学位論文要旨



No 125691
著者(漢字) 横山,博史
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,ヒロシ
標題(和) 乱流境界層内のキャビティ音発生におけるフィードバック機構
標題(洋)
報告番号 125691
報告番号 甲25691
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7224号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 鈴木,雄二
 東京大学 准教授 鹿園,直毅
 東京大学 准教授 高木,周
内容要旨 要旨を表示する

本論文では, 乱流境界層内のキャビティまわりの流れ (乱流キャビティ流れ) で発生するピーク音を伴う自励振動におけるFluid-acoustic interactionsを, 三次元圧縮性Navier-Stokes方程式に基づく流れと音の直接数値計算により詳細に明らかにしている. 高速車両などの乱流キャビティ流れを想定し, 主流速度u1∞に基づくマッハ数 (以下単にマッハ数) Mを0.15, 0.3とし, 流入境界層の運動量厚さθとキャビティ長さLの比はθ/L = 0.04とし, 計算をおこなっている. なお, M = 0.15において風洞実験をおこない計算の健全性を確かめている. また, 計算および実験において, キャビティ長さL一定の下, キャビティ深さDを変化させ, キャビティ深さが自励振動に及ぼす影響を明らかにしている. さらに, キャビティ流れの計算だけでなく, 人工的音源を付加したバックステップ流れの計算もおこない, 大規模渦構造の発生における音波の役割を明らかにしている. 本論文は本論5章と付録から構成されている. 以下に, 各章の内容をまとめる.

第1章では, 乱流キャビティ流れにおけるピーク音の発生機構を解明することが, 工学的に重要な課題であることを述べている. キャビティ流れにおけるピーク音は自励振動が原因となり発生する. Acoustic feedbackを伴う自由せん断層 (以下単にせん断層) の不安定性のみにより発生する自励振動は流体力学的振動, そうしたせん断層の不安定性と音響共鳴が連成し発生する自励振動は流体共鳴振動と呼ばれる. この章では, 流体力学的振動・流体共鳴振動に関する先行研究について述べ, 各振動の特徴や未解明点をまとめている. さらに, 本研究の対象と目的を述べている.

第2章では, 本研究で用いた数値計算の手法について述べている. さらに, 計算の精度検証のためおこなった風洞実験の手法についても述べている.

第3章では計算の健全性について議論している. まず, 計算領域は十分広く, 計算領域の大きさが計算結果に及ぼす影響は無視できるほど小さいことを示している. 次に, 流入境界層が適切な乱流境界層になっていることを確認している. 最後に, キャビティから発生する音に関して実験結果と比較をおこない, 計算の健全性を示している.

第4章では計算や実験から得られた結果を議論している. 4. 1では第4章の概要を述べ, 4. 2では計算結果の解析手法 (位相平均など) について述べている. 4. 3では流体力学的振動が発生するD/L = 0.5 (M = 0.3) のキャビティ流れを取り上げ, せん断層内の渦構造の挙動を議論している. 振動周波数において位相平均した流れ場の圧力変動および渦構造を図1に示す. 大規模な二次元的渦構造がせん断層内に形成されることがわかる. この大規模渦構造が下流側壁面に衝突する際に音波が発生するが, この機構についても詳細に議論している. さらに, 音源位置の同定もおこなっている. 4. 4では, 人工的音源を付加したバックステップ流れの計算により, キャビティ流れの自励振動を維持する大規模渦構造の発生機構について議論している. その際, 線形安定性解析の結果との比較もおこなっている. また, キャビティ長さやマッハ数が大規模渦構造の発生に及ぼす影響についても議論している. 一方, 4. 5では, 流体共鳴振動を取り上げている. M = 0.3ではD/L = 0.9~2.5のキャビティ流れで, M = 0.15ではD/L = 3.0~5.8のキャビティ流れで流体共鳴振動が発生する. もっとも強い流体共鳴振動が発生するD/L = 1.3 (M = 0.3) のキャビティ流れを取り上げ, 自励振動の発生機構における流体力学的振動との共通点・相違点について議論している. さらに, キャビティ深さが流体共鳴振動に及ぼす影響について議論をおこなっている.

第5章では第4章での議論に基づき, 本論文の結論を流体力学的振動に関するものと流体共鳴振動に関するもの二つに分け, 以下のようにまとめている.

流体力学的振動に関して

・せん断層内には, 多数の微小渦構造を含む二次元的な大規模渦構造が発生することがわかった. バックステップ流れに人工的音源を加えた計算により, Acoustic feedbackとは音波によってせん断層内に対流するじょう乱が発生することであり, このじょう乱は層流の際と同様にKelvin-Helmholtz不安定により大規模渦構造に発達することを明らかにした. また, 線形安定性解析の結果との比較から, 乱流境界層内の微小渦構造や音波が大規模渦構造の発達に及ぼす影響が小さいことがわかった.

・大規模渦構造が下流側壁面に衝突し, 壁面により回転が妨げられる際, 圧力勾配により下流方向の局所的な速度変動が発生する. その結果, 下流側壁面近傍の流体が膨張し, 膨張波が発生することがわかった. 本研究により, キャビティ流れにおける音波の発生機構が初めて詳細に明らかになった.

・D/L = 0.5 (M = 0.3) のキャビティ流れでのピーク音の音源位置は下流側壁面の底部近傍に存在することがわかった. このように音源位置が明らかになったことは, キャビティ音が問題となる工業製品の設計において, ピーク音低減を目指し, 形状や材質の改良を考える上で非常に有益であると考えられる.

・低マッハ数 (M < 0.2) において流体力学的振動が発生しないのは, 渦から発生する音が小さくなりAcoustic feedbackが弱くなることで, 大規模渦構造のスパン方向相関が低くなるためであることがわかった. このスパン方向相関の低下は, 層流のキャビティ流れでは見られない現象で, 乱流キャビティ流れに特有のものである. 本研究により初めて層流キャビティ流れと乱流キャビティ流れの本質的な違いが明らかになった.

流体共鳴振動に関して

・音響共鳴によりキャビティ内部に定在波が形成される. 定在波による圧力変動は, 開口部付近ではキャビティ外部へ進行波として伝播する. 進行波が上流端部近傍を伝播する際, せん断層は上下に加振され, 対流するじょう乱が発生する. このじょう乱は流体力学的振動と同様にKelvin-Helmholtz不安定により大規模渦構造に発達し, 渦が下流側壁面に衝突し発生する膨張波により再び定在波が形成される. このように, 流体共鳴振動では定在波を介したフィードバックループが形成される点が, 流体力学的振動と異なる.

・同じ強さの大規模渦構造の衝突においても, 発生する音響エネルギーは音響共鳴により増大する. これは, 定在波の影響により, 音響エネルギー発生領域において, 圧力変動が増すことや速度ベクトルの発散の変動と圧力変動の位相差が小さくなることによる. さらに, 音響共鳴により, 開口部での粒子速度が大きくなることでAcoustic feedbackは強まる. このため, 流体力学的振動が発生しない低マッハ数 (本研究ではM = 0.15) においても流体共鳴振動が発生する.

・キャビティが深くなるほど自励振動の周波数は低下する. これは, 大規模渦構造の衝突による膨張波の発生から定在波がもっとも低圧になるまでの時間が, 長くなるためであり, 音響的効果による. なお, 大規模渦構造の数や対流速度はキャビティ深さに依らないことが確認された. 流体共鳴振動の振動周波数は, 定在波による大規模渦構造の形成・大規模渦構造の対流・大規模渦構造と壁面の衝突による音波の発生・発生した音波による定在波の形成といった一連の現象にかかる時間で決まる. この点で, 音響的加振を受ける円柱流れのような単純なロックイン現象とは本質的に異なる.

・M = 0.3ではD/L = 1.3において, M = 0.15ではD/L = 4.2において, 流体共鳴振動の周波数と共鳴周波数が一致し, 発生するピーク音は各マッハ数でもっとも強くなる. また, キャビティの音響的特性により, 共鳴周波数と異なる振動周波数でも, その差が小さければ強い流体共鳴振動が発生する. ただし, 振動周波数と共鳴周波数の差が大きくなるにつれ, 定在波が弱まることで音響共鳴による音響エネルギーの増大やAcoustic feedbackの強化が小さくなり, ピーク音は弱まる.

図1位相平均した流れ場における圧力変動Cp' = p'/(0.5ρ∞u1∞2 ) (ρ∞は主流の密度) および第二不変量の等値面q/(u1∞/L)2 = 6 (M = 0.3, D/L = 0.5).

審査要旨 要旨を表示する

本論文では, 「乱流境界層内のキャビティ音発生におけるフィードバック機構」と題し, 本論5章と付録から構成されている.

本論文では, 乱流境界層内のキャビティまわりの流れ (乱流キャビティ流れ) で発生するピーク音を伴う自励振動におけるFluid-acoustic interactionsを, 三次元圧縮性Navier-Stokes方程式に基づく流れと音の直接数値計算により詳細に明らかにしている. 高速車両などを想定し主流マッハ数 (以下単にマッハ数) Mが0.15, 0.3の乱流キャビティ流れを対象としている. また, 流入境界層の運動量厚さθとキャビティ長さLの比はθ/L = 0.04とし, 計算をおこなっている. なお, M = 0.15において風洞実験をおこない計算の健全性を確かめている. また, 計算および実験において, キャビティ長さL一定の下, キャビティ深さDを変化させ, キャビティ深さが自励振動に及ぼす影響を明らかにしている. さらに, キャビティ流れの計算だけでなく, 人工的音源を付加したバックステップ流れの計算もおこない, 大規模渦構造の形成における音波の役割を明らかにしている.

以下に, 各章の内容をまとめる.

第1章では, 乱流キャビティ流れにおける自励振動の発生機構を解明することが, 工学的に重要な課題であることを述べた. 音響共鳴が発生していない場合の自励振動は流体力学的振動, 音響共鳴が発生している場合の自励振動は流体共鳴振動と分類される. この章では, 各自励振動の特徴や先行研究での未解明点をまとめている. さらに, 本論文での対象と目的を述べている.

第2章では, 数値計算の手法や, 計算の精度検証のためおこなった風洞実験の手法について述べている.

第3章では計算の健全性について議論している. まず, キャビティへ流入する境界層が適切な乱流境界層になっていることを示している. 次に, キャビティから発生するピーク音に関して実験結果と比較をおこない, 計算の健全性を示している.

第4章では計算結果や実験結果を議論している. まず, 流体力学的振動が発生するD/L = 0.5 (M = 0.3) のキャビティ流れを取り上げ, 自由せん断層 (以下単にせん断層) 内の渦構造の挙動や, 音波の発生について詳細に議論している. また, 音源位置の推定もおこなっている. さらに, 人工的音源を付加したバックステップ流れの計算により, キャビティ流れの自励振動を維持する大規模渦構造の発生機構について議論している. また, キャビティ長さやマッハ数がキャビティ流れの自励振動に及ぼす影響についても議論している. 一方, 流体共鳴振動に関しては, D/L = 1.3 (M = 0.3) のキャビティ流れを取り上げ, 自励振動の発生機構における流体力学的振動との共通点・相違点を明らかにしている. また, キャビティ深さが流体共鳴振動に及ぼす影響についても議論をおこなっている.

第5章では第4章での議論に基づき, 本論文の結論を以下のようにまとめている. 流体力学的振動および流体共鳴振動どちらの振動においても,せん断層内の二次元的な大規模渦構造が下流側壁面に衝突する際,壁面により回転が妨げられ,圧力勾配により下流方向の局所的な速度変動が発生することで膨張波が発生することがわかった.さらに, バックステップ流れに人工的音源を加えた計算により,音波によってせん断層内に対流するじょう乱が発生し, このじょう乱が層流の際と同様のK-H不安定により大規模渦構造に発達することがわかった.このことは,乱流境界層内の微小渦構造が大規模渦構造の形成に及ぼす影響が小さいことを示唆する.また,流体共鳴振動に関し,深いキャビティほど,大規模渦構造の壁面への衝突による膨張波の発生から定在波が最も低圧になるまでの時間が長くなるため,振動周波数が低下することを明らかにした.振動周波数が共鳴周波数と一致する際,最も強いピーク音が発生する.

以上のように, 本論文では, 流体と音の直接計算により, 従来の研究では明らかになっていなかった,乱流キャビティ流れにおけるピーク音の発生機構や強いピーク音の発生条件などを明らかにしている. これらの研究成果は, 流体工学, 音響工学, 機械工学などの進展に寄与するところが大きい.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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