学位論文要旨



No 125690
著者(漢字) 山崎,美稀
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,ミキ
標題(和) 樹脂モールド構造における内部界面強度評価の研究
標題(洋)
報告番号 125690
報告番号 甲25690
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7223号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 吉川,暢宏
 東京大学 准教授 泉,聡志
 東京大学 准教授 梅野,宜崇
 東京大学 講師 崔,
内容要旨 要旨を表示する

樹脂材料は軽量で高強度の特性を持つことから,金属やセラミックを樹脂でモールドした絶縁ロッドや絶縁容器などの絶縁体として電力機器に幅広く利用されている.特に樹脂モールド絶縁体は電力機器の小型化に貢献した重要な技術の一つとして挙げられる.

国内における樹脂モールド絶縁の利用は1960年代から始まり,初期は低圧の計器用変成器,遮断器,支持物,ブッシング等の絶縁被覆への適用が中心であった.1964年には東海道新幹線車両用変圧器の高圧ブッシング,1969年にはSF6 ガス絶縁スイッチギヤに適用されているが,近年の地球環境への配慮からSF6ガスの使用量削減が求められており,樹脂モールド絶縁の重要度が増している.今後,樹脂による絶縁体が担う役割は大きくなっていくと推測される.

通常,樹脂モールド構造の製作は,樹脂層と材料の組み合わせによって生じる熱ひずみが,樹脂層のクラックや界面はく離を発生させる原因となり,目的とする形状,性能を備えたモールド構造を得ることが困難な場合が多い.そのため,製品の強度,安定性を保持する上で樹脂モールド構造の中に発生する応力関係を知ることが必要であり.特に電力機器に用いる樹脂絶縁体は,絶縁性能を確保するために樹脂と金属間の界面に強固な接着が要求される.

樹脂モールド構造の金属と樹脂間の界面には,摩擦力と接着力および残留応力による面圧が作用し,これらの力が樹脂モールド構造全体の挙動に大きな影響を与える.そのため,樹脂モールド構造の設計には,これらの力をすべて考慮した強度評価手法が必要である.しかしながら,3軸応力状態における樹脂モールド構造の界面の力学特性についてはまだ不明な点が多く,通常は,異種材料間を共有節点にする界面を考慮しない固着モデルを用いるか,または,摩擦力のみを考慮したペナルティ法や拡張ラグランジェ方法による接触解析を行うことが多い.しかし,樹脂モールド構造のような界面に摩擦力と接着力および面圧が複合して存在する問題には適用できない.このような問題に対して,損傷力学に基づき,界面の損傷とはく離を統合させたCohesive zone modelに関する研究が数多く行われている.しかし,モデルの複雑さにより製品向けの汎用的なモデルには至っていない.

そこで本研究では,樹脂モールド構造の内部界面強度を正しく評価するために,樹脂モールド構造の金属と樹脂間の界面強度に関する実験的な検討により界面の接着特性を求め,界面挙動をモデル化し,解析モデルに反映することで樹脂モールド製品における界面強度の評価手法を提案する.また,接着界面強度に起因する因子を明確にするために界面の結合をモデリングした分子動力学法により,界面の接着強度を定性的に予測する手法を検討する.さらに,接着強度評価手法の妥当性について検証するために,ナノスケールの化学結合とミクロスケールのはく離強度の関わり合いについて,主に表面粗さの影響に着目しながら考察する.

1.樹脂モールド構造のプロセス

樹脂モールド構造の界面生成のプロセスを把握するために,はく離実験に用いる試験体のモールドプロセスを通してモールド時に界面に働く力や樹脂層に発生する応力を明らかにした.また,インサート金属の表面状態や,樹脂と金属が一体化された界面状態の観察によりプロセス時の界面における樹脂の挙動を示した.

樹脂層に発生する応力は樹脂が硬化するときに起こる体積変化によるもの(硬化収縮率による応力)と樹脂と金属の熱膨張係数の差異によるひずみに起因する熱応力および,金属とモールド体の形状による応力集中などが存在する.

モールド製作プロセスの中で液状樹脂から固体樹脂までの硬化過程をひずみセンサーによって測定した結果,一次硬化および二次硬化における硬化反応によるひずみはクリープひずみの発生によりリセットされ,残留応力に起因するのは主に徐冷で常温に戻す際に発生する熱ひずみであることを明らかにした.

熱変形による影響を確認するために液状状態での樹脂と固体状態での樹脂の変形を測定した結果,熱変形によるへこみ深さはAl,Cu,Fe,それぞれ0.12mm,0.14mm,0.16mmであり,理論計算による熱変形量(線膨張係数の差×温度差×金属円柱軸方向距離)はAl,Cu,Fe,それぞれ0.10mm,0.12mm,0.13mmでほぼ同じであることが確認できた.

樹脂と金属の接着界面観察により金属表面に切削痕のような周期的ラフネスが存在することと,樹脂がそのラフネスに沿って流れ込んで固まっていることがわかった.しかし,円周方向に沿った樹脂と金属間の界面隙間は観察測定が難しく確認は困難である.液状樹脂は樹脂成分の分子レベル大きさと同じレベルのラフネスまでは流れ込むと考えられるが.その後の固体状態で徐冷により常温に戻す際に発生する0.1mmレベルの熱変形によって,部分的なはく離の可能性を示した.

2. 内部接着界面のはく離実験

樹脂モールドプロセスによってCu,Fe,Alの3種類の金属インサート材をモールド製作した試験体を用いて,試験体要素モデルと内部接着界面のはく離実験方法を示した.

内部接着界面のはく離実験を行い,金属と樹脂間の接着界面に生じるせん断力を測定した.また,測定したせん断力から樹脂モールド構造の金属と樹脂間の界面には,摩擦力と接着力および面圧が作用していることを確認した.さらにモールド時の残留応力によって接着界面に面圧が働くことになるが,この面圧とせん断力との関係が比例の関係であることを明らかにした.界面のはく離強度に相当するせん断力は,内部接着界面のはく離実験結果により,Cu(33kN),Fe(33kN),Al(8kN)の順に大きいことと,いずれの材料も,せん断力は急激に増大し,最大せん断力の発生後,金属円柱と樹脂間に接触界面が現われ,せん断力は急激に減少していることがわかった.

また,樹脂モールド構造の界面のせん断強度の限界までは,摩擦力と接着力の両方が作用すると考えられ,金属円柱が樹脂界面をすべりだすと接着力はなくなり,摩擦力だけが作用すると考えられる.

3. 接着・接触有限要素法解析手法の提案

界面には,摩擦力と接着力および面圧が作用し,これらの力が樹脂モールド構造全体の挙動に与える影響が大きいと考えられる.そこで樹脂モールド構造の接触界面における摩擦力と接着力および面圧が構造全体の挙動に及ぼす影響を考慮し,界面にはく離が生じる直前までに作用する摩擦力以外の力を"接着力"と定義し,それを規定する"接着係数","接着強度指標"を新しく導入することで,残留応力による面圧に依存する摩擦力と接着力で構成される接触界面のモデル化および定式化を行った.また,この接着強度指標が,接触する材料間の接着強度に対応することを示し,接触界面のモデル化および定式化を用いて有限要素法に基づく接着・接触解析手法を提案した.

さらに,絶縁ロッドの引張せん断試験を実施し,提案手法による解析結果と試験結果との一致を確認すると共に,提案手法の有効性を確認した.

4. 原子モデリングによる界面接着強度予測手法の検証

本章では界面の結合をモデリングした分子動力学法により,界面の接着強度を定性的に予測する手法の検討を行った.また,検討手法をCu,Fe,Alの三種類の材料とエポキシ樹脂間の界面に適用し,定性的に界面破壊エネルギーによる界面の接着強度の予測が可能であることを示した.

界面はく離進展モードのメカニズムについて,本研究における樹脂モールド構造のはく離実験では圧縮面圧を受けつつ,界面にせん断応力が加わっている(モードII型)が,実際の界面は表面粗さによってミクロに結合の解離(モードI型)が起こり,それによりはく離が進展しているものと考えられる.したがって,結合の解離を扱う分子動力学のモードI型の破壊エネルギーが本研究の実験のケースとの比較にも有効であると考えられる.

さらに,手法の妥当性の検証のため,ナノスケールの化学結合とミクロスケールのはく離強度の関わり合いについて,主に表面粗さの影響に着目しながら考察した.計算と実験の破壊応力の差分の大きな原因として有効接着面積の減少と初期欠陥の存在が考えられ,界面状態を考慮し見積った.結果,計算と実験の差分の原因は界面状態による有効接着面積の減少の影響より,界面に存在する欠陥サイズの影響の方が大きいことが考えられ,はく離は界面状態による界面結合の不完全性が支配的であると考えられる.

5. 提案手法の今後の展開

電力機器に用いる樹脂絶縁体は,絶縁性能を確保するために樹脂と金属間に強固な接着が要求され,その樹脂モールド構造の内部界面強度を正しく評価することによって,電力機器の信頼性を向上させることができた.

電力機器などの樹脂モールド構造は高機能化や低コスト化,小型化に対応する形で変遷を重ね,今日に至っている.これらの変遷のなかでも普遍的な技術課題がありながら,樹脂モールド構造の内部界面強度を正しく評価するための界面接着強度評価手法の提案において,本研究の研究意義は高いと考えている.昨今の電力機器の樹脂モールド構造への適用が大幅に拡大している中で,構造信頼性設計の観点からその設計マージンの確保が益々厳しい状況になっている.そのような背景において,これまでのような界面剥離を許容した樹脂モールド設計では困難を極めてきており,樹脂接着界面の剥離防止設計を前提とした限界設計への挑戦は必至であると考える.

今後,本論文の手法を製品開発への適用と他の材料へ展開,更なる高信頼化が要求される自動車等への適用拡大,樹脂モールド内部界面の結合状態の詳細観察,表面状態の操作などによる界面接着性向上技術の提案を含めて,本研究成果の応用展開を図っていきたい.

審査要旨 要旨を表示する

本論文では,環境調和,小型・軽量,省資源の観点から電力機器の設計において必要性の高い樹脂モールド構造の内部界面強度評価方法に関し、実験的および解析的検討を通じて、実用性の高い手法を提案している。まず、金属と樹脂間からなる樹脂モールド構造の界面強度を明らかにするため実験的に界面の接着特性を調査している。実験結果に基づき界面挙動のモデル化を行い,接着強度指標を新たに定義している。この指標を有限要素法解析モデルに組み込むことにより、樹脂モールドにおける界面強度評価に応用できることを示している。一方で,界面強度の発現機構を原子レベルモデリングによる計算で検討したものである。

本論文は以下の章で構成されている。

第1章では、製品的需要と工学的技術の背景に基づき、本研究の目的について述べている。

第2章では、樹脂モールド構造の力学的特性を明らかにするため、界面生成のプロセスの実験的検討を行っている。モールド製作プロセスにおいて液状樹脂から固体樹脂までの硬化過程におけるひずみ履歴の測定を行うために、ひずみセンサーにより測定している。その結果,1次硬化および2次硬化の間の硬化反応に伴うひずみはクリープひずみの発生によりリセットされることを示し,その結果、残留応力の主因は徐冷で高温から常温に戻す際に発生する熱ひずみであることを明らかにしている。これに基づき、モールド時に界面に働く力や樹脂層に発生する応力を明らかにした。

第3章では、樹脂モールド構造の内部界面に作用する力を把握するために,試験体の内部接着界面のはく離実験を行い,金属と樹脂間の接着界面に生じるせん断力を測定している。これに基づき,樹脂モールド構造の金属と樹脂間の界面に作用する摩擦力と接着力および面圧力と測定せん断力との関係を調べ,これらの力学的特性と樹脂モールド構造全体の挙動との関係を明らかにしている。

第4章では、第3章の実験により求めた界面のせん断力の結果から,界面に作用する力のモデル化を行っている。つまり、新たに接着強度指標を定義するため、界面に作用する力を摩擦力,接着力,残留応力による面圧の三つの力に分解し,分解した力を法線方向と接線方向に非線形ばねを使った単純モデル化を行っている。これに基づき、接着・摩擦有限要素解析手法を提案している。モデル化の簡略化にあたり,残留応力による面圧のモデル化のために焼き嵌め理論の適用を提案している。この根拠は、モールド製作プロセスの中で液状樹脂から固体樹脂までの硬化過程をひずみセンサーにより測定した円周方向ひずみとFEMの熱応力計算によりひずみがほぼ一致していること,FEMによる半径方向の平均面圧と焼き嵌め理論による面圧がほぼ一致していることが確認されたことに拠る。提案手法については妥当性を実験結果への適用から検証し、界面の特性をよく表現していることを示した。さらに,実機部品である絶縁ロッドの強度実験の評価に、提案する接着・摩擦有限要素解析手法を適用した。その際、評価法内部界面の接線方向はせん断ばねとし,法線方向は垂直ばねとするモデル化を行った。その結果,破断強度試験がよくシミュレートできることが確認されている。

第5章では、界面強度の発現機構を原子レベルの観点から検討している。界面の結合の解離を扱う分子動力学法を実施し、界面接着強度を表すひとつの指標として,界面破壊エネルギーを定義している。計算により求まる界面破壊エネルギーと実験で得られた接着強度指標を比較したところ定性的に一致していることが確認された。従って、計算により相対的な接着強度の大小の予測が可能であることを示している。

また,実際の界面は表面粗さに基づくミクロ的な結合のモードI型の解離に起因して、はく離が進展しているものと考えられることから,界面はく離進展モードのメカニズムについて,結合の解離を扱う分子動力学のモードI型の破壊エネルギーをはく離進展と結びつけることを試み、実験結果をよく説明できることを示した。

最後に,ナノスケールの化学結合とミクロスケールのはく離強度の関係を,主に表面粗さの影響に着目して考察している。破壊応力について計算と実験では大きな差異が認められるが、この大きな原因として有効接着面積の減少と初期欠陥の存在が考え,界面状態を考慮し見積った。その結果,計算と実験の差分の原因は界面状態による有効接着面積の減少の影響よりは,界面に存在する欠陥の影響の方が大きいと考えられることを示している。このように界面接着強度には界面状態による界面結合の不完全性が関係しており,その支配因子を明らかにしている。

第6章では、本研究の成果を要約し,製品開発における本研究成果の位置付けや今後への展開についても言及している。

以上、本論文は、近年の各種産業分野で用いられる構造部材において界面の存在している異材ないしは複合材が不可欠の存在となっていることから、産業界でのニーズが高まっている樹脂モールド構造の強度について、新たな力学モデルを提案し、強度評価の精度を高めることに結び付けている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク