学位論文要旨



No 125709
著者(漢字) 松本,洋和
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ヒロカズ
標題(和) 放電現象レーザ応用計測の高度化
標題(洋)
報告番号 125709
報告番号 甲25709
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7242号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日,邦彦
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 小野,靖
 東京大学 教授 大崎,博之
 東京大学 准教授 熊田,亜紀子
内容要旨 要旨を表示する

放電メカニズムの解明は、絶縁技術、産業応用等の観点からその重要性は非常に高い。放電メカニズムの解明には放電空間中の物理量の定量的な情報が求められるが、従来の測定手法では必ずしも十分な計測が行えておらず、その手法の開発が必要である。本研究では、放電現象において、重要な役割を果たす電界及び荷電粒子(電子、イオン)を対象とし、放電計測において空間分解能や時間分解能に優れ、放電空間に与える擾乱が小さいレーザを用いた手法に着目し、その計測手法の高度化を目的としている。

第1 章では、本研究の背景である放電現象計測技術、電界及び電子密度のレーザ応用計測技術の現状及び本研究の目的について述べている。

第2 章では、ポッケルス効果を用いた電圧・電界センサにおいて、広周波数帯域での計測を行う際に問題となる圧電振動による振動成分の抑制手法について述べている。ポッケルス結晶内部においてポッケルス効果、逆圧電効果、圧電振動に起因する複屈折についてそれぞれ定式的に論じた後、ポッケルス結晶の形状工夫による振動成分の抑制技術について説明している。

圧電振動の周波数は、ポッケルス結晶の断面の大きさで決まるため、その断面の大きさを連続的に変化させることで、圧電振動の周波数成分を分散させることができ、ポッケルスセンサ出力において観測される振動成分の抑制ができる。本研究ではテーパをつけることで断面の大きさが連続的に変化するポッケルス結晶を作成した。テーパをつけた結晶及び従来の柱上のポッケルス結晶について、圧電振動に起因する振動成分の計測を行い、振幅及び周波数について解析を行った。

テーパ状の結晶における振動成分は、従来のポッケルスセンサと比較すると振幅が30%まで抑制が可能であり、測定のばらつきでは40%まで減少した。その結果、圧電振動による振動成分はバックグラウンドノイズの約2倍まで抑制が可能であった。振動の周波数解析では、計算通りの周波数領域に振動成分を分散させることが可能であることが確認できた。また、電極系を含めたポッケルス結晶内部の電界計算結果、及び印加電圧のフーリエ解析結果を用い、ポッケルス結晶の近似モデルを考案し、圧電振動の周波数分布の予測を行った。測定結果と比較すると、測定結果が特定の周波数で強いスペクトルで強く観測されたのに対して、計算結果で得られたスペクトルは連続的な値であったが、測定結果の極大値は計算結果で得られた波形と同様の傾向であった。このことから、電界計算を用いた圧電振動の周波数成分の予測を行い圧電振動の周波数応答を均一な波形にする工夫をすることで振動成分を更に抑制することが可能となる。

第3 章では、空間電荷存在下におけるレーザ光の偏波間位相差の測定について述べている。中性分子気体中では、レーザ光の偏波間位相差は電界の自乗に比例して変化し(カー効果)、これを用いて電界の計測が可能である。一方、空間電荷存在下において、その偏波間位相差は一桁以上大きな変化となり、これによる空間電荷存下における電界測定、或いは、空間電荷密度計測の可能性を示唆する結果が得られていた。本研究では、空間電荷が偏波間位相差に及ぼす影響をより正確に計測するため、入射光の強度の変動の影響を除去するシステムの考案を行った。

気体中の偏波間位相差は非常に小さく光学的変調手法を導入した高S/N 測定装置を用いて行う。この変調周波数の倍波成分は偏波間位相差に対する感度が変調周波数成分と比較すると非常に小さいため、倍波成分を用いて光の強度変化を計測し、変調周波数成分から光強度変化の影響を除去するシステムを考案した。ポッケルスセンサによって、意図的に光強度変化を与えた状態においてカー効果による偏波間位相差の測定を行った。倍波成分を用いて光強度変化を除去した結果、10% 以下の測定のばらつきで偏波間位相差の抽出が可能であった。また、その結果はポッケルスセンサによる光強度変化がない場合で計測したカー効果による偏波間位相差と良く一致した結果であった。

提案した手法を用いて、コロナ放電発生時のレーザ光の偏波間位相差の計測を行った。外部電界がない状態で測定では、電界の有無にかかわらず偏波間位相差は観測され、外部電界に対する依存性は小さいと言える。接地電流を検出するために、外部電界を印加した状態での測定では、偏波間位相差は空間電荷量と正の相関関係があることが確認できた。また、偏波間位相差は空間電荷の供給源であるコロナ放電を発生させる電圧に依存することが確認できた。

第4 章では、シャックハルトマン型レーザ波面測定法の高度化について述べている。シャックハルトマン型レーザ波面測定法はマイクロレンズアレイを透過したレーザ光が形成する輝点の動きからレーザ光の波面(位相分布) を計測手法であり、放電空間を透過したレーザ光の波面情報から放電内部の電子密度分布を計測することが可能である。

シャックハルトマン型レーザ波面測定法を用いて火花放電の電子密度計測を行った。観測された輝点の動きは、最大でも輝点の検出誤差の数倍であり、輝点移動量を積分して電子密度を算出するシャックハルトマン型レーザ波面測定法では、輝点の検出誤差も積分されるため、放電の影響による輝点移動がノイズに埋もれてしまい、シャックハルトマン型レーザ波面測定法の測定感度の向上が不可欠である。

本研究では、マイクロレンズアレイを共焦点配置し、マイクロレンズアレイの焦点距離を疑似的に延長し、シャックハルトマン型レーザ波面測定法の高感度化する手法を考案した。マイクロレンズアレイを共焦点配置することで、マイクロレンズアレイ透過後のレーザ光は平行光に近くなり、検出器までの距離が延長することが可能となる。また、2 枚もマイクロレンズアレイを透過した波面の傾きが、1 枚のみの場合と比較すると、2 枚のマイクロレンズアレイの焦点距離の比に比例して増加するため、この点からも測定感度の向上が期待できる。

マイクロレンズアレイの焦点距離が20mmのシャックハルトマン型レーザ波面測定法とマイクロレンズアレイの焦点距離が20mmと1mm の場合の高感度化手法について、マイクロレンズアレイと検出面の距離L を変えた場合の測定感度の向上率を光学設計ソフトにより計算した。L=50, 100, 200mmの場合、それぞれ測定感度が47, 96, 190 倍と1~2 桁向上するという結果が得られた。また、マイクロレンズアレイの位置の誤差について検討では、レンズの製造時に生じる誤差から許容誤差を算出した。許容誤差はマイクロレンズアレイの焦点距離やL によって決まることが、その結果として、測定感度の関数であった。

高感度シャックハルトマン型レーザ波面測定法について、既知の屈折率変化の計測を行い、測定感度の検証を行った。高感度化手法は従来のシャックハルトマン型レーザ波面測定法と比較して一桁測定感度が向上していたが、理論及びシミュレーション結果と比較すると一桁小さい結果であった。これは、焦点距離の延長の効果は得られているが、焦点距離の比による測定感度の向上効果が得られていなかったためと考えられる。

提案する手法を用いて放電の計測を行った。放電開始直後における輝点移動は非常に小さく放電領域においても、輝点の検出誤差(数μm) に埋もれる程度であったがアーク放電に移行した後、放電領域で40μmと大きな輝点移動が観測された。この変化は主に中性分子による輝点移動をとらえたものである。2波長計測により電子密度の抽出を行ったが、十分なS/N比では電子密度分布は得られなかった。

第5章では、本論文の結論として、まとめと今後の展望について述べている。

本研究では、放電現象において最も重要な物理量となる電界及び荷電粒子のレーザ応用計測技術の高度化を行い、従来技術と比較して、S/N比の向上、測定感度の向上が可能となり、本論文の成果は今後の放電メカニズムの解明において重要な役割を果たすであろう。

審査要旨 要旨を表示する

高電圧放電現象の機構解明は、電気絶縁技術、放電プラズマの産業応用等の観点からその重要性は非常に高い。放電機構の解明には放電空間中の物理量の定量的な情報が求められるが、従来の測定手法では必ずしも十分な計測が行えておらず、その手法の開発が必要である。本論文は放電現象において、重要な役割を果たす電界及び荷電粒子(電子、イオン)を対象とし、放電計測において空間分解能や時間分解能に優れ、放電空間に与える擾乱が小さいレーザを用いた手法に着目し、その計測手法の高度化手法を提案したもので、「放電現象レーザ応用計測の高度化」と題し、以下の5章から構成されている。

第1 章「序論」では、本研究の背景である放電現象計測技術、電界及び電子密度のレーザ応用計測技術の現状及び本研究の目的について述べている。

第2 章「ポッケルスセンサの広周波数帯域化」では、ポッケルス効果を用いた電圧・電界センサにおいて、広周波数帯域での計測を行う際に問題となる圧電振動による振動成分及びその抑制手法について述べている。圧電振動の周波数はポッケルス結晶の断面の大きさで決まるため、その断面の大きさを連続的に変化させることで圧電振動の周波数成分を分散させ、ポッケルスセンサ出力において観測される振動成分を抑制する手法を考案した。テーパをつけることで断面の大きさが連続的に変化するポッケルス結晶による圧電振動に起因する振動成分の測定では、振動成分は従来のポッケルスセンサと比較して雑音となる振動成分の振幅を1/3までに抑制することに成功している。また、ポッケルス結晶内部の電界計算結果及びポッケルス結晶の近似モデルを基に、ポッケルスセンサの周波数応答についても検討を行い、その予測が可能となっている。

第3章「カー効果を用いた電界測定手法の空間電荷存在下への適用」では、空間電荷存在下において、カー効果を用いた空間電界測定技術の適用、或いは、イオン密度計測技術への応用に関する検証実験及び検討について述べている。空間電荷存在下における複屈折を計測するため、変調周波数成分の倍波成分を用いて入射光の強度の変動の影響を除去できるシステムを考案している。この提案した手法を用いて、コロナ放電発生時の複屈折の計測を行い、複屈折の外部電界の依存性、空間電荷密度や極性の影響について検討を行っている。その結果、空間電荷存在下において観測されていた静電界下のカー効果よりも大きな複屈折がイオン風によって生じたものであることを確認している。

第4章「シャックハルトマン型レーザ波面測定手法の高感度化」では、シャックハルトマン型レーザ波面測定法による電子密度計測及びその測定技術の高感度化について述べている。シャックハルトマン型レーザ波面測定法はマイクロレンズアレイを透過したレーザ光が形成する輝点の動きからレーザ光の波面(位相分布) を計測手法であり、放電空間を透過したレーザ光の波面情報から放電内部の電子密度分布を計測することが可能である。しかし、シャックハルトマン型レーザ波面測定法を用いて火花放電の電子密度計測では、観測された輝点の動きはCCD受光部の1ピクセル程度であり、それ以上の感度は期待できなかった。そこで、シャックハルトマン型レーザ波面測定法の測定感度の向上手法として、マイクロレンズアレイを共焦点配置し、マイクロレンズアレイの焦点距離を疑似的に延長し、シャックハルトマン型レーザ波面測定法の高感度化する手法を考案している。考案した高感度シャックハルトマン型レーザ波面測定システムの測定感度を、既知の屈折率変化を計測することで測定感度の検証を行った結果、従来型シャックハルトマン型レーザ波面測定法と比較して、高感度型手法では測定感度が一桁向上することが確認された。さらに、提案する手法を用いてインパルスアーク放電の計測を行った結果、従来法に比べ1桁高感度である電子の線密度1020m-2の測定が可能となっている。

第5章「結論」では、内容を総括し、今後の展望について述べている。

以上これを要するに、高電圧放電現象の機構解明に不可欠な放電空間の電位、電界、電子密度の測定を行う光学的手法として、ポッケルス電位・電界センサ、気体カー効果による非接触電界計測法、シャックハルトマン型レーザ波面測定による電子密度計測法を取り上げ、それぞれについて従来に比べ大幅にS/N比を向上できるシステムを考案して計測法の高度化を実現し、弱電離放電空間における測定限界を示した点で、電気工学、特に高電圧、放電工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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