学位論文要旨



No 125743
著者(漢字) 安楽,泰孝
著者(英字)
著者(カナ) アンラク,ヤスタカ
標題(和) ナノサイズのポリイオンコンプレックス型中空粒子の創製とその機能評価
標題(洋) Development and Functional Evaluation of Nano-sized Polyion Complex Vesicles (Nano-PICsomes)
報告番号 125743
報告番号 甲25743
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7276号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 准教授 吉田,亮
 東京大学 准教授 山崎,裕一
 東京大学 特任講師 長田,健介
内容要旨 要旨を表示する

昨今、ナノテクノロジー主導のバイオテクノロジー研究が盛んに行われている。これらの研究の目標の一つに、生体内で活躍できる『バイオナノデバイス』の創製がある。種々の生理活性物質、診断材料などを安全に生体に持ち込むためには、生体適合性材料でデザインされたナノカプセルの開発が必須である。中でも中空粒子はひときわ有望であり、リポソーム・高分子ベシクルを利用した材料の開発が数多くなされてきた。しかしながら、こうした研究の大部分が疎水性相互作用を集合体形成の駆動力としており、その調製には有機溶剤を用いた製膜や超音波処理が必要など決して単純なものではなかった。これら既存のベシクルの弱点を補うべく、水系での単純な調製法を追及して考案されたものが当研究室において世界に先駆けて開発した『ポリイオンコンプッレックス型ポリマーソーム(PICsome)』である。PICsome は、生体適合性に優れるポリエチレングリコール(PEG)とポリアミノ酸由来の荷電性セグメントからなり、反対電荷を有するブロック共重合体同士の水中における静電相互作用による自己組織化を利用しており、有機溶媒の助けを全く借りず、純粋な水系での単純混合で調製できる点で、有機溶剤の利用や激しい超音波処理、加温などを調製の定法とする既存の疎水性相互作用型キャリア(リポソーム、ポリマーソーム)に比べて大きな利点を有している。さらに、機能性タンパク質の簡便な内包が可能である、PIC 由来の半透過性能を有する、外部の消化酵素から内部のタンパク質を保護する機能を併せ持つことを世界で初めて見出している。このような簡便なタンパク質の封入は既存のキャリアでは難しく、PICsome は汎用性の高いデリバリーキャリアとして期待される。

しかしながらこれまでに報告されたPICsome はいずれもμmサイズ (1-3 μm)であった。μmサイズの微粒子を静脈注射した場合、血中を滞留することなく細網内皮系組織によって貪食される為、キャリアとして至適なサイズとはいえない。一方、nm サイズの微粒子(直径<200 nm)の場合、EPR(enhanced permeability and retention)効果によって癌病巣・炎症部位へ蓄積する。よってデリバリーに適したnm サイズのPICsome を調製する必要がある。

そこで本研究では、これまでに得られた知見を基に、デリバリーキャリアに適したnm サイズのPICsome (Nano-PICsome)を調製し、物性、物質の内包、PIC 膜由来の物質透過性、血中安定性などを詳細に検討し、最終的にリポソームやその改良型であるポリマーソームを超える新しいデリバリーツールの構築を試みた。

先行研究で、PEG 含有率(fPEG)がPIC の形態を決定し、13 %程度以下になるとベシクル形成が有利になることを報告した。また荷電性高分子の物性より、溶液の塩濃度もPIC の形態・サイズに影響することが知られている。そこで本研究では、1. PIC を形成するコンポーネントのfPEG、2. 溶液の塩濃度の2 点に注目し、PICsome のnm サイズ化を目指し、適切な調製条件を探索した。ポリアニオンPEG-poly(α,β-aspartic acid) (PEG-P(Asp) (45-75)) 、ポリカチオンHomo-poly([5-aminopentyl]-α,β-aspartamide) (Homo-P(Asp-AP) (82))を合成し、pH 7.4 10 mM リン酸緩衝液 (0 mM NaCl)にそれぞれ溶解し、電荷比が等しくなるように混合すると一枚膜構造(膜厚;10-15 nm)のNano-PICsome を形成することが明らかとなった。また調製時に用いるポリマー溶液の濃度を変えることで(0.1-10 mg/mL)、容易にNano-PICsome のサイズコントロールが可能であることも明らかとなった。このように自発的にnm サイズのベシクルを調製でき、さらに高分子溶液の濃度を変えることで容易にサイズをコントロールできる例は他に類を見ない。至適サイズも用途に応じて異なってくるデリバリーキャリアにおいて、これらを作り分ける技術は大きな利点と言える。

ベシクルをドラッグデリバリーキャリアとして用いる場合、その内水相に薬物を内包し、リリースする特性が必要不可欠である。本研究では、あらかじめFluorescein isothio cyanate-labeleddextran (FITC-Dex; M.W.=10000)をPEG-P(Asp)溶液に溶かしておきHomo-P(Asp-AP)溶液と混合することで、内水相にFITC-Dex を内包したNano-PICsome (FITC-Dex-loaded Nano-PICsome)を調製可能であることをFCS 測定より確認した。また内包されたFITC-Dex がPIC 膜を通過してリリースされる『PIC 膜の物質透過性』も同様の方法で確認した。

さらに得られたNano-PICsome の動的挙動について検討を行った。Nano-PICsome のサイズの経時変化を観察したところ調製直後は100 nmだが、単分散性を保ったまま約24 時間かけて徐々に大きくなり、約280 nm辺りで一定になった。この成長挙動は、最終的にサイズが収束する、単分散性を維持したまま成長するといったこれまでに類をみない挙動である。そこで調製直後のNano-PICsome 溶液に含まれるPIC の詳細な検討を行ったところ、主生成物であるNano-PICsome以外に1 対、または2 対の小さなPIC が存在しており、これらは時間変化に伴い、Nano-PICsomeに取り込まれることによりサイズ成長を助長していることが明らかとなった。また成長後のNano-PICsome を再びVortex にかけると、調製直後のサイズのNnao-PICsome を形成するといった大変興味深い機能を有していることも確認した。

この Nano-PICsome は低イオン強度の溶液中では安定であるが、生理条件下(150 mM NaCl 含)では、そのサイズ・形状を維持することができない。これはイオンコンプレックスの特徴である溶液のイオン強度に大変敏感であることに起因している。Nano-PICsome を生体内デリバリーキャリアとして展開していく上で、生理条件下での粒子の安定性は必須である。そこで水溶性の縮合剤である1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl) carbodiimide hydrochloride) (EDC)を用いて-COOH と-NH2 を縮合し、アミド結合を膜中に形成することで、生理条件下で安定なCross-linkedNano-PICsome の調製に成功した。Cross-linked Nano-PICsome は、従来のNano-PICsome が有していなかった「耐凍結乾燥」「耐遠心濃縮安定性」を有している。これらは粒子の粉末状での長期保存が可能となり、サンプルごとのバッチ間誤差を抑えることが可能、さらに粒子の濃度を容易に調製できるなど、デリバリーキャリアとして実用化する上で、大変重要な特性である。

最後に、これまでに得られたNano-PICsome の特性を活かし、様々なサイズの蛍光ラベル化したCross-linked Nano-PICsome を調製し、担がんマウスに尾静注し、その血中滞留性および臓器分布を評価した。その結果、100, 150 nm のCross-linked Nano-PICsome はEPR 効果による癌組織への集積が見られた。また150, 200 nmの場合は、半減期が23.3, 19.7 時間と長期血中滞留性を示す粒子であることが明らかとなった。

このように本研究より、1. 一組のポリマーの組み合わせでサイズコントロールが可能、2. PIC膜由来の物質透過性能を有し、その速度を架橋によりコントロール可能、3. 長期血中滞留性を有するなど、Nano-PICsome は、生体内デリバリーキャリアとして用いる上で大きな利点を有していることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

昨今、ナノテクノロジー主導のバイオテクノロジー研究が盛んに行われている。これらの研究の目標の一つに、生体内で活躍できる『バイオナノデバイス』の創製がある。種々の生理活性物質、診断材料などを安全に生体に持ち込むためには、生体適合性材料でデザインされたナノカプセルの開発が必須である。中でも中空粒子はひときわ有望であり、リポソーム・高分子ベシクルを利用した材料の開発が数多くなされてきた。近年、これらの集合体形成の弱点(煩雑な調製法等)を補うべく、水系での単純な調製を特徴とする『ポリイオンコンプッレックス型ポリマーソーム(PICsome)』が開発された。本学位請求論文においては、これまでに報告されたPICsome がいずれもμm サイズであり、そのサイズ・構造・物性制御法確立されていない点に着目し、薬物送達などで有用と考えられるサブミクロンサイズのPICsome、すなわち、Nano-PICsome の創製とその物性・機能評価が行われており、その結果からサイズと物性を制御したNano-PICsome を設計する指針が明らかにされている。さらに、Nano-PICsomeのin vivo 評価を行うことで、既存の中空粒子を超える汎用性の高いデリバリーキャリアとしての有用性がまとめられている。本論文は、以下の6 章からなる。

第1 章は序論であり、既存のベシクル(リポソーム、ポリマーソーム)の一般的な特徴とその有用性に触れるとともに、ポリイオンコンプレックス(PIC)材料並びに従来のPICsome の物性にも触れ、本研究の意義及び論点を明確としている。

第2 章では、Nano-PICsome の調製とその物性評価について詳細に検討している。これまでに得られた知見を基に、PIC を形成するポリマー成分のPEG 含有率と緩衝液のイオン強度に注目し、ポリアニオンにPEG-poly(α,β-aspartic acid)(PEG-P(Asp) (45-75)) 、ポリカチオンにPEG 鎖を有さないHomopoly([5-aminopentyl]-α,β-aspartamide) (Homo-P(Asp-AP) (82))を、緩衝液にpH 7.410 mM リン酸緩衝液 (0 mM NaCl)を用い、電荷比が等しくなるように混合すると、一枚膜構造(膜厚; 10-15 nm)のNano-PICsome が得られることが明らかにされている。また、調製時のポリマー溶液濃度を変えることで、容易にNano-PICsomeのサイズ制御が可能であること、並びに内水相への水溶性高分子の内包が可能であることが議論されている。さらに、Nano-PICsome を形成するPIC 膜の構造と関連した物質透過挙動についても検討を行い、Nano-PICsome が有する基本的な物性を成分ポリマーの構造との関連でまとめている。

第3 章では、Nano-PICsome が経時変化に伴い高い単分散性と狭い粒径分布を保ったまま数日かけて成長し、その後、成長が止まる(100→280 nm)という特異な挙動を示すことを見出している。申請者はここで、その成長過程を分子レベルで解析し、動的挙動発現メカニズムの解明を試みている。その結果、Nano-PICsome 調製直後の溶液中には、ベシクルであるNano-PICsome 以外に1対、または2 対のPIC が存在しており、時間依存的にNano-PICsome 膜中に取り込まれることでサイズ成長を助長していることを明らかにしている。また、成長後に再度激しく攪拌することで、初期の状態に戻すことが可能であるというベシクル生成の可逆性をも見出している。

第4 章では、水溶性の縮合剤である1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide hydrochloride)を用いてPIC 膜中にアミド結合を形成することで、生理条件下でも安定にサイズと構造を維持可能な架橋Nano-PICsome を調製することに成功している。さらにこの架橋Nano-PICsome は、従来のNano-PICsome とは異なり「耐凍結乾燥」「耐遠心濃縮安定性」を有していることをも明らかとしている。また、加える架橋剤の量でPIC 膜の透過性をコントロールできることが示されており、選択透過性を有するNano-PICsome という新しいベシクルキャリアの提案を行っている。

第5 章では、サイズの異なる架橋Nano-PICsome を調製し、担がんマウスの尾静脈より循環血液中に導入することによって、その血中滞留性および臓器分布を評価している。その結果、100~150 nm の架橋Nano-PICsome は、がん組織における血管壁が物質透過性の亢進を示すという性質(EPR 効果)に基づいて、がん局所への高い集積性を示すことを明らかとしている。一方、サイズを大きくした150~200 nm のNano-PICsome は、約20 時間という著しく長い血中半減期を達成出来ることが示されている。この値は、これまで報告されている他の中空粒子型キャリアと比較して、同等かもしくはそれ以上であり、今後、生体内長期循環型デリバリーキャリアとして応用展開される可能性が示唆されている。

第6 章では、2~5 章で検討した内容を簡潔にまとめるとともに、Nano-PICsomeの医療分野への応用、今後の展望について議論することで本論文を閉じている。

以上のように本学位請求論文は、Nano-PICsome の調製を出発点として、その物性制御、動的挙動発現メカニズムの解明、PIC 膜修飾による安定性の賦与等を通し、得られた特性を活かしてサイズの異なるNano-PICsome による体内動態の相違を明らかにすることで、Nano-PICsome がデリバリーキャリアとして用いる上で、大きなメリットを有していることを見出し、さらにその構造特性の制御機構にまで踏み込んだ議論と構造設計指針が打ち出されている。このように本論文の内容は、サイズと構造が厳密に制御された中空粒子を設計する独創的な指針の提案や得られた成果の薬物送達システムとしての高い有用性から考えて、バイオマテリアルの分野において極めて秀逸であると判定される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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