学位論文要旨



No 125688
著者(漢字) 小島,啓輔
著者(英字)
著者(カナ) コジマ,ケイスケ
標題(和) 合流式下水道管渠内堆積物及び雨天時越流水に含まれる重金属の存在形態特性
標題(洋)
報告番号 125688
報告番号 甲25688
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7221号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 准教授 片山,浩之
 東京大学 講師 鯉渕,幸生
 東京大学 客員教授 村上,孝雄
 東京大学 准教授 中島,典之
内容要旨 要旨を表示する

合流式下水道では、雨天時に下水処理場の処理能力を超えるような雨水の流入がある場合には、未処理下水が合流式下水道雨天時越流水(Combined Sewer Overflow: CSO)として公共用水域に排出される。CSOは、水域における水質汚濁や悪臭、生態系への影響、親水活動における衛生学的安全性が懸念されている。下水道法施行令の改正を経て、平成16年度より原則平成25年度までに合流式下水道の改善を図る旨が規定されているが、平成20年度末の調査では、改善対象191都市のうち50都市で計画通りに改善事業が進捗しておらず、目標達成(汚濁負荷量の削減、公衆衛生上の安全確保、夾雑物の削減)がやや困難な状況にあると評価されている (国土交通省、 2009)。

汚濁負荷量の削減に係る目標については、合流式下水道の各吐き口からの放流水の平均水質がBODで40 mg L-1以下であることとして雨天時放流水質基準が定められているが、CSOには重金属や多環芳香族炭化水素類などの微量有害化学物質が含まれており、CSOの影響を評価する場合には、これらの物質の重要度についても考慮する必要があるといえる。

CSOの汚濁負荷の発生源として、晴天時管渠内堆積物の再浮遊が大きな寄与を占めているとの報告がある。合流式下水道管渠内には、生活汚水に含まれる懸濁物に加え、路面排水等に含まれる汚濁物質も堆積物として蓄積している。特に、道路塵埃等に由来する重金属をはじめとした微量有害化学物質が堆積物に含まれていることが知られており、CSO発生時には、受水域生態系に影響を及ぼすことが懸念されている。しかしながら、CSO汚濁負荷に関する重金属の挙動については未解明な部分が多いのが現状である。したがって、CSOに含まれる重金属の影響を評価するには、CSOの大きな負荷源となる管渠内堆積物を含む重金属の挙動を把握することが重要な課題であるといえる。

また、重金属はその存在形態によって溶解性や毒性などの性質が大きく異なることが指摘されている(Florence et al., 1992)。さらに、下水管渠は単なる輸送施設であると考えられてきたが、様々な化学的,生物学的反応の影響を受けていると想像される.したがって,CSOに含まれる重金属の影響を評価するには,下水管渠を『反応装置(反応の場)としての下水管渠』として捉え、重金属の総量だけでなく存在形態についても考慮することが非常に重要であると考えられる。

そこで、本研究では、CSO汚濁負荷の大きな発生源として管渠内堆積物を考え、CSOによる重金属負荷を評価するためにCSO中の懸濁物と管渠内堆積物中の重金属含有量及び存在形態を調査し、現状を明らかにすること、管渠内堆積物中の重金属の発生源として道路塵埃を考え、合流式下水道整備区における重金属の存在形態の変化を明らかにすることを目的とした。

第一に、実際に受水域に放流されるCSOを採取することにより、CSO中の重金属濃度だけでなく、SSやTN、TPなどの一般水質項目や健康関連微生物を含め濃度レベルを把握した。さらに懸濁物中重金属の存在形態を明らかにし、受水域に放流された際の重金属による生態系へ与える潜在的な影響を評価した。その結果、懸濁物由来の指標であるSSの挙動は、試料を採取するまでの降水量によって左右されることが示され、溶存物質由来の指標であるNH4+の挙動は、試料を採取するまでの降水量に加えて、採取した時間の影響を受けることが示唆された。CSO中の重金属は、SSと強い相関を示し、そのほとんどが懸濁物由来であることが示され、CSO中の重金属の挙動は、試料を採取するまでの降水量が少ないと大きな濃度を示し、その後減少する傾向を示した。CSO懸濁物中の重金属の存在形態には、各重金属で優占的な画分がみられた。Crでは鉄酸化物結合態(45.2%)と残渣態(39.7%)、Niでは交換態+炭酸塩結合態(29.0%)と鉄酸化物結合態(43.2%)、Cuでは交換態+炭酸塩結合態(32.8%)と鉄酸化物結合態(33.0%)、Znでは交換態+炭酸塩結合態(79.8%)、Pbでは交換態+炭酸塩結合態(42.7%)と鉄酸化物結合態(51.7%)がそれぞれ優占的であった。もっとも溶出しやすい画分である交換態+炭酸塩結合態を重金属によるリスクを評価する際にもっとも重要な画分であると考えると、CSO懸濁物中の重金属ではZnがもっとも溶出しやすく重要な重金属であることが示された。

第二に、CSO汚濁負荷の重要な発生源として合流式下水道管渠内堆積物中の重金属含有量及びその存在形態を現場調査から明らかにした。東京都区部において複数地点から管渠内堆積物を採取し、各粒径画分における重金属含有量及び存在形態を明らかにした。さらに管渠内堆積物中の重金属含有量及び存在形態を粒径の差異の観点から評価した。その結果、合流式下水道管渠内堆積物中の重金属含有量及びその存在形態は地点ごとに異なり,採取した地点の特徴(発生源や管渠の構造)を反映していると推測された。しかし、重金属の存在形態については,重金属の種類によって優占的な画分が存在しており、NiとZn,Pbについては,水溶性が高いと考えられる交換態+炭酸塩結合態の画分が優占的であった。また、粒径の小さな画分(63-106 μm,63 μm以下)ほど重金属含有量が高く,さらに溶出する可能性のある画分の割合が大きい傾向を示した.堆積物中では,粒径の小さな粒子の存在量は小さいが,粒径の小さな粒子は流出しやすいため,CSO汚濁負荷を考える再には、粒径の小さな粒子を制御することが重要となることが示唆された.CSO中の懸濁物との合流式下水道管渠内堆積物との比較より、CSOが生じている時には、合流式下水道管渠内堆積物中の粒径の小さな粒子が選択的に再浮遊し、掃流されている可能性を示唆された。

第三に、 重金属の中でも、2003年に水生生物保全の観点から,環境基準(生活環境項目)に追加されたZnについて注目し、X線微細吸収構造(X-ray absorption fine structure; XAFS)法を用いて、合流式下水道管渠内堆積物及び道路塵埃中のZnの存在形態を評価した。その結果、合流式下水道管渠内堆積物中のZnの主要な存在形態はZnSとZnCO3と推定された.一方,道路塵埃中のZnの主要な存在形態は,ZnCO3であると考えられた.さらに、合流式下水道管渠内堆積物と道路塵埃において見られたZnの存在形態の差異から,合流式下水道管渠内においてZnの硫化物化が生じていることが示唆された.また、逐次抽出法との比較により、下水道管渠内堆積物中に存在しているZnSは,堆積物の表面付近に偏在していることが推察された.

第四に、合流式下水道管渠内堆積物中の重金属の重要な発生源として道路塵埃を考え、道路塵埃が合流式下水道によって都市域から排除され、CSOとして受水域に放流されるまでにどのような存在形態の変化が生じているのかを評価した。その結果、道路塵埃が雨水と混合することによって、重金属が溶出してくることが示された。雨水と混合することによって溶出してくる重金属の存在形態は、フリーイオン態+不安定錯体形態が多く、Ni、Cu、Zn、Pbでそれぞれ平均で、68.5%、83.5%、96.5%、84.5%であり、下水道に流入した際に、溶存態重金属の存在形態が容易に変化する可能性を示唆した。重金属の溶出挙動を把握するため、溶出速度係数及び吸着速度係数を推算した結果、Cuが溶出しやすいことが示唆された。また、Pbについては吸着速度係数が大きく評価され、Pbの挙動には吸着に注目すべきであることが示された。雨水と接触し、重金属を溶出した後の道路塵埃を下水と混合すると、さらに重金属が溶出することが示され、下水道に流入した道路塵埃が、下水道管渠内で重金属を溶出していることが示された。Znについては雨水と接触して溶出した量よりも、下水と混合した時のほうが溶出量が多いことが示唆された。また、雨水と接触することによって道路塵埃から溶出した重金属の存在形態は、フリーイオン態+不安定錯体形態のものがほとんどであったが、下水と混合することによって、フリーイオン態+不安定錯体形態の存在形態割合は減少し、安定錯体形態の溶存態重金属が増加することが示された。さらに、実際の堆積環境を模擬して、道路塵埃中Znの存在形態がどのように変化するのか検証した結果、道路塵埃中では硫化物化が生じていると考えられたが、硫化物化したZn量が少なく、逐次抽出法では証明できなかった。一方で、標準試薬を用いた系では鉄酸化物結合態や硫化物態+有機態の画分が増加していることから、硫酸還元による存在形態変化が窺われた。

以上を総括すると、CSOによる重金属汚濁負荷の制御に対しては、管渠内堆積物の粒径の小さな粒子を制御することが重要であること、合流式下水道整備区では、重金属の存在形態変化が生じており、発生源での存在形態と異なっていることが示され、重金属のリスク管理の上で重要となる重金属の存在形態に関する重要な知見が得られた。フリーイオン態+安定錯体形態の重金属が下水道に流入し、安定錯体形態へ存在形態が変化すること、下水道管渠内で、堆積することによって、溶出しにくい形態へ存在形態が変化することなど、リスクが低減する方向に存在形態が変化していることが考えられた。合流式下水道は、効果的な管理の下で運営すれば、ノンポイントソース由来の重金属リスクを下げる可能性がある。今後は、どのような管理手法が効果的であるか解明することが望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,「合流式下水道管渠内堆積物及び雨天時越流水に含まれる重金属の存在形態特性」と題して,8つの章から論文が構成されている.

第1章では,研究の背景と目的,および論文の構成を述べている.

第2章では,我が国における合流式下水道の現状やその改善対策について取りまとめたあと、下水道管渠内堆積物の特性や重金属の存在形態などに関する文献の整理を行っている.

第3章では,一般水質項目や重金属の化学分析法に加えて、重金属の存在形態分析手法やX線微細吸収構造(X-ray absorption fine structure; XAFS)法についても記載されている.

第4章では,ポンプ場から放流される合流式下水道雨天時越流水(CSO)の試料について、SS やTN、TP などの一般水質項目だけでなく、重金属や健康関連微生物を含め、濃度レベルやその変動を調べた貴重な雨天時調査結果を取りまとめている。そして、CSO 中の汚濁物質の挙動としては、管渠内堆積物や下水中の懸濁物に由来するSSなどの項目群と、NH4+などの汚水中の溶存成分由来の項目群、前者二つとは異なる挙動を示す大腸菌群数など、合わせて3 グループに分類できることを示している。一方、重金属はSS と強い相関を示すことから、堆積物や下水中の懸濁物由来が重要であること、また、CSOが発生するまでの累積降水量が少ないほど重金属濃度は高く、降雨後半ではその濃度レベルは低下する傾向があることを明らかにした。

また、CSO 中懸濁物中重金属の存在形態を逐次抽出法により調べた結果、交換態+炭酸塩結合態の画分が主要な画分であったNi、Cu、Zn、Pb については、雨天時越流後受水域において容易に溶出する可能性があることを示唆している。

第5章では,CSOの重要な汚濁負荷発生源として合流式下水道管渠内堆積物を考え、各粒径画分ごとの重金属含有量や存在形態について明らかにしている。まず、東京都区部の下水道管渠から多数の堆積物試料を入手し、重金属含有量の測定や逐次抽出法による存在形態の評価を行った結果、堆積物中の含有量及び存在形態は地点ごとに大きく異なること、重金属の種類によって優占的な存在形態が存在していることなどを報告している。Ni とZn、Pb については、溶出性が高いと考えられる交換態+炭酸塩結合態の画分が優占的であることから、流出時における生態系への影響が懸念されることを指摘している。

また、粒径が106 μm 以下の細かい画分ほど重金属含有量が高く、溶出する可能性の高い画分の割合が大きい傾向を示したことから、CSO 汚濁負荷を考える際には粒径の小さな粒子をすることが重要となることを指摘している。そして、CSO 中の懸濁物、管渠内堆積物及び道路塵埃中の重金属の含有量と存在形態を比較した結果、Cu とZn 及びPb に関しては、道路塵埃以外のノンポイントソース由来の起源が存在している可能性を推察している。

第6章では,XAFS 法を用いた合流式下水道管渠内堆積物中亜鉛の存在形態評価を行っている.その結果、堆積物表面のZn の主要な存在形態はZnS とZnCO3 の両者であると推定する一方、道路塵埃のZnの存在形態は、ZnCO3が主体であることを報告している。さらに、管渠内堆積物と道路塵埃において見られたZn の存在形態の差異から、管渠内においてZn の硫化物化が生じていることを推察している。また、懸濁物全体の重金属存在形態を評価する逐次抽出法との比較により、ZnS が堆積物の表面付近に偏在している可能性が高いことを示している。複雑な組成を有する管渠内堆積物にXAFS 法を適用したことにより、非常に貴重で新規性の高い成果を得ている.

第7章では,都市域ノンポイント汚染物質である重金属の起源として道路塵埃を考え、道路塵埃と雨水とを混合した模擬路面排水を作成して、溶存態重金属の挙動を調べている。その結果、重金属の存在形態としてフリーイオン態+不安定錯体形態が多く、フリーイオン態+不安定錯体形態の割合は、Zn(83-100%)>Pb(75-94%)>Cu(71-88%)>Ni(57-79%)の順であり、重金属の種類によって異なることを示している。また、模擬路面排水と下水との混合液中では、フリーイオン態+不安定錯体形態の存在割合が、模擬路面排水中より小さくなったことから、下水中の有機物と重金属は安定錯体を形成することを実験的に明らかにしている。

第8章では,上記の研究成果から導かれた結論と今後の課題,合流式下水道における堆積物の管理方法の提案や展望が述べられている.

以上の成果では,CSO 中での重金属を含めた汚濁物質の挙動、CSO 中懸濁物の重金属含有量及び存在形態を調べるだけでなく、CSO 汚濁負荷の発生源として管渠内堆積物を考え、逐次抽出法やXAFS 法を適用して堆積物中の存在形態をも詳細に評価している.また、重金属の起源として道路塵埃を想定して、路面排水として流入過程や管路内での重金属の存在形態の変化も明らかにするなど、精力的な現場調査と実験による貴重な成果を得ている.これらの成果は,CSO由来の汚濁負荷実態を的確に理解すること、有効な合流式下水道改善対策を検討することに役立つだけでなく,下水管渠を『反応装置(反応の場)』として捉え、管路内での重金属の質的変化を考慮しながら受水域での生態系への影響を考慮することの重要性を指摘するものであり、非常に有用なデータや知見を提供しており,都市環境工学の学術の進展に大きく寄与するものである.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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