学位論文要旨



No 125720
著者(漢字) 水野,洋輔
著者(英字)
著者(カナ) ミズノ,ヨウスケ
標題(和) ブリルアン光相関領域リフレクトメトリの提案と性能向上
標題(洋) Proposal and Performance Improvement of Brillouin Optical Correlation-Domain Reflectometry
報告番号 125720
報告番号 甲25720
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7253号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 大津,元一
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 山下,真司
 東京大学 准教授 何,祖源
内容要旨 要旨を表示する

近年、主に通信で使われる光ファイバをビルやトンネルの内壁や飛行機の翼などに埋め込むことで、地震による損傷や経年劣化を診断したい、という需要が高まっている。この取り組みは、建造物や材料に人間のような神経を持たせる試みとも解釈でき、我々はこれを「光ファイバ神経網」と呼んでいる。光ファイバ神経網を実現するための光ファイバに沿った歪分布を測定する技術として、周波数シフト量(ブリルアン周波数シフト:BFS)が歪や温度に線形に依存する自然ブリルアン散乱あるいは誘導ブリルアン散乱を原理とするものが数多く知られている。中でも、「ブリルアン光時間領域リフレクトメトリ(BOTDR)」と「ブリルアン光時間領域解析法(BOTDA)」、「ブリルアン光相関領域解析法(BOCDA)」の三手法は、特に精力的な研究がなされてきた。しかし、BOTDRやBOTDAは、測定レンジが数10 kmに及ぶものの、空間分解能の原理的な限界が1 m程度であり、さらに数分以上の測定時間を要するという問題点があった。また、BOCDAは、極めて高い空間分解能とサンプリングレートを有するものの、被測定ファイバ(FUT)の両端から光波を入射しなければ動作しないという問題点があった。

そこで本論文では、FUTの片端から光波を入射するだけで動作し、高い空間分解能とサンプリングレートを併せ持つ独自の光ファイバ歪分布センシング技術「ブリルアン光相関領域リフレクトメトリ(BOCDR)」を提案するとともに、その性能向上について論じる。本論文は全十章から構成され、以下では各章の概要について記す。

第一章は「序論」であり、本研究の背景や先行研究の事例、基本的な原理について述べる。まず、スマートマテリアル・スマートストラクチャや光ファイバ神経網の考え方、ブリルアン散乱の原理、さらに、時間領域の各手法(BOTDRとBOTDA)について概説する。その後、BOCDRの提案の基礎となる「光波コヒーレンス関数の合成(SOCF)」技術、および、両端型の相関領域手法であるBOCDAについて述べる。

第二章は「BOCDRの提案」である。まず、BOCDRは、自然ブリルアン散乱とSOCF技術の組み合わせで動作することを述べる。すなわち、BOCDRとは、FUT全域から反射したストークス光と参照光の干渉状態をコヒーレンス関数の合成により制御し、FUTに沿うある一点で生じた自然ブリルアン散乱のみを受光器出力として選択抽出する技術であることを説明する。次に、実験系の構成について述べ、空間分解能40 cmとサンプリングレート50 Hzを両立した基礎実験について述べる。加えて、BOCDRによりリアルタイム測定が可能であることを実証する。さらに、変調パラメータの制御により、13 mmという高分解能が得られることを示す。これは、BOTDRを含むあらゆる片端型の歪分布センサは言うまでもなく、両端型のBOTDAをも凌ぐ値である。最後に、BOCDRは誘導ブリルアン散乱ではなく自然ブリルアン散乱に基づいて動作することを証明する実験について述べる。

第三章は「BOCDR動作の理論解析」である。まず、BOCDRで最終的に得られる実効ブリルアン利得スペクトル(BGS)が、BOCDA同様、真のBGSとビートスペクトルの二次元畳み込み積分で表されることを理論的に導く。次に、ビートスペクトルの形状を評価することで、空間分解能の定式化を行う。さらに、BOCDRに特有のレイリー散乱に起因する雑音について解析を行い、空間分解能の限界について考察する。

第四章は「時間ゲート法による測定レンジの延伸」である。BOCDRの最大の問題点は、空間分解能と測定レンジがトレードオフの関係にあり、両者の比が570程度に固定されてしまうことである。そこで、従来の光パルスを用いた時間領域手法を部分的にBOCDRに取り入れることにより、この問題を改善する手法を提案する。実験では、両者の比は1515まで改善された。

第五章は「二重周波数変調による測定レンジの延伸」である。前章の目的を達成する別手法として、光源の周波数を二つの異なる周波数で同時に変調する手法を提案する。まず、本手法を定式化し、シミュレーションを通じてその有用性を示す。次に、空間分解能と測定レンジの比が2845まで向上できることを実験的に示す。さらに、第九章で提案されるノイズフロアの補正を併用することで、その比を5690まで向上できることを示す。

第六章は「光ヘテロダイン検波を用いたサンプリングレートの向上」である。BOCDRで達成可能なサンプリングレートは、電気スペクトラムアナライザ(ESA)の周波数掃引速度に制限されていた。そこで、単一側波帯変調器を用いた光ヘテロダイン検波により11 GHz付近に観測されるBGSを数100 MHzの低周波帯までシフトさせ、ESAの代わりに高速フーリエ変換を用いるBOCDRを提案する。実験では、サンプリングレートは400 Hzまで向上した。また、この系に特有な雑音について、理論的・実験的に解析を行った。

第七章は「偏波ビート長の分布測定への応用」である。一般に、単一モードファイバでの通信容量の限界は、複屈折に誘起された偏波モード分散(PMD)に起因する。従って、複屈折の分布情報である偏波ビート長を分布的に測定することは重要である。本章では、BOCDRで観測されるBGSの強度が参照光とストークス光の相対的な偏波状態に依存することを用いることで、BOCDRが偏波ビート長の分布測定に応用できることを理論的・実験的に示す。

第八章は「偏波スクランブリングとノイズフロア補正による歪分布全長測定の安定化」である。BOCDRで観測されるBGSは偏波状態の影響を受けるため、長距離ファイバに沿った分布測定を行うには偏波コントローラを手動で調整し、偏波状態を多数回最適化する必要があった。そこで本論文では、偏波スクランブリングを導入することでBGSの変動を自動的に抑制し、歪全長測定の安定化と高速化を実現する。実験では、分解能40 cmおよびサンプリングレート19 Hzで、100 mのファイバの全長に渡る歪分布を安定かつ高速に測定することに成功した。また、ESAのノイズフロアを補正することによりBOCDRの信号対雑音比を向上させる手法を提案し、その効果を実証する。

第九章は「テルライトファイバを用いた歪分布測定」である。まず、BOCDRの分解能の理論的な限界を定式化し、これを実現するためにはテルライトファイバや酸化ビスマスファイバ等の高いブリルアン利得係数を持つ特殊ファイバの導入が効果的であることを示す。次に、テルライトファイバと酸化ビスマスファイバのBFSの温度依存性を調査し、得られた負の依存性について考察する。さらにテルライトファイバについてはBFSの歪依存性も調査し、同じく得られた負の依存性について考察する。その後、テルライトファイバを用いたBOCDRにより6 mmの分解能が達成できることを実験的に示す。

第十章は「結論」であり、本論文の総括を述べ、残された課題と今後の展望について述べる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、"Proposal and Performance Improvement of Brillouin Optical Correlation- Domain Reflectometry (ブリルアン光相関領域リフレクトメトリの提案と性能向上)" と題し、英文で書かれていて、10章よりなる。近年、光ファイバをビルやトンネルの内壁、あるいは飛行機の翼などに埋め込むことで、地震による損傷や経年劣化を診断する技術に注目が集まっている。本技術は、建造物や材料に人間の神経機能を持たせるものであり、「光ファイバ神経網」と呼ばれている。本論文では、光ファイバ神経網を実現するための新技術として、光ファイバの片端から光波を入射するだけで動作し、高い空間分解能とサンプリングレートを併せ持つ「ブリルアン光相関領域リフレクトメトリ(BOCDR)」を提案するとともに、その性能向上について論じたものである。

第一章は「序論」であり、本研究の背景や先行研究の事例、基本的な原理について述べている。まず、スマートマテリアル・スマートストラクチャや光ファイバ神経網の考え方、ブリルアン散乱の原理、さらに、時間領域の各手法(BOTDRとBOTDA)について概説している。その後、BOCDRの提案の基礎となる「光波コヒーレンス関数の合成(SOCF)」技術、および、両端光入射型の相関領域手法である「ブリルアン光相関領域解析法(BOCDA)」について記述される。

第二章は「BOCDRの提案」である。まず、BOCDRは、自然ブリルアン散乱を歪測定原理とし、位置分解技術としてSOCF技術を活用していることが述べられる。すなわち、BOCDRとは、センシング光ファイバ全域から反射したブリルアン散乱光と参照光の干渉状態をコヒーレンス関数の合成技術により制御し、センシング光ファイバに沿うある一点で生じた自然ブリルアン散乱のみを受光器出力として選択抽出する技術であることを説明する。次に、実験系の構成について述べ、空間分解能40 cmとサンプリングレート50 Hzを両立した基礎実験について述べられる。加えて、BOCDRによりリアルタイム測定も可能であることが実証される。さらに、変調パラメータの制御により、高分解能 13mm が達成される。これは、BOTDRを含むあらゆる片端光入射型の歪分布センサは言うまでもなく、両端光入射型のBOTDAをも凌ぐ値である。最後に、BOCDRは誘導ブリルアン散乱ではなく自然ブリルアン散乱に基づいて動作することが実験的に証明される。

第三章は「BOCDR動作の理論解析」である。まず、BOCDRで最終的に得られる実効ブリルアン利得スペクトル(BGS)が、BOCDA同様、真のBGSとビートスペクトルの二次元畳み込み積分で表されることを理論的に導く。次に、ビートスペクトルの形状を評価することで、空間分解能の定式化を行う。さらに、BOCDRに特有のレイリー散乱に起因する雑音について解析を行い、空間分解能の限界について考察する。

第四章は「時間ゲート法による測定レンジの延伸」である。BOCDRの最大の問題点は、空間分解能と測定レンジがトレードオフの関係にあり、両者の比が570程度に固定されてしまうことである。そこで、従来の光パルスを用いた時間領域手法を部分的に取り入れることにより、この問題を改善する手法が提案された。実験において、両者の比は1515まで改善された。

第五章は「二重周波数変調による測定レンジの延伸」である。前章の目的を達成する別手法として、光源の周波数を二つの異なる周波数で同時に変調する手法が提案される。まず、本手法を定式化し、シミュレーションを通じてその有用性を示す。次に、空間分解能と測定レンジの比が2845まで向上できることを実験的に示す。さらに、第九章で提案されるノイズフロアの補正を併用することで、その比を5690まで向上させている。

第六章は「光ヘテロダイン検波を用いたサンプリングレートの向上」である。BOCDRで達成可能なサンプリングレートは、電気スペクトラムアナライザ(ESA)の周波数掃引速度に制限されていた。そこで、単一側波帯変調器を用いた光ヘテロダイン検波により11 GHz付近に観測されるBGSを数100 MHzの低周波帯までシフトさせ、ESAの代わりに高速フーリエ変換を用いるBOCDRを提案している。実験では、サンプリングレートは400 Hzまで向上された。また、この系に特有な雑音について、理論的・実験的な解析が行われている。

第七章は「偏波ビート長の分布測定への応用」である。一般に、単一モードファイバでの通信容量の限界は、複屈折により誘起された偏波モード分散に起因する。従って、複屈折の分布情報である偏波ビート長を分布的に測定することは重要である。本章では、BOCDRで観測されるBGSの強度が参照光とストークス光の相対的な偏波状態に依存することを用いることで、BOCDRが偏波ビート長の分布測定に応用できることを理論的・実験的に示している。

第八章は「偏波スクランブリングとノイズフロア補正による歪分布全長測定の安定化」である。BOCDRで観測されるBGSは偏波状態の影響を受けるため、長尺光ファイバに沿った分布測定を行うには偏波コントローラを手動で調整し、偏波状態を多数回最適化する必要があった。そこで本論文では、偏波スクランブリングを導入することでBGSの変動を自動的に抑制し、歪全長測定の安定化と高速化を実現している。実験では、分解能40 cmおよびサンプリングレート19 Hzで、100 mのファイバの全長に渡る歪分布を安定かつ高速に測定することに成功した。また、ESAのノイズフロアを補正することによりBOCDRの信号対雑音比を向上させる手法を提案し、その効果も実証している。

第九章は「テルライトファイバを用いた歪分布測定」である。まず、BOCDRの分解能の理論的な限界を定式化し、これを実現するためにはテルライトファイバや酸化ビスマスファイバ等の高いブリルアン利得係数を持つ特殊ファイバの導入が効果的であることが示される。次に、テルライトファイバと酸化ビスマスファイバのBFSの温度依存性を調査し、得られた負の依存性について考察している。さらにテルライトファイバについてはBFSの歪依存性も調査し、同じく得られた負の依存性について考察する。その後、テルライトファイバを用いたBOCDRにより6 mmの分解能が達成された。

第十章は「結論」であり、本論文の総括を述べ、残された課題と今後の展望について述べている。

以上、本論文は、光ファイバ神経網機能を実現する手法として、自然ブリルアン散乱を歪計測原理とし、光波の干渉特性を任意に合成する技術を分布情報測定原理とする新しい技術を提案し、動作原理の定式化を行い、原理確認実験を成功させた後、測定レンジの延伸法、測定速度の向上法、偏波変動誘起雑音の低減法などの性能向上手法も提案・導入して、6 mm の空間分解能や 50Hz のサンプリング速度など優れた特性を実現したものであって、電子工学への貢献が少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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