学位論文要旨



No 125694
著者(漢字) 中川,和久
著者(英字)
著者(カナ) ナカガワ,カズヒサ
標題(和) 原子間力顕微鏡の高分解能化に関する研究
標題(洋) Research improving the resolution of atomic force microscopy
報告番号 125694
報告番号 甲25694
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7227号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川勝,英樹
 東京大学 教授 藤井,輝夫
 東京大学 教授 年吉,洋
 東京大学 准教授 新野,俊樹
 東京大学 准教授 金,範
内容要旨 要旨を表示する

原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope: AFM)は、非接触撮像手法の発明により、走査型トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope: STM)に迫る超高分解能観察を導電性試料に限らず、様々な試料で可能としている。近年では、AFMの検出感度をさらに高めることで、単一原子の操作や、探針原子と試料表面原子との化学結合力を正確に計測し、原子種の同定まで可能となりつつある。本研究は、このAFMのさらなる高分解能化を目的に、プローブ部分を含めた装置全体の改良を行った。この研究をまとめた博士論文は全七章から構成される。

第一章は、AFMの発明から現在に至るまでの主要な研究を紹介し、近年の代表的な研究について述べた。AFMのさらなる高分解能化には、(1) センサーであるカンチレバーの微細化、(2) カンチレバーの振動振幅の低振幅化、(3) マルチモード化が有効であるが、従来のカンチレバーの作製プロセスや既存のAFM装置では困難であることを述べた。これら近年の研究課題を克服する為には、新たなカンチレバー作製プロセスの構築と高周波AFM装置の実現が不可欠であり、本研究はそれらの実現を目的とした。

第二章は、近年のAFMの基礎理論について説明した。カンチレバーの理論的なバネ定数、共振周波数の導出、非接触AFMにおいて一般的な周波数変調方式における探針-試料間に発生する相互間力とその力によるカンチレバーの共振周波数変化の関係、さらに熱ノイズによる検出限界について論じた。

第三章は、微小カンチレバーをバッチプロセスで作製する為の作製手法を提案し、同作製プロセスを用いた微小カンチレバーの試作、評価実験について述べた。単結晶シリコンの異方性エッチングと選択酸化の技術を用い、構成する全ての面を単結晶シリコンの結晶面で形成した長さ5 μ~ 20 μmの微小カンチレバーを試作した。提案した作製プロセスはフォトリソグラフィの精度の影響を受けず、カンチレバー形状は単結晶シリコンの結晶方向と異方性エッチングのエッチング速度によって決定されるため、同一の作製プロセスでさらに微細なカンチレバーも作製可能であった。その結果、単一原子の質量をも計測可能な超高感度センサーを実現できる可能性がある事を述べた。

第四章は、高周波超高真空AFM装置の開発とその性能評価について述べた。観察室、準備室の2つの超高真空チャンバーと高真空導入室からなる真空装置を開発した。準備室はアルゴンスパッタ装置をはじめとする各種処理装置を取り付け、様々な試料・カンチレバーの準備を超高真空環境下で行うことが出来る装置とした。カンチレバーの振動計測には高周波、低振幅振動計測に有効なヘテロダインレーザードップラー速度計を用い、さらにコモン振動除去機能を付加した光学系を開発した。カンチレバーの励振にはスプリアウスピークを全く発生させない光熱励振法を採用した。これら計測用のレーザービームと励振用のレーザービームは超高真空チャンバー内部に設置した光プローブと名付けた内部光学ユニットにて、光軸が調整された後、カンチレバー背面に集光される。また、AFMの制御回路部分では、カンチレバーの自己励振回路にスーパーヘテロダイン方式を採用し、様々なカンチレバーの共振モードを利用可能なAFM装置とした。開発した装置の性能評価実験では、計測ノイズレベルがカンチレバーの熱ノイズレベルよりも低く、計測部分の性能が十分であることを確認した。さらに、圧電素子励振と光熱励振との比較実験を行い、その有用性を示した。カンチレバーの励振、計測共に光を用いた本手法は、10 MHzを超えるカンチレバーの振動計測を、スプリアスピークを全く発生させる事無く計測できるものであり、従来の圧電素子と光梃子法を用いた検出手法よりも遥かに優れた性能を有することを実証した。

第五章は、開発したAFMを用いた原子分解能撮像実験について述べた。非接触AFMによる実験を行う前に、STMによる予備実験を行い、AFMヘッド部分の性能評価や試料準備の条件出し等を行った。本装置を用いた非接触AFM撮像は、カンチレバーの2次共振モードを用いたシリコン(111)7×7再構成表面と、カンチレバーの1次共振モードを用いた臭化カリウム劈開(001)表面を用い、それぞれの表面で原子分解能撮像に成功した。

第六章は、本研究成果を用いた応用研究と今後の展開について述べた。微小・高周波カンチレバーによる高分解能撮像実験と、化学結合力をより敏感に検出できる撮像手法についての研究を行った。また、今後の展開では本研究で開発した高周波超高真空AFMをアトムプローブ顕微鏡や透過電子顕微鏡と組み合わせる研究についてその可能性を述べた。

第七章は、本研究で得られた研究成果及び問題点を総括し、結論を述べた。

本研究は、近年のAFM研究において、高分解能化に有効とされながらも技術的な問題から実現が困難であった、微小カンチレバーと高周波AFMの試作とその評価に成功した。これらの成果は、これからの超高周波・超低振幅AFM撮像を可能とし、AFMの分解能を飛躍的に向上させるものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は原子間力顕微鏡(AFM)の高分解能化を目的として、カンチレバー部分を含めた装置全体の改良を行っている。半導体微細加工技術を応用してバッチプロセスで作製可能な微小カンチレバーと、レーザードップラー速度計と光熱励振を組み合わせた超高真空AFMの開発、さらにその装置を用いたAFM撮像実験を論じたもので全七章からなる。

第一章では、AFMに関する近年の代表的な研究を述べ、AFMの高分解能化に、探針と試料間に発生する相互作用力を直接検出する部分であるAFMカンチレバーの微細化、カンチレバーの振動振幅の低振幅化、マルチモードによる撮像が高分解能化に有効であるとに着目した。それらを実現するために、「バッチプロセスによる微小カンチレバーの作製技術の確立」、「従来の検出手法に代わる高周波・高感度振動検出装置の開発」、「スプリアスピークの発生が無い励振手法」を解決すべき課題とした。

第二章では、AFMの高分解能化に有効なカンチレバーの構造、撮像方法を定量的に検討している。

第三章では、微小カンチレバーの作製プロセスとその性能について検討している。3種類の微小カンチレバーの作製プロセスを考案、試作とその評価を行っている。単結晶シリコンの異方性エッチングと選択酸化の技術を応用して作製された微小カンチレバーは、フォトリソグラフィの精度の影響を受けず、構成する全ての面が単結晶シリコンの結晶面で構成されたものであった。長さ5 μm ~ 20 μmの微小カンチレバーをバッチプロセスで試作し、その作製プロセスの有用性を実証している。

第四章では、計測帯域が広く、スプリアスピークの無い振動検出が可能な超高真空AFMの開発し、その性能評価実験を行っている。カンチレバーの励振に光熱励振を、振動検出にヘテロダインレーザードップラー速度計を用いることで、スプリアスピークの発生が無く、10 MHzを超えるカンチレバーの振動を検出できる装置を開発している。カンチレバーの自己励振回路にはスーパーヘテロダイン方式を採用することで、様々な固有振動数を有するカンチレバーの自励発振を可能としている。開発した装置の性能評価実験から、検出系のノイズがカンチレバーの持つ熱ノイズから決まる検出限界よりも十分に低いこと、光熱励振が圧電励振よりも遥かに優れることを示している。

第五章では、開発した超高真空AFMを用いた原子分解能撮像実験を行っている。カンチレバーの2次モードを用いたシリコン(111)-7×7再構成表面、1次モードを用いた臭化カリウム(001)劈開表面の原子分解能撮像に成功している。さらに、高周波カンチレバーを用いたシリコン再構成表面の撮像実験に成功している。

第六章では、本論文によって得られた知見を総括している。

第七章では、今後の展望が述べられている。

本研究は、AFMの更なる高分解能化の技術課題を全て解決し、これからの高周波、超低振幅、マルチモードAFM撮像を可能とするもので、原子スケールの観察・加工の分野の発展に大きく寄与するものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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