学位論文要旨



No 125710
著者(漢字) 吉田,憲吾
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,ケンゴ
標題(和) 生物の筋骨格構造に基づくモーション制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 125710
報告番号 甲25710
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7243号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 教授 大崎,博之
 東京大学 教授 橋本,樹明
 東京大学 准教授 橋本,秀紀
 東京大学 准教授 古関,隆章
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、生物の筋骨格構造に基づくモーション制御に関して論ずる。特に生物の四肢に着目し、(1) 拮抗駆動、(2) 二関節同時駆動、(3) 非線形粘弾性の3 つの特徴をロボットの機構として取り入れ、これらの構造に基いた制御手法を実現する。ここでは大きく3 つの提案を行なう。すなわち、生物の四肢の機構を取り入れたロボットアームの実現、生物の四肢の特徴を利用したフィードフォワード制御手法、生物のように複雑なアクチュエータ配列を持つアームに適用可能な拡張された操作性指標である。

現在、多くの産業用ロボットが先進的な工場において活躍しているが、少子高齢化社会を迎え、医療介護の現場や家庭等、人間の生活空間の中で働くことのできる人間協働型のロボットが待ち望まれている。これまでの産業用ロボットは、人間から隔離された既知環境の中での高速・高精度な動作を求められてきた。一方、人間協働型ロボットでは未知環境での巧みな動作、衝突・接触時の安全な動作がむしろ求められる。巧みな動作、安全な動作は現在のロボットより、人間をはじめとする生物が得意とするところである。人間協働型のロボットを実現するためには、生物の機構と制御から学び、生物の長所を取り入れていく必要性がある。本論文ではまず第1 章において、研究の背景と目的、生物の機構の働きに関する基礎的な先行研究に関して述べる。

生物とロボットのアームモデルを比較すると、生物のアームにはまたがった二つの関節を同時に駆動する二関節筋と呼ばれるアクチュエータが存在することが分かる。この筋は従来のロボット工学等では無視されていたものであるが、このような特徴的な機構が生物の巧みな制御機能に重要な役割を果たしている。本論文中では、生物の四肢をもとに、6 つの筋による3 つの拮抗対によって駆動される2 リンクのアームモデル(3 対6 筋のモデル) を元に議論を進める。モデルと基本的な性質に関する議論を第2 章で行なう。

第3 章では、生物の四肢の機構を取り入れたロボットアームとして、タイミングベルトとプーリーによる二関節同時駆動機構を備えた2 リンクアームを実現する。3 対6 筋のモデルのうち各拮抗対をモータで置き換え、筋の粘弾性に関してはソフトウェア的に実現する。二関節同時駆動機構はベース上に設置されたモータのトルクを、第一関節と同軸上に配置されベアリングによって軸から切り離された伝達機構を用いて、タイミングベルトによって第二関節に直接伝える。これによって第一関節の一関節筋に相当するモータはベースと第一リンクを、第二関節の一関節筋に相当するモータは第一リンクと第二リンクを、二関節筋に相当するモータはベースと第二リンクとを接続する形となる。実験によって、二関節筋に相当するモータを取り入れることでアームの手先における力出力を改善し、いずれの二つのモータでも駆動する冗長性を備えることを確認した。

さらに第4 章において、筋粘弾性を生かしたフィードフォワード(FF) 制御アルゴリズムを提案する。本アルゴリズムは、筋の活性度に相当する収縮力に着目し、拮抗対にある収縮力を与えた時に生じる振る舞いをベースとする。関節を駆動する拮抗対に一定の収縮力の組を与えると、関節は一意に定まる釣り合い位置に向けて駆動される。この時、拮抗する各筋に与える収縮力の大きさという二つの自由度によって、釣り合い位置と釣り合い位置に至る際の特性の二つを制御することが可能である。拮抗対による制御器は、収縮力のFF 的な入力のみで、位置指令と制御特性を設計することができ、FF ながらモデル外乱に対してロバストである。本論文中ではこの拮抗対による制御器をPD 制御器を含んだ等価回路によって表し、その特性を議論する。2 リンクのアームの手先位置の制御においても、同様に拮抗対による制御器を適用可能である。また、本研究では二関節筋の拮抗対を加えた場合についても検討を行なっている。二関節筋の拮抗対はまたがった両関節の和を制御する働きがあり、作業空間において手先の誤差を抑える働きがあることを明らかにした。さらに、任意の軌道に追従するアルゴリズムを提案し、有効性を確認している。

第5 章において、生物型アームに適用可能とするために操作性指標の拡張を行なう。ここで取り上げる操作性指標とは、関節空間における物理量がアームの姿勢等によって、作業空間における物理量へと変換される際の特性を楕円体によって表現するものである。従来、様々な指標が提案されてきたが、これを生物のような複雑なアクチュエータの配列を持つアームへ直接適用することはできなかった。これは、二関節筋のような複数の関節に対してトルクを発生するアクチュエータが存在することにより、各関節が独立にトルクを発生するという前提が崩れてしまうためで、いわゆる冗長マニピュレータとしても扱うことはできない。従来指標を適用すると、二関節筋を無視するか、或いは独立にトルクを発生できるアクチュエータとして扱う他なく、外力(加速度) の出力特性を表す楕円体は傾きも大きさも実際の出力特性とは異なってしまう。本論文ではインピーダンスマッチング楕円体(IME) と呼ばれる統合的な指標を拡張する。良く知られた動的可操作性楕円体(DME), 操作力楕円体(MFE) はIME の典型的なケースとして表現することができる。拡張した指標はアクチュエータの発生するトルクから関節トルクへの伝達を表現する行列を導入することで問題を解決し、生物型のアームも正しく扱えるようになった。特にMFE のケースにおいて、上記で製作した3 対6 筋に基づくロボットアームを用いて実験的な検証を行なっている。様々な姿勢等の条件下で操作性がどのように変化するかを確認し、二関節筋が存在することの優位点を確認した。さらに、実際にケーススタディによって複数の事例に適用する。

最後に第6 章において結論と今後の展望を述べる。本研究では簡潔な機構によって生物の筋骨格構造を模擬し、ロボットアームに生物の持つ長所を持たせることができた。二関節筋の模擬である二関節同時駆動機構を従来のロボットアームに加えることで、単関節を駆動するアクチュエータを大型化あるいは冗長化した機構以上の利点を与えることができる。二関節同時駆動機構の追加で、1 つのアクチュエータの追加で冗長系とすることができるだけでなく、手先における力・加速度の出力領域をより柔軟に設計できるようになる。動作に最適化して、より小出力のアクチュエータを使うことができるようになるため、冗長化によるコスト増や重量増を抑え信頼性の向上を図ることが可能である。提案する生物の筋骨格構造を基にした制御手法は、拮抗駆動と非線形粘弾性を利用することで、フィードフォワードながらモデル外乱の抑圧機能を持つ。さらに二関節同時駆動の存在によって、手先の誤差を抑えることを示した。生物の機構を取り入れることで、ロボットはより簡単に制御可能となる。さらに、拡張した指標によって生物型ロボットの設計や従来型ロボットとの公正な比較が行なえるようになった。本研究によって生物の筋骨格構造に基づいたロボットのモーション制御に関する原理原則が明らかにされた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「生物の筋骨格構造に基づくモーション制御に関する研究」と題し,生物の筋骨格構造にヒントを得た新しいモーション制御法の可能性を論じたもので,全6章より成る。とくに生物の四肢に着目し,(1)拮抗駆動,(2)二関節同時駆動,(3)非線形粘弾性の三つの特徴をロボットの機構として取り入れ,新しいロボットアームの制御法を実現したものである。

第1章は序論であり,研究の背景と目的,生物機構の働きに関する先行研究に関して述べている。現在,多くの産業用ロボットが先進的な工場において活躍しているが,少子高齢化社会を迎え,医療介護の現場や家庭等,人間の生活空間の中で働くことのできる人間協働型のロボットが望まれており,未知環境での巧みな動作,衝突・接触時の安全な動作が求められている。これらの動作は人間をはじめ生物が得意とするところであり,生物の機構と制御から学び,生物の長所を取り入れていく必要性があるとしている。

第2章「生物型アームのモデル化」では,生物型アームのモデルと基本的な性質に関する議論を行なっている。生物の四肢には,隣り合う二つの関節を同時に駆動する二関節筋と呼ばれる筋肉が存在する。この筋は従来のロボット工学等では無視されていたものであるが,この機構が巧みな制御機能の実現に重要な役割を果たしている。本論文では,二関節筋をモデル化した6つの筋による3つの拮抗対によって駆動される2リンクのアームモデル(3対6筋モデル)をもとに議論を進めることを述べている。

第3章「生物の仕組みを取り入れたロボットアーム」では,生物の四肢の機構を取り入れたロボットアームとして,タイミングベルトとプーリーによって,二関節同時駆動機構をもつ2リンクアームを実現している。3対6筋のうち各拮抗対をモータで置き換え,筋の粘弾性はソフトウェア的に実現する。ベース上に設置されたモータのトルクを,第一関節と同軸上に配置されベアリングによって軸から切り離された伝達機構を用い,タイミングベルトで第二関節に直接伝えることにより,二関節同時駆動機構を実現した。実験によって,二関節筋に相当するモータを用いることで,アームの手先における力出力を改善し,いずれか二つのモータでも駆動できる冗長性を備えることを確認している。

第4章「生物型ロボットアームの制御手法」では,筋粘弾性を生かしたフィードフォワード(FF)制御アルゴリズムを提案している。拮抗する各筋に与えるFF的な二つの収縮力によって,目標位置への到達と,そこに至るまでの特性の二つを制御することができ,モデル外乱に対してもロバストになる。また,二関節筋の拮抗対を加えた場合についても検討を行ない,作業空間において手先の位置誤差を抑える働きがあることを明らかにしている。さらに,任意の軌道に追従するアルゴリズムを提案し,有効性を確認している。

第5章「拡張した操作性指標」では,生物型アームに適用可能とするために操作性指標の拡張を行なっている。従来の指標は,各関節が独立にトルクを発生するという前提が必要で,生物のもつ複雑なアクチュエータ配列をまねたアームへは直接適用できなかった。本論文ではインピーダンスマッチング楕円体(IME)と呼ばれる統合的な指標を拡張した。良く知られた動的可操作性楕円体(DME)や操作力楕円体(MFE)が,IMEの典型的なケースとして表現することができることも示した。さらにMFEについて,製作したロボットアームを用いて検証を行ない,二関節筋が存在する優位性を確認した。

第6章は結論であり,本論文の成果をまとめ,今後の展望を述べている。

以上これを要するに,本論文は,生物の筋骨格構造に基づく新しいモーション制御法として,二関節筋機構を取り入れたロボットアームを実現し,生物のもつフィードフォワード制御の適用や,複雑なアクチュエータ配列を持つアームに適用可能な操作性指標の提案などを行ったもので,電気工学,ロボット工学,制御工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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