学位論文要旨



No 125741
著者(漢字) 瀧口,博明
著者(英字)
著者(カナ) タキグチ,ヒロアキ
標題(和) 低炭素社会における高純度シリコンの循環利用と評価手法の開発
標題(洋)
報告番号 125741
報告番号 甲25741
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7274号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森田,一樹
 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 客員教授 足立,芳寛
 東京大学 教授 岡部,徹
 東京大学 准教授 安達,毅
内容要旨 要旨を表示する

二酸化炭素排出量を大幅に削減する低炭素社会の構築が国内外の課題となっており、太陽電池は低炭素技術の中核として位置づけられている。本研究では、太陽電池用の高純度Si(多結晶Si及び単結晶Si)を対象に、その循環利用の検討と評価手法の開発・適用を行った。本論文は、第1章から第5章と、これを総括した第6章から構成される。また、参考資料や計算の結果をAppendix A~Dとして掲載している。

第1章では、序論として、低炭素化に対応しつつ循環利用を促進していく高機能マテリアルの開発・導入の必要性を述べた。そして、太陽光発電の導入の推移や高純度Siの需給の状況を踏まえて、今後の太陽光発電の導入拡大を見据えると、高純度Siが高機能マテリアルとして十分かつ持続可能な形で確保される必要があり、希少資源としての有効利用、特に循環利用を検討していくことが求められていることを述べた。

第2章では、日本を対象に、どの程度の量の高純度Siがどのような形で利用されているかを把握し、供給上の課題とその対応策を論じた。その手法として、空間と時間で定義されたシステム内で、物質の流れと収支バランスを定量的に明らかにするマテリアルフローを作成し、その分析を行なった。具体的には、日本におけるSiの1996年から2007年までのマテリアルフローを作成し、高純度Siの製造から利用に至る収支のバランスを、その時系列的な変化とともに明らかにした。特に、多結晶Si及び単結晶Siの製造工程における投入量(インプット)と産出量(アウトプット)から資源の有効利用の程度を定量的に測る指標として、資源有効利用指数(Resource Effective-use Index; REI)を開発・適用し、Si供給の持続可能性について論じた。

分析の結果、太陽電池用結晶Siの需要が増加し、1999年以前は半導体用Siの製造工程での規格外品でカバーされていたが、2000年以降はエネルギー多消費型プロセスにより太陽電池用の多結晶Siが生産されており、供給の形態が変化していることがわかった。また、多結晶Siの資源有効利用指数の分析により、これまで多結晶Siの有効利用が進んできたものの、近年は頭打ちの状況になっていることが明らかになった(Fig.1参照)。単結晶Siの有効利用も進んできたが、近年は有効利用の程度が減少する傾向にあることがわかった。また、高純度Siの有効利用と価格の変動との関係について、多結晶Siや単結晶Siの生産量を需要に合わせて弾力的に変更することが困難であることや、有効利用の技術が一旦組み込まれると価格の変動に左右されずに継続されることなどから、顕著な関係は見出せなかった。

マテリアルフロー分析の結果を踏まえ、今後、高純度Si、特に多結晶Siを持続可能な形で確保していくための方策として、1) 太陽電池向け多結晶Siを安価かつエネルギー消費が少ない形で大量に生産する、2) 太陽電池の出力あたりのSi使用量を削減する、3) 結晶Si以外の太陽電池の開発や導入を進める、4) 使用済の太陽電池のリユース・リサイクルを進める、ことを提示した。

第3章においても高純度Siの循環利用に関する評価手法としてマテリアルフロー分析を用い、世界を対象にした1996年から2007年までの高純度Siのマテリアルフローの時系列分析を行なった。高純度Siの持続可能な利用は国際的な課題であり、これに対処するためには世界全体でのSiの流れと収支バランスを定量的に明らかにしシステムの構成や全体像を把握することが望ましい。また、第2章で述べたように、日本を対象としたSiのマテリアルフローの時系列分析により、高純度Siのフローにおいて、輸出入が近年大きな割合を占めることが明らかになったことによる。世界を対象にしたマテリアルフロー分析では、輸出入が相殺されるため、より簡素な形での分析が可能となる。加えて、多結晶Si生産量を投入量(インプット)、太陽電池用の多結晶Si及び単結晶Siと半導体用ウェーハを産出量(アウトプット)とした資源有効利用指数を設定し、Siの有効利用がグロ-バルにどの程度進んできたかの分析も行なった。

分析の結果として、多結晶Siの生産量は太陽電池用の需要に対応して世界的に増加し、太陽電池用の単結晶Siの需要も増加していることが明らかになった。また、資源有効利用指数の分析からは、日本の場合と異なり、有効利用の程度が今なお進んでいる段階にあることがわかった。これは、日本では省資源化技術の導入がほぼ行き渡ったことが原因の一つとして考えられる。高純度Siの有効利用と価格の変動について近年は価格の上昇が有効利用の程度を高める傾向が見られたが、生産量自体の大幅な増加が両者に影響を及ぼしている可能性を指摘した。こうした分析結果を踏まえ、今後、高純度Siを持続可能な形で確保していくためには、高次元での3Rsをグローバルのレベルで進めていく必要があることを述べた。

第4章では、多結晶Si型太陽電池を用いた住宅用太陽光発電システムを対象に、多結晶Siの循環利用を定量的に評価するために、エネルギー投入量・CO2排出量の観点からライフサイクル分析(LCA)を行なった。特に、使用済の太陽電池をリサイクルする場合は、リサイクル工程においてエネルギーを消費することから、エネルギー投入量・CO2排出量の定量的な削減効果を算出した。

ライフサイクル分析の結果、太陽光発電システムのライフサイクルにおいて、エネルギー投入量・CO2排出量は高純度Siの製造工程、特に多結晶Si製造工程で大きく、基本ケースで全体の49%を占めた。また、多結晶Siの内部での循環利用により顕著な削減効果が推定された。さらに、使用済太陽光発電システムのリサイクルに関し、エネルギーペイバックタイムの値で比較すると、リサイクルをしない場合の1.6年に比べて、アルミニウムや銅の金属類のみのリサイクルを行なう場合が1.5年、使用済太陽電池モジュールからSiを回収し多結晶Si製造工程の後に回収Siを投入する場合が1.2年、回収Siを多結晶Si製造工程の前に投入する場合が1.5年となり、使用済太陽電池モジュールのリサイクルにより回収したSiは、多結晶Si製造工程の後の段階で再生利用原料として戻すことが望ましいことを明らかにした。

第5章では、高純度Siの循環利用の評価手法として、変換効率と価格に着目した、太陽電池のリユース・リサイクルの評価モデルを構築した。この評価モデルは、使用済太陽電池のリユース・リサイクルを行なう場合、リユース・リサイクルされる製品が最新型の太陽電池と変換効率や価格の面で競争にさらされることに対応したものである。具体的には、住宅用太陽光発電システムにおける太陽電池モジュールの全体の価格が一定と仮定し、セル部分の1m2あたりの価格が変換効率の一次関数で表されるモデルを構築した。このモデルは、実際に販売されている太陽電池モジュールのデータを用いた検証により±20%の誤差で適用可能であることが示された(Fig.2参照、各プロットは太陽電池モジュールのデータ)。

次に、評価モデルを用いて2020年時点での変換効率と価格の関係を予測し、リユース・リサイクル製品に求められる要件を明らかにした。具体的には、2000年時点の新品の太陽電池モジュールの変換効率を12%として、このモジュールを20年後にリユース・リサイクルする際には変換効率の低下分を考慮して、セル部分の価格で27,000円/m2以下、モジュール価格で38,900円/m2以下に設定することが市場競争力を有するために必要であることを示した。太陽電池の需要増により高純度Siの需要も増加する場合には、使用済太陽電池のリユース・リサイクルがより競争力を持つことになり、高純度Siの循環利用により需要増への対応が可能となる。当該モデルを用いた将来の変換効率と価格の予測は、今後、各種の太陽電池の研究開発目標や、太陽電池用多結晶Siの製造における目標コストを評価することにも適用可能である。

以上のように、本論文では太陽電池用の高純度Siの循環利用について、評価手法としてマテリアルフロー分析やライフサイクル分析の方法と評価モデルを開発・適用することにより、課題を明らかにしその対応策を提示することができた。

Fig. 1Resource Effective-use Index for poly-crystalline Si (pc-Si).

Fig. 2Comparison between model estimation and actual data.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、太陽電池用の高純度Si(多結晶Si及び単結晶Si)を対象に、その循環利用の検討と評価手法の開発・適用を行ったものであり、全6章から構成される。

第1章では、序論として、低炭素化に対応しつつ循環利用を促進する高機能マテリアルの開発・導入の必要性や、太陽光発電導入の推移や高純度Siの需給の状況を踏まえて、高純度Siの希少資源としての有効利用、特に循環利用が検討すべき課題であることが示され、本研究の目的が述べられている。

第2章では、日本を対象に、高純度Siの利用形態を定量的に把握し、供給上の課題とその対応策が論じられている。その手法として、空間と時間で定義されたシステム内で、物質の流れと収支バランスを定量的に明らかにするマテリアルフローが作成、分析されている。具体的には、日本におけるSiの1996年から2007年までのマテリアルフローが作られ、高純度Siの製造から利用に至る収支のバランスが、その時系列的な変化とともに示されている。特に、多結晶Si及び単結晶Siの製造工程における投入量と産出量から資源の有効利用の程度を定量的に測る指標として、資源有効利用指数(Resource Effective-use Index; REI)が開発・適用され、Si供給の持続可能性について論じられている。

分析の結果、太陽電池用結晶Siの需要が増加し、2000年以降は半導体用Siの製造工程での規格外品でカバーできず、エネルギー多消費型プロセスにより太陽電池用の多結晶Siが生産され、供給形態の変化が認められた。また、多結晶Siの資源有効利用指数の分析により、これまで多結晶Siの有効利用が進んできたものの、近年は頭打ちの状況となり、単結晶Siの有効利用の程度は減少する傾向にあることが明らかになった。

マテリアルフロー分析の結果を踏まえ、今後、高純度Si、特に多結晶Siを持続可能な形で確保していくための方策として、1) 太陽電池向け多結晶Siの安価かつ低エネルギー消費の大量生産、2) 太陽電池出力あたりのSi使用量の削減、3) 結晶Si以外の太陽電池の開発と導入、4) 使用済太陽電池のリユース・リサイクルの促進、が提示された。

第3章においても高純度Siの循環利用に関する評価手法としてマテリアルフロー分析が採用され、世界を対象にした1996年から2007年までの高純度Siのマテリアルフローの時系列分析が行なわれている。さらに、多結晶Si生産量を投入量、太陽電池用の多結晶Si及び単結晶Siと半導体用ウェーハを産出量とした資源有効利用指数を設定し、Siの有効利用がグロ-バルに進められた程度も分析されている。

分析の結果、多結晶Siの生産量のみならず太陽電池用単結晶Siの需要も世界的に増加していることが明らかになった。また、資源有効利用指数の分析からは、日本の場合と異なり、有効利用の程度が向上中であるが示されている。一方、高純度Siの価格の上昇が有効利用の程度を高める傾向が見られるものの、生産量自体の大幅な増加が両者に影響を及ぼしている可能性が指摘されている。

第4章では、多結晶Si型太陽電池を用いた住宅用太陽光発電システムを対象に、多結晶Siの循環利用を定量的に評価するために、エネルギー投入量・CO2排出量の観点からライフサイクル分析(LCA)が行われている。特に、使用済太陽電池をリサイクルする場合は、リサイクル工程においてエネルギーを消費することから、エネルギー投入量・CO2排出量の定量的な削減効果が算出されている。

ライフサイクル分析の結果、太陽光発電システムのライフサイクルにおいて、エネルギー投入量・CO2排出量は高純度Siの製造工程、特に多結晶Si製造工程で大きく、基本ケースで全体の49%を占めている。また、多結晶Siの内部での循環利用により顕著な削減効果が推定される。さらに、ペイバックタイムの観点から、使用済太陽電池モジュールのリサイクルにより回収したSiは、多結晶Si製造工程の後の段階で再生利用原料として戻すことが望ましいことが明らかされている。

第5章では、高純度Siの循環利用の評価手法として、太陽電池のリユース・リサイクルの評価モデルが構築されている。具体的には、住宅用太陽光発電システムにおける太陽電池モジュールの全体の価格を一定と仮定し、セル部分の1m2あたりの価格が変換効率の一次関数で表されるモデルであり、実際に販売されている太陽電池モジュールのデータを用いた検証により±20%の誤差で適用可能であることが示されている。

次に、評価モデルを用いて2020年時点での変換効率と価格の関係を予測し、リユース・リサイクル製品に求められる要件が明らかにされている。また、当該モデルを用いた将来の変換効率と価格予測は、今後、各種の太陽電池の研究開発目標や、太陽電池用多結晶Siの製造における目標コストの評価にも適用可能であることが示されている。

以上のように、本論文では太陽電池用の高純度Siの循環利用について、マテリアルフロー分析やライフサイクル分析の方法と評価モデルを開発・適用することにより、課題を明らかにしその対応策を提示しており、今後太陽電池用高純度Siの循環利用を進めるにあたり、技術的、政策的に非常に重要な知見を与えるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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