学位論文要旨



No 125693
著者(漢字) 中川,智皓
著者(英字)
著者(カナ) ナカガワ,チヒロ
標題(和) 人と協調するパーソナルモビリティ・ビークルの運動と制御
標題(洋)
報告番号 125693
報告番号 甲25693
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7226号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 鎌田,実
 東京大学 准教授 鈴木,高宏
 東京大学 准教授 中野,公彦
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

近年,環境保全や高齢社会への対応,移動権の確保の観点から,人と環境にやさしい新しい乗り物の開発が期待されている.従来の自動車交通や鉄道などの公共交通のみではカバーできない新たな交通モードの整備が求められてきている.そのような背景から,個人用の移動手段となる乗り物,パーソナルモビリティ・ビークル(Personal Mobility Vehicle, PMV)に関する研究,開発が増加してきている.しかし,その開発の多くは,コンセプト車両の提案で法規や社会インフラの観点から早期の実用化は困難なものや,製品開発したもの安定性や安全性の学術的な裏づけが十分とは言えない場合がある.特に,実社会への受容性のあるPMVを提案するには,歩行空間など実環境における安全性を把握することは重要である.しかしながら,これらの点を考慮して,PMVの可能性を体系立てて議論された事例は見当たらない.そこで,本研究では,PMVについて,運動力学,安定化制御,操縦性,乗員との協調性のみならず歩行者との親和性,社会における実用性の観点から議論する.新しい交通モードを実現する合理的なPMVを提案し,その有用性を示すとともに,PMV全体についての体系化手法を構築する.本論文の流れとして,まずPMVとして,2つの車輪を有する車両を取り上げ,その力学特性を明らかにする.そのダイナミクスと社会における実用可能性を踏まえ,新たな交通モードを実現するPMVの形態を提案する.次に,提案するPMVの安定性を数値計算によって示し,操縦性を実験によって評価する.その後,PMVの歩行者との親和性を実験によって評価し,歩行空間で実現可能なPMVの指標を得る.最後に,得られた知見を元に,様々なPMVを多軸によって評価し,PMVの体系化を試みる.

2.自転車の運動

PMVとして,2つの車輪を有する車両を取り上げ,そのダイナミクスを把握する.最も基本的なPMVとして,自転車を取り上げ,その力学特性について論じる.コンパクトなPMVの提案のため,小径自転車に着目し,その運動力学解析について説明している.小径タイヤの領域では,安定性が著しく変化することを示し,小径自転車における安定性向上に効果的なパラメータを示している.小径自転車を用いた走行実験によって,シミュレーションの妥当性を示し,パラメータ設定による操縦安定性向上を確認している.

3.極低速における自転車の安定化

前章より,自転車は特に低速で不安定であり,またタイヤを小径とするとさらに不安定となることが運動力学的に示された.しかし,歩行空間においても使用できるPMVという観点から,時には歩行速度以下での安定な走行を可能とする自転車,また歩行空間での占有体積が小さく持ち運びしやすい小径自転車の検討が必要と言える.そこで,極低速における自転車の安定化を図るため,前後輪の操舵を可能とする自転車に,前後輪の駆動力制御を付加することを考え,車体を安定化させる原理を示す.極低速時において,最も効率的に駆動制御で安定化できる形態は,前後輪が共に90度操舵した形態,すなわち平行二輪車(倒立振子型車両)となることを明らかにしている.

4.新たな交通モードを実現するPMVの提案

新たな交通モードを実現するPMVの形態を提案する.ここでは,次の3点を理想的な形態要素とし,それらを考慮に入れた構造を考える.

(1)人と環境に優しい動力で,快適かつ効率的な近・中距離移動を実現する.

(2)歩道や施設内での歩行者混在環境で安全に使用されうる.

(3)公共交通や自動車に持ち込める可搬性がある.

これまでに示した2輪車両の力学を踏まえると,高速では直列二輪,低速では平行二輪の形態を用いることが,車両の持つ自己安定性の観点から合理的である.そこで,PMVとして,自転車モードと平行二輪車モードという二形態を持ち合わせ,お互いのモードに変換可能で,状況に応じて使い分けることができる乗り物を提案する.高速走行時には直列二輪である自転車モード,低速走行時には平行二輪車モードとなるハイブリッド方式を使用するコンセプトである.さらに,平行二輪車モードについては,従来の全電動型に加え,人力駆動型を提案している.それぞれの構造と動作方式を説明し,本研究で取り扱うシステムの範囲を述べている.次章以降では,それぞれのモードにおける安定化制御,操縦性について論じ,提案車両の成立の可否を示す.

5.自転車モードの安定化制御

提案したPMVの自転車モードにおける安定化制御について論じる.前後輪を共に操舵また駆動させる安定化制御を提案し,数値解析によって,従来の自転車よりも安定性を向上できることを示している.

6.平行二輪車モード(人力駆動型)における人との協調

提案したPMVの平行二輪車モード(人力駆動型)における人との協調を論じる.提案車両の構造は,ペダル式の平行二輪車とし,そのモデリングを行い,数値シミュレーションによって,人間のペダル駆動トルクの変動が安定化制御トルクに与える影響を論じている.ペダル式平行二輪車の機械式駆動と電気式駆動方式の比較において,人間の駆動力を一度バッテリに蓄えて変動の小さいトルク指令でモータのみで駆動させる電気式駆動方式の方が,エネルギを平滑化することが可能である点で,安定化しやすいことを示している.

7.平行二輪車モード(人力駆動型)の操縦実験

提案したPMVの平行二輪車モード(人力駆動型)を試作し,実験を行う.実験において,提案車両の成立可否を確認する.実験では,人力によるペダルの回転によって,前後の意図する方向に直進走行させること,ハンドルを回転させることによって,意図する方向に旋回させることに成功した.ペダルの回転によって,目標姿勢角を変化させる駆動制御,旋回運動のための車輪駆動トルクを操舵角,操舵角度に適切なゲインを乗ずることによって導出する操舵制御が,高い操縦性を有することを示している.

8.歩行者との親和性

歩行空間におけるPMVの受容性を検討するため,PMVが歩行空間に与える影響を,物理的,心理的側面から論じる.歩行者混在走行実験により,PMVが歩行者に与える不快感,恐怖感は,PMVの種類によって有意に異なるということを示している.コンパクトな倒立振子型車両は,自転車に比べて,歩行者との親和性が有意に高いことが分かった.また,歩行者の心理に負荷を与えるPMVの要因をキーグラフ解析によって探索している.その結果を利用し,パーソナルスペース(他者の侵入によって心理的緊張が生じるスペース)を測定する試験設定を行った.PMVと歩行者の親和性をパーソナルスペース測定データに基づき評価している.これらから,車両の形態や速度の違いによって,親和性が変化することを合理的に導いている.

9.PMVの多軸による評価

これまでに得られたPMVに関するダイナミクス,安定化制御,ドライバとのインタラクション,歩行者とのインタラクションの知見を元に,複数の軸によってPMVを評価する.PMVの安定性と車輪配置の関係をまとめ,低速では平行二輪車,中高速では自転車の形態となる車輪配置を有するPMVが,効率的に安定性を確保するための合理的な形態であることをまとめている.また,PMVに対する歩行者のパーソナルスペースと車両の体積の関係から,それぞれのPMVに対するパーソナルスペースを求める近似式を導出し,既存のPMVの位置づけを可視化している.さらに,これまでの実験結果に基づき,歩行者親和性を保持するためのPMVの速度と歩行密度の関係を示している.これによって,歩行者にとって快適なPMV混在環境を設計する一つの指針が得られる.PMVの走行に必要なエネルギを試算し,省エネ性の観点から人力を用いた提案PMVの優位性を示している.最後に,車両の操縦安定性,歩行者との親和性,社会における実用性によって,人と協調するPMVの形態について,体系化手法を構築している.3次元の体系図より,提案したPMVの位置づけを可視化し,その有用性を示した.

10.結論

本研究では,新たな交通モードを実現するためのPMVの形態を,ダイナミクス,安定化制御,ドライバとのインタラクション,歩行者とのインタラクションの知見から,合理的に導いた.多軸によるPMVの評価を行い,車両の操縦安定性,歩行者との親和性,社会における実用性によって,人と協調するPMVの形態を体系化する手法を構築した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「人と協調するパーソナルモビリティ・ビークルの運動と制御」と題し、10章よりなっている。

近年、環境保全や高齢社会への対応、移動権の確保の観点から、人と環境にやさしい新しい乗り物の研究開発が期待されている。

本論文では、個人用の移動手段となる乗り物、パーソナルモビリティ・ビークル(PMV)を取り上げ、車両の運動力学、安定化制御、操縦性、乗員との協調性のみならず歩行者との親和性、社会における実用性の観点から論じている。本研究で取り扱うPMVは、人と環境に優しい動力で、快適かつ効率的な近・中距離移動の実現し、歩道や施設内での歩行者混在環境でも安全に使用可能、公共交通や自動車への持ち込める可搬性を特長とし、このコンセプトを実現する合理的なPMVを提案し、その有用性を示すとともに、PMV全体についても体系化の試みをしている。

本論文の第1章は、「序論」と題し、研究の背景および本研究の目的について述べている。

第2章は、「自転車の運動」と題し、コンパクトなPMVの提案のため、小径自転車に着目した運動力学解析を、マルチボディダイナミクスを用いて行っている。小径自転車を用いた走行実験によって、シミュレーションの妥当性を示し、パラメータ設定による操縦安定性向上を確認している。

第3章は、「極低速における自転車の安定化」と題し、前後輪の操舵を可能とする自転車に、前後輪の駆動力制御を付加することを考え、車体を安定化させる原理を示している。極低速時において、最も効率的に駆動制御で安定化できる形態は、前後輪が共に90度操舵した形態、すなわち平行二輪車(倒立振子型車両)となることを明らかにしている。

第4章は、「新たな交通モードを実現するPMVの提案」と題し、自転車モードと平行二輪車モードという二形態を持ち合わせ、お互いのモードに変換可能で、状況に応じて使い分けることができる乗り物を提案している。高速走行時には直列二輪である自転車モード、低速走行時には平行二輪車モードとなるハイブリッド方式を使用するコンセプトである。さらに、平行二輪車モードについては、従来の全電動型に加え、人力駆動型を提案し、それぞれの構造と動作方式を説明している。

第5章は、「自転車モードの安定化制御」と題し、前後輪を共に操舵また駆動させる自転車の安定化制御を提案し、数値解析によって、従来の自転車よりも安定性を向上できることを示している。

第6章は、「平行二輪車モード(人力駆動型)における人との協調」と題し、提案したPMVの平行二輪車モード(人力駆動型)における乗員との協調を姿勢安定化の観点から論じている。ペダル式平行二輪車の機械式駆動と電気式駆動方式の比較では、人間の駆動力を電力に変換して、変動の小さいトルク指令でモータのみで駆動させる電気式駆動方式の方が、エネルギを平滑化することが可能である点で、安定化しやすいことを示している。

第7章は、「平行二輪車モード(人力駆動型)の操縦実験」と題し、提案したPMVの平行二輪車モード(人力駆動型)を試作し、駆動および操舵実験を行っている。実験では、人力によるペダルの回転によって、前後の意図する方向に直進走行させること、ハンドルを回転させることによって、意図する方向に旋回させることに成功している。操舵特性については、自転車との互換性を考慮したシステムを提案している。ペダルの回転によって目標姿勢角を変化させる駆動制御を行い、ハンドルの操舵角入力に対して、左右車輪の駆動トルク差を制御する方式において、高い操縦性が得られることを示している。

第8章は、「歩行者との親和性」と題し、PMVが歩行空間に与える影響を、物理的、心理的側面から論じている。歩行者混在走行実験により、PMVが歩行者に与える不快感などは、PMVの種類によって有意に異なるということを示している。コンパクトな倒立振子型車両は、自転車に比べて、歩行者との親和性が有意に高いことが示されている。また、PMVと歩行者の親和性をパーソナルスペース測定データに基づき評価し、車両の形態や速度の違いによって、親和性が変化することを合理的に導いている。

第9章は、「PMVの多軸による評価」と題し、車両の操縦安定性、歩行者との親和性、社会における実用性によって、人と協調するPMVの形態を体系化手法の構築を試みている。

第10章は、「結論」と題し、以上の結果を要約し、本論文の結論を述べている。

以上、本論文は、新たな交通モードを実現するPMVを定義し、それを実現する形態を提案し、力学的特性およびドライバとのインタラクション、歩行空間での親和性について論じたものである。自転車モードと平行二輪車モードを有するペダル式平行二輪車を提案し、試作機を用いた操縦実験および理論検討によりその成立を確認し、歩行者との親和性、社会における実用性を論じ、人と協調するPMVの体系化する手法を構築している。よって、これらの研究成果は、機械工学に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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