学位論文要旨



No 125740
著者(漢字) 宇都野,正史
著者(英字)
著者(カナ) ウツノ,セイシ
標題(和) 中空構造Al2O3ナノ粒子の作製と低誘電率複合材料への応用
標題(洋)
報告番号 125740
報告番号 甲25740
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7273号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 教授 鳥海,明
 東京大学 教授 和田,一美
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、中空構造Al2O3ナノ粒子の作製し、低誘電率複合材料への応用を目的としたものである。まず、Alナノ粒子の巨視的な酸化挙動を明らかにし、Al2O3中空構造の形成過程を調べた。その結果をもとに、中空構造Al2O3ナノ粒子を作製した。中空構造Al2O3ナノ粒子分散エポキシマトリクス複合材料を作製し、その誘電特性を測定し、中空構造Al2O3ナノ粒子の低誘電率複合材料としての可能性について検討した。

第1章

近年開発されたナノ粒子は、同じ種類のバルク状材料とは異なる特性が発現することが知られている。例えば、Alナノ粒子を20vol%含む圧粉体が18~30GHzの電磁波に対して、80~95%の電波を透過し、極めて低い誘電率を示すことが明らかとなっている。このAlナノ粒子は、厚さ数nmのアモルファス状のAl2O3の殻で覆われた構造をしている。Alナノ粒子における低誘電率特性は、このようなナノ構造に起因していると考えられている。

Al2O3の殻のみで構成される中空構造ナノ粒子が作製し、複合材料の分散粒子として利用できれば、中実構造を有する粒子に比べ、誘電率をさらに下げることができる可能性がある。しかし、中空構造ナノ粒子の構造を制御して作製する方法や、中空構造ナノ粒子が誘電率に及ぼす影響は明らかになっていない。

第1章では、既存の中空構造セラミックス粒子の作製法について整理し、その問題点を明らかにした。ついで、中空構造Al2O3ナノ粒子を作製するために検討すべき課題を整理し、本研究の目的を明確にした。

第2章

第2章では、大気雰囲気中におけるAlナノ粒子の巨視的な酸化挙動について調べた。酸化実験には、20~200nmの粒子径分布をもつAlナノ粒子を用いた。まず、示差熱重量分析(TG-DTA)装置を用いて、酸化に伴う重量増加および示差熱重量分析を行った。TG曲線には、815および1015K付近で2段階にわたって急激な重量増加が観察され、1373Kで重量増加が終了した。DTA曲線にもTG曲線に対応して、815および1015K付近にて発熱ピークが検出された。また930Kにおいて、Alの融点に対応した吸熱ピークが現われた。この値は、固体状態Alの大気雰囲気下における融点と比較して3Kほど低い融点であることが明らかになった。

ついで、酸化に伴うAlナノ粒子の外観変化について調べた。773Kにおいて加熱したAlナノ粒子は、加熱前と同じ黒色を呈していた。加熱温度が993K以上では灰色を呈するが、加熱温度が高くなると白色に近い灰色になる傾向を示した。1373Kに加熱した場合、白色を呈していた。

加熱酸化したAlナノ粒子のX線回折測定を行った。973Kまで加熱を行った場合には、Alからのピークに加え、弱いy-Al2O3のピークが検出された。加熱温度を1273Kまで上げた場合には、Alおよびy-Al2O3のピークに加え、y-Al2O3およびy-Al2O3ピークが検出された。さらに、1373Kにて加熱すると、y-Al2O3のピーク強度が、1273Kの場合よりも強くなる傾向を示した。一方、Alのピーク強度は温度の増加に伴い、弱くなる傾向を示した。

Alナノ粒子のマクロな酸化挙動を調べた結果、Alナノ粒子が加熱により酸化され、Al2O3に変化することが明らかになった。

第3章

本章では、Alナノ粒子の形状や酸化膜厚さについて詳細に調べることを目的とした。前章と同様のAlを用いて、TG-DTA装置を用いて、大気中で加熱を行った。加熱後のAlナノ粒子のTEM観察を行った。

大気中で797Kまで加熱したAlナノ粒子では、酸化膜層に囲まれたAl中に部分的に中空構造となっている部分が見られた。加熱温度が高くなるに従い、内部の金属Alの部分が減少し、中空部分の体積が増大する傾向を示した。酸化膜厚は、加熱前のAlナノ粒子が2~3nmであるのに対して、1373Kまで加熱酸化したAlナノ粒子では、6~40nmの範囲にあり平均膜厚は17nmであった。加熱温度が高くなるに従い、酸化膜厚のバラツキも大きくなる傾向を示した。

ついで、1373Kの加熱温度の場合の中空構造Al2O3ナノ粒子についてTEMを用いて詳細に調べた。粒子の外径分布は、40~300nmの範囲に存在し、平均粒子直径はおよそ120nmであった。一方、中空部分の内径分布は、20~250nmであり、平均径は83nmであった。

これらの結果より、Alナノ粒子を高温大気雰囲気下で酸化することによって、中空構造Al2O3ナノ粒子が形成することを明らかになった。

第4章

第4章では、第3章で得られた知見を基に中空構造Al2O3ナノ粒子を作製し、その電波反射率、透過率および誘電特性を調べた。中空構造Al2O3ナノ粒子をポリメタクリル酸メチル樹脂製(PMMA)のボックスに充填し、18~30GHzの周波数にて、電波透過率、反射率および有効誘電率を、自由空間法を用いて測定した。また、比較のため、中実構造を示すy-Al2O3ナノ粒子についても同様に測定を行った。その結果、中空構造Al2O3ナノ粒子は0.2~0.7%と極めて低い反射率を示した。一方、y-Al2O3ナノ粒子は、体積率2.5vol%で0.7~0.9%と中空構造ナノ粒子より高い反射率を示した。各粒子とも粒子体積率の増加に伴い、有効誘電率の実部が増加する傾向が認められた。中空構造Al2O3ナノ粒子は1.5~2.8vol%の粒子体積率の範囲において、有効誘電率の実部が1.1~1.3を示し、同程度の体積率のy-Al2O3ナノ粒子と比較して、0.1~0.15程度低い値であった。中空構造Al2O3ナノ粒子において、有効誘電率の虚部y''は0.02~0.06であった。一方、y-Al2O3の場合、0.18~0.3と中空構造Al2O3ナノ粒子と比較して、1桁大きい値を示した。これらの結果より、本研究で作製した中空構造Al2O3ナノ粒子は、Al2O3ナノ粒子と比較して、誘電率の小さな材料であることが明らかとなった。

第5章

第5章では、低誘電率を有するナノ粒子分散複合材料実現の可能性について検討することを目的とした。第4章で誘電率を測定した中空構造Al2O3ナノ粒子を用いて粒子分散エポキシ複合材料を作製し、その誘電特性を測定した。比較のため、低誘電率を示すことが報告されているAlナノ粒子および中実構造を示すAl2O3ナノ粒子を分散したエポキシ複合材料も作製した。これらの複合材料の電波透過率、反射率および有効誘電率を、自由空間法を用いて18~30GHzの周波数で測定した。その結果、すべての複合材料で粒子体積率が増加するに従って、有効誘電率が増加する傾向を示した。中空構造Al2O3ナノ粒子分散エポキシ複合材料では、粒子体積率9.5vol%で有効誘電率の実部が2.95を示した。一方、同程度の粒子体積率の中実構造を示すAl2O3ナノ粒子を分散したエポキシ複合材料およびAlナノ粒子分散エポキシ複合材料の誘電率はそれぞれ、3.15および3.4であった。これらの結果より、中空構造Al2O3ナノ粒子を複合材料の分散粒子として使用した場合、中実構造を示すAl2O3ナノ粒子やAlナノ粒子と比べ、低誘電率を示すことが明らかとなった。

第6章

本論文の結果を総括し、以下の結論を得た。

(1) Alナノ粒子の酸化挙動と中空構造Al2O3ナノ粒子の形成過程について調べ、中空構造Al2O3ナノ粒子を得るための条件を明らかにした。

(2)中空構造Al2O3ナノ粒子がAlナノ粒子や中実構造を呈するAl2O3ナノ粒子を分散した複合材料と比較して、低誘電率を示すことを明らかにした。

以上のように、Alナノ粒子の酸化挙動を利用することで、容易に中空構造Al2O3ナノ粒子を作製する方法を確立し、中空構造Al2O3ナノ粒子の低誘電率材料への応用の可能性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

近年、電波を利用した情報通信の分野でGHz帯のマイクロ波を利用した技術が利用されるようになってきた。マイクロ波の利用に際しては電波を反射する材料、透過する材料、吸収する材料が必要である。本論文は、電波を反射しにくく、透過しやすい材料を作製するために低誘電率の中空構造Al2O3ナノ粒子を作製するための条件を明確にし、得られた中空構造Al2O3ナノ粒子を高分子マトリックス中へ分散させた低誘電率で電波を反射しにくい複合材料への応用可能性を明確にすることを目的としたものである。

第1章は序論であり、GHz帯域で用いられる低誘電率材料に関する従来の研究結果を整理し、本論文の目的を示した。一般的に、低誘電率特性を得るための方法として、材料中に空気を導入する方法および低誘電率材料を複合化する方法が役立つことを従来の研究結果を整理することにより示した。その一方で、空気を導入する方法は、実用上重要な機械的特性の低下を招くため、空気導入量にも限界があり、新たな材料開発の必要性があることも明確にした。

この問題を解決するために、ナノ粒子の利用が考えられることを示した。工業的な観点からAl2O3系の材料に着目し、Al2O3の殻のみで構成される中空構造ナノ粒子を複合材料の分散粒子として利用することが有望であることを説明した。さらに、この技術を利用するためには中空Al2O3ナノ粒子を製造する方法を確立することや、得られた粒子の可能性を複合材料として検証することが必要であることを示し、本論文の背景と目的を明確にした。

第2章では、本論文で使用するAl2O3ナノ粒子の作製方法を検討した。本章では、直径が20~200nmの粒子径分布をもつAlナノ粒子を用い、大気雰囲気中におけるAlナノ粒子の巨視的な酸化挙動について調べた。まず、示差熱重量分析(TG-DTA)装置を用いて、酸化に伴う重量増加および示差熱重量分析を行った。TG曲線からAlナノ粒子の酸化挙動と温度の関係や酸化に伴い、Alナノ粒子の色が灰色から白色に変化する現象を観察した。また、加熱酸化したAlナノ粒子のX線回折測定を行い、最大加熱温度が高くなるに従い、生成するAl2O3はy-Al2O3、θ-Al2O3及びα-Al2O3、α-Al2O3に変化することを明らかにした。

第3章では、第2章で調べたAlナノ粒子の酸化現象について、酸化した粒子の形状や酸化膜厚さについて詳細に調べた。第2章と同様のAlナノ粒子をTG-DTA装置を用いて、大気中で加熱を行い、加熱後のAlナノ粒子を透過型電子顕微鏡で観察した。その結果、大気中で797Kまで加熱したAlナノ粒子では、球状の酸化膜層に囲まれたAlの一部に空隙が存在していることを観察した。最大加熱温度が高くなるに従い、内部の金属Alの部分が減少し、空隙部分の体積が増加する傾向があることを見いだし、直径が20~200nm のAlナノ粒子を酸化すると、直径が40~ 300nmの中空構造Al2O3ナノ粒子が生成することを明らかにした。実験で用いたAlナノ粒子の場合には、Al2O3ナノ中空粒子のAl2O3層の厚さは6~40nmの範囲にあり、粒子直径が小さいものほど小さい傾向であることを明らかにした。

第4章では、第3章で得られた知見を基に中空構造Al2O3ナノ粒子を作製し、その電波反射率、透過率および誘電特性を18~30GHzの周波数帯域で調べた。中空構造Al2O3ナノ粒子をポリメタクリル酸メチル樹脂製(PMMA)の箱に充填し、自由空間法を用いて電波透過率、反射率および有効誘電率を測定した。また、比較のため、中実構造を示すy-Al2O3ナノ粒子についても同様に測定を行った。その結果、中空構造Al2O3ナノ粒子の反射率は0.2~0.7%であり、体積率2.5vol%のy-Al2O3ナノ粒子の反射率が0.7~0.9%である場合よりも小さかった。一方、中空構造Al2O3ナノ粒子の場合でも、一般的にAl2O3粒子で観察されているように粒子体積率の増加に伴い、有効誘電率の実部が増加する傾向が認められた。中空構造Al2O3ナノ粒子は1.5~2.8vol%の粒子体積率の範囲において、有効誘電率の実部が1.1~1.3、虚部は0.02~0.06であり、y-Al2O3ナノ粒子と比較して、誘電率が小さな材料であることが明らかとなった。

第5章では、低誘電率を有するナノ粒子分散複合材料実現の可能性について検討することを目的とした。第4章で誘電率を測定した中空構造Al2O3ナノ粒子を用いて粒子分散エポキシ複合材料を作製し、その誘電特性を測定した。比較のため、低誘電率を示すことが報告されているAlナノ粒子および中実構造を示すy-Al2O3ナノ粒子を分散したエポキシ複合材料も作製した。これらの複合材料の電波に対する特性を第4章と同様な方法で測定した。

その結果、すべての複合材料で粒子体積率が増加するに従って、有効誘電率が増加する傾向を示したが、同じ粒子体積率で比較した場合、中空構造Al2O3ナノ粒子分散エポキシ複合材料は中実構造を示すy-Al2O3ナノ粒子やAlナノ粒子と比べ、低誘電率を示すことが明らかとなり、中空構造Al2O3ナノ粒子を用いた場合に低誘電率材料が得られる可能性を証明した。

第6章では本論文で得られた結果を総括した。

以上のように、本論文では、Alナノ粒子の酸化挙動を利用することで、容易に中空構造Al2O3ナノ粒子を作製する方法を確立し、中空構造Al2O3ナノ粒子の低誘電率材料への応用の可能性を示したものであり、材料工学に寄与するところが大である。よって、本論文を博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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