学位論文要旨



No 125689
著者(漢字) 石川,桂
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,ケイ
標題(和) 垂直配向単層カーボンナノチューブ膜の伝熱特性
標題(洋)
報告番号 125689
報告番号 甲25689
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7222号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 鈴木,雄二
 東京大学 准教授 ドロネー ジャン ジャック
 東京大学 講師 塩見,淳一郎
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

単層カーボンナノチューブ(SWNT)は高い熱伝導特性を持つことが予測されており,理論モデルによる数値シミュレーション,あるいは架橋構造でのSWNT一本での実験による測定により高いものでは数千Wm-1K-1にも及ぶ値が報告されている[1-3].しかしこれらシミュレーション結果及び実験結果のいずれも,単独のSWNTという理想的な条件のもとでの結果であり,これと垂直配向単層カーボンナノチューブ(VA-SWNT)膜のような集合体膜[4]の熱物性値との比較は興味深い.

これまでVA-SWNTの伝熱特性の測定を行った例としてはスーパーグロース法によるサンプルにZhaoら[5,6]及び,Panzerら[7]があげられる.Zhaoらはレーザーフラッシュ法を用い,3.8×10-5 m2s-1と単体と比べると比較的低い熱拡散率を得た[6].Panzerらはサーモリフレクタンス法を用いており,熱抵抗として12×10-6 m2KW-1という値を報告している[7].

本研究においては,ACCVD法で合成したVA-SWNT膜を用い,まずVA-SWNTへ金属蒸着を行った場合の蒸着面の様相について調べ,熱伝導特性について,3ω法[9-11],ラマン散乱を用いた断面温度の測定より導出する方法,ラマン散乱レーザーの励起光を用いた方法,によりVA-SWNT膜の熱伝導特性の測定を行った.

2.垂直配向単層カーボンナノチューブへの金属蒸着について

VASWNTの実際面の応用,すなわち電子的特性を利用した応用や熱的特性などの様々な特性を利用した実際のアプリケーションにおいてはそれぞれ望ましい蒸着面状態が必要であり,蒸着面の状態を整理しておくことは重要な要素技術である.本研究ではVASWNT上にいくつかの種類の金属の蒸着を行い,その様子を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察した.

VASWNTに各種金属を蒸着後の断面をSEMで撮影した結果をFig. 1に示す.ここで見られるように,VASWNTの上に堆積しているAuとAlは膜表面で粒状に凝集する様子が見られる.一方,Ti及びPdの場合,金属層は平面方向に比較的連続的な構造を有することが観察された.以上より,AuとAl(TiとPd)の場合,金属同士の凝集が金属とナノチューブバンドル間の結合力に比べて相対的に強い(弱い)と考えられる.

3.3ω法による測定

VA-SWNT基板上にヒーターとしてAlを800 nm蒸着する.ヒーターに正弦波状のジュール熱を投入し,サンプルの温度応答から基板相当分を差分しVA-SWNT膜の熱抵抗を得る[9-11].薄膜3ω法を用いて実験的に得られた温度上昇の代表例をFig. 2に示す.測定結果から導出されるVA-SWNT膜の熱抵抗として約10-5 m2KW-1を得た.

4.ラマン分光による断面温度測定からの測定

Si基板上に成長させたVA-SWNTに蒸着したヒーターを加熱し,Si基板を銅ブロックにつけて放熱することで,ナノチューブ膜およびSiの接触面に温度差をつけ,断面温度をナノチューブ[12,13]及びシリコン[14]のラマン散乱の温度依存性を用いて測定することで,ナノチューブ膜の熱伝導率とSi接触面の接触熱抵抗を測定する.

測定された熱伝導率はkz = q''Δz/ΔTより0.5 Wm-1K-1となり,q'' = (1/Rcontact) ΔTcontactより接触熱抵抗はRcontact = 16×10-6 m2KW-1となるが,本測定では,励起レーザーがサンプルを加熱し,サンプルの温度が上昇し,その結果として測定されたラマン散乱がシフトする影響と,Si基板近傍において熱が基板にも逃げていき温度上昇にマイナスに寄与することも考慮に入れる.

これらを考慮すると熱伝導率は0.8 Wm-1K-1程度と若干高めになり接触熱抵抗はRcontact = 11×10-6 m2KW-1となると考えることができる.

5.ラマン分光による励起レーザーからの加熱を利用した測定

ラマン散乱を測定するにあたり,励起レーザーを用いてサンプルに光を入射する.レーザー光は顕微鏡によりスポットに入射される.レーザー光はナノチューブに吸収され熱に変換され,Beerの法則により指数関数で減衰していくが,おおまかには膜の上端近傍で吸収されるということができる.ナノチューブ膜横方向の熱伝導率が縦方向と比べて十分小さいとすると,変換された熱は横方向に伝導せずナノチューブ膜を通じシリコンに達する.

各膜厚のサンプルで測定した温度をプロットしたものがFig. 3の点であり,簡易的なモデルによると熱抵抗はRtotal = 2~4×10-6 m2KW-1となる.横方向の熱伝導,入力レーザーのガウス分布等を導入した3次元円筒座標系での熱伝導方程式に対し,底面に接触熱抵抗値を用いた第三種境界条件を設定し数値シミュレーションを行い,ラマン信号がもっともでている代表的な値と考えられる位置の温度を熱伝導率及び接触熱抵抗を指定し変化させたものがFig. 3の線である.各種仮定より縦方向熱伝導率kzz = 2 Wm-1K-1,接触熱抵抗Rcontact = 2×10-6 m2KW-1と考えることができる.

6.考察

接触熱抵抗を仮に無視した場合の熱伝導率1 Wm-1K-1はSWNTの比熱[15]及びVA-SWNT膜の密度[16]より熱拡散率に換算すると10-5 m2s-1程度となる.SWNT一本あたりに等価な熱伝導率は,膜の熱伝導率に対し,膜に対するSWNTの占有率で割ることで計算できる.占有率の導出法には2種類があり,第一の方法はSWNTのバンドルをとりまく六角形を仮定してその体積から求める方法であり,第二の方法はSWNTの壁面のVan der waals厚さを3.4 Aとして円筒を仮定して求める方法である.直径2 nmのSWNTを仮定すると占有率は,前者の方法では3.6 %であり後者の方法では1.6 %になる.各方法にて測定された熱伝導率はおよそ1 Wm-1K-1であり,一本あたりの熱伝導率を換算すると数十Wm-1K-1程度となる.

この値は報告されている理想的な条件でのSWNT単体の測定・シミュレーション[1-3]と比べると1桁ほど小さい.この原因としてSWNTがバンドルを形成している効果,VA-SWNT膜の上端から下端までがつながっていない可能性,若干の構造上の欠陥や不純物の付着等の可能性が考えられる.

7.結論

ACCVD法で合成したVA-SWNT膜を用い,まずVA-SWNT膜へ金属蒸着を行った場合の蒸着面の様相について調べ,VA-SWNT膜の熱伝導特性について,薄膜3ω法,ラマン散乱を用いた断面温度の測定より導出する方法,ラマン散乱レーザーの励起光を用いた方法,の3つの方法により測定を行った.得られた熱伝導率はおよそ1 Wm-1K-1であり,基板との接触熱抵抗はおよそ10-5~10-6 m2KW-1である.占有率から一本あたりの熱伝導率を換算すると数十Wm-1K-1程度となり,理想的な条件でのSWNT単体の測定・シミュレーション[1-3]と比べると1桁ほど小さい.

[1] S. Maruyama et al., J. Therm. Sci. Tech., 1 (2006) 138.[2] C. Yu et al., Nano Lett., 5 (2005) 1842.[3] E. Pop et al., Nano Lett., 6 (2006) 96.[4] Y. Murakami et al., Chem. Phys. Lett., 385 (2004) 298.[5] B. Zhao et al., ACS Nano, 3 (2009) 108.[6] M. Akoshima et al., Jpn. J. Appl. Phys., 48 (2009) 05EC07.[7] M. Panzer et al., J. Heat Trans., 130 (2008) 052401-1.[8] G. Zhang et al., Proc. Nat. Acad. Sci., 102 (2005) 16141.[9] D. G. Cahill, Rev. Sci, Instrum., 61 (1990) 802.[10] S. M. Lee et al., J. Appl. Phys., 81 (1997) 2590.[11] T. Borca-Tasciuc et al., Rev. Sci. Instrum., 72 (2001) 2139.[12] S. Chiashi, Ph. D. Dissertation, (2005).[13] S. Chiashi et al., Jpn. J. Appl. Phys., 47 (2008) 2010.[14] M. Balkanski et al., Phys. Rev. B, 28 (1983) 1928.[15] J. Hone et al., Science, 289 (2000) 1730.[16] R. Xiang et al., J. Phys. Chem. C, 112 (2008) 4892.

Fig. 1 SEM photos taken on various metals deposited on VASWNT film

Fig. 2 Representative temperature oscillation at power P/2bl = 4.3×105 Wm-2

Fig. 3 Measured thermal resistances by the laser excited non contact methodology. Circles denote temperature measured by Raman signal. Blank circle denotes the result with strong effect of the laser reflection from the substrate. Lines represent simulated results.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は"垂直配向単層カーボンナノチューブ膜の伝熱特性"と題し,ナノテクノロジーの中心的素材として注目を集めている単層CNT (Carbon Nanotube)の伝熱特性の実験的解明を目指したものである.基板と垂直に配向した単層CNT膜のCVD合成から開始し,走査型電子顕微鏡観察,吸収分光やラマン分光による評価,配向単層CNT表面への金属蒸着の現象解明,3オメガ法による計測および新たに提案したラマン分光を用いた伝熱特性計測により単層CNT膜の熱伝導率と単層CNT膜と基板との接触熱抵抗の実測を実現したものであり,論文は全7章よりなっている.

第1章は,"序論"であり,CNTなどの炭素の同素体の幾何学構造,単層CNTの幾何学構造と電子物性,単層CNTの熱伝導率や伝熱特性,従来の理論と実験,光学物性,CVD合成技術などについて議論し,論文全体の流れを述べている.

第2章は,"垂直配向単層カーボンナノチューブへの金属蒸着について"である.以降の伝熱特性の実験的計測に必須の技術であるとともに単層CNTの工学的な応用の基礎として,垂直配向単層CNT膜への金属蒸着の解析と制御を行っている.ナノスケールの構造となる単層CNT膜への金属蒸着の様相は金,チタン,パラジウム,アルミニウムなどの金属種ごとに全く異なり,これは,金属の結合エネルギーとナノチューブ表面と金属原子との界面エネルギーとのバランスで整理できることを示した.また,蒸着後のアニーリングによってより均一な金属膜が実現することも示した.

第3章は," 3ω法による測定"である.薄膜の表面にパターン蒸着した金属細線に角周波数ωの交流電流を加えると,角周波数2ωのジュール発熱がおこり,金属細線の温度はおおよそ2ωで変動するが,薄膜への熱拡散によって若干の変調を受ける.金属細線の抵抗は温度によって変化することから,金属細線の電圧に表れる角振動数3ωの成分が熱拡散率と相関することが知られている.この手法を垂直配向単層CNT膜に適用し,SWNT膜の熱伝導率および膜と基板である石英ガラスとの界面熱抵抗の計測を実現した.

第4章は,"ラマン分光による断面温度測定からの測定"である.単層CNTに特有なGバンドと呼ばれるラマン散乱ピークのエネルギーが単層CNTの温度に依存することにより,レーザーを集光した位置での温度の計測が可能である.また,シリコンの特徴的なラマン散乱ピークのエネルギーの温度依存性も知られている.これらを応用して,シリコン基板上の単層CNT膜の上部を金属細線で加熱した状態での膜圧方向の温度分布を直接計測し,第3章の3ωによる界面熱抵抗の実測値と矛盾のない熱伝導率および界面熱抵抗を得た.

第5章は," ラマン分光による励起レーザーからの加熱を利用した測定"であり,単層CNTのラマン散乱による温度計測を更に発展させ,励起レーザー加熱による温度計測データと1次元理論解析及び2次元の数値解析で予測される温度分布とを様々な単層CNT膜の膜厚の場合について比較し,単層CNT膜の熱伝導率およびシリコン基板との界面熱抵抗を計測する手法を提案し,実測を行った.

第6章は," 考察"であり,第3章,第4章,第5章のいずれの計測においても単層CNT膜の熱伝導率は1W/mK程度の極めて低い値となること,および界面熱抵抗は10-5~10-6 m2K/Wと大きいことを整理し,理論的にはダイヤモンドを越える優れた熱伝導率が予測されているそれぞれの単層CNTが垂直配向膜中で連続していない可能性を指摘した.

第7章は,"結論"であり,上記の研究結果をまとめたものである.

以上を要するに,本論文では高純度にCVD合成し,分光評価をおこなった垂直配向単層CNT膜の伝熱特性についての実験を行い,単層CNT膜としての熱伝導率と単層CNT膜と基板との接触熱抵抗の実測と実現するとともに,ラマン分光法によるこれらの測定技術を提案したものである.本論文は単層CNTの伝熱特性に関する新たな知見を与えており,分子熱工学の発展に寄与するものであると考えられる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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