学位論文要旨



No 125703
著者(漢字) 森,亮太
著者(英字)
著者(カナ) モリ,リョウタ
標題(和) パイロットの着陸操縦分析手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 125703
報告番号 甲25703
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7236号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 李家,賢一
 東京大学 准教授 土屋,武司
内容要旨 要旨を表示する

航空機は戦後目覚ましい発展を遂げ、現在では移動距離あたりで最も安全な乗り物と言われている。しかしながら、その事故率はここ20年ほど下げ止まっており、今後輸送量の増大とともに航空機事故件数が増大していくことが懸念されている。航空機の事故のおよそ半分はヒューマンエラーによるものであり、そしてその発生は離着陸時に集中している。離着陸時に操縦は主にマニュアルで行われており、その操縦技術の欠如は事故に直結する可能性がある。しかしながら、操縦技術は一朝一夕で身につくものではなく経験により取得するものだと考えられている上、パイロットにより操縦手法は大きく変わる場合もあり、教官が訓練生に口頭で説明するという従来型の教育だけでは限界があると考えられる。また、離着陸時にパイロットは外部の視覚情報を元に操縦を行っており、それが操縦の困難さに拍車をかけており、さらには、近年の航空会社の財政状況も懸念され、パイロットの訓練に十分な時間をかけにくくなってきているという現状もある。

そこで本研究では、パイロットの操縦を定量的に評価し、操縦の問題点を指摘できるような操縦解析手法を開発することを目的とする。それにより、航空会社にはパイロットの技量を定量的に把握でき、また効率のよいパイロット訓練を実施することで、訓練費用の削減効果も見込める可能性がある。また航空業界全体としてもパイロットの技術向上に応用することで、離着陸時の安全性を高めることができると考えられる。その際、特に解析対象として最終着陸時に的をしぼることにした。着陸直前においては、フレアと呼ばれる機首上げ操作が必要であり、この操作は一般に難しく、着陸操縦を困難にさせている大きな要因と言われている。さらに風等の飛行コンディションによってはさらに操縦は複雑となり、解析を行う効果は大きいものと判断した。

これらの目的を達成するため、本研究ではパイロットの操縦をモデル化するという手法を取ることにした。パイロットの操縦は非線形性を伴うと考えられており、非線形な任意の入出力関係を模擬することができるニューラルネットワークを今回採用した。ニューラルネットワークモデルの構築に際しては、パイロットが情報源としているものを入力とし、その結果の操縦を出力とする。構築したモデルを数学的に解析することにより、パイロットの操縦の評価を行う。

モデルを作成する上で最も重要なことは、その因果関係となる入出力を決めることである。当然のことながら、本来必要である情報(入力)抜きで操縦(出力)は不可能である。今回考慮する着陸時には先に述べたように視覚情報を主に情報源として操縦を行っていると述べたが、それ以外にも例えば機体の加速度の情報や、一部計器情報も参考にしているものと考えられる。さらには微分情報や時間遅れ情報等、挙げればきりがない。そのため、ありとあらゆる入力を考慮に入れることは不可能であり、その意味では完璧なモデルを構築することは不可能である。しかしながら、その中には相対的に重要なものそうではないものが存在し、パイロットの操縦の特徴を抽出できる程度の精度のモデルを構築できれば、今回の研究では十分ということになる。そのため、まずパイロットに相対的に重要だと思う情報を聞き出し、それを入力に反映させるというプロセスを取った。

しかしながら、それだけでパイロットモデルを構築することはできない。パイロットモデルを構築する際に問題となるのは、その汎化性である。汎化性とは、構築したパイロットモデルが、有限なパイロットの操縦データからパイロットの特徴となる部分を抽出できている度合いのことである。つまり、汎化性の乏しいネットワークは、パイロットの意図するような着陸操縦をモデル化できておらず、そのようなネットワークからはパイロットの特徴を抽出することができず、結果としてパイロットの解析を行うことができない。汎化性は特にニューラルネットワークによるモデル化を実施する際に、問題となりやすいことが一般に指摘されており、それを解決する必要がある。そこで本研究では、入力およびネットワーク構成を、ニューラルネットワークに適したものへと最適化を行った。情報の上手な与え方による情報量欠落の防止や、時間遅れの表現手法、操縦デバイスによって入力をそれぞれ設定する、正則化と呼ばれるノイズ除去手法の適用、等の手法を組み合わせることにより、劇的に汎化性をあげることに成功した。それは、ネットワークを用いたモンテカルロ着陸シミュレーションにより検証を行った。

しかし、それでもネットワーク構築には不十分な点がある。ニューラルネットワークモデルを構築する過程を学習と呼ぶが、その学習の初期値をランダムに指定するため、学習により結果が変わり、最適なネットワークを構築できない場合があることである。また、前項の正則化手法は汎化性を得るために不可欠だが、どの程度ノイズを除去するかという正則化パラメータは問題次第で任意の値に設定する必要がある。その一方で、毎回パラメータを設定したり、学習が成功したかどうかを確認したりするような作業を行っていては、パイロットの操縦解析を行う上で大きな障壁となり、また、学習が成功したかどうかを判断する基準も毎回定める必要がある。そこで、これらの問題を解決するために、ニューラルネットワークの学習手法の改良を提案した。具体的には、正則化パラメータを変化させながら適宜学習を進めていくことで解の安定性を保証し、そのパラメータの最適値をある評価関数の下で決定する。この手法の有効性は、まず一般的なデータセットを用いた回帰問題に当てはめて、問題次第ではあるが適用可能性が高いことを示し、その後にパイロットの操縦モデリングに適用したところ、効果を発揮することを確認した。これにより、飛行および操縦データを得ることができれば、そのパイロットの操縦モデルを自動的に構築することができるようになった。

本研究の最終的な目的は、パイロットの操縦解析にあるが、そのためには構築したパイロットモデル自体の解析を行わなければならない。その手法としては、因子解析および感度解析を採用した。感度解析は一般にニューラルネットワークの解析手法として認知されているが、因子解析に関してはそうではないため、先に用いたデータセットおよびパイロットの意図的な着陸のデータを元に有効であろうとの結論に達したため、今回用いることとした。

最後に、実際にパイロットの操縦解析を行った。データ取得に関しては、全日本空輸株式会社にご協力いただき、B767-300のフルフライトシミュレータを用いて実験を行った。操縦解析に際して、特にパイロット間の違いが出やすいと考えられる横風時およびウィンドシア時を模擬した環境下で飛行していただいた。風の環境下で別々に実験を行い、ベテラン機長・新人副操縦士の両者を含む計3~4人に被験者となっていただいた。

まず横風時には、飛行データによる解析で、横風時に特有なデクラブと呼ばれる操縦が、新人には十分に行われていない様子が確認できた。しかし、飛行データの解析では、なぜ違うのかという部分に触れることができないため、ニューラルネットワークによる詳細な解析を行ったところ、ラダーおよびエルロン操作の役割分担に違いが見られそうだ、という結果を得ることができた。その相違点がデクラブ操作の成否に関係あると考えられるが、パイロットへの聞き取り調査では意識としては大きな違いがないこともわかった。頭の中ではわかっていても、実際に行っていることとは違うものと考えられる。

またウィンドシア時には、パイロットによって各々の情報に対する優先度に差異が見られた。あるパイロットは、とにかく姿勢(ピッチ)を維持しようという意識が見えるのに対し、他のパイロットは現在の高度や沈下率を中心に操縦しようとしている様子が確認できた。ウィンドシア時には対処法というものが定められているが、あくまで大まかなものであり、細かい部分に関してはパイロット間に違いがあって当然だと言える。ピッチを維持しようとしたパイロットからは、それを裏付けるコメントが得られ、ウィンドシアに関してはそもそもその対処の考え方に違いが見られるということがわかった。

このように、本論文では、パイロットのモデル化を自動化し、そしてそのモデルを用いて実際に操縦の解析を行うという一連の流れを実行することに成功した。実際にパイロットの操縦は定量的にも異なるということがわかり、どの点がどのように違うかということの議論も行うことができた。本研究で得られた成果を利用することで、複数ある操縦手法でどの手法が最も優れているか、また、どのように操縦を矯正すればよいか、等のいまだ明らかになっていない部分の解明にも役立つと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)森 亮太 提出の論文は「パイロットの着陸操縦分析に関する研究」と題し、8章からなっている。

旅客機の操縦は高度に自動化されているが、現在でも離着陸の大多数はパイロットのマニュアル操縦であり、特に着陸には難度の高い操縦技術が要求されている。過大な沈下速度による着陸は、乗客へ不快感を与えるのみならず、機材への構造的ダメージや、乗員への身体的影響を及ぼすため、エアラインでは操縦訓練や、操縦マニュアルの整備を進めている。ただし、接地間際の引き起こし操作時には、パイロットは計器類を確認する余裕がなく、コックピットからの視覚情報をもとに操縦を行っているため、操縦技能の習得は難しく、効果的な訓練法の開発が望まれている。本論文は、こうした状況を背景として、パイロットが視覚情報をどのように操縦に反映しているかを分析するために、視覚情報を入力、パイロットの操作を出力とするパイロットモデルをニューラルネットワークを用いて構築するための研究をおこなっている。

第1章は序論で、研究の背景を整理するとともに、これまで実施されてきた航空機のパイロットや自動車のドライバーの操縦モデル化手法を概観することで、本論文で提案するモデル化手法の位置づけを明確にし、最後に本論文の構成を整理している。

第2章では、本論文でパイロットのモデル化手法として採用するニューラルネットワークに関して、その基本的な構造、モデル構築の一般的な手法、ならびにモデル構築の際の主な留意点を整理している。また、構築されたモデルを用いた分析法として、因子分析手法、感度解析手法を説明している。

第3章では、パイロットの着陸操縦に関してニューラルネットワークによるモデル化手法を考察している。最初に鉛直面内の縦方向操縦のモデル化を行い、視覚情報として水平線位置、滑走路サイドラインの傾き、タッチダウンマーカーの幅およびそれらの微分値を用いることで、高度1000フィートから経路角3度でのアプローチを開始し、沈下速度を低減させるための引き起こし操作を経て接地にいたるまでの操縦をモデル化できることを確認している。具体的には、フライトシミュレータによる着陸操縦の機体運動履歴とエレベーターとスロットルの操縦履歴を記録し、機体運動履歴から視覚情報履歴を算出し、ニューラルネットワークの入力データとして用いた。この視覚情報に基づくニューラルネットワークの操縦履歴を、教師データとして用いる操縦履歴の計測値と一致させるようにニューラルネットワークを学習させる。この際、ニューラルネットワークの各情報経路の重みの自乗和をモデル化誤差に加えて最小化する正則化法を採用することで、ロバストなモデルを獲得できることを示した。モデルの妥当性は、獲得したモデルによりフライトシミュレータを自動操縦させ、飛行開始位置での初期条件を変動させた場合にも着陸が可能であることから確認している。後半では、水平線の傾き、滑走路両サイドラインの傾きの差、滑走路の横方向位置を視覚情報に追加し、エルロン、ラダー操作に対する横方向操縦モデルを構築し、横風状態でのデクラブ操作のモデル化にも成功している。

第4章では、適切なモデルの獲得のためには正則化手法におけるネットワーク重みの自乗和の与え方が重要であることに着目し、その調整法を検討している。ネットワーク重みの自乗和の最小化が弱い場合は、教師データへの一致度は高まるが、変動に対するロバスト性が悪化し、逆に強い場合には、教師データの再現性は悪化する。ここでは、その調整法を新たに提案し、一般的な回帰問題に適用した後、パイロット操縦のモデル化でも有効であることを確認している。

第5章では、操縦に対する各視覚情報の重要度を分析する因子分析に関する検討を行っている。具体的には、特定の視覚情報に注意を払った着陸をフライトシミュレータで取得し、その結果を用いてニューラルネットワークを構築し、得られたモデルにより因子分析を行っている。その結果、パイロットが特別に注意を払った視覚情報の因子が高くなることが確認でき、因子分析の妥当性が示されている。

第6章では、本解析手法を実機使用時にも適用できるように、ビデオカメラを用いて視覚情報履歴と操縦履歴を取得する方法を開発し、その検証を行っている。その方法は、コックピットに2台のビデオカメラを設置し、1台は操縦桿を、他の1台は前方視界を記録し、記録された動画の画像処理から水平線の動きなど必要な履歴データを抽出するものである。精密な慣性航法機器により同時に取得されたデータとの比較を行うとともに、それらのデータから構築されたモデルに基づく分析の結果を比較し、提案する手法の有効性が示されている。

第7章では、横風時やウィンドシア時の飛行データをフライトシミュレータにより取得し、提案する手法を用いてパイロットのモデル化を行い、パイロットの操縦手法について分析した結果を整理している。その結果、飛行環境が変わった場合や、経験による操縦特性の違いを分析することに成功している。

第8章では、本研究の成果をまとめると同時に、さらなる研究課題について述べている。

以上、要するに、本論文は、視覚情報に基づくパイロットの着陸操縦のニューラルネットワークによるモデル化と、その分析手法の提案を行い、主にフライトシミュレータ実験を介して、飛行環境による操縦の違い、経験による操縦特性の違いを示し、その有効性を実証するとともに、操縦訓練への適用の可能性を示した。これらの成果は、航空工学上貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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