学位論文要旨



No 125724
著者(漢字) 渡辺,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ケンタロウ
標題(和) STMを利用したナノ領域のルミネッセンス分光技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 125724
報告番号 甲25724
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7257号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 市川,昌和
 東京大学 教授 前田,康二
 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 准教授 長谷川,幸雄
 筑波大学 教授 重川,秀実
内容要旨 要旨を表示する

Si系光電子集積回路はSi基板上にSi電子素子や受光素子、発光素子、光導波路などを組み込んだものであり、金属配線同士の電気的干渉による信号伝達の遅延、金属配線の高抵抗化による回路の消費電力の増大や発熱など、Si集積回路の高密度化によって生じる様々な問題を抑制できると期待されている。発光素子の構造は、化合物半導体もしくはSi,GeなどのIV族系半導体のナノ構造をSi基板上に形成したものであるが、発光素子の電気‐光信号変換効率が低いため、本変換効率の向上に向けた研究開発が必要とされている。

本研究では、発光素子開発を発光素子材料探索段階と発光素子の発光特性評価段階に分けて考え、超高真空STM装置をベースに各段階に必要な局所発光分光評価手法であるSTM-カソードルミネッセンス(CL)分光法とSTM-エレクトロルミネッセンス(EL)分光法の開発を行った。STM-CL分光法は、STM探針を低速電子線源として試料の表面ナノ領域を励起しCLを集光して、発光材料の局所発光効率評価を可能にする手法である。一方、STM-EL分光法は、通電状態の素子の発光(EL)を導電性光ファイバープローブで局所集光評価し、発光素子の電気‐光信号変換効率の局所評価を可能にする手法である。

本研究では、以下の成果が得られた。

(1)変調STM-CL分光装置、導電性光ファイバープローブ集光系、およびSTM-EL分光装置の開発を行った。

(2)p-GaAs/p-AlGaAs多層構造試料のSTM-CL分光評価では、空間分解能が電子ビーム径で決まることを明らかにした。また、Cr膜(~10nm)を蒸着した導電性光ファイバープローブを用いたp-AlGaAs/i-GaAs/n-AlGaAs多層構造試料のSTM-EL分光評価では、空間分解能が光ファイバープローブの伝搬光集光領域で決まることを明らかにした。

(3)STM-CL分光法の集光効率はレンズ集光から導電性光ファイバープローブ集光にすることによって大幅に改善されることを明らかにした。

(4)STM-EL分光法においてナノ領域の測定を可能とするために、導電性光ファイバープローブにAu遮光膜を蒸着後、集束イオンビームを照射して開口径100nm程度の微小光開口を作製する方法を開発した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「STMを利用したナノ領域のルミネッセンス分光技術に関する研究」と題し、論文提出者が行った、STM‐カソードルミネッセンス(STM-CL)分光法、および、STM‐エレクトロルミネッセンス(STM-EL)分光法の研究成果をまとめたものである。STM-CL分光法は、STM探針を低速電子線源として試料の表面ナノ領域を励起しCLを集光して、発光材料の局所発光効率評価を可能にする手法である。一方、STM-EL分光法は、通電状態の素子の発光(EL)を導電性光ファイバープローブで局所集光評価し、発光素子の電気‐光信号変換効率の局所評価を可能にする手法である。

本論文は6章から構成されている。

第1章は序論である。Siベース光電子集積回路用の発光素子の開発を発光素子材料探索段階および発光素子特性評価段階に分けて、各段階における単一素子評価技術の必要性と、本研究で提案する評価技術であるSTM-CL分光法およびSTM-EL分光法の概要および特長を述べている。本章では、Siベース光電子集積回路の発光素子は一般に、GaAsなどの既存の発光素子よりも発光効率が低く、高面密度であるため、単一素子評価には高空間分解能・高励起強度が必要となるが、STM-CL分光法はこれらの条件を満たす理想的な評価ツールと成りうること、および、STM-EL分光法は通電状態の素子の発光(EL)を局所評価可能な唯一の手法であることを明確に述べている。

第2章ではSTM-CL分光法の背景、変調PL/STM-CL分光装置開発および動作確認、STM-CL分光法の空間分解能評価、多結晶タングステンSTM探針(poly W-tip)の電子エミッタとしての諸問題、STM-CL分光法のSiドープGaAs面への応用について述べている。本章で得られた主な実験結果は以下の通りである。

・電子線励起強度の振幅変調による変調分光法を適用することで、STM-CL分光法のS/Nを大きく向上可能であることを実験的に示した。

・poly W-tipの傍熱脱ガス処理により強度の安定した電界放射電子線を得られ、炭化水素系汚染物を添加したGaAs面を試料として、STM-CLイメージングに初めて成功した。

・poly W-tipからの電界放射電子線を極薄熱酸化膜を有するSi基板に照射して、試料面上の電子線照射領域サイズDと探針試料間距離dの関係を評価した。探針試料間距離(d~100nm)に比べて探針先端サイズが小さい(曲率半径r<50nm)ことから電子線は探針先端から放射状に放出され、Dはdのオーダーとなる。本章の測定では典型的にD~0.6dであった。

・GaAs/AlGaAs多層構造断面および炭化水素系汚染物を添加したGaAs面を試料として STM-CL分光法の空間分解能を評価した結果、空間分解能はともに試料面上の電子ビーム径Dで決まることが分かった。また、GaAs/AlGaAs多層構造断面を試料として、GaAs/AlGaAsへテロ界面近傍で測定したSTM-CLプロファイルから、少数キャリアの緩和・拡散過程のSTM-CL空間分解能への寄与が無視できることが分かった。更に、同等の集光系を有する装置によるSTM発光分光測定の報告値に比べて2桁以上高い発光強度が得られていることが分かり、GaAsよりも発光効率の低い材料も評価可能であることが示された。

・極薄熱酸化膜を有するSi基板を用いてpoly W-tipからの電界放射電子線の探針試料間距離依存性を評価した。結果、一部のpoly W-tipでは探針先端近傍に局所仕事関数の異なる複数の局所電子エミッタが存在し、電子線も複数生じることが分かった。局所電子エミッタは、仕事関数の低いWファセット面や微小突出部に由来すると考えられる。このような場合、探針試料間距離を小さくとり、最も探針先端に近いエミッタに電界を集中させることで、電子エミッタを単一に出来ることを実験で示せた。

第3章では導電性ファイバープローブ(FP)集光によるSTM-CLの集光効率の改善、STM-EL集光系としてのFP集光系の立ち上げを目的として、導電性FPおよび導電性FP用STMスキャナを開発した。フッ酸緩衝溶液の混合比および光ファイバーのエッチング時間のみでプローブ線鋭角およびプローブ部高さを任意に制御することが可能になった。

第4章では、導電性FPの電界放射電子線源・STM-CL集光系への応用の可能性を提示した。導電性FPを集光系とすることで、従来のレンズ集光系よりも高い集光効率が実現可能なことを理論的に示し、p-GaAs(110)面を用いた測定で実証した。電界放射電子線源としてのCrコートFPは、Cr膜が非晶質かつファイバーコアのプローブ軸対称性が高いことから、第2章で述べた多重電子ビームの問題を本質的に解決できる可能性がある。本章ではこれを実験的に示した。

第5章では、第2章で開発した変調PL/STM-CL分光装置、第3章で開発した導電性FP集光系を元に、新たにSTM-EL分光測定用試料ホルダおよびGaAs層用Inオーミック電極作製手法の開発を行った。また、シグナル検出テスト用プローブとしてCrコートFPを用いてGaAs/AlGaAsダブルへテロpin-構造断面のSTM-EL測定を行い、GaAs活性層のEL発光の空間分解測定を実現した。本測定による空間分解能は1μm程度であり、これが近接場集光ではなく、遠隔場集光によることを明らかにした。

第6章では、STM-EL分光測定の近接場集光による空間分解能向上のため、開口型導電性FPの開発を行った。Cr中間膜およびAu遮光膜を逐次蒸着したFPの先端に集束イオンビームを照射し、高い開口径精度で微小光開口を作製することに成功した。

以上を要約すると、本論文では、変調PL/STM-CL分光装置、導電性FPとFP用STMスキャナ、および、STM-EL分光装置の開発を行った。また、GaAs/AlGaAs系試料を用いてSTM-CL分光測定、および、無開口FPによるSTM-EL分光測定を行い、各測定の空間分解能およびその起源を明らかにした。導電性光ファイバープローブを電界放射電子源および集光系に用いたSTM-CL測定では、高集光効率および電子ビームの単一化を実現できることが示された。更に、STM-EL分光測定の空間分解能の向上を目的として、集束イオンビームによる開口型導電性ファイバープローブの作製に成功した。本研究の成果は、STMベースの既存の局所分光技術では困難であった、低発光効率材料の局所発光効率評価・局所EL評価を可能にするものであり、今後の物理工学の発展へ大きく貢献することが期待できる。

よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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