学位論文要旨



No 125692
著者(漢字) 横山,喬
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,タカシ
標題(和) 軸直角方向外力を受けるボルト締結体挙動の力学モデルの構築
標題(洋)
報告番号 125692
報告番号 甲25692
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7225号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 吉川,暢宏
 東京大学 教授 久田,俊明
 東京大学 准教授 泉,聡志
 東京大学 講師 渡辺,浩志
内容要旨 要旨を表示する

機械・構造物を組み立てる際に使用される結合法の一つであるねじ締結は,取付け・取外しのしやすさや低価格なことから幅広く使用され,標準化されている.その一方で,ねじ締結部の破損が原因となる不具合は現在でも数多く発生し,時には重大事故に至り社会問題となっている.ねじ締結部の破損のうち,発生が懸念されるものと考えられているのは疲労とゆるみである.ゆるみは,ねじ締結部を締め付けた後に発生する締結力の減少と定義され,ねじが戻り回転して生じるゆるみは回転ゆるみと呼ばれる.回転ゆるみを発生させる荷重モードの一つとして,軸直角方向外力がある.この場合に対しては,座面がすべるとゆるみが発生することが知られていたが,より小さな外力に対しても微小なゆるみが発生することが近年明らかにされた.完全座面のすべりによるゆるみは,目視で確認できる程度の急速に進行するゆるみであるのに対し,微小座面すべりによる回転ゆるみは,前者と比べてゆるみの進行ははるかに遅いため,早い段階での検出が難しい.現在問題となっているのは,主に微小座面すべりによるゆるみであると推測される.

現状、回転ゆるみが防げない原因として,ねじ締結部に関わる要因のばらつきの締結体挙動への寄与を十分に見積もることができていないことが考えられる.ねじ締結部に関わる要因として大きなばらつきを発生しうるものは,外力,形状(公差),締付け作業,接触面の表面性状である.それらのばらつきによる締結体挙動への寄与を見積もるためには,締結体挙動のメカニズムの解明と,それに基づく理論,あるいはモデルの構築が必要である.これまでに接触面における複雑な力学的挙動が締結体挙動の原因となることが示されているが,それを定量的に扱った締結体の理論・モデルはまだ構築されていない.特に軸直角方向外力が作用する場合の微小座面すべりによる回転ゆるみを考慮した理論・モデルの構築が望まれる.

本論文では,ボルト締結体の軸直角方向外力を受けるボルト締結体の力学的挙動をモデル化する.ボルト締結体の非線形挙動の原因となる接触面におけるすべり挙動に着目して接触力とすべり変位のモデル化を行い,荷重変位関係や回転ゆるみといった締結体挙動のモデル化に結びつける.回転ゆるみに関しては,従来主に行われてきた完全座面すべりによるゆるみだけでなく,微小座面すべりによるゆるみも対象とする.モデル化は,これまでに提案されているねじの力学的挙動に関する多くの理論や,本研究で行ったFEMにより得られた知見を融合して行われる.また,構築されるモデルは,設計計算に使用可能な程度の簡易な計算により締結体挙動を予測可能なものとする.

1. 荷重変位関係のモデル化

軸直角方向外力を受けるボルト締結体について,ボルト座面が完全すべりに達する以前の荷重変位関係を導出するモデルを構築した.まず,荷重変位関係における並進変位が,ボルトの曲げ変位と接触面におけるすべり変位に関する5つの要因から成ることを示した.5つの要因を計算するために,本研究ではねじ面とボルト座面に発生する反作用モーメントの定式化とすべり変位のモデル化を行った.

まず,反作用モーメントの定式化について,FEMで得た反作用モーメントの変化の様子からそのメカニズムを示した.局所ねじ面すべり時にはボルト軸の傾きにより外力の作用方向と反対側でねじ面反力が増加し,完全ねじ面すべり時にはボルト軸の並進により外力の作用方向のねじ面反力が増加することが,反作用モーメントの変化の原因であることが分かった.また,反作用モーメントに対するピッチ数の影響についても考察を行い,ねじ面ではピッチ数が多いほど局所ねじ面すべり時のモーメント変化が大きく,完全ねじ面すべり時の変化が小さいことが分かった.以上の考察に基づいて,ねじ面と座面への反作用モーメントの配分は,はめ合いねじ部とボルト頭の傾きに対するばね定数に比例するものと考えて定式化した.

次に,接触面のすべり変位のモデル化においては,接触力とすべり変位は接触面において周方向に分布することを考慮した.接触面を周方向に分割し,ねじ山のらせん形状を考慮して接触力分布を定式化した.締結力発生時に対してはねじ山の荷重分担率の計算方法に基づいて接触力分布を求めた.外力作用時に対しては接触力分布を初期設定した後すべりの判定を行い,すべりが発生した領域においては摩擦力とのつり合いを保つよう接触力を修正して接触力分布の収束解を得た.ねじ面と座面の相互作用として,ねじ面に発生するトルクを座面に伝達させ,ボルトのねじれをモデル化した.すべり変位に関しては,ねじ面,座面とも局所すべり時には接触部の弾性変形に基づいて定式化を行った.ねじ面の完全すべりによる変位は,外力に比例する並進変位と,ボルト軸のねじり変位より求めた.ここで,完全ねじ面すべり時のねじ面の並進すべりに対する剛性を表すパラメータを導入した.最後に,すべり変位の外力方向成分をねじ面,座面それぞれにおいて平均し,荷重変位関係への寄与とした.

以上の計算を,締結体に作用する荷重を段階的に変化させて繰り返し行い,荷重変位関係を求める.接触力分布の計算において,分布を十分に収束させることと完全ねじ面すべりに達する外力値を精度よく探索することにより,荷重ステップの大きさによらず荷重変位関係を得ることが可能となる.

2. 回転ゆるみのモデル化

上記の荷重変位関係を導出する力学モデルを拡張し,回転ゆるみ挙動をモデル化した.荷重変位関係のモデル化では完全座面すべりの発生以前の挙動をモデル化したが,ここでは微小座面すべりによるゆるみと完全座面すべりによるゆるみの両方を扱うため,完全座面すべり時のすべり変位をモデル化した.完全座面すべり時には,微小座面すべり時に蓄えられたボルトのねじれの解放により,ねじ面,座面ともに回転が発生することを考慮してすべり変位を定式化した.ここで,ねじ面と座面の周方向すべりに対する剛性を表すパラメータを導入した.得られたボルト座面の回転角をゆるみ回転角とし,これと締結体の軸方向変形に対するばね定数とから,締結力の減少量を導出した.

3. 力学モデルの有効性検討

構築した力学モデルを用いて計算を行い,荷重変位関係,回転ゆるみの進行を再現できることを確認した.力学モデルでは,完全ねじ面すべりに達する外力値を探索するため,荷重変位関係の勾配変化が明確に示されることを確認した.回転ゆるみの進行については,FEMで見られる局所的な挙動による締結力の変化は力学モデルでは考慮されていないものの,接触面における力学的挙動の本質は表され,締結体挙動に反映されているものといえる.本力学モデルで導入したすべり等に関するパラメータについては,ボルト呼び径,ピッチサイズ,摩擦係数に応じて変更する必要があることが分かった.実用性に対する検証として,山本らによる実験と同様の条件で計算を行い,荷重変位関係とゆるみ回転角の推移についてよく一致する結果を得た.また,富士岡らの提案したモデルに対しては,接触力分布に対する反作用モーメントの影響を考慮したこと等により,FEM結果に近い挙動が得られることを確認した.これらの検証結果から,実機の設計における締結体挙動の予測・評価において,提案する力学モデルが適用されることが期待される.

本論文では,軸直角方向外力が作用する場合の回転ゆるみを扱い,設定すべきパラメータは残されているものの,ボルト締結体の挙動を精度よく再現できることを示した.パラメータに関しては,本研究ではFEM結果に基づいて設定したが,本来は接触面における力学的挙動の理論的考察に基づいて導出されるべきであると考えられる.これは今後取り組むべき課題である.本力学モデルでは,FEMで明らかにされた接触面における力学的挙動の理解と定式化をベースとして締結体の挙動をモデル化したという点で,過去に提案された理論とは異なるものであるといえる.本力学モデルは軸直角方向外力のほかに回転ゆるみを生じやすい荷重モードである軸回り外力の場合にも展開することは可能であり,さらに軸方向外力の影響を考慮すれば一般的な荷重に対する締結体挙動を得ることができるようになる.本力学モデルは計算時間の点でも優れており,実用性は高いものと考える.実機の設計における締結部の信頼性評価に本力学モデルが適用され,疲労等のほかの破壊モードを含めた総合的な信頼性評価の一端を担うことが期待される.

4. 開発手法の将来の展望

ボルト締結体に作用する荷重形態として本研究で対象とした軸直角方向外力の他に,軸回り外力,軸方向外力,および偏心外力が挙げられる.本論文で提案した力学モデルを,これらの荷重形態を考慮したモデルに拡張することによって,一般的な力荷重に対応したボルト締結体挙動の評価が行えるようになる.それにより,複数の締結部を有する構造物の有限要素モデルにおいて,ビーム要素等でモデル化される締結部の特性(剛性)を設定するために活用することができるようになる.

また,本研究ではボルト締結体の挙動を準静的なものとして扱ったが,作用する外力の振動数が大きい場合や外力が衝撃的に作用する場合には,荷重変位関係の勾配やゆるみ速度が変化することが予想される.この場合の回転ゆるみ挙動の力学モデルを構築するには,回転ゆるみ挙動に対する動的な効果を定量的に明らかにした上で,接触面の動特性のモデル化を組み込む必要があるものと考える.

審査要旨 要旨を表示する

本論文では,軸直角方向外力を受けるボルト締結体の力学的挙動のモデル化を行ったものである.ねじ締結は,標準化され幅広く使用されている一方で,その破損による不具合は現在でも頻繁に発生している.そのうち,回転ゆるみは重大な破損モードの一つであり,軸直角方向外力は回転ゆるみを発生させる支配的な荷重モードである.軸直角方向外力によるゆるみのメカニズムは三次元FEM解析により接触面におけるすべり挙動に基づいて説明されたが、設計においてはより簡易な計算で締結体挙動を評価することが求められる.そこで,本研究ではボルト締結体の接触面におけるすべり挙動に着目して接触力とすべり変位のモデル化を行い,荷重変位関係や回転ゆるみといった締結体挙動のモデル化に結びつけた.

第1章では、序論として、軸直角方向外力を扱う重要性を示し、これまでに明らかにされたメカニズムをモデル化する意義を述べた。

第2章では、本研究で対象とする締結体を説明し、そのFEM結果を用いて本研究でモデル化を行う荷重変位関係と回転ゆるみのメカニズムを説明した。

第3章では、軸直角方向外力を受けるボルト締結体について,ボルト座面が完全すべりに達する以前の荷重変位関係を導出するモデルを構築した.まず,荷重変位関係における並進変位が,ボルトの曲げ変位と接触面におけるすべり変位に関する5つの要因から成ることを示した.5つの要因を計算するために,本研究ではねじ面とボルト座面に発生する反作用モーメントの定式化とすべり変位のモデル化を行った.

反作用モーメントの定式化について,FEMで得た反作用モーメントの変化の様子からそのメカニズムを示した.局所ねじ面すべり時にはボルト軸の傾きにより外力の作用方向と反対側でねじ面反力が増加し,完全ねじ面すべり時にはボルト軸の並進により外力の作用方向のねじ面反力が増加することが,反作用モーメントの変化の原因であることを明らかにし、ねじ面と座面への反作用モーメントの配分は,はめ合いねじ部とボルト頭の傾きに対するばね定数に比例するものと考えて定式化した.

次に,接触面のすべり変位のモデル化を行った。接触面を周方向に分割し,ねじ山のらせん形状を考慮して接触力分布を定式化した.外力作用に対して接触力分布を初期設定した後すべりの判定を行い,すべりが発生した領域においては摩擦力とのつり合いを保つよう接触力を修正して接触力分布の収束解を得た.ねじ面と座面の相互作用として,ねじ面に発生するトルクを座面に伝達させ,ボルトのねじれをモデル化した.すべり変位に関しては,ねじ面,座面とも局所すべり時には接触部の弾性変形を求める従来理論を応用して定式化を行った.ねじ面の完全すべりによる変位は,外力に比例する並進変位と,ボルト軸のねじり変位より求めた.

以上の計算を,締結体に作用する荷重を段階的に変化させて繰り返し行い,荷重変位関係を求めた.

第4章では、上記の荷重変位関係を導出する力学モデルを拡張し,回転ゆるみ挙動をモデル化した.荷重変位関係のモデル化では完全座面すべりの発生以前の挙動をモデル化したが,ここでは微小座面すべりによるゆるみと完全座面すべりによるゆるみの両方を扱うため,完全座面すべり時のすべり変位をモデル化した.完全座面すべり時には,微小座面すべり時に蓄えられたボルトのねじれの解放により,ねじ面,座面ともに回転が発生することを考慮してすべり変位を定式化した.得られたボルト座面の回転角をゆるみ回転角とし,これと締結体の軸方向変形に対するばね定数とから,締結力の減少量を導出した.

第5章では、構築した力学モデルを用いて計算を行い,荷重変位関係,回転ゆるみの進行を再現できることを確認した.回転ゆるみの進行については,接触面における力学的挙動の本質は表され,締結体挙動に反映されているものといえる.実用性に対する検証として,山本らによる実験と同様の条件で計算を行い,荷重変位関係とゆるみ回転角の推移についてよく一致する結果を得た.これらの検証結果から,実機の設計における締結体挙動の予測・評価において,提案する力学モデルが適用されることが期待される.

第6章では、結論と研究の展望を述べた。本力学モデルは軸直角方向外力のほかに回転ゆるみを生じやすい荷重モードである軸回り外力の場合にも展開することは可能であり,さらに軸方向外力の影響を考慮すれば一般的な荷重に対する締結体挙動を得ることができるようになる.

構築されたモデルは,締結体における本質的な力学的挙動を抽出し、従来理論と新たな接触面挙動の定式化を組み合わせてモデル化することにより,設計計算に使用可能な程度の力学計算で締結体挙動を再現することが可能である.

以上の内容に基づき,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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