第二に,地下水の利用上で問題となる物質について帯水層ごとの分布特性や起源を推定し,水質改善の対策を検討した。濁度,鉄,マンガン,DOCはEhの低い地下水と関連していた。Ehは武蔵野礫層や上総層群で高く,有楽町層や東京層で低い傾向があった。亜鉛と鉛はクロム,コバルト,ニッケル,カドミウムなど道路塵埃中に含まれる重金属類と正の相関があり,道路排水といった人為的な起源が考えられた。窒素は,不圧地下水ではEhの高い武蔵野礫層で硝酸性窒素として,Ehの低い有楽町層や東京層(被圧)などで検出された。窒素の収支から,降水,水道漏水,農地における施肥以外の下水,道路排水,土壌由来などの窒素源が存在し,それらは市街地において発生する窒素負荷の1%に相当した。窒素同位体比からは,アンモニア性窒素はし尿による窒素負荷が考えられ,硝酸性窒素は地質由来や施肥などの起源が示唆された。大腸菌E. coliは湧水において80%の地点で検出され,検出率が最も高かった。表層からの汚染を受けやすい不圧地下水は19%の地点で検出されただけでなく,通常表層からの汚染を受けにくい被圧地下水から5%の地点で検出された。アデノウイルスは44地点中4地点で検出され,大腸菌の検出地点と異なっていることから,地中での挙動が異なることが示唆された。PFCsは53地点中51地点(96%)で検出され,不圧地下水,被圧地下水,湧水ともにPFCsの汚染を受けやすいことがわかった。特に,一般に水質が良好であるといわれる被圧地下水においてもPFCsが高濃度の地点が見られ,PFCsに関し被圧地下水の利用に際しても注意が必要であると考えられた。地下水中のPFOS,PHpA,PFDA,PFUAの濃度の中央値は河川水中の濃度の中央値を上回っていた。主成分分析と回帰分析により,PFCsの68%が下水起源,32%が道路排水起源と推定された。長鎖/(長鎖+短鎖)比率を用いて推定した道路排水由来のPFCs濃度は重金属やDOCと有意な正の相関がみられ,これらの起源に道路排水の寄与が大きいことが示唆された。

次に,医薬品類(PPCPs)と人為起源Gadolinium(以下Gdとする)を地下水中の下水マーカーとして測定し,下水による地下水汚染の現状を明らかにするとともに,下水マーカーとしての評価を行い,さらに下水マーカーを用いて汚染物質の起源推定を行った。医薬品は不圧地下水(32地点中21地点,湧水2地点中2地点と,表層からの汚染を受けやすい帯水層において検出率が高かった一方,深さ50 mまでの比較的浅い被圧地下水においても検出された。測定した医薬品6種のうち,carbamazepineとcrotamitonがそれぞれ19地点18地点と最も多く検出された。carbamazepineはcrotamitonより保存的で減衰しにくい一方,crotamitonは流入下水と定量下限値の比率が大きいため,検出されやすかったと考えられた。以上より,本研究ではこれら二つの医薬品が地下水中の下水マーカーとして有効と考えられた。crotamitonは大腸菌E. coliより幅広く検出され,crotamitonがE. coliの先行指標として地下水水質の管理や監視において有効であることが示唆された。一方,MRI造影剤に由来する人為起源Gdは,地下水中から8地点で検出されたが,医薬品やE. coliの分布と異なっていた。人為起源Gdは病院排水中に高濃度に含まれるため,人為起源Gdは地下水中でMRIがある病院の排水を含む汚染を高感度に検出できるマーカーとして有用である可能性があった。測定した中で最も保存的な下水マーカーと考えられたcarbamazepineを下水マーカーに用いると,東京都区部で少なくとも0.71%の下水が地下に漏出していると考えられた。これはヨーロッパの他の都市と比較して同程度と考えられた。地下水中でPFCsはPPCPsより幅広く検出された。また,マスフラックスにおいてはPPCPsにより示唆された晴天時汚水量の下水負荷よりも汚染の程度が大きかった。これらのことから,地下水におけるPFCsの継続的なモニタリングの重要性と,地下水水質の保全には下水と道路排水の両方の負荷の低減の重要性が示唆された。

第三に,不圧地下水,湧水,被圧地下水について今後持続的に利用可能な水量を推定した。不圧地下水は,降水浸透により夏場に水位が上昇するが,降水の少ない冬場には水道漏水量が水位をサポートしていると考えられ,冬場の低水位を保つために降水浸透量のみが利用できると考えられた。土地利用情報をもとにした水収支計算によって,利用可能な水量を1979年から2008年の30年間の降水浸透量の平均値にあたる257,308 m3/日(151 mm/年)とした。

被圧地下水とトンネル湧水は,被圧地下水の水位を下げるための揚水量はトンネル湧水量とほぼ等しいと考え,1994年~1996年のトンネル湧水の平均値32,968 m3/日とした。被圧地下水の水位制御のための揚水を行う場合は利用できるトンネル湧水量はなく,被圧地下水の水位制御のための揚水を行わない場合はトンネル湧水として得られると考えた。

最後に,地下水の有効利用のケーススタディと,水質と水量を考慮した地下水利用の可能性の評価を行うことにより,都市域での地下水利用の有効性と可能性を評価した。まず,ヒートアイランド緩和のための地下水散水の効果を実証実験により確かめ,地下水の散水量に応じた地表面温度の低下量を明らかにし,0.8 mmの散水により非散水面との温度差が15~20分程度持続することが明らかになった。このため,散水を1日8時間行う場合に19.2~25.6 mmの地下水が必要になることがわかり,メッシュによりひと夏に5~20日間,一日の最高気温が33℃から35℃以上の日に散水が可能とわかった。

水質情報と利用可能な水量を統合し,不圧地下水の地下水利用可能性を評価したところ,散水利用には14%にあたる33,587 m3/日が無処理で利用でき,6%は塩素消毒を要し,15%は塩素とMF/UF膜によるろ過を要し,残り65%はマンガン接触ろ過とMF/UF膜を要すると考えられた。飲料用には,塩素消毒のみでは全体の2%にあたる5,344 m3/日が利用でき,凝集+マンガン接触ろ過+MF/UF膜まで含めると全体の78%が利用可能と考えられたが,地下水への下水による負荷や道路排水による負荷を半減することで全体の82%までが凝集+マンガン接触ろ過+MF/UF膜により利用可能となった。特に道路排水による負荷の低減は,塩素消毒のみにより利用可能な水量を10,688 m3/日まで増加させるため,効果的な対策であると考えられた。

本研究により,都市域における地下水の有効利用の可能性と水質・水量の面の課題が明らかとなった。本研究で得られた知見は,今後国内外の都市域における地下水管理を考える際に役立つと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

東京をはじめとする我が国の都市域では、戦後の高度経済成長期に急激な水需要の増加とともに、地下水の過剰揚水がすすみ、そのため、地下水位の低下が起きた。これに対して、工業用水法やビル用水法、公害防止条例などを適用して地下水の過剰揚水を防止し、地盤沈下の抑制に取り組んできた結果、近年では、地下水の水位が回復しつつある。また、地震災害時の地下水利用や、環境用水・ヒートアイランド対策としての地下水利用が見直されつつある。このような背景のもとで、本論文は、都市域の地下水水質汚染の現状と持続可能な資源量を明らかにすることにより、利用可能な水量を推定し、有効な水資源としての新しい管理方法について研究をしたものである。

論文は8章からなり、第1章は研究の背景と目的、第2章は既存の関連研究をまとめたものであり、第3章では本研究で用いられた主な研究方法を説明している。

第4章は、既存の水質基準などをもとに、飲用水,散水用水,水洗トイレ用水,修景用水,親水用水,災害時生活用水として地下水を利用する場合の利用基準を設定し,東京都区部の地下水水質分析結果をもとに,利用可能性について検討した。その結果、飲用水としては,調査した51地点中12地点が塩素注入のみで利用可能であり,さらに7地点がマンガン接触ろ過とMF/UF膜ろ過により利用可能と考えられた。さらに,粒状活性炭により51地点中41地点(80%)の地点が利用可能となると考えられた。一方、散水用水・水洗トイレ用水には, 112地点中27地点(24%)の地点において無処理で利用可能であり,修景用水と親水用水では,亜鉛が利用基準を大きく超過していることが問題であった。また、災害時生活用水には, 121地点中103地点(85%)で無処理での利用が可能であり,残りの地点では塩素消毒が必要と考えられた。

第5章は、新規微量化学物質を用いた東京都区部における地下水汚染の解析を行った。高濃度の濁度,鉄,マンガン,DOCはEhの低さと関連し、亜鉛は地質由来と,道路排水などの人為的な由来の可能性が考えられた。窒素は, Ehの高い武蔵野礫層で硝酸性窒素として,Ehの低い有楽町層や東京層(被圧)などでアンモニア性窒素として検出された。窒素の収支から,下水,道路排水,土壌由来などの窒素源が存在し,それらは市街地における生活排水由来の窒素負荷の約1%に相当した。大腸菌E. coliは湧水において検出率が80%と最も高く、アデノウイルスは44地点中4地点で検出されたが,大腸菌の検出地点と異なることから,地中での挙動が異なることが示唆された。PFOA,PFOSを含む有機フッ素化合物(PFCs)は53地点中51地点(96%)で定量限界濃度(0.25 ng/L程度)を超えて検出され、不圧地下水だけでなく,被圧地下水においても高濃度のPFCsが検出された。

さらに,医薬品類(PPCPs)と人為起源のガドリニウムGdを地下水中の下水による汚染指標として測定し,汚染物質の起源推定を行った。測定した6種のPPCPsのうち,carbamazepineとcrotamitonが50地点中それぞれ19地点,18地点と最も多く検出された。carbamazepineはcrotamitonより保存的で減衰しにくいことから滞留時間の長い地下水における下水汚染指標として有効であると推定された。一方,MRI造影剤に由来する人為起源Gdの分布はPPCPsやE. coliの分布と異なっていた。人為起源Gdは病院排水中に高濃度に含まれるため,人為起源Gdは地下水中でMRIがある病院の排水を含む汚染を高感度に検出できる汚染指標として有用である可能性があった。

第6章では、不圧地下水,被圧地下水,トンネル湧水について持続的に利用可能な水量を推定した。不圧地下水に関しては,降水浸透量を利用可能量と考えると265,000 m3/日,自然涵養量の15%~30%が利用可能量と考えると67,300~135,000 m3/日と推定された。被圧地下水とトンネル湧水は,水位上昇の制御のために1986年時点の揚水量を揚水すると考えると,被圧地下水が14,500 m3/日,トンネル湧水が21,700 m3/日で計36,200 m3/日が利用できると考えられた。不圧地下水,被圧地下水,トンネル湧水を合わせた東京都区部の利用可能量は10万m3/日から30万m3/日と推定された。

第7章では、地下水の有効利用のケーススタディとして、ヒートアイランド緩和のための壁面や路面への地下水散水の効果を小型パネルと実際の壁面・路面を用いた散水実験により確かめた。その結果、地下水の散水量に応じた地表面温度の低下量を明らかにし,0.8 mmの散水により非散水面との温度差が20分程度持続することがわかった。このため,1日に散水を8時間行う場合に必要な地下水は約20 mmとなった。不圧地下水の利用可能量を6~9月の降水浸透量と考えた場合,東京都区部では地域によってひと夏に5~20日間の散水が可能と考えられた。この日数は一日の最高気温が33°C以上~35°C以上の日数に相当した。

第8章は、本研究の結論であり、都市域の地下水水質汚染の現状と、汚染源の推定方法、それらに基づいた地下水管理策について提言を行った。これらは、現在見直しが進む都市域の地下水について、実務的にも有効な提言となっている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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