No | 125742 | |
著者(漢字) | 浅井,栄大 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アサイ,ヒデヒロ | |
標題(和) | 工学応用に向けた超伝導体における磁束ダイナミクスのシミュレーション | |
標題(洋) | The simulation of vortex dynamics in superconductors for technological applications | |
報告番号 | 125742 | |
報告番号 | 甲25742 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7275号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | マテリアル工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1 緒言 現在、超伝導体の特性を生かした高機能デバイスや省エネルギー機器の開発が盛んに行われており、通信や医療等様々な分野でその実用化が進みつつある。高温超伝導体のような第二種超伝導体はそのような実用化において重要な役割を果たしているが、磁場下における臨界電流密度(Jc)が低いという問題を抱えている。第二種超伝導体においてゼロ抵抗を実現するためには、磁場下で侵入する量子化磁束を「ピン止め」する必要がある。そこで工学的応用に耐えうるJcの実現をめざし、よりピン効率の良いピン止めセンターの導入に関する研究が盛んに行われている。一方、近年の微細加工技術の発展に伴い、サイズが超伝導コヒーレンス長や磁場侵入長程度のメゾスコピック系における磁束のダイナミクスも注目を集めている。メゾスコピック系では、サイズや形状の影響を強く受け、2以上の磁束量子を持った巨大磁束状態や、互いに逆向きの磁束量子を持った磁束と反磁束の対等、特殊な磁束状態が現れる事が知られている。近年これらの特異な磁束状態を利用したデバイスが提案されている[1][2]。このような超伝導磁束を利用したデバイスは、超伝導体の省エネルギー性と磁束運動の持つ高速性を兼ね備えており、高い性能を示す事が期待されている。 このように超伝導磁束のダイナミクスは工学的応用と密接に関わっており、実験的に様々な手法を用いて調べられている。しかし、微細かつ高速に動く磁束の振る舞いを実験的観測のみから完全に把握する事は難しい。一方後述するように、密に存在する面状ピン止めセンターのピン止め特性や外部電流が流れるメゾスコピック系における磁束状態等、理論的に十分に理解されていない問題も多く存在する。そこで本研究では、様々な磁束のダイナミクスを計算機シミュレーションにより調べ、実用化に向けた高性能な超伝導材料の設計指針を得る事を目的とした。具体的には、1)ピン止め効率上昇によるJc の向上、2)メゾスコピック系における磁束ダイナミクスのデバイス応用、という二つの観点から研究を行った。 2 周期的面状ピン止め存在下の磁束ダイナミクス 面状ピン止めは効率の良いピン止めセンターの一つとして考えられており、近年その高密度化や配置制御に関する研究が進んでいる[3]。特に平行かつ周期的に並んだ面状ピン止めの導入はJc向上の観点から注目を集めているが、そのような系における磁束ダイナミクスとピン止め特性については未だ解明されていない点が多い。そこで本研究では様々な面状ピン止め配置における磁束ダイナミクス等を分子動力学法により調べた。 2-1 等間隔に並んだ面状ピン止め まず、二次元の計算モデルを用いて等間隔に面状ピン止めが並んだ系におけるJcの磁束密度依存性について調べた。図1に0KにおけるJc に相当するcritical depinning force fcrとfcr以下で面状ピン止めにピン止めされていない磁束の割合を表すFree vortex ratio (FVR) の磁束密度依存性を示す。一般に周期構造を持ったピン止め配置では、その周期構造に磁束格子が適合した場合にピン止め効率が上昇するマッチング効果と呼ばれる現象が見られる。図1の矢印で示されたstep領域では、磁束格子がピン止め構造に適合する事によってピン止め力が上昇しており、このマッチング効果のピークが幅広くなったものと見なせることがわかった。また、このようなマッチング効果と定性的に一致したJcの変化は、本研究のモデルと類似した系の実験において実際に観察されている[4]。 2-2 非等間隔に並んだ面状ピン止め 次に、前節と同様な二次元の計算モデルを用いて、図2に示すような非等間隔な周期ピン止め配置におけるfcrの磁束密度依存性について調べた。ピン止め力や面状ピン止めの密度は、前節の等間隔モデルと等しくなるように設定した。図3(a)、(b) にfcrとFVR の磁束密度依存性を示す。図中の点線は等間隔モデルにおける結果を表している。これらの図から、等間隔のモデルで得られたfcrよりも大きいfcrを示す磁束密度領域が現れている事がわかる。この振る舞いは、マッチングピークに対応した磁束格子のFVRがモデルによって異なる事に起因する。さらに、周期構造を変えた二つの非等間隔モデルについて同様な計算を行い、それぞれのモデルにおいて異なるマッチングピークを確認した。これらの計算結果から、面状ピン止めの配置の違いがマッチング効果に与える影響について詳細に解析した。このような周期的かつ非等間隔な系における磁束のダイナミクスは実験的にも理論的にも未だ調べられておらず、本計算結果は高いJcを持つ新たな材料設計の指針を得る上で有用と期待される。 2-3 点状ピン止めと混在する面状ピン止め 近年、ピン止め力向上の観点から、複数のピン止めセンターが混在した系における磁束ピン止め特性が調べられている。しかし、そのような系における磁束のピン止めは複数のピン止めセンターによるピン止め力が競合しあった複雑な現象であり、未だに十分な理解を得られているとは言えない。そこで次に、面状ピン止めにランダムに分布した点状ピン止めが混在した系における磁束ダイナミクスを調べた。ここでは特に、磁束の線としての相関を弱める点状ピン止め力と線の相関を強める面状ピン止め力との大小関係が磁束ダイナミクスに与える影響について解析した。この計算では面状ピン止めが示す最大ピン止め力fplを固定し、一つの点状ピン止めが示す最大ピン止め力fpを変化させて磁束ダイナミクスの振る舞いの違いを解析した。図4にfcrのfp依存性を示す。黒丸が面状ピン止めと点状ピン止めが共存する場合、白丸が点状ピン止めのみが存在する場合の計算結果をそれぞれ示している。この図から面状ピン止めと点状ピン止めが共存する場合のfcrが、fpの増加につれて、fcr≒fpl(領域I)、fcr≒点状ピン止めのみの場合のfcr +α(領域II)、fcr≒点状ピン止めのみの場合のfcr(領域III)、となるように変化をしている事がわかる。磁束分布の観察から、このようなピン止め特性の変化が三次元的な磁束構造の変化と密接に関連している事がわかった。 3. メゾスコピック超伝導体に注入される局所電流の分布と磁束ダイナミクス 近年メゾスコピック系における特殊な磁束状態を利用したデバイスが提案されている[1,2]。これらのデバイスでは、局所的に導入される外部電流や外部磁場による動作制御が想定されている。しかし、メゾスコピック超伝導体に注入される外部電流の振る舞いについては、現在十分な理解が得られていない。既報の理論計算において主に用いられている二次元の計算モデルは、試料端における三次元的な磁場の湾曲を正確に扱う事ができない点で不十分である。そこで本研究では、電流リードとメゾスコピック試料の両方を三次元的に取り扱う新しいモデルを考案し、リードから注入される局所電流の分布と磁束ダイナミクスの関係について調べた。特に、磁束ダイナミクスそのものではなく、磁束ダイナミクスにより引き起こされる「電流分布の変化」に注目して計算した。 図4に、本研究で解析したモデルの一つである「二つのbridgeによって架橋された二つの直方体試料」を示す。また図5にそれぞれのbridgeに流れる電流量の磁場依存性を示す。挿入図はy-z面における超伝導電子密度分布を表している。この図から、磁束の侵入と排出によってbridgeに流れる電流量が大きく変化している事がわかる。この振る舞いは、電流リード及びbridge1の周りにおける磁場分布が磁束の侵入により大きく変化することに起因している。さらに、異なる厚みの試料についても同様な計算を行い、この急激な電流変動の幅が試料の厚みに依存する事を見いだした。 4 結論 本研究では、1)ピン止め効率の向上、2)磁束ダイナミクスのデバイス応用、の二つの観点から超伝導体における磁束ダイナミクスを数値計算により解析した。まず1)に関しては、主に周期的に並んだ面状ピン止めセンターに着目し、そのピン止め特性について調べた。二次元モデルを用いた計算では、様々な周期配置における臨界電流の磁場依存性を調べ、ピークがステップ状に幅広くなったマッチング効果の存在を明らかにした。さらに、周期配置によって磁場依存性が大きく変化し、等間隔に並んだ配置よりも非等間隔に並んだ配置の方が高い臨界電流を示す磁場領域が存在する事を示した。また三次元モデルを用いた計算では、点状ピン止めと面状ピン止めが混在する系において、点状ピン止めの強さによる磁束線の三次元的な構造の変化に伴い、ピン止め特性が大きく変化している事を明らかにした。次に2)に関しては、試料に局所的に注入される外部電流の分布と磁束ダイナミクスの関係に着目した計算を行った。特に二つのbridgeによって繋がった二つの直方体試料に焦点を当てた計算を行い、bridgeを流れる電流量が磁束の侵入と排出に応じて急激に変化する現象を予測した。この「スイッチング素子」のような振る舞いは、新規超伝導デバイスへの応用が期待される。上記1)、2)に関する本研究の成果は、超伝導体の実用化における新たな材料設計の指針を示しており、今後の超伝導材料開発への大きな貢献が期待される。 図1. fcr とFVRの磁束密度依存性 図2. 非等間隔に並んだ周期ピン止めの模式図 図3. 非等間隔モデルにおけるfcr とFVRの磁束密度依存性 図4. fcrのfp依存制 図5 二つのbridgeによって架橋された直方体モデル 図6 bridgeを流れる電流の磁場依存性 | |
審査要旨 | 近年、超伝導体の特性を生かした高機能デバイスや省エネルギー機器は、通信や医療等様々な分野でその実用化が進みつつある。このような実用化の中で特に重要な役割を果たしている第二種超伝導体においては、磁場下における臨界電流密度(Jc)を十分高くするために、磁場下で侵入する量子化磁束を「ピン止め」する必要がある。他方、メゾスコピック系において発現する磁束の特異な状態が、新規なデバイスへの応用の観点から注目されている。このように超伝導磁束のダイナミクスは工学的応用と密接に関わっているが、まだ十分には理解されているといえず、またこれを実験的手法のみによって解明するのは難しい。本論文は、超伝導体における磁束のダイナミクスを計算機シミュレーションにより調べ、実用化に向けた高性能な超伝導材料の設計指針を得ようとしたものである。本論文は6章からなる。 第1章は緒言であり、工学における超伝導体の重要性を簡潔に述べた後、Jc向上における磁束量子の制御の必要性、メゾスコピック系における特異な磁束状態の発現とその応用の可能性、および統計物理学からの磁束状態への興味など、磁束の状態に関するこれまでの研究の流れを様々な観点から概観している。さらに、磁束の状態及び運動に関する実験観察の研究例を紹介した上で、磁束のダイナミクスに未解明な点が多く残されており、それを実験的手法のみで解明することが難しいことを指摘して、本研究の目的を明確にした。 第2章では、磁束の状態に関する基礎理論を述べている。超伝導に対するロンドン理論およびギンツブルグ‐ランダウ理論の概略を述べることから始めて、磁束の状態、磁束間の相互作用、外部磁場による磁束の運動等についての理論的基盤を概説し、その後、本研究の計算に用いる磁束の運動方程式を説明している。 第3章では、様々な配置の面状ピン止めを導入した系における磁束ダイナミクスを分子動力学法により調べた結果を述べている。まず、二次元の計算モデルを用いて等間隔に面状ピン止めが並んだ系におけるJc(正確には0KにおけるJc に相当する臨界depinning力(fcr))の磁束密度依存性について調べた。一般に周期構造を持ったピン止め配置では、その周期構造に磁束格子が適合した場合にピン止め効率が上昇するマッチング効果と呼ばれる現象が見られるが、面状ピン止めを周期的に導入した場合には、磁束密度‐fcr曲線にこのマッチング効果のピークが幅広くなったものと見なせる平坦領域が現れることを明らかにした。次に同様に二次元の計算モデルを用いて、基本周期が長短2つのユニットの組み合わせになっているやや複雑な周期構造においてfcrの磁束密度依存性について調べた。ピン止め力や面状ピン止め密度を前記の等間隔モデルの場合と等しくなるようにして比較すると、fcrが等間隔モデルの場合より大きくなる磁束密度領域が現れることがわかった。次に、3次元モデルを用いて面状ピン止めとランダムに分布した点状ピン止めとが混在した系における磁束ダイナミクスを計算した。fcrは、点状ピン止めのピン止め力を面状ピン止めのそれより弱くしていく場合には面状ピン止めのみ存在する時の値に、逆に強くしていく場合には点状ピン止めのみ存在する時の値に、それぞれ漸近していくことが確認され、両者のピン止め力が拮抗する領域においては面状ピン止め・点状ピン止めの一方のみが存在する場合よりも大きな値となることが示された。さらに、このようなピン止め特性の変化が三次元的な磁束構造の変化と密接に関連している事がわかった。 第4章では、メゾスコピック超伝導体において、注入される外部電流の分布と磁束ダイナミクスとの関係について時間依存ギンツブルグ‐ランダウ方程式に基づいて調べた。二本の細い架橋によって結合された二つの直方体試料のモデルに対して架橋を流れる電流量の磁場依存性を計算した結果、ある磁場値の付近で電流が急激に変化するスイッチング現象を見出した。そして、この振る舞いが電流リード及び架橋の周りにおける磁場分布の磁束侵入による変化に起因することを示した。このスイッチング現象は、新規超伝導デバイスへの応用が期待される。さらに、異なる厚みの試料について同様な計算を行った結果から、このスイッチング現象における電流変動の幅が試料の厚みに依存する事を見いだした。 第5章では、上で得られた結果を踏まえて、工学的応用に向けての考察を行った。まず第3章で得られた知見に基づいてJc向上の指針を述べると共に、本論文における解析では考慮されていないが実用を目指した材料・デバイス設計においては留意すべき点として有限温度の効果やピン止めポテンシャルの形状の影響などがあることを指摘した。次に第4章で得られた知見に基づいてスイッチング素子の設計指針について述べた。特に、第4章で用いたモデルよりも単純だが同様のスイッチング現象が発現しうる構造を提案した。 第6章は総括である。 以上のように、本論文は、超伝導体における量子化磁束の振る舞いを計算機シミュレーションにより解析した。面状ピン止めが様々な周期配列で導入された場合やメゾスコピック構造における磁束の振る舞いを解析し、臨界電流密度向上のための材料設計や、新規なスイッチングデバイスの設計の上で有用な知見を得た。よって本論文の超伝導工学、計算マテリアル工学への寄与は大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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