学位論文要旨



No 125699
著者(漢字) 児玉,大樹
著者(英字)
著者(カナ) コダマ,タイキ
標題(和) 高高度滞空型無人機における圧縮機翼列の空力特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 125699
報告番号 甲25699
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7232号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,紀徳
 東京大学 教授 嶋田,徹
 東京大学 教授 李家,賢一
 東京大学 准教授 寺本,進
 東京大学 准教授 姫野,武洋
内容要旨 要旨を表示する

近年,無人航空機の性能は急速に向上しており,世界各地において様々な任務に投入されている。この無人航空機の中で,広範囲での情報収集や無線通信の中継基地などを任務とするものは高高度(高度20[km]付近)を低速(亜音速)で飛行することが求められる。高高度での飛行が求められる理由は,1)民間航空機への安全性を確保するために民間航空機よりも高空を飛行する必要があること,2)高度の上昇と共に地上の情報収集を行える範囲,また地上へ情報を提供できる範囲が拡大されるため,3)高度20[km]付近は風速が比較的穏やかであるためである。低速での飛行が求められる理由は,1)長い航続時間が求められるため空力抵抗を小さくする必要があること,また,2)大気のサンプルを採取する際に空力加熱や衝撃波によるサンプルの変異を防ぐ必要があるためである。この様な任務を遂行する無人航空機は,特に高高度滞空型無人機と称されている。

高高度滞空型無人機に搭載されるジェットエンジンの内部流れは,空気密度の減少によってレイノルズ数が大きく低下する。一般に,低レイノルズ数域では境界層剥離の発生や二次流れの増大によってターボ機械の効率が急激に減少し,またサージマージンが狭くなることが知られている。このため,低レイノルズ数域で作動する圧縮機翼列の開発においては,レイノルズ数の影響を考慮しなければ,性能が大幅に劣化することになる。低レイノルズ数域で作動する翼列の空力特性を解明するための研究は現在までに種々行われてきたのであるが,未だ明らかではない事象が多く存在する。例えば,低レイノルズ数域での流れ場の計測は直線翼列風洞での実験において数多く行われてきたのであるが,回転翼列風洞での実験においては圧縮機性能の変化について主に計測されており,流れ場の変化についてはほとんど調べられておらず,レイノルズ数の低下によって三次元的な流れ場がどのように変化するかは明らかではない。また,レイノルズ数の低下によってサージマージンが狭くなるという報告がなされているが,レイノルズ数の低下によって失速特性がどのように変化するかということも明らかにはなっていない。更に,過去に行われた研究ではそれらのほとんどが低レイノルズ数且つ低マッハ数域の流れ場を対象としており,現在,高高度滞空型無人機のジェットエンジンで問題となっている低レイノルズ数且つ高マッハ数域の流れ場を対象とした研究は,その実験の困難さからあまり見られず,詳細な流れ場は明らかではない。

本研究は,高高度滞空型無人機に搭載されたジェットエンジンの圧縮機翼列における空力特性に関する知見を得ることが目的である。数値解析によって,レイノルズ数の低下による圧縮機特性の変化と翼列内三次元流れ場の変化の相関を調べ,損失増大とサージマージン減少に関するメカニズムを考察した。これらの知見により,低レイノルズ数域において作動する高性能な圧縮機翼列の開発に寄与することができると考えられる。

研究対象とする流れ場は,高高度滞空型無人機に搭載されたジェットエンジンの内部流れであり,低レイノルズ数且つ高マッハ数域となる。低レイノルズ数且つ高マッハ数域を対象とした研究は,実験を行う場合は実験設備に多大な費用を要し,また,数値解析を行う場合もそのような流れ場を対象とした研究例が少ないことから結果に対する信頼性が十分ではないと考えられる。一方で,低レイノルズ数且つ低マッハ数域においては実験結果が数多くあり,数値解析での研究も報告されている。

以上のような状況より,本研究においては,まず,低レイノルズ数且つ低マッハ数域において過去に行われた実験を対象として,実験と同様な数値解析を行い,解析結果を実験結果と比較した。その結果,全域乱流を仮定した数値解析手法では,レイノルズ数の低下による翼列性能の悪化は見られたものの,翼面境界層での剥離泡や層流剥離を再現できず,流れ場は実験結果と大きく異なる結果となった。一方で,乱流遷移のモデル化として乱流遷移点を指定することによって,レイノルズ数の低下による翼列性能の変化は実験結果と同様の傾向を示し,翼面境界層の挙動も実験結果とほぼ一致する結果が得られた。このことから,レイノルズ数の低下による翼列空力特性の調査においては,翼面境界層の剥離を模擬できるように乱流遷移をモデル化することが重要であり,これによってレイノルズ数の低下による翼列性能の変化や翼面境界層の挙動を再現することができると考えられる。

次に,遷音速回転翼列であるNASA Rotor37が高高度滞空型無人機の圧縮機翼列であることを想定して,地上,高度10[km],高度20[km]において作動している状況の数値解析を行い,レイノルズ数の低下による圧縮機特性の変化と翼列内三次元流れ場の変化を考察した。その結果,作動高度の上昇によるレイノルズ数の低下によって,チョーク流量が減少し,また,圧力比と断熱効率が低下した。これは過去に行われた実験結果と同様な傾向を示しており,レイノルズ数低下の影響を定性的には捕らえることができていると考えられる。この圧縮機性能の低下の要因を調べるため流れ場の調査を行った結果,設計点近傍での作動においては,レイノルズ数の低下によって翼面境界層の剥離域が拡大し損失が増加している様子が見られた。一方で,レイノルズ数の低下によって翼負荷が減少したため,翼端漏れ渦による損失は減少した。また,失速点近傍での作動において流れ場の調査を行った結果,レイノルズ数が高い場合は翼端漏れ渦が形成されている付近において低マッハ数領域が形成されていた。よって,レイノルズ数が高い場合は,翼端漏れ渦によるブロッケージが旋回失速開始過程に大きな影響を及ぼすと考えられた。一方で,レイノルズ数が低い場合は,翼端漏れ渦が形成されている付近において低マッハ数領域は形成されておらず,翼面境界層の剥離域において低マッハ数領域が拡大していた。よって,レイノルズ数が低い場合は,翼面境界層の剥離域によるブロッケージが旋回失速開始過程に大きな影響を及ぼすと考えられた。このことから,レイノルズ数の低下によって失速に至るメカニズムが変化する可能性があることが示唆された。

以上要するに,本論文では数値解析によって高高度滞空型無人機における圧縮機翼列の空力特性の調査を行い,レイノルズ数低下による圧縮機性能の低下の要因を説明したものである。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)児玉大樹提出の論文は,「高高度滞空型無人機における圧縮機翼列の空力特性に関する研究」と題し,6章からなっている。

近年,利用が広まっている無人航空機の中で,広範囲の情報収集や無線通信の中継基地などを任務とするものは,高度20km付近の高高度を低速で飛行することが求められる。高高度の飛行は民間航空機の安全性や,地上の情報収集・提供の広い領域を確保するために必要であり,低速飛行は長い航続時間を確保するための低抵抗性の実現や,採取するサンプルに対する空力加熱や衝撃波などの影響を防ぐために求められる。この様な任務を遂行する無人航空機は,特に高高度滞空型無人機と称されている。

高高度滞空型無人機に搭載されるジェットエンジンの内部流れは,空気密度の減少によってレイノルズ数が大幅に低下する。一般に,低レイノルズ数域では境界層の発達や剥離,二次流れの増大などによって,ターボ機械の効率が急激に減少し,また圧縮機の失速,サージなどの不安定現象が発生しやすくなることが知られているが,未だ明らかでない事象も多く存在する。特に回転する翼列に関しては,圧縮機性能の低下をもたらす三次元的な流れ場の挙動や,失速特性の変化とその要因がほとんど明らかにされていない。更に,従来の研究では低レイノルズ数且つ低マッハ数域の流れ場が主たる対象となっており,高高度滞空型無人機のエンジンで問題となるような,低レイノルズ数且つ高マッハ数域では,流れ場がほとんど調査されていない。

以上の状況から本論文で著者は,高高度滞空型無人機に搭載されたジェットエンジンの圧縮機翼列の空力特性を明らかにすることを目的とし,流れの数値解析によって,レイノルズ数低下による圧縮機特性の変化と翼列内三次元流れ場の変化の相関を調べ,損失増大と失速マージンの減少に関するメカニズムを考察している。

第1章は序論で,研究の背景を述べ,これまでの低レイノルズ数領域における翼列流れの研究状況を整理して,本研究の目的と位置付けを明確にしている.

第2章では数値解析の方法について説明している。基礎方程式にレイノルズ平均Navier-Stokes方程式を用い,乱流解析にはk-二方程式モデルを使用している。本研究では乱流遷移の適切な扱いが必要であり,Wilcoxの高レイノルズ数型k-モデルに,遷移開始点を指定する簡易的な方法で遷移を扱うことが述べられている。

第3章では構築した数値解析法の検証を行っている。まず平板上流れの解析結果を実験と比較し,開発した解析手法により,境界層速度分布や局所摩擦係数が合理的に捉えられることを確認している。次に低速直線翼列流れの実験を対象とした解析を行い,翼面境界層の剥離の様子を再現できること,また,レイノルズ数の低下による圧縮機特性の変化が再現できることを確かめている。

第4章では,低レイノルズ数且つ低マッハ数の条件における二次元翼列実験の流れを対象として解析を行い,レイノルズ数の低下による翼列性能低下の要因を考察している。その結果,レイノルズ数の低下と共に翼面境界層が剥離して全圧損失が急増しはじめること,更にレイノルズ数が低下すると剥離泡の再付着位置が後退し,最後は再付着しない完全な剥離が生じて,全圧損失の大幅な増加を引き起こすことを明らかにしている。

第5章では,遷音速回転翼列の代表的なモデルであるNASA Rotor37が高高度滞空型無人機エンジンの圧縮機翼列であることを想定して,地上,高度10km,および高度20kmにおいて作動している場合の数値解析を行い,レイノルズ数の低下による圧縮機特性の変化と翼列内三次元流れ場の変化を詳細に調べている。これにより,作動高度の上昇によるレイノルズ数の低下が,チョーク流量の減少と,圧力比および断熱効率の低下をもたらす結果を得た。また,設計点近傍での作動においては,レイノルズ数の低下によって翼面境界層の剥離域が拡大し,そこでの全圧損失が増加している様子が見られた一方,翼負荷が減少するため,翼端漏れ渦による損失は減少することが分かった。更に,通常のレイノルズ数では翼端漏れ渦によるブロッケージが失速過程に支配的であるが,低レイノルズ数の場合は翼面境界層の剥離によるブロッケージが失速を支配することが分かり,レイノルズ数の低下による失速機構の変化が明らかにされている。最後にこれらの結果に基づき,高高度滞空型無人機エンジンの圧縮機設計に資する,翼列流れの基礎的な特性を整理して提示している。

第6章は結論であり,本研究で得られた知見をまとめている.

以上要するに,本研究は高高度無人機のエンジンに本質的な低レイノルズ数流れにおける圧縮機の作動特性を数値解析によって調査し,レイノルズ数の低下による全圧損失増加の要因と,圧縮機不安定現象の発生要因の変化を明らかにして,低レイノルズ数流れにおける圧縮機翼列の設計に基礎的な知見を与えたものであり,航空宇宙工学上貢献するところが大きい.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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