学位論文要旨



No 125701
著者(漢字) 成岡,優
著者(英字)
著者(カナ) ナルオカ,マサル
標題(和) システム同定による小型無人航空機の飛行特性の取得
標題(洋)
報告番号 125701
報告番号 甲25701
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7234号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 土屋,武司
 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 准教授 矢入,健久
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、システム同定による小型無人航空機(小型UAV)の飛行特性の取得について述べる。本研究の対象として扱う小型UAVは、電動の固定翼型航空機であり、その大きさ、重さは主翼幅で約1-2m、重さで約1-2kg程度のものであり、近年急速に研究開発が進められその運用の容易さから注目されている。そして現在小型UAVは、その活用領域を一層広げることが期待され、高度な自律性能、例えば群による集団制御や故障からの自動復帰、が求められている。この高度な自律を可能とするためには、その基礎となる飛行特性の数学的な表現が取得される必要がある。しかしながら小型UAVは従来の航空機にはない新しい形態の航空機であるが故に、飛行特性の取得のための手法が十分に確立されたわけではなく、一般の航空機で培われてきた技術を適用するには十分な検討を必要とする。そこで本研究では、小型UAVの飛行取得に対して従来の手法を再検討するとともに、実験的実証によって最も適した手法を確立することを目的とした。実験的実証にあたっては現存する3機種の小型UAVを解析対象とし、これらの飛行試験を利用することで研究を進めた。

本研究では、線形の微小擾乱方程式によって定義され、有次元安定微係数に代表される飛行特性の取得を、システム同定によって行うことに着目した。これは小型UAVの自律性を向上させるためにはリアルタイムで飛行特性の取得を行えるのが好ましく、システム同定の手法にはその要求を満たすものがあるからである。加えて、これまで航空機の飛行特性の取得について最も確立された手法というと風洞試験であるが、システム同定は飛行試験を必要とするだけで、風洞試験に比べて簡易に実施できるという優位性があるためである。システム同定の特に重要な構成要素は、飛行ログの取得、及びその解析手法の2つである。そこで本研究では、この2つの項目を軸に、以下に示す検証及び新しい提案を行い、小型UAVの飛行特性をシステム同定によって取得する手法を確立した。

小型UAV用の飛行ログ取得手法の確立

有次元安定微係数を解析するために必要となる飛行ログは、姿勢角やその微分量といった慣性座標に対する航法情報、そして対気機速や迎角といった空気に対する情報、そしてエレベータやエルロンなどの操舵入力、これらの時間履歴である。これらを取得するため、本研究では小型UAVに搭載するのに適し、かつ精度がよいことを要求としたアビオニクスを試作、提案した。アビオニクスを構成するのは、上記3つに分かれた項目にそれぞれ対応して、INS/GPS複合航法装置、エアデータセンサ、コマンドロガーである。先行研究では、これらの機器の改良が小型UAVの制約を鑑みることなく個別に提案されたり、また市販品を組み合わせることによってUAVでの飛行ログの取得解析が行われたりしたが、小型UAV用でここまで統合されたアビオニクスが提案されたのは新規的なことである。

さらに本研究では、飛行ログの精度を見極めるため個々の機器について様々な検討を行った。INS/GPS複合航法装置では、より高精度な航法装置との比較によってその精度検証を行った。精度は例えば姿勢角のロールやピッチで1度以下の誤差と、小型UAVに搭載可能な航法用としてみれば超低精度なMEMS慣性センサや安価なGPS受信機を活用しながらも、十分な精度を確保できた。その過程で、GPSアンテナを離して設置することによって検出される遠心加速度を利用した補正の効果(レバーアーム効果)の検証、および誤差の要因を解析する主成分分析を行った。これらの結果からINS/GPS複合航法装置の精度はほぼGPSの精度に依存していることが得られ、GPS受信機が高精度されることが期待される。またリアルタイムでの運用を想定し、GPS受信機から得られる情報が遅れをもって得られることを考慮したオンラインアルゴリズムについて改良を行いデジタルシグナルプロセッサ(DSP)へと実装した。先行研究に比べ遅れに関する問題を限定することによって計算負荷を抑えたのが特徴である。同様の思想に基づき、飛行後により高精度な解析を行うためのスムージングについても提案を行った。

またエアデータセンサについては、ピトー管と圧力センサで構成されており、その特性試験として、風洞を利用した静特性試験、および動特性試験を行った。結果、小型UAVが定常飛行を行う対気速度では十分な精度であること、計測の遅れの要因がピトー管と圧力センサを中継するチューブに起因することが得られ、性能は十分に検証された。コマンドロガーについては、ソフトで回路を変更可能なFPGAを使うなど挑戦的な設計を行ったが十分に機能した。

以上の検証を元に誤差モデルを作成し、モンテカルロシミュレーションを行った。シミュレーションによって生成された飛行ログを、一般的の航空機での解析手法としてよく知られた後述のFEMで解析したところ、十分な精度で解析を行うことができた。これにより本研究で提案したアビオニクスにより小型UAV用の飛行ログ取得手法の確立できたといえる。

小型UAV用の飛行ログ解析手法の確立

小型UAV飛行ログの解析手法として、まずはこれまで一般的な航空機で培われてきた4つの手法を試みた。すなわち再帰的二乗法(RLS)、フーリエ変換回帰(FTR)、アンセンテッドカルマンフィルタ(UKF)、フィルタエラーメソッド(FEM)である。RLS、FTR、UKFはオンライン手法に属し、リアルタイムでの飛行特性取得が可能である。一方のFEMはオフライン手法であり、リアルタイムで取得が行えない代償としてオンライン手法よりも精度のよい解析ができるとされていた。また精度についてFTRは他の3手法と異なり、フーリエ変換を利用することによって周波数領域での解析を行うため、ホワイトノイズに代表される推定に悪影響を及ぼす要素を周波数領域で除外することで精度のよい解析ができるとされている。

小型UAV3機種で取得した飛行ログに対して適用した結果、オフライン手法であるFEM、続いてオンライン手法であるUKFの順に、簡易推算法、および風洞試験によって別途取得した飛行特性と良く一致する結果が得られた。一方の単純なオンライン手法であるRLS、FTRでは十分な性能を得ることができなかった。またFEMから得られる結果が極めて飛行ログに左右されることも得られた。更にFEMやUKFは複雑な手法であり調整を必要とするため、特にオンライン手法で好まれる簡易的な手法ではない。これら結果を踏まえて、小型UAVに適した新たな解析手法を提案することにした。ここで一般の航空機と小型UAVの違いから、次の2点を新手法として特に考慮しなければならない。第一点として、小型UAVは突風などの外乱の影響を非常に大きく受けている、すなわち有色のプロセスノイズに対する耐性を十分に備えた解析手法が必要であるということである。これは操舵がない状態においても状態量が非定常に変化してしまっている小型UAVの飛行ログから明らかである。第二点としては、短い飛行ログにおいても飛行特性を取得できる手法でなければならないということである。飛行ログの解析は外乱の影響を極力排除するため、縦の運動における短周期モードといった飛行特性が最も把握しやすい固有運動を操舵によって励起し、それを解析対象とする。一般の航空機ではそのような固有運動の部分を抽出しても十分な長さの飛行ログを確保できるが、小型UAVではその固有運動の時定数が数秒と極端に短く従来手法で求められる十分な長さの飛行ログが得られない。

以上のような事実および考察をうけ、離散ウェーブレット変換(DWT)による多重解像度解析(MRA)を用いた時間周波数領域での解析手法を新規提案した。この手法は、飛行ログで取得した姿勢角などに代表される状態量のうち、操舵に対する応答のみをMRAを利用することによって抽出し、その抽出結果に対して解析を試みるものである。この抽出過程(以下、PP-MRAと呼ぶ)でプロセスノイズや観測ノイズは最小限に抑えられることが期待される。提案したPP-MRA法に類似が見られる手法として部分空間同定法があるが、これは時間領域のまま外生入力、すなわち操舵に応答するシステム出力を直接的に並行射影することによって抽出する手法であり、その計算コストはLQ分解をすることからN3のオーダである。一方、PP-MRA法はMRAが依存するDWTの計算量がNのオーダで優れている。加えて時間周波数情報はPP-MRA法の過程で数サンプル程度のごく僅かな遅れがあるもののほぼリアルタイムに得られるものであるから、部分空間同定法が依存するLQ分解では困難なオンライン手法が構築可能である。そこでPP-MRA法の後段に直接時間周波数情報に対してRLSを適用するオンライン手法(WFRと名づけた)を提案し、これにおいて精度のよい解析を行うことができた。以上をもって、PP-MRA法に基づいたオンライン手法であるWFRを小型UAV用の飛行ログ解析に適した手法として確立することができた。また従来手法が必要であれば、PP-MRAの後段に逆DWTと従来手法を配置したオフライン手法による構成も可能であることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学) 成岡優提出の論文は、「システム同定による小型無人航空機の飛行特性の取得」と題し、7章からなる。

近年発展が著しい翼幅1m、重量1~2kg程度の固定翼型の小型無人航空機(Unmanned Aerial Vehicle,UAV)は高度な自律飛行性能が求められており、そのためには飛行中に飛行特性を定量的に推定されることが望ましい。一般の航空機においては、このような要求を満たす方法として、飛行ログを取得、解析するシステム同定という手法が確立されている。しかしながら小型UAVは、一般の航空機に比べ次の2点でシステム同定を実施することが困難な状況にあった。第一に、飛行ログを取得するために必要な搭載機器の重量制限が厳しく、精度良く飛行ログを取得する手段が確立されていない。すなわち一般の航空機で用いられるような、高精度な観測機器を利用することができない。第二に、飛行ログの解析手法が確立されていない。これは小型UAVが一般の航空機に比べはるかに小さく飛行速度が遅いことから、姿勢に代表される飛行状態が素早く変化し、また突風などといった外乱に乱されやすいことによる。本論文ではこれらの問題を踏まえ、小型UAVのシステム同定による飛行特性取得法を確立すべく、精度の良い飛行ログ取得方法、および良い精度で飛行特性を得るための小型UAVに適合した飛行ログ解析手法の2点を中心に研究を行っている。

第1章は序論であり、対象とした小型UAVを示すとともに、過去の研究事例と課題についてまとめた上で、本研究の位置づけを行っている。

第2章では、一般の航空機におけるシステム同定の手順を3段階、すなわち数学的モデルの仮定、飛行ログの取得、および飛行ログの解析に大別してその概略を示し、以降の各章がこの手順に倣っていることを述べている。

第3章では、小型UAVの数学的モデルとして、縦と横の運動に分かれた有次元安定微係数による微小擾乱方程式を導出し、飛行特性として推定されるべきパラメータは有次元安定微係数であることが述べられている。加えて簡易推算法、および風洞試験結果から、小型UAVの大まかな飛行特性が把握されている。

第4章では、小型UAVの飛行ログを精度良く取得する方法について議論がされている。ここでは低精度だが小型軽量なMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)センサによる慣性航法装置(INS)とGPS受信機を融合させたMEMS INS/GPS複合航法装置、多孔ピトー管を用いたエアデータセンサ、操舵入力を記録するコマンドロガーの3つの構成要素からなるアビオニクスが、小型UAV用の飛行ログ取得のための機器として新たに提案されている。個々の構成要素は高精度な機器との比較試験によって十分な精度をもつことが示されているだけでなく、GPSアンテナの設置位置の工夫による高精度化など、様々な精度向上手法が提案されている。さらに、システム同定用の飛行ログ取得装置としてシステム全体においても十分な性能があることが、誤差をモデル化し擬似的に生成された飛行ログを解析した結果から示されている。

第5章では、既存の飛行ログ解析手法を小型UAVの実機飛行ログに適用することで、その問題点が示されている。適用された手法は再帰的最小二乗法(RLS)、フーリエ変換回帰(FTR)、アンセンテッドカルマンフィルタ(UKF)、フィルタエラーメソッド(FEM)の4手法である。結果は推定された微係数自身に加え、その微係数が示す固有モードを用いて評価されており、RLSとFTRは実用性が乏しい、FEMは飛行ログの依存性が高く推定を失敗することがある、UKFは概ね良好であるが劣悪な飛行ログに対するロバスト性と計算量や設定すべき項目の多さなどで問題があることが述べられている。

第6章では、第5章をうけ、小型UAVに適合した新たな飛行ログ解析手法の提案が行われている。これは離散ウェーブレット変換による多重解像度解析(Multi Resolution Analysis,MRA)を利用した並行射影(Parallel Projection,PP)によって、観測量から入力に相関する部分のみを取り出すPP-MRA法と称する方法を核とするものである。PP-MRA法にRLSを組み合わせたWavelet Filtered Regression(WFR)という手法は、UKFに匹敵する良い精度の推定が可能であることに加え、劣悪な飛行ログに対するロバスト性や計算量の点で優れており、小型UAVに最適な飛行ログ解析手法であることが述べられている。

第7章は結論であり、提案した飛行ログ取得手法、および解析手法について得られた知見をまとめ、今後の課題を述べている。

以上、要するに、本論文は、重量制限の厳しい小型UAVにおいて精度良く飛行ログを取得する方法、および飛行が比較的不安定な小型UAVに特化した飛行ログ解析手法を提案している。また主に実験的実証を通じてそれらの有効性と適用範囲を検証しており、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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