学位論文要旨



No 125721
著者(漢字) 矢田,慎介
著者(英字)
著者(カナ) ヤダ,シンスケ
標題(和) IV族ベース・スピンデバイスを目指したMnドープGe強磁性薄膜の成長及び構造・磁性の評価
標題(洋) Growth, structure, and magnetic properties of Mn-doped Ge ferromagnetic thin films for group-IV based spin electronic devices
報告番号 125721
報告番号 甲25721
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7254号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,雅明
 東京大学 教授 高木,信一
 東京大学 教授 平川,一彦
 東京大学 教授 田畑,仁
 東京大学 准教授 竹中,充
 東京工業大学 准教授 菅原,聡
内容要旨 要旨を表示する

本研究で扱う材料であるMnドープGe(Ge1-xMnx)は,2002年にGe1-xMnx薄膜での強磁性発現が報告されて以来,強磁性を有する半導体(強磁性半導体)として注目を集め,電子デバイスにスピンや磁性による新たな機能を付加しようという試み(スピントロニクス)への応用を目指して広く研究が行われてきた.このような強磁性半導体ではMnをGaAsにドープしたGa1-xMnxAsや,MnをInAsにドープしたIn1-xMnxAs等が有名であり,1990年代から研究が行われてきた.このような中でGe1-xMnxが注目を集めたのは,それがIV族半導体であるGeをベースとしている事による.現在のSiベース半導体集積エレクトロニクスにおいて,スピントロニクスを展開していくためにはSiやGeといったIV族半導体に整合性の高いスピントロニクス材料が必要である.そう言う意味で,IV族半導体であるGeをベースとしたGe1-xMnxは半導体スピントロニクスにおいて大変重要な材料であると言える.

しかしながら,このGe1-xMnxの強磁性の起源については発見当初議論が十分に行われたとは言えない,すなわちその起源がGe1-xMnxの本質的な性質によるものなのか,それともMnがGe結晶内で偏析して生じた強磁性化合物クラスタであるのか,といった議論が不十分な状態であった(※Ge1-xMnxと記述すると均一な組成を有する結晶を表すような表記になるが,本要旨ではMnが均一に分布しているか,偏析してクラスタを形成しているか,などの差は考慮せず単純に物質内の平均的な組成を示す表現として用いる).そのため最初の発見の後,Ge1-xMnxに関する強磁性発現の報告が続く中で,その磁性の起源を化合物クラスタに求める報告も徐々に現れ始めた.報告されたGe1-xMnxの中には確かにMn5Ge3,Mn11Ge8などの化合物クラスタを強磁性の起源とするものもあったが,化合物クラスタによる強磁性では,その化合物特有の強磁性転移温度(TC)しか取り得ず,一部のGe1-xMnxで観測されたMn濃度xの増大によりTCが上昇していく様子を説明できなかった.

このような状況の中,著者を含む東京大学の所属研究室のグループによって,分子線エピタキシー(MBE)を利用してGe(001)基板上に低温で作製したGe1-xMnx薄膜において磁気円二色性(MCD)測定や透過電子顕微鏡(TEM)観察を行うことにより,Mnが偏析しアモルファスMnドープGeの強磁性クラスタが形成される事が判明した.(アモルファスMnドープGeを以後a-Ge1-xMnxと表記する.ここでxは先のGe1-xMnxと同じ表記を使用しているが,単純に任意の組成を表しているだけで,Ge1-xMnx内に同一Mn濃度xのアモルファスMnドープGeが偏析しているわけではない.)このa-Ge1-xMnxは,Mn濃度xによりそのTCが変化する特性を有し(さらに本研究によりそれがアモルファス強磁性半導体であるとわかるのだが),その磁気特性も初期に発見されたGe1-xMnxのそれと良く一致したため,a-Ge1-xMnxクラスタがGe1-xMnxの強磁性の起源であると結論づけられた.なおこの研究は本博士論文の先行研究として位置づけられる.

このようにGe1-xMnxの磁性についての解明が進む中,材料としての強磁性半導体自体にも近年新たな動きが見られてきている.従来の強磁性半導体の大きな問題として,TCが通常デバイスが動作する温度以下であることが挙げられる.これまでは強磁性半導体の理論予測にのっとり,成長条件を制御して結晶としての品質を上げる事でTCを上げる試みがなされてきたのに対して,最近ドープする磁性元素の意図的な濃度揺らぎや結晶内での化合物の偏析を許容し,半導体と整合性の高い磁性材料を作ろうという試みが,複数の磁性半導体材料系で行われている.スピノーダル分解を取り入れた計算により,磁性元素の濃度揺らぎに起因する高いTCを有する磁性半導体薄膜作製の可能性が示され,一方強磁性化合物であるMnAsのナノクラスタを有するGaAs薄膜中では,非常に大きな磁気抵抗効果が観測されただけでなく,スピン起電力と呼ばれる新しい物理現象も発見され,従来の半導体+磁性という強磁性半導体の目的を超える新たな応用も考案されつつある.

そのため,Ge1-xMnxについても,Mn原子の偏析を抑止するだけではなく,積極的に制御,利用していく事が重要と考える.故に本研究ではMBEを利用しGe(001)基板上に低温で成長したGe1-xMnx薄膜について,成長のパラメータ(薄膜の成長速度及び成長する基板の温度)を変えることによって起こる膜内でのMnの分布や偏析物の変化を調べ,MnドープGeの成長における相変化の様子を明らかにした.さらに前述のスピノーダル分解を取り入れ,薄膜内のMn原子の偏析についての説明を試みた.またその一方で,Ge(111)基板上に成長することにより,Mn原子の偏析を抑止し均一な組成を持つGe1-xMnx薄膜の作製に成功した.これによってGe1-xMnx薄膜のMBE成長に関する総括的な見解を得た.以下では各研究の概要を示す.

先行研究によりa-Ge1-xMnxの偏析が認められたGe(001)基板上のGe0.94Mn0.06薄膜について,成長温度を35℃から300℃,成長速度を30nm/hから150nm/hの間で変化させ,MCD測定とTEM観測により薄膜内のクラスタの同定・ナノ構造の観測を行った結果,Ge(001)基板上に成長したGe0.94Mn0.06では成長温度100℃以下の場合にはa-Ge1-xMnxクラスタが形成される事がわかった.このクラスタは特徴的な数nmサイズの柱状構造(ナノカラム構造)を取り,このナノカラム構造は薄膜の成長条件を変えても保たれることがわかった.その一方で成長速度を上げたり,成長温度を下げたりすると膜内のMn分布がより均一に近づき,a-Ge1-xMnxナノカラム内のMn濃度も低くなるために,薄膜のTCは低くなっていく様子も確認された.さらにクラスタを形成するa-Ge1-xMnx自体について詳しく評価した結果,この材料がアモルファスの強磁性半導体である事を突き止め,Ge1-xMnxの系では,成長条件を変える事でMn濃度の異なる(それによりTCや保磁力などの磁気特性も異なる)同一サイズのナノカラム状のクラスタを作製できる事を示した.従来の化合物クラスタは一定のTCしか持ち得ないのに対して,Mn濃度を変える事によりクラスタ自体の磁性を制御できるのは,このGe1-xMnx薄膜の大きな特徴だと言える.低温成長で観測されたこのa-Ge1-xMnxクラスタは成長温度を上げていくと徐々に消滅,中間的な領域(成長温度150℃)を経て,成長温度300℃で完全にMn5Ge3クラスタに置き換わった.成長温度300℃で成長された薄膜の内部に形成されたMn5Ge3クラスタは数十nmサイズの大きなクラスタであり,ナノカラム構造を取らない事も示した.なお,この特徴的なナノカラム構造の形成についてはスピノーダル分解の理論を取り入れる事で説明が可能な事を示した.これら成長及び構造の評価に加えて,ナノカラム構造を有する薄膜について磁気伝導測定も行い,これまでに類を見ない巨大な正の磁気抵抗効果の発現も観測した.

Ge(001)基板上での成長では,このようにナノカラム構造における興味深い知見が得られたが,一方でMn原子の偏析を完全に抑止する事は不可能という結論にも至った.しかし成長の面方位を変える事で成長カイネティクスが大きく変化し,それにより(001)で見られたようなナノカラム形成を抑止できる可能性がある.そのため均一な組成を有するGe1-xMnx薄膜を作製するために,面方位の異なる基板状にGe1-xMnxを成長し,その特性を評価した.簡単な先行実験の結果を受け,Ge(111)基板に焦点を当てて評価を行った結果,適当な成長条件で成長したGe0.94Mn0.06薄膜においてMCD測定でMn5Ge3などの強磁性化合物やa-Ge1-xMnxといった異相は観測されず,TEMなどによる構造分析でも転移や欠陥が少なくMnもほぼ均一に分布しているGe1-xMnxを10nm程度成長されている結果が得られた.Ge(001)基板における実験ではこのような結果は得られておらず,結晶成長の面方位を変える事で初めて単結晶のGe1-xMnx薄膜の成長に成功したといえる.

以上,本研究ではこれまで不明瞭であったGe1-xMnxの強磁性の起源を新規物質であるa-Ge1-xMnxのクラスタであると同定し,さらにそのナノクラスタのTCなど磁気特性が制御可能である事を示した.またこのナノクラスタ系について磁気伝導特性を評価し,大きな磁気抵抗効果が得られる事も示した.このナノクラスタ系の評価を行う一方で,強磁性半導体Ge1-xMnxの作製を試み,Ge(111)基板上での成長で均一な組成を有するGe1-xMnx薄膜の作製に成功した.本研究は,IV族半導体ベースの磁性材料であるMnドープGeについて重要な知見を与え,デバイス応用への道を一歩進めたと考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「Growth, structure, and magnetic properties of Mn-doped Ge ferromagnetic thin films for group-IV based spin electronic devices(IV族ベース・スピンデバイスを目指したMnドープGe強磁性薄膜の成長及び構造・磁性の評価)」と題し、英文で書かれている。本論文では、IV族半導体Geをベースとする磁性薄膜であるMnドープGeについてその成長、構造・磁性の評価、およびスピン依存伝導に関する研究成果を記述しており、全7章から成る。

第1章は「Introduction」であり、スピントロニクスと強磁性半導体に関する研究の背景と状況を述べ、本論文の構成と目的を示している。その中で、特にMnドープGeを含めたIV族ベース磁性半導体材料の状況を述べ、本論文の位置づけを示し、さらに本論文における評価法(特に磁気円二色性(MCD)測定)の原理と特色を示している。

第2章は「Origin of the ferromagnetism in epitaxially grown Ge1-xMnx thin films on Ge (100) substrates」であり、低温分子線エピタキシー(LT-MBE)法によってGe(001)基板上に成長したMnドープGe薄膜について、透過電子顕微鏡(TEM)による観察およびMCD測定の結果について述べ、MnドープGe薄膜の内部に強磁性を有するアモルファスMnドープGeのナノクラスタが存在すること、これがこの磁性薄膜が示す強磁性の起源であることを示している。

第3章は「Magnetic and transport properties of amorphous Ge1-xMnx thin films」であり、第2章で薄膜中に見出した物質であるアモルファスMnドープGeについて、その薄膜をLT-MBE装置により作製し、MCD測定、超伝導量子干渉計(SQUID)による磁化測定、異常ホール効果測定および抵抗率の温度依存性測定を行った結果について述べ、アモルファスMnドープGeがアモルファス強磁性半導体であることを示している。

第4章は「Magnetic and structural properties of Ge1-xMnx thin films on Ge (100) substrates」であり、Ge (100)基板上にLT-MBE法により様々な成長条件で成長したMnドープGe薄膜について、TEMによる観察およびMCD測定の結果について述べ、薄膜内でMnが凝集し、成長条件によってアモルファスMnドープGeのナノカラム状のクラスタもしくはMn5Ge3の金属化合物クラスタが形成されることを示している。特にアモルファスMnドープGeナノカラムは半導体中の磁性半導体クラスタという特異な構造であり、MnドープGe薄膜の成長条件によって、強磁性転移温度などの磁気特性が制御可能なことも明らかにしている。

第5章は、「Epitaxial growth of Ge1-xMnx thin films on Ge substrates with various crystal orientations」であり、最初に様々な面方位を持つSi基板上にLT-MBE法によって成長したMnドープGe薄膜について、MCD測定の結果について述べ、特にMnドープGe薄膜の品質が良いと思われるGe(111)面上の成長膜に焦点を当てている。LT-MBE法によってGe (111)基板上に成長したMnドープGe薄膜について、MCD測定とTEM観測の結果について述べ、特定の成長条件下では、2章と4章で見られたクラスタが存在しない均一なMn分布を有するMnドープGe薄膜が成長できることを示している。

第6章は「Magnetotransport properties of Ge1-xMnx thin films with nanocolumns」であり、4章で示したアモルファスMnドープGeのナノカラムを有するMnドープGe薄膜について、その単層膜およびそれを利用した磁気トンネル接合(MTJ)構造を作製し、その磁気伝導測定の結果について述べ、MnドープGe薄膜およびそのMTJ薄膜において巨大な正の磁気抵抗効果が観測されること、およびMTJ薄膜でのみヒステリシスを伴う特異な磁気抵抗効果が観測されることを示している。

第7章は「Concluding remarks and outlook」であり、本論文で得られた結果のまとめと今後の展望を述べている。

以上これを要するに、本論文は、低温MBE法によってMnドープGe薄膜の成長を行い、その構造と磁性を詳細に評価したもので、Ge(001)基板上に成長した薄膜については、高濃度のMnを含むナノカラム構造が形成されること、ナノカラム構造の強磁性転移温度などの磁気的な性質を制御できること、巨大な正の磁気抵抗効果を示すこと、さらに、Ge(111)基板上に成長することによってナノカラム構造の形成をほぼ完全に抑止し均一なMn分布を有するMnドープGe薄膜を形成できることなどを示した。これによって、MnドープGe薄膜がIV族ベース強磁性半導体であることを示すと共に、強磁性ナノ構造を有する半導体としての応用の可能性についても、新しい知見を示したもので、電子工学およびスピントロニクスの発展のために寄与するところが少なくない。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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