学位論文要旨



No 125702
著者(漢字) 南部,陽介
著者(英字)
著者(カナ) ナンブ,ヨウスケ
標題(和) 動吸振器による弦の受動的および適応的制振に関する研究
標題(洋)
報告番号 125702
報告番号 甲25702
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7235号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,健
 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 藤本,浩司
 東京大学 准教授 横関,智弘
内容要旨 要旨を表示する

大規模な構造を軽量かつ低コストに実現できる張力安定化構造は,大型アンテナや太陽電池パドルをはじめ,宇宙インフラを構築する上で広く利用されている.全世界的な問題に対し宇宙活動利用の発展が期待される中,張力安定化構造に対する需要は益々高まると考えられる.張力安定化構造の大部分は,弦や膜面で構成されており,曲げ剛性が小さく,張力による面外剛性が支配的である.こうした構造では,一般に,振動を減衰させることが難しいという短所を持つ.高精度の観測や形状維持を実現するためには弦や膜面の振動を抑制することが不可欠であるため,弦や膜面の振動制御は,張力安定化構造の利用拡大において重要な課題である.そこで,本研究では,弦に対して高い制振効果が期待できる動吸振器に着目し,次のふたつの重要かつ未解決の課題を扱う.第一に,弦に対し多重動吸振器を適用する場合,最適調整法がないこと.第二に,弦には無視できない非線形効果があり,振動の振幅が大きくなると,弦の固有振動数が変化し,動吸振器の性能が低下することである.これらの課題を解決するため,多自由度系に対する多重動吸振器の最適設計法の確立,弦の非線形効果による動吸振器の制振性能低下を回避する方法の確立を本論文の目的とする.

本論文は6章から成り立っている.第1章では,本研究の背景と目的について述べるとともに,動吸振器に関する従来研究について整理し,問題点を明らかとした.

第2章では,まず,Hamiltonの原理から大変形ひずみの生じる弦の運動方程式を導出した.従来の定式化と異なり,軸方向の変位の時間変化を考慮した.また,弦に働く減衰をRayleigh減衰として与えるのではなく,構成方程式を出発点として弦の非線形減衰を導出した.次に,得られた非線形な運動方程式を有限要素近似し,複数個の動吸振器を付加した弦に関する有限次元の運動方程式を導いた.これまで,弦の非線形振動は調和振動に関する研究がほとんどであり,自由減衰振動を扱ったものはなかった.そこで,この運動方程式に基づき,同じ材料でできた同じ固有振動数を持つ弦と梁について,自由減衰振動を計算・比較し,その振動特性を明らかにした.また,動吸振器を付加した弦の自由減衰振動が極めて早く減衰することを示した.最後に,実験によって,弦の非線形効果と動吸振器の制振効果を示した.弦の質量に対して74%というわずかな質量を付加することで,減衰比が約0.010から約0.045まで増加し,系の安定度を大幅に向上することができることを確認した.

第3章では,多自由度系における多重動吸振器の最適調整法を扱った.通常,動吸振器の最適調整では,与えられた質量比に対し,何らかの評価関数を最小にするように固有振動数と減衰比を決定することを目的とする.一方,本研究では,多モードという主系の特性を鑑み,固有振動数と減衰比のみならず,質量配分をも設計変数として最適化問題を定式化した.ここに,質量配分とは,動吸振器全体の質量を一定としたとき,各動吸振器に割り振られる質量のことをいう.本章では,まず,不規則な励振を受ける弦について,固有振動数,減衰比に加えて質量配分,さらに設置位置を設計変数とする最適調整法を提案した.評価関数として,直接,変位や加速度の二乗平均を用いるのではなく,多重動吸振器が付加された弦の状態空間モデルを導き,伝達関数のH2ノルムを最小化する問題に帰着させることで,評価関数の計算を簡略化することができ,また最適化計算の収束性も向上する.モード関数と,動吸振器の質量が零でない場合のみ運動方程式と等価になる代替微分方程式を導入することで,従来の研究では扱われて来なかった連続体に対する多重動吸振器の最適化や,設置位置と質量配分を設計変数とした最適化が行えるようになった.次に,周期的な励振を受ける弦について,伝達関数の極大値のp乗平均を評価関数として用いる最適調整法を提案した.通常では,伝達関数の最大値を評価関数として用いるが,それでは収束性が極めて悪いため,p→∞で同値となる評価関数を導入した.また,本手法においては,初期値として,伝達関数に複数の極大値が現れていることが望ましいため,先のH2ノルムを最小化する方法で得た解を用いている.これら2種類の最適調整法により得た特性を持つ多重動吸振器について,その制振効果とロバスト性について検証を行った.H2ノルムに関しては,単動吸振器と比べ,六重動吸振器とすることで,6%程度の性能向上が見られた.H∞ノルムに関しては,単動吸振器と比べ,六重動吸振器とすることで,21.14%程度の性能向上が見られた.また,多重動吸振器とすることで,動吸振器の設計に対する許容誤差を大きくとることができることが明らかになった.質量配分については,多数のモードが関ってくるような状況や設置位置に制約がある状況においては,それを設計変数とする意義が大きいことが明らかになった.

第4章では,非線形性が顕著に現れる大振幅振動において,線形領域で最適化された動吸振器が如何に振舞うかを調べた.まず,単動吸振器が付加された弦が周期的な励振力を受けるとき,励振力が大きくなるにつれて,伝達関数の最大値が上昇していくことを示した.これは,振幅が大きくなることで,張力が変化し,等価的な固有振動数が変動することによって,動吸振器の性能が十分に発揮されないことによる.次に,多重動吸振器にすることで,伝達関数の最大値の上昇を緩和できることを示した.単動吸振器の場合と比較し,四重動吸振器では,25%程度の性能向上が見られた.性能向上の割合は,非線形性が顕著であるほど大きく,弦の大振幅振動に対しては,多重動吸振器とする意義が特に大きいと言える.さらに,単一の周波数で励振されている場合においては弦の非線形効果をDuffing方程式により近似できることを示した.最後に,実験により,周期的な励振力を受ける弦に対して動吸振器が非常に高い制振効果を発揮すること,ならびに非線形効果によりその制振効果が低下することを示した.弦に2.4%の質量比を持つ動吸振器を付加したところ,微小振幅時では,伝達関数の最大値が84.5%低下することを確認した.また,励振力が大きくなることによって,その制振効果が20%以上低下することを確認した.

第5章では,動吸振器の剛性を適応的に制御することで,大振幅振動時における動吸振器の性能低下を防ぐ方法を提案した.圧電素子には,開放時と短絡時において固有振動数が数パーセント変化するという性質がある.その性質を利用し,スイッチに接続された圧電素子を剛性要素として利用した動吸振器SAMD (Switching Adaptive Mass Damper)を提案した.SAMDは,スイッチのONとOFFの時間のデューティ比を制御することで,開放時と短絡時の中間の固有振動数を持つ動吸振器を等価的に実現することができる適応的動吸振器である.第5章では,励振力が周期的な場合と不規則な場合について,それぞれ適した制御則を導いた.各々について,数値計算によりその有効性を検討したところ,受動的な動吸振器と比較し,周期的な励振に対しては30.6%程度の性能向上が確認でき,不規則な励振に対しては16%程度の性能向上が確認できた.最後に,実験によって,SAMDが実際に機能することを実証した.受動的な動吸振器を付加した場合と比較し,最大37.5%の性能向上を確認した.

第6章は結論であり,本研究で得られた成果を総括した.

以上を要するに,本論文は、張力安定化構造の利用拡大において重要な課題である弦の振動制御において,わずかな質量増加で大幅な制振効果を見込める動吸振器の新たな設計手法を提案するとともに,数値シミュレーションと実験によりその有効性を示したものであり,弦をはじめとする張力安定化構造の制振理論に寄与し,宇宙活動利用のさらなる発展に貢献できることを期待する.

また,本研究の中では,主系として弦のみを扱っているが,本研究が扱った制振理論の殆どは,膜面へも適用可能であることを最後に付記しておく.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)南部陽介 提出の論文は,「動吸振器による弦の受動的および適応的制振に関する研究」と題し,6章からなっている.

大規模な構造を軽量かつ低コストに実現できる張力安定化構造は,大型アンテナや太陽電池パドルをはじめ,宇宙インフラを構築する上で広く利用されている.昨今,全世界的な問題に対し宇宙活動利用の発展が期待される中,張力安定化構造に対する需要は益々高まると考えられる.張力安定化構造の大部分は,弦や膜面で構成されており,曲げ剛性が小さく,張力による面外剛性が支配的である.こうした構造では,一般に振動を減衰させることが難しい.したがって,高精度の観測や形状維持を実現するためには,弦や膜面の振動を抑制することが不可欠である.そこで,本研究では,弦に対して高い制振効果が期待できる動吸振器に着目し,次のふたつの重要かつ未解決の課題を扱っている.第一に,弦に対し多重動吸振器を適用する場合,最適調整法がないこと,第二に,弦には無視できない非線形効果があり,振動の振幅が大きくなると弦の固有振動数が変化し動吸振器の性能が低下すること,である.これらの課題を解決するために,多自由度系に対する多重動吸振器の最適設計法の確立と,弦の非線形効果による動吸振器の制振性能低下を回避する方法の確立を本論文の目的としている.

第1章は序論であり,本研究の背景と目的について述べるとともに,動吸振器に関する従来研究について整理し,問題点を明らかにした.

第2章では,まず,大変形の生じる弦の運動方程式を導出した.次に,得られた非線形な運動方程式を有限要素近似し,複数個の動吸振器を付加した弦に関する有限次元の運動方程式を導いた.また,構成方程式を出発点として弦の非線形減衰を導出した.これまで,弦の非線形振動は調和振動に関する研究がほとんどであり,自由減衰振動を扱ったものはなかったが,動吸振器を付加した弦の自由減衰振動が極めて早く減衰することを示した.最後に,実験により,弦の非線形効果と動吸振器の制振効果を示した.

第3章では,多自由度系における多重動吸振器の最適調整法を扱った.本研究では,多モードという主系の特性を鑑み,固有振動数と減衰比のみならず,質量配分をも設計変数として最適化問題を定式化した.まず,不規則な励振を受ける弦について,固有振動数,減衰比に加えて質量配分,さらに設置位置を設計変数とする最適調整法を提案した.多重動吸振器が付加された弦の状態空間モデルを導き,伝達関数のH2ノルムを最小化する問題に帰着させることにより評価関数の計算を簡略化することができ,また最適化計算の収束性も向上させることができることを示した.これにより,従来の研究では扱われて来なかった連続体に対する多重動吸振器の最適化や,設置位置と質量配分を設計変数とした最適化が行えるようになった.次に,周期的な励振を受ける弦について,伝達関数の極大値のp 乗平均を評価関数として用いる最適調整法を提案した.これら2 種類の最適調整法により得た特性を持つ多重動吸振器について,その制振効果とロバスト性の検証を行った.多重動吸振器とすることにより,動吸振器の設計に対する許容誤差を大きくとることができることを明らかにした.質量配分については,多数のモードが関ってくる状況や設置位置に制約がある状況においては,それを設計変数とする意義が大きいことを明らかにした.

第4章では,非線形性が顕著に現れる大振幅振動において,線形領域で最適化された動吸振器が如何に振舞うかを調べた.まず,単動吸振器が付加された弦が周期的な励振力を受けるとき,励振力が大きくなるにつれて等価的な固有振動数が変動することによって動吸振器の性能が十分に発揮されないことを示した.次に,多重動吸振器とすることにより伝達関数の最大値の上昇を緩和できることを示した.制振性能向上の割合は,非線形性が顕著であるほど大きく,弦の大振幅振動に対しては多重動吸振器とする意義が特に大きい.さらに,単一の周波数で励振されている場合においては弦の非線形効果がDuffing方程式により近似できることを示した.最後に,実験により,周期的な励振力を受ける弦に対して動吸振器が非常に高い制振効果を発揮すること,ならびに非線形効果によりその制振効果が低下することを示した.

第5章では,動吸振器の剛性を適応的に制御することにより大振幅振動時における動吸振器の性能低下を防ぐ方法を提案した.圧電素子の開放時と短絡時において固有振動数が数パーセント変化する性質を利用し,スイッチに接続された圧電素子を剛性要素として利用した動吸振器SAMD (Switching Adaptive Mass Damper) を提案した.SAMDは,スイッチのONとOFFの時間のデューティ比を制御することにより開放時と短絡時の中間の固有振動数を持つ動吸振器を等価的に実現することができる適応的動吸振器である.励振力が周期的な場合と不規則な場合についてそれぞれ適した制御則を導き,数値シミュレーションによりその有効性を検討した.最後に,実験により,SAMDが実際に機能することを実証するとともに,受動的な動吸振器を付加した場合に比べても大きな性能向上を示すことを確認した.

第6章は結論であり、本研究で得られた成果を総括している.

以上を要するに,本論文は、張力安定化構造の利用拡大において重要な課題である弦の振動制御において,わずかな質量増加で大幅な制振効果を見込める動吸振器の新たな設計手法を提案するとともに,数値シミュレーションと実験によりその有効性を示したものであり,宇宙構造物の制振技術,航空宇宙工学に貢献するところが大きい.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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