学位論文要旨



No 125738
著者(漢字) 愛知,正温
著者(英字)
著者(カナ) アイチ,マサアツ
標題(和) 熱力学的考察に基づく二相流動・変形連成シミュレータの開発と水溶性天然ガス貯留層シミュレーションへの適用
標題(洋)
報告番号 125738
報告番号 甲25738
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7271号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 徳永,朋祥
 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 教授 登坂,博行
 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 准教授 定木,淳
内容要旨 要旨を表示する

地下流体の挙動を把握することは、石油や天然ガス、地下水などの地下流体資源開発をはじめとして、放射性廃棄物処分や二酸化炭素地中貯留などの地下利用の際にも不可欠である。そのための手法として、地下流体流動に伴う地表面変動および間隙圧変動のモニタリングとモデリングを用いた地下流体挙動評価技術が、近年注目されている。この技術は、今後の地下資源開発や廃棄物処分等において有望と考えられるが、現時点ではその実現のために重要な多相流体の流動と地盤変形の連成現象のモデリング技術が不十分な状況である。そこで、本研究では、熱力学的な考察に基づき、二相の流体が含まれる多孔質体の弾性変形に関する構成関係式の定式化と、その結果を用いた二相流・地盤変形連成シミュレータの開発を行った。ここでは、特に、水・ガスの二相流体の流動と同時に変形が発生する場への適用を意識したモデル化を実施した。さらに、開発したシミュレータを用いて二相流・地盤変形連成現象のモデリングを行う上で重要な諸条件の抽出および、それらの情報を取得する方法についての検討を行った。

具体的には、まず、二相の流体を含む多孔質弾性体の変形に関してCoussy(2007)の熱力学的な考察に基づいて構成関係の定式化を行った。さらに、定式化した間隙率変化を表す式に含まれている材料パラメータは、Coussy(2007)では実験的に定める未知のパラメータとされていたが、他の多孔質弾性パラメータとBishopのχを用いて表現可能であることを示した。定式化された構成関係式を流体の圧縮性を考慮した各流体の貯留量変化の式へと展開し、さらに、ガスの水相への溶解やガス相に水蒸気として水が含まれることを考慮し、力の釣り合い式および各流体成分の質量保存式に代入して、支配方程式系を得た。次に、導出した支配方程式系を解くための有限要素コードの開発を行った。本シミュレータの開発において、既存の二相流・地盤変形連成シミュレータでは未実装の工夫を行った。それらは以下に示すとおりである。まず、解の振動・発散を抑制するために、Zhuら(2004)の要素積分手法を採用した。また、軸対象要素の要素積分においては、 においても常に精度を維持するために、 を含む項に対して解析的な積分を用いる手法を開発し、適用した。開発したシミュレーションコードは、多孔質弾性問題の解析解、二相流問題の解析解およびLiakopoulos(1964)の実験結果の再現性を評価することにより検証された。ここでは、Liakopoulos(1964)の実験結果に対して、もともとLiakopoulos(1964)により計測されていなかった排水条件のヤング率、空気の相対浸透率、Bishopのχと水飽和率の関係式について、これらを変更した場合に計算結果が受ける影響について検討した。その結果、排水条件のヤング率と空気の相対浸透率を変更した場合は、計算結果に顕著な変化が見られたが、Bishopのχと水飽和率の関係式の変更による変化は、きわめて小さいことが明らかになった。

また、開発したシミュレータに必要な材料パラメータを取得する手法について検討を行った。ここでは、試料の間隙率と圧密非排水せん断試験および圧密試験の結果からパラメータ変換し、多孔質弾性パラメータセットを得る手法を開発した。また、その手法を用いて既存の土質試験データに基づいて計算した結果、上総層群の岩石では、排水条件のヤング率がおおむね100-1000MPaの範囲にあることが分かった。排水条件のポアソン比については、0から0.5まであり得ることが分かり、特別な範囲に限定されないことが分かった。Bishopのχについては、既存のモデルについて検証した結果、Bishopのχの適切なモデルは現時点では存在せず、実験的に決定するよりないと結論された。そのため、体積変化に関わるBishopのχを実験的に決定するための新たな実験手法について検討を行った。その過程で、試料のサクションを制御する際に広く用いられているAxis-translation法は、特に、上総層群の泥岩を対象とする場合には、適切でない可能性があることを示した。そこで、相対湿度によりサクションを制御する実験を提案した。ところで、本研究において定式化した構成関係式のなかで用いられている飽和率の定義は、Lagrangean飽和率であるため、工学的によく用いられるEulerian飽和率を用いて整理された既存の実験データを変換する必要性が想定される。そこでLagrangean飽和率とEulerian飽和率との間の換算方法を検討した。毛管圧曲線について、試料の間隙率、多孔質弾性パラメータ、χおよび計測時の全応力と気圧の情報があれば、この換算が可能であることを示した。計測時の全応力と気圧が想定できる計測手法の例としては、相対湿度制御による計測が挙げられる。

次に、開発したシミュレータによって、単層の貯留層に対する軸対称シングルウェルモデルを用いた水溶性天然ガス貯留層内の二相流・変形連成シミュレーションを行い、生産挙動と貯留層の変形に対して感度の高い解析条件について検討を行った。ガス水比に対して影響の大きい条件は、貯留層深度、貯留層半径、泥岩の初期水飽和率、層厚、砂岩の絶対浸透率、砂岩の相対浸透率曲線であった。特に、茂原型産出挙動と通常型産出挙動の違いが生じた条件は、泥岩の初期水飽和率と砂岩の絶対浸透率であり、この二つの条件が特に重要であると考えられた。表面変位量に対して影響の大きい条件は、貯留層深度、貯留層半径、泥岩の初期水飽和率、砂岩の絶対浸透率、砂岩中のガス相の相対浸透率曲線、排水条件のヤング率、排水条件のポアソン比であった。生産挙動および変位量のどちらに対しても感度が低いのは、砂岩の初期水飽和率、泥岩の絶対浸透率、泥岩の相対浸透率曲線、毛管圧曲線、Bishopのχであった。

最後に、千葉県の水溶性天然ガス田の生産挙動および地盤沈下の事例への適用を想定し、シミュレータの機能拡張を行った。ここでは、一つの井戸で複数の貯留層を対象とした生産を行っていること、ガスリフトの使用および坑口での圧力制御によるガス生産をしていることを踏まえて、生産井内の二相流動も含めて解析するための井戸内鉛直二相流モデルを構築した。既存のメタン・水系の二流体モデルでは、メタンガスの水への溶解を考慮する項が含まれていなかったため、新たにそれを加えた二流体モデルを構築した。その結果、構築した井戸モデルが、実際の井戸内で計測された圧力損失を既存の二相流圧力損失の経験式と同程度以上の精度で再現可能であることを示した。さらに、井戸モデルと地層中の二相流動・変形連成シミュレータを連結して解析する手法を開発し、生産活動に伴う二相流動・変形連成過程をシミュレーション可能とした。

これら本研究で開発したモデリング技術は、今後、地下流体資源開発、放射性廃棄物処分、二酸化炭素地中貯留などの分野で、地下流体挙動を評価する技術に貢献することが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

近年、地下流体流動に伴う地表面変動および間隙圧変動のモニタリングとそのモデリングを統合的に用いた地下流体挙動評価技術が注目されている。この技術は、最近の衛星による地表面変位量分布のモニタリング技術の急速な発展を背景として研究・技術開発が進められており、石油や天然ガス、地下水などの地下流体資源開発、放射性廃棄物処分、二酸化炭素地中貯留などの際に地下流体の挙動を把握する上で期待される技術の一つとなってきている。一方で、地下流体流動と地盤変形の連成過程のモデリング技術に関しては、構成関係をはじめとして諸説が提案されていながら明らかになっていない点が多い。

本研究は、地下流体流動と地盤変形の連成過程のモデリング技術の発展に資するため、熱力学的な考察に基づき、二相流体流動と多孔質体の弾性変形の連成過程に関する構成関係式の定式化を行い、さらにその結果を用いた二相流・地盤変形連成シミュレータの開発を行ったものである。

第1章では、既存研究についてまとめている。地下流体流動に伴う地表面変動および間隙圧変動のモニタリングとそのモデリングを統合的に用いた地下流体挙動評価技術に関連する研究の動向についてまとめ、地下流体流動と地盤変形の連成過程のモデリング技術に関する課題について述べている。

第2章では、二相流と地盤変形の連成過程を記述する定式化について述べている。まず、熱力学的な考察に基づき、二相流体流動と多孔質体の弾性変形に関する構成関係式を導出している。その過程で、従来不明であった物性パラメータ間の理論的関係を示し、新たな構成関係式を導いている。また、導出された構成関係式は既存の構成関係式を特殊な場合として含む一般性の高い構成関係式であることを示している。導出された構成関係式を力の釣り合い式および質量保存式に導入し、特に水・ガス系を想定して相間の溶解・混合を考慮した二相流と変形の連成過程に対する支配方程式系を導出している。

第3章では、導出された支配方程式系を解くための有限要素コードの開発について述べている。解の振動・発散を抑制するための手法として、従来の二相流・変形連成解析シミュレータとは異なった主変数選択および要素積分手法を採用しており、その内容について述べている。また、軸対象解析において、対称軸近傍の解析精度を低下させないための要素積分手法についても述べている。

第4章では、シミュレーションコードの検証について述べている。飽和多孔質弾性問題および二相流問題の解析解、既存の実験結果と計算結果を比較し、シミュレーションコードが二相流と弾性変形の連成過程を再現可能であることを示している。また、既存の実験結果の再現解析において、排水条件のヤング率、空気の相対浸透率、Bishopのχと水飽和率の関係式について感度の検討を行っており、排水条件のヤング率と空気の相対浸透率の感度が高いことを明らかにしている。

第5章では、物性パラメータの評価手法について述べている。飽和多孔質弾性論の場合と共通の弾性定数に関しては、圧密非排水せん断試験および圧密試験の結果から求める手法を開発している。Bishopのχに関しては、既存の仮説の妥当性をシミュレーションおよび理論的考察に基づいて検証した後、実験的に評価する必要性が高いと結論し、その具体的な実験条件について提案している。特に、サクション制御手法について、試料の物性によってはAxis-translation法では試料内の水飽和率が均一とならないことをシミュレーションにより示し、相対湿度制御による方法を用いるべきであることを示している。また、Eulerian飽和率で整理された既存の毛管圧曲線データをLagrangean飽和率に対する毛管圧曲線データに換算する手法と、その際に必要な実験条件および物性に関する情報について明らかにしている。

第6章では、単層の水溶性天然ガス貯留層に対する軸対称シングルウェルモデルを用いた二相流・変形連成シミュレーションを行い、生産挙動および貯留層の変形に対して感度の検討を行っている。生産挙動に関しては、特に茂原型産出挙動と通常型産出挙動の違いが生じる条件として、泥岩の初期水飽和率と砂岩の絶対浸透率が重要であると論じている。変位量に関しては、貯留層深度、貯留層半径、泥岩の初期水飽和率、砂岩の絶対浸透率、砂岩中のガス相の相対浸透率曲線、排水条件のヤング率、排水条件のポアソン比が、影響の大きい解析条件であることを示している。

第7章では、実際の水溶性天然ガス田フィールドを対象とした解析を想定し、生産井内の二相流動も含めて解析可能なシミュレータを開発している。生産井内の二相流動については、従来は明示的に扱われていなかったメタンの溶解を含めたモデルを、二流体モデルをベースとして開発している。また、開発した井戸モデルが、実際の生産井内における既存の圧力計測値を再現可能であることを示している。さらに、開発した井戸内鉛直二相流モデルと地層中の二相流動・変形連成シミュレータと連結して解析する手法を開発し、井戸口での圧力制御による生産活動に対するシミュレーションを可能とし、解析例を示している。

第8章は、総括である。

以上要するに、本研究は二相流体流動と多孔質体変形の連成過程の記述に関する理論的発展と、それに基づくシミュレータの開発と実際の解析について多くの知見を示しており、地下流体流動と地盤変形の連成モデリング技術の発展に大きく貢献していると認められる。また、著者は、主に水溶性天然ガス田の貯留層シミュレーションを想定した事例研究を行っているが、開発されたモデリング技術は、他の地下流体資源開発、放射性廃棄物処分、二酸化炭素地中貯留などの諸分野で応用可能であると述べており、工学的意義が大きいものと認められる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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