学位論文要旨



No 125735
著者(漢字) 佐藤,陽平
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ヨウヘイ
標題(和) 不確実性を考慮したグリッド援用有限要素法に関する研究
標題(洋)
報告番号 125735
報告番号 甲25735
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7268号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 奥田,洋司
 東京大学 教授 吉村,忍
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 教授 岡本,孝司
 東京大学 教授 中島,研吾
内容要旨 要旨を表示する

今日,コンピュータハードウェアや並列アルゴリズムの進歩により,有限要素法で扱うモデルは大規模,複雑化している.そのようなモデルの精密性を生かすためには,境界条件,物性値などにも同じ精密性が求められ るが,それらの情報は事実上わからないことが多い.そういった場合には,その不確実性を考慮して有限要素解析を行う必要がある.

有限要素法で不確実性を扱う方法としては,モンテカルロ法と組み合わせる方法,確率有限要素法,ファジィ有限要素法が挙げられる.確率有限要素法は,不確実性を確率変数 で記述し,有限要素法の枠組みの中で離散化して解く方 法である.特に,確率変数をテイラー展開して扱う方 法を摂動確率有限要素法 (Perturbation SFEM) と呼ぶ. ファジィ有限要素法は不確実性をファジィ数によって 表す手法で,確率変数では表すことができない不確実性 を扱うことができる.本研究では,計算量は多いが数学 的に簡便で,小さな確率変動であれば一次摂動項までの 計算で期待する精度が得られるという理由で摂動法に 基づく確率有限要素法を取り上げる.

摂動法に基づく確率有限要素法においては,一次の摂 動成分までを求める場合,各要素がそれぞれ確率変数を 含むときに,次元数 n(= 系の自由度数) の行列方程式 Axm = bm を要素数回解かなければならない.係数行 列 A は共通であるため,一度 A を LU 分解すれば少ない計算コストで解くことができる.しかし,大規模問題 においては A を LU 分解することは計算量の観点から みて困難である.このため,確率有限要素法の大規模問 題への適用は現実的ではないと考えられてきた.

係数行列が等しい一連の行列方程式群を効率的に解く共役勾配法の改良手法として,Seed アルゴリズムが提案されている.これは,最初の問題 に生成された Krylov 部分空間を残りの問題で再 利用することで,計算コストの減少を図るもので ある.本研究では Seed アルゴリズムに独自の改良を加 えて確率有限要素法に適用することで摂動確率有限要素法における行列方程式の求解部分を高速化した.問題によって適用効果は変わるが,例題において実行時間を最大50%減少することができた.また,提案手法の適用効果と行列方程式の係数行列の性質との関係を調べ,その予測手法を提案した.

一方で,摂動確率有限要素解析においてその節動項を求める計算部分は,互いに依存のない個々の独立した計算であり,莫大な計算コストである反面その計算は非同期分散的に実行することが可能である.この点に着目し,前述の提案する一括型反復解法を分散環境上に実装した.ここでは分散環境としておおまかに2種類を想定した.1つはデスクトップグリッド環境,もう1つはメタコンピューティング環境である.デスクトップグリッド環境は例えば大学の研究室が所有する複数のPCからなる環境である.本研究では,ボランティアコンピューティングの基盤として開発されたBOINCをデスクトップグリッドのためのフレームワークとして用い,組織が所有する計算機の余剰資源を1つのグリッド環境として仮想的な1つの計算機として用いることができる環境を構築した.また,この環境では,計算機資源需要の大きな変動に耐える,つまり一時的なピークの需要に耐えるために十分な計算機資源を用意するのがコスト的に難しいという問題がある.本研究では,一時的に増える計算資源需要のピークに応えるため,構築したデスクトップグリッドからクラウド上の資源をシームレスに利用できるシステムを構築した.Amazon Elastic Computing Cloud (EC2) はスケーラブルな仮想ホスティングサービスとも 考えることができる商用のクラウドサービスである.利用者は任意の時間,任意の数の仮想マシンを起動して利用することができ,時間単位で課金がされる.このようなクラウドサービス一般は,特に中小規模な組織のための一時的な計算機資源としても費用対効果の面から便利に利用できるものであると考えている.本研究ではデスクトップグリッド環境に外部のクラウドサービスを一時的に取り入れてグリッド資源として仮想化して利用する利用手法を提案し,実装した.具体的には,デスクトップグリッドの資源とジョブを管理するBOINC サーバを改良し,負荷の監視とクラウド上のリソースマネージメント機能を追加し,必要に応じてクラウド上のリソースをデスクトップグリッドに追加できる仕組みを実装し,その有効性を確かめた.

中小規模の1組織が所有する計算機資源を確率有限要素法のような高い計算コストを要求するアプリケーションで有効に利用するための仕組みとして提案するデスクトップグリッド環境は有効なものであるが,その問題規模によってはスパコンの利用が不可欠である.また,さらに大規模な問題では1台のスパコンで解くことが困難であったり,1台のスパコンを占有することが困難である場合も稀ではない.本研究では,複数のスパコンを用いるメタコンピューティングの領域においてもBOINCを用いた資源とジョブの管理を行い,デスクトップグリッドで解くことができない規模の問題を複数のスパコン上で解くことを可能にした.スパコンへのジョブの投入・回収が自動化されることにより,ユーザはデスクトップグリッドとスパコンの違いを意識することなく確率有限要素解析を行うことができる.

本研究では不確実性を有限要素解析で扱う手法の莫大な計算コストを数理的手法で軽減しつつ分散環境の利用で現実的な計算時間で解けるようにする手法とシステムを提案したが,これは確率有限要素法だけではなく,数値シミュレーション一般や分散環境利用技術一般に寄与するものである.数値シミュレーションで不確実性を考慮する場合の多くは,確定的な解析と比較した計算規模の増大を避けることはできないし,また,計算機利用コストを考慮し,コモディティ環境とスパコン環境を同一のインタフェイスで利用する技術も,他分野においても重要な技術となりうるからである.

審査要旨 要旨を表示する

今日、コンピュータハードウェアや並列アルゴリズムの進歩により、計算機シミュレーションで扱うモデルは大規模、複雑化している。そのようなモデルの精密性を生かすためには、境界条件、物性値などにも同じ精密性が求められるが、それらの情報は事実上わからないことが多い。そういった場合には、その不確実性を考慮してシミュレーションを行う必要がある。有限要素法は産業分野において特に有力なシミュレーションツールとして広く用いられている。有限要素法で不確実性を扱う方法の一つとして摂動確率有限要素法が挙げられるが、これは不確実性を確率変数で記述し有限要素法の枠組みの中で離散化して解く方法である。この手法は計算量の観点から解析規模の大規模化は現実的でないとされてきた。本研究は、数理的な改良手法の提案とその分散環境への実装を通じてその大規模化を現実的な物にするものである。

2、3章ではグリッドコンピューティングに代表される、分散コンピューティング技術の現状について延べ、実際に利用可能な環境の性能調査を行った。

4、5章では、従来の一括型反復解法のレビューを行い、本研究で確率有限要素法における摂動項計算のための分散環境を考慮した一括型反復解法の改良手法について述べた。まず4章では、係数行列が等しい一連の行列方程式群を効率的に解く共役勾配法の改良手法である、Seed アルゴリズムについて延べた。これは、一連の行列方程式群のなかでKrylov 部分空間を再利用することで、計算コストの減少を図るもので ある。次に5章では Seed アルゴリズムに確率有限要素法向け、分散環境向けの独自の改良を加えて確率有限要素法に適用することで摂動確率有限要素法における行列方程式の求解部分を高速化した。例題において実行時間を最大50%減少することができた。また、提案手法の有効性を確かめるため、複数の行列に対して提案手法を適用し、その効果を調べた。その結果、提案手法の適用効果は行列の性質によって大きく変化することがわかった。さらに、その行列の性質を反復履歴から低い計算コストで比較的容易に表すことができる数値的指標を提案し、提案手法の効果予測を可能とした。

6、7章では、BOINCを用いたデスクトップグリッド環境の構築と、その環境へ5章で提案した手法を実装した。また、デスクトップグリッド環境とクラウドやスパコンを連携させたシステムを提案した。まず6章では摂動確率有限要素解析においてその節動項を求める計算部分は、互いに依存のない個々の独立した計算であり、莫大な計算コストである反面その計算は非同期分散的に実行することが可能である点に着目し、摂動項計算のようなタスク並列型の計算を行うためのグリッド環境を構築した。ボランティアコンピューティングの基盤として開発されたBOINCをデスクトップグリッドのためのフレームワークとして用い、組織が所有する計算機の余剰資源を1つのグリッド環境として仮想的な1つの計算機として用いることができる環境を構築した。また、計算機資源需要の大きな変動に耐える、つまり一時的なピークの需要に耐えるために十分な計算機資源を用意するのがコスト的に難しいという問題がある。本研究では、一時的に増える計算資源需要のピークに応えるため、構築したデスクトップグリッドからクラウド上の資源をシームレスに利用できる利用法を提案し、システムを構築した。7章では構築した環境、ソフトウェアを用いて例題を解いた。従来は解析が困難であった規模の問題を現実的な計算時間で解くことができた。また、こうして求めた不確実性を考慮した計算結果の利用法についても説明した。

以上では、不確実性を有限要素解析で扱う手法の莫大な計算コストを数理的手法で軽減し、かつ分散環境の利用で現実的な計算時間で解けるようにする手法とシステムを提案したが、これは確率有限要素法だけではなく、数値シミュレーション一般や分散環境利用技術一般に寄与するものである。数値シミュレーションで不確実性を考慮する場合の多くは、確定的な解析と比較した計算規模の増大を避けることはできないし、また、提案した計算機環境の利用形態は不確実性を考慮した有限要素法のみならず、多くのタスク並列型のシミュレーションにも適用可能なものである。 デスクトップグリッド環境の一部としてクラウド上の資源を利用する点では、その利用形態と技術の面で新規性が認められ、クラウドの科学技術計算への利用可能性も示した。

本論文によって、不確実性を考慮したシミュレーションの大規模化の可能性が示された。不確実性の考慮はリスク管理の面から安全のためには欠かすことが出来ず、また産業分野においては効率的な製品開発のために今後ますます重要なツールとなっていくと考えられれ、その点から産業基盤や安心安全に密接に結びつくシステム量子工学の発展に貢献するものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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