学位論文要旨



No 125734
著者(漢字) 石田,圭輔
著者(英字)
著者(カナ) イシダ,ケイスケ
標題(和) 時間分解型蛍光顕微鏡を用いた不均質表面への金属イオンの吸着挙動の解明
標題(洋)
報告番号 125734
報告番号 甲25734
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7267号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 長崎,晋也
内容要旨 要旨を表示する

1. 研究の背景と目的

我が国では,放射性廃棄物は地中に埋設処分されることが決められており,放射性核種を長期間,地表から隔離可能な処分システムの確立が求められている.そのために,処分システムの性能評価の結果をもとに処分システム,特に,人工バリアの設計を最適化することが行われる.その性能評価の項目の一つとして天然バリア中の放射性核種の移行の評価が挙げられる.過去の研究から,地下環境を構成する母岩への吸着によって,放射性核種の移行挙動が,フリーのイオンや低分子量配位子との錯体の場合と比べて遅延することが報告されている(1).そして,処分システムの性能評価を行う場合,吸着による遅延効果は,液相と固相(鉱物表面)における放射性核種の濃度比である分配係数で表わされる.そこで,様々な研究機関や研究者により分配係数の測定が試みられてきた.しかし,同種の放射性核種/岩石系であっても,報告されている分配係数に大きなばらつきが見られる.このばらつきの原因として,実験手法の相違や実験条件のばらつきに加えて,岩石形状の違い,つまり,天然岩石を構成する鉱物の分布に由来するマイクロスケールの不均質性や,個々の鉱物表面におけるステップやキンクといった表面欠陥の分布に由来するサブマイクロスケールの不均質性が考えられる.

従来,金属イオンの吸着量挙動は,バッチ法などの吸着量測定や分光測定を用いた吸着構造評価手法を用いて研究されてきた.しかしながら,これらの手法を天然鉱物などの不均質な表面への金属イオンの吸着挙動の評価に適用した場合,得られた情報は平均化されたものになり,個々の鉱物の寄与や表面の形状の相違の寄与を抽出することは難しい.そこで,本研究では,金属イオンの発光強度,発光位置,そして,発光の減衰曲線を同時に取得することができる時間分解型蛍光顕微法を用いて,不均質な岩石/鉱物表面における金属イオンの吸着挙動を評価することを目的とした.発光のスペクトル,および,減衰挙動は金属イオンの周囲の化学的環境に依存するため,発光位置における金属イオンと鉱物表面との相互作用に関する情報を得ることが可能となる.また,蛍光分光法は他の手法と比べて高感度であり,水溶液系でのin-situ測定を可能とするため,実地下環境を模擬した条件での評価に適している.また,本研究では,すべての実験において放射性廃棄物に含まれるCm3+やAm3+の代表的な模擬核種であるEu3+を吸着金属イオンとして使用した(2).

2. TRLFSを用いた鉱物表面におけるEu3+の発光特性評価

鉱物表面における金属イオンの脱励起過程は,水溶液中に比べて複雑であることが知られている.そこで,比較的構造が単純な粘土鉱物であるカオリナイトに吸着したEu3+の時間分解型蛍光分光測定を行い,時間分解型蛍光顕微測定で得られた情報を解釈するために必要な発光の減衰挙動・発光スペクトルと吸着構造の関係を得ることを本実験の目的とした.カオリナイトは,1:1のシリカ層(SiO2)とギブサイト層(Al(OH)3)からなるアルミノケイ酸塩鉱物であり,地下環境や土壌中に一般的に見られる.なお,カオリナイトのシリカ層は同型置換によって,負に帯電しているため,金属イオンは水和水を保ったまま静電的な力で外圏型錯体として吸着する.一方,ギブサイト層はその端面に活性な表面水酸基を有しており,金属イオンは内圏型錯体を形成して直接吸着することが報告されている.そこで,外圏型・内圏型錯体が支配的に存在する条件を決定した後に,各条件で,それぞれの発光特性と吸着構造の関係性を評価した.

Eu3+吸着量,発光スペクトル,そして発光の減衰挙動のpH依存性から,低pH,低塩濃度条件では,外圏型錯体が支配的に存在し,高pH,高塩濃度条件下において内圏型錯体が支配的となることが分かった.なお,外圏型錯体の発光の減衰速度定数は水和イオンのそれより大きく,内圏型錯体では小さくなった.

次に,それぞれの表面錯体が支配的となる領域で発光特性と吸着構造の関係を調べた.Eu3+に配位したH2Oは効率的な消光剤として機能することが知られている.そこで,外圏型錯体のEu3+に配位したH2O一分子当たりの消光効率を評価した結果,水和イオンのそれと同程度であり,また,その発光スペクトルが水和イオンのものと一致した.したがって,外圏型錯体の構造は水和構造と同様であるといえる.また,外圏型錯体と水和イオンの減衰速度定数の比較から,Eu3+から表面に含まれる金属イオンへのエネルギー移動の存在が明らかになった.

表面へのエネルギー移動の効果を考慮することで,内圏型錯体の水和数は4と算出できた.Eu3+の全配位数は8 ~ 9であるため,この水和数はEu3+がカオリナイト表面に5座で吸着することを示している.しかし,鉱物に含まれるカチオンとEu3+の反発のため,このような5座吸着は単座・2座吸着と比較してエネルギー的に安定ではない.したがって,吸着の結果生じた立体障害によるEu3+全配位数の減少やEu3+に配位しているH2Oの消光剤としての効率の減少が複合的に生じたことにより,このように小さな水和数が算出されたものと考えられた.また,Eu3+/カオリナイトの系とEu3+/ギブサイト,Eu3+/シリカの系のEu3+の発光スペクトルと発光の減衰挙動を比較した結果,内圏型表面錯体はギブサイト部で形成することが分かった.

3.時間分解型レーザ蛍光顕微鏡(Time-Resolved Laser Fluorescence Microscopy: TRLFM)を用いた花崗岩へのEu3+の吸着挙動評価:マイクロスケールの不均質性

TRLFMを用いて,不均質な表面をもつ花崗岩へ吸着したEu3+を観測し,天然岩石を構成する鉱物の分布に由来するマイクロスケールの不均質性が,金属イオンの吸着挙動に与える影響を評価した.なお,花崗岩は,高レベル放射性廃棄物処分において,処分地周囲の地層を構成する岩石の1例として想定されている.

TRLFM測定で得られる時間分解型発光イメージを解析することにより,特定の発光位置における金属イオンの減衰速度定数kobsを取得することができる.本実験では,特徴的な発光挙動を示す領域をグループ化した上で,各領域中のkobsのヒストグラムを作成し,花崗岩を構成する鉱物(黒雲母,斜長石,カリ長石,石英)に吸着したEu3+のkobsヒストグラムと比較することで,花崗岩へのEu3+の吸着状態と構成鉱物の分布の関連性を評価した.

まず,構成鉱物へ吸着したEu3+のTRLFM測定の結果を述べる.それぞれの鉱物へ吸着したEu3+のkobsのヒストグラムから,Eu3+は,黒雲母表面には1種の表面錯体を形成して,斜長石及びカリ長石表面には2種の表面錯体を形成して吸着していることが分かった.

一方,TRLFM測定の結果,花崗岩に吸着したEu3+の分布は非常に不均質であり,図1に示したAとBの領域のように,発光領域によって異なる発光の減衰挙動をする領域があることが分かった.花崗岩表面に吸着したEu3+の発光領域は表面の鉱物組成を表しており,特にヒストグラムの比較から,Eu3+が主に長石類に内圏型錯体として吸着していることが分かった.また,外圏型錯体やカオリナイトのような長石類の風化物へ吸着したEu3+の内圏型錯体も観測することができた.以上より,吸着量の分布,および,吸着構造やエネルギー移動のような表面との相互作用の両方から,花崗岩へのEu3+の吸着が構成鉱物の分布を反映することが明らかになった.

4.表面欠陥が金属イオンの鉱物吸着へ及ぼす影響評価のための時間分解型近接場光蛍光顕微鏡(Time- Resolved Scanning Near-field Fluorescence Microscopy: TRSNFM)の開発:サブマイクロスケールの不均質性

物質に光を照射すると,光の電場によって物質内の原子に電気双極子が誘起される.この電気双極子が物質近傍にナノスケールの厚みで作る電界を近接場という.近接場光顕微鏡では,先端がナノ~サブナノスケールのプローブを用いて近接場を観測するか,プローブ先端に直接近接場を発生させ光源とするため,ナノスケールの位置分解能で分光測定を可能にする.さらに,プローブと観測対象表面の距離を一定に保つためにプローブ-表面間のせん断応力を観測しており,その値から表面形状も同時に観測することができる.本実験では,サブマイクロスケールの表面欠陥がEu3+の吸着へ及ぼす影響を評価するために,天然鉱物に吸着した金属イオンを観測することが可能なTRSNFMを構築した.

まず,図2にあるようなプローブ先端で近接場を発生させ,さらに,同じプローブを通して観測も行う近接場光顕微システムの構築を試みた.本実験では時間分解観測をするため,ファイバーにパルスレーザを導入する必要があることから,励起光として尖頭値が比較的小さいナノ秒レーザを用いた.ファイバーとファイバプローブの耐久試験を行った結果,0.012 mW ~ 1.5 mWの条件でプローブ先端に塗付した金属膜が溶解することが分かった.0.012 mW以下の励起光では,時間分解観測が難しいため,レーザ光の照射を試料下部から行う顕微システムを構築することとした.

5.結論

Eu3+/カオリナイトの実験から発光スペクトルとその減衰挙動から外圏型・内圏型錯体の区別,および内圏型錯体の吸着位置が分かることを明らかにした.また,TRLFMを用い,花崗岩に吸着したEu3+のkobsのヒストグラムと花崗岩の構成鉱物に吸着したEu3+のkobsのヒストグラムを作成,比較することで,金属イオンの吸着挙動が構成鉱物の分布を反映すると結論付けられた.そして,レーザ光の照射を試料下部から行うTRSNFMによってサブマイクロスケールの不均質性がEu3+の吸着に与える影響を評価できる可能性を示した.

1.Corapcioglu, m. Y.; Choi, H. Water Resour. Res. 1996, 32, 3437-3449.2.Sakuragi, T.; Sato S.; Kozaki, T. Chem. Lett. 2002, 31, 656-657.

図1. 花崗岩に吸着したEu3+の時間分解型発光イメージ(各イメージの時間はレーザ照射後からの時間)

図2. 時間分解型近接場光蛍光顕微鏡の概念図

審査要旨 要旨を表示する

放射性廃棄物の地層処分においては天然バリア中の放射性核種の移行評価が重要である。吸着による遅延効果は、液相と固相(鉱物表面)における放射性核種の濃度比である分配係数で表わされる。しかし,同種の放射性核種/岩石系であっても、報告されている分配係数に大きなばらつきが見られる。この原因として、岩石形状の違い、つまり、天然岩石を構成する鉱物の分布に由来するマイクロスケールの不均質性や、個々の鉱物表面におけるステップやキンクといった表面欠陥の分布に由来するサブマイクロスケールの不均質性が考えられる。そこで,本研究では、金属イオンの発光強度、発光位置、そして、発光の減衰曲線を同時に取得することができる時間分解型蛍光顕微法を用いて、不均質な岩石/鉱物表面における金属イオンの吸着挙動を評価することを目的としている。

本論文は6章より構成される。第1章では研究背景と目的が書かれている。第2章ではアクチニド・ランタニド元素の溶液化学と発光特性について、特にCm3+やAm3+の代表的な模擬核種であるEu3+を本研究で吸着金属イオンとして使用する理由について詳しく述べている。

第3章は、時間分解型レーザ蛍光分光法(TRLFS)を用いた鉱物表面におけるEu3+の発光特性評価について述べている。比較的構造が単純な粘土鉱物であるカオリナイトに吸着したEu3+の時間分解型蛍光分光測定を行い、時間分解型蛍光顕微測定で得られた情報を解釈するために必要な発光の減衰挙動・発光スペクトルと吸着構造の関係を得ている。研究では、外圏型・内圏型錯体が支配的に存在する条件を決定した後に、各条件で、それぞれの発光特性と吸着構造の関係性を評価している。

低pH,低塩濃度条件では、外圏型錯体が支配的に存在し、高pH、高塩濃度条件下において内圏型錯体が支配的となることが示された。次に、それぞれの表面錯体が支配的となる領域で発光特性と吸着構造の関係を調べている。外圏型錯体のEu3+に配位したH2O一分子当たりの消光効率を評価した結果、水和イオンのそれと同程度であり、また、その発光スペクトルが水和イオンのものと一致した。したがって、外圏型錯体の構造は水和構造と同様であるとしている。また、外圏型錯体と水和イオンの減衰速度定数の比較から、Eu3+から表面に含まれる金属イオンへのエネルギー移動の存在を明らかにしている。

表面へのエネルギー移動の効果を考慮することで、内圏型錯体の水和数は4と算出している。考察の結果、吸着の結果生じた立体障害によるEu3+全配位数の減少やEu3+に配位しているH2Oの消光剤としての効率の減少が複合的に生じたことにより、このように小さな水和数が算出されたものと考えている。

第4章は時間分解型レーザ蛍光顕微鏡(TRLFM)を用いた花崗岩へのEu3+の吸着挙動評価:マイクロスケールの不均質性 について記述している。TRLFM測定で得られる時間分解型発光イメージを解析することにより、特定の発光位置における金属イオンの減衰速度定数kobsを取得することができる。本実験では、特徴的な発光挙動を示す領域をグループ化した上で、各領域中のkobsのヒストグラムを作成し、花崗岩を構成する鉱物(黒雲母、斜長石、カリ長石、石英)に吸着したEu3+のkobsヒストグラムと比較することで、花崗岩へのEu3+の吸着状態と構成鉱物の分布の関連性を評価している。その結果、Eu3+は、黒雲母表面には1種の表面錯体を形成して、斜長石及びカリ長石表面には2種の表面錯体を形成して吸着していることが示された。

一方、TRLFM測定の結果、花崗岩に吸着したEu3+の分布は非常に不均質であり、発光領域によって異なる発光の減衰挙動をする領域があることが示されている。花崗岩表面に吸着したEu3+の発光領域は表面の鉱物組成を表しており、特にヒストグラムの比較から、Eu3+が主に長石類に内圏型錯体として吸着しているとしている。外圏型錯体やカオリナイトのような長石類の風化物へ吸着したEu3+の内圏型錯体も観測することができたとしている。

第5章は表面欠陥が金属イオンの鉱物吸着へ及ぼす影響評価のための時間分解型近接場光蛍光顕微鏡(TRSNFM)の開発:サブマイクロスケールの不均質性 について記述されている。物質に光を照射すると、光の電場によって物質内の原子に電気双極子が誘起される。この電気双極子が物質近傍にナノスケールの厚みで作る電界を近接場という。本実験では,サブマイクロスケールの表面欠陥がEu3+の吸着へ及ぼす影響を評価するために、天然鉱物に吸着した金属イオンを観測することが可能なTRSNFMを構築している。試料に励起用レーザを照射し、試料からの発光を、プローブを通して観測する近接場光顕微システムの構築を試みている。CWレーザを用いて乾燥させたUO2(NO3)2を構築したシステムで観測したところ、発光スペクトル・表面形状を取得することに成功している。そして、鉱物に吸着したEu3+へTRSNFMを適用する場合、鉱物試料の厚みを薄く加工することによって試料表面のEu3+を発光させることが可能であると考えている。

第6章は結論であり、本研究のまとめが行われている。

このように、本研究は放射性廃棄物地層処分の安全評価において問題となる遅延係数のばらつきについて、表面不均質性が吸着に与える影響に注目し、時間分解型蛍光顕微鏡を用いてミクロ的観点から多くの知見を得たものであり、原子力工学特に放射性廃棄物工学に対する寄与が大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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