学位論文要旨



No 125707
著者(漢字) 居村,岳広
著者(英字)
著者(カナ) イムラ,タケヒロ
標題(和) 電磁界共振結合を用いたワイヤレス電力伝送に関する研究
標題(洋)
報告番号 125707
報告番号 甲25707
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7240号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 櫻井,貴康
 東京大学 教授 大崎,博之
 東京大学 教授 廣瀬,明
 東京大学 准教授 古関,隆章
 東京大学 准教授 高宮,真
内容要旨 要旨を表示する

この学位論文は新しいワイヤレス電力伝送方式である電磁界共振結合技術の理論の体系化と技術の確立を目的としている。本方式は従来では不可能であった数メートルの距離まで高効率でワイヤレス電力伝送を可能とする技術である。

近年ワイヤレス電力伝送が注目されている理由は主に2つある。一つ目は、携帯電話やノートパソコンなどのモバイル機器や電気自動車などの2次電池を搭載した電気機器や電動機器の普及である。2次電池搭載機器の電池切れや充電作業の煩わしさ回避のため、手軽に充電が可能なワイヤレス充電に注目が集まっている。二つ目は、ワイヤレス電力伝送技術における大エアギャップかつ高効率が達成された事による技術革新である。これにより、従来数cmであったエアギャップが大きくなり、充電が可能な空間的範囲が圧倒的に広くなった。この事により、いつでもどこでも手軽かつ勝手にワイヤレス自動充電という将来像が出来上がってきた。更に、充電を飛び越え、直接電気機器に給電する発想も生まれてきた。つまり、電気機器全てに対し直接電源からワイヤレス給電を行いそのまま使用するという方法であり、電気ケーブルが全てワイヤレス給電に置き換わる将来像である。通信における有線LANが無線LANに置き換わった事と同様の事が電力におけるワイヤレス化という形で実現されると思われる。このユビキタスエネルギー社会実現に向け、ワイヤレス電力伝送として技術的に必要不可欠な4大要素がある。大エアギャップ、高効率、位置ずれに強い、大電力の4点である。

従来のワイヤレス電力伝送は3方式あり、これら全ての技術では大きなエアギャップにおいて高効率で電力伝送を行なうことは不可能であった。非放射型の電磁誘導方式においては高効率であるがエアギャップが短く、位置ずれにも弱い。放射型のマイクロ波方式やレーザー方式においては、エアギャップは大きいが低効率である。以上のように、大エアギャップかつ高効率という特徴を兼ね備えたワイヤレス電力伝送方式がなかった。

このような現状の中、2006年に電磁界共振結合方式がMITから発表された。この現象は、光波を扱う光導波路や光ファイバ、通信の技術の中で使われているアンテナや共振器、従来の電磁誘導などの技術の延長上に位置付けられるが、大エアギャップかつ高効率のワイヤレス電力伝送技術として実証されるのは世界で始めてのことであった。実験においては、10MHzの周波数を使用し、エアギャップ1mを効率90%以上でワイヤレス電力伝送できることを実証した。理論的裏付けは結合モード理論によって行なわれており、現象自体の基礎的な理論説明がされている。しかしながら、アンテナ特性の検証や、一般的な電気回路の理論としての説明はされておらず、更なる現象の解明、より実用的な理論の確立とそこからの技術的発展が期待されていた。

これらの背景を踏まえ、本論文では電磁界共振結合技術の現象の解明と理論の体系化を通し、技術の確立を行なう。電磁界共振結合は共振を利用しているために非常に特徴的な動作をする。そこで、電磁界共振結合用のアンテナの提案を行なった上で、動作の確認を行った。電磁界共振結合は磁界共振結合と電界共振結合の総称である。磁界型と電界型の各々についてアンテナの提案をし、エアギャップや位置ずれの及ぼす影響を通して、基本的な電気的特性の検証を行った。また、共振が起こっているときのアンテナの動作を検証した。磁界型のアンテナとしてヘリカルアンテナとスパイラルアンテナを、電界型のアンテナとしてメアンダラインアンテナを提案し、磁界型アンテナと電界型アンテナの比較を行ない、磁界共振結合と電界共振結合の対称性を確認した。

電磁界共振結合の現象は結合モード理論で理論的に説明はされてはいるが、電気工学としては応用性に欠ける。そこで、アンテナのパラメータ設計や外部回路の設計のために、より一般的な電気回路理論で理論的に説明する。電磁界共振結合の現象を等価回路で定義し、定式化して、理論的に説明できることを示した。磁界共振結合と電界共振結合においては、結合が磁界か電界かによって等価回路における結合をあらわす成分が相互インダクタンスか相互キャパシタンスかに分けられる。よって、磁界共振結合と電界共振結合における等価回路を定義することを行った。等価回路理論の妥当性を電磁界解析と実験により確認し、その整合性を実証した。

電磁界共振結合を等価回路で記述できる事が立証されたことを受け、等価回路をもとにして議論をすることができる。そこで、等価回路をもとにして、オープンアンテナとショートアンテナという2つのアンテナタイプへの拡張、エアギャップと最大効率の関係式とその条件の導出、動作周波数のkHz~MHz~GHz用への拡張、効率一定の証明、従来の電磁誘導との比較を行なった。

オープンアンテナとショートアンテナの実証により、アンテナの種類の拡張ができ、共振周波数を自在に調整できることを示した。エアギャップと最大効率の導出により、大きなエアギャップが高効率で実現できる条件を示し、理論的に本現象におけるエアギャップと効率の限界値を定義できることを示した。動作周波数をMHz以外のkHzやGHzに拡張できることを示すことにより、パワーエレクトロニクス技術が使用できるため制御を大幅にかつ簡易に行うことができ、また通信との融合も可能になることを示した。また、周波数を選定することにより超小型機器から大型機器まで、電気機器の大小問わずワイヤレス充電できることを示した。電磁界共振結合の現象を等価回路化したことにより、このように多くの立証に貢献し、電磁界共振結合の可能性を大幅広げることが出来た。

以上の成果を踏まえ、現象解明のフェーズから実用システムへのフェーズへと移行した。例えば電気自動車の停車中のワイヤレス充電を考慮した場合、実用においては、エアギャップや位置ずれは頻繁に起こる。エアギャップや位置ずれの変化に対応するにはアンテナを電気的に静的に使用するだけでは対応できないので、この問題に対処するために、制御を加えて電磁界共振結合をシステムとして動的に使用することを提案し、それにより常に最大効率で使用できることを目指した。

電磁界共振結合システムにおいて新しいシステムの提案を行った。アンテナの共振周波数に電源周波数を追従させる方式と電源周波数にアンテナの共振周波数をインピーダンスマッチングによって合わせる方式である。これら方式の基礎的な研究を行い、その実用性を実証することが出来た。

以上より、等価回路を用いて電磁界共振結合を理論的に体系化し、システム応用までの提案と検証を行い、その有効性を示すことが出来た。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「電磁界共振結合を用いたワイヤレス電力伝送に関する研究」と題し,電気自動車などへの給電を目的とした,新しいワイヤレス電力伝送手段である電磁界共振結合方式の,理論の体系化と実用技術の確立を行ったもので,全6章より成る。

第1章は序論であり,ワイヤレス電力伝送にはおよそ4方式あることを述べ,ワイヤレス電力伝送の将来像や,電気自動車におけるワイヤレス給電の必要性を説明しつつ,本論文における問題意識と研究目的を明確にしている。電磁誘導方式は高効率であるがエアギャップが短く位置ずれにも弱い。マイクロ波やレーザー方式はエアギャップは大きいが低効率である。2006年にMITから発表された電磁界共振結合方式は,大エアギャップで高効率のワイヤレス電力伝送技術として注目を集めた。しかしながら,アンテナ特性の検証や一般的な電気回路理論としての説明はされておらず,実用的な理論の確立と技術的課題の解決が必要であることを述べている。

第2章「電磁界共振結合用アンテナの提案とその実現」では,電磁界共振結合技術の現象の解明と理論の体系化を行い,実際にアンテナを製作してその正しさを示している。磁界型のアンテナとしてヘリカルアンテナとスパイラルアンテナを,電界型のアンテナとしてメアンダラインアンテナを提案し,両者の比較を行ない,磁界共振結合と電界共振結合の対称性を確認した。さらに,エアギャップや位置ずれがアンテナ特性に及ぼす影響を通して,基本的な電気的特性を確認し,共振が起こっているときのアンテナ動作を検証した。

第3章「電磁界共振結合の等価回路化」では,アンテナのパラメータや外部回路の設計のために,等価回路を用いた一般的な電気回路理論の適用を行っている。電磁界共振結合は結合モード理論で理論的に説明されてはいるが応用性に欠ける。そこでここでは,等価回路で定式化し,回路のパラメータの算出法を考案し,現象が簡便に説明できることを示した。同時に,磁界共振結合と電界共振結合における等価回路が対称性のよい形で定義されることを示し,最後に,等価回路理論の妥当性を電磁界解析と実験により確認して,その整合性を実証している。

第4章「電磁界共振結合の等価回路からの発展」では,電磁界共振結合を等価回路で記述できることが立証したことを受け,実用的見地に立ったさまざまな検討を行っている。オープンアンテナとショートアンテナの導入により,アンテナの種類が増え,共振周波数を自在に調整できることも示した。エアギャップと最大効率の導出により,大きなエアギャップが高効率で実現できる条件を示し,理論的にエアギャップと効率の限界値を定義している。また,動作周波数をMHz以外のkHzやGHzに拡張できることを示すことにより,パワーエレクトロニクス技術によって制御を簡易に行うことができ,また制御情報の通信も可能になる。また,周波数を選定することにより超小型機器から大型機器まで,機器の大小を問わずワイヤレス給電が可能になることを示している。

第5章「電磁界共振結合システム」では,前章の成果によって,電磁界共振結合によるワイヤレス電力伝送が,現象解明フェーズから実用システムフェーズへと移行したことを述べ,新しいシステムの提案,すなわち,アンテナの共振周波数に電源周波数を追従させる方式や,電源周波数にアンテナの共振周波数をインピーダンスマッチングによって合わせる方式を提案し,その実用性を検討している。

第6章は結論であり,研究成果のまとめと今後の課題を述べている。

以上これを要するに,本論文は,電気自動車などへのワイヤレス給電を目的とした新しい電力伝送手段である電磁界共振結合方式を,一般的な等価回路を用いて体系化し,実用システムに必要となる諸種の技術の提案と実験による検証を行い,その大きな可能性を示したもので,電気電子工学,自動車工学,制御工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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