学位論文要旨



No 125744
著者(漢字) 岡島,儀尚
著者(英字)
著者(カナ) オカジマ,ヨシナオ
標題(和) 電気化学プロセスのフェーズフィールドモデリング
標題(洋)
報告番号 125744
報告番号 甲25744
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7277号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 教授 渡邉,聡
 東京大学 教授 榎,学
 東京大学 教授 光田,好孝
内容要旨 要旨を表示する

電気化学プロセスにおける電析現象はメッキや電池等のさまざまな場面で観察され,その制御には電極/電解質界面での反応機構の理解が不可欠である.しかし,電気化学界面ではイオンの酸化還元反応と結晶成長反応が生じる複雑さのため,これを取り扱う数値解析手法は未だ確立されていない.近年では,凝固組織形成の数値解析手法として発展してきたフェーズフィールド法を電極/電解質界面を含む電気化学プロセスへ適用する試みも一部では始まっている.そこで本研究では,電気化学プロセスに適用可能なフェーズフィールド法を構築し,モデルの妥当性の検証とともに,モデルの電気化学プロセス解析への適用することを目的とした.具体的には,電気化学プロセスを記述するフェーズフィールドモデル支配方程式を導出し、平衡条件および界面電流条件の検討,凝固デンドライト成長と電析デンドライト成長の比較,モデルの応用例として金属硫化物系原子スイッチプロセスの解析により,構築したモデルの有効性を示した.

第1章は緒論であり,本研究の目的と関連研究分野における位置付けを示した.始めに,平衡論と速度論の観点から電気化学プロセスの反応機構について,次に,フェーズフィールドモデルとその応用範囲について説明し,凝固問題へ適用されたフェーズフィールド法の概説を述べた.さらに,現在までのフェーズフィールド法の電気化学プロセス適用例を紹介し,報告されたモデルは電極反応律速と拡散反応律速であるとしたモデルへ大別できること,前者のモデルでは数値的な求解の困難から1次元微小領域でしか計算できないこと,後者のモデルでは電極反応を無視していることから現状モデルは実用性に乏しいことを明らかにした.このような背景から,電極反応と拡散反応の両者を含んだ新たな電析・電解モデルを構築し,電析マクロ組織形成過程および電気化学特性の解析を通じて,モデルの適用性や解析の新規性を検討することの意義を明確にした.

第2章では,電気化学一般に適用可能な新たなフェーズフィールドモデルを導出した.具体的には,電気的エネルギーを考慮したGinzburg-Laundau自由エネルギー汎関数より,フェーズフィールド方程式,拡散方程式を導出した.電位ポテンシャルを決定するための支配方程式として,Poisson-Nernst-Planck方程式に従った電荷保存式を導出した.さらに,電気二重層効果を考慮するため,拡散係数およびフェーズフィールドモビリティへFrumkin補正を施した.導出した電気化学フェーズフィールドモデルを用い,平衡及び定常解析によるモデルの妥当性について検証した.1次元平衡状態では電解質濃度によって生じる電極電位補正量(エントロピー効果による電位補正量)はNernst式と一致することを確認した.さらに2次元平衡状態での電極電位は電極-電解質界面形状によって過電圧を生じさせることを示した.この過電圧は電極-電解質界面の曲率に依存し,曲率の増加につれ過電圧は増加した.界面エネルギー異方性を考慮した場合にも,曲率効果による過電圧と曲率半径の関係はGibbs-Thomson式に従うことを示した.次に,電圧を印加した1次元定常状態での電析,電解反応について解析した.界面での反応量は過電圧の正,負によって電解,電析反応をそれぞれ示し,その反応速度はButler-Volmer式と一致することを確認した.さらに,電位ポテンシャルによる2次元電析形状への影響を調べるため,Laplace方程式とPoisson方程式それぞれの電荷保存式を用いた場合の結果を比較した.正弦波状摂動を与えた場合の安定臨界波長は,前者を用いた場合のほうが小さくなった.また,定常成長中での電析デンドライト先端曲率半径も小さい値をとった.さらに,Butler-Volmer式の対称性パラメータは臨界波長,先端曲率半径にほとんど影響せず,それぞれの解析で得られた臨界波長と曲率半径は成長速度の平方根に反比例した.以上の検討より,本モデルは各種支配式を満たし,電析,電解反応プロセスを定量的に扱うことが可能であることを示した.

第3章では,電析プロセスのマクロ組織形成を解析することを目的とし,導出した電気化学フェーズフィールドモデルを用いてCuSO4水溶液系からの銅電析プロセスとその析出形態について解析した.はじめに,1次元系での印可電圧と電解質濃度による電析成長速度の依存性について解析した.電析成長速度は銅イオンの拡散と電位勾配による移動により決定され,安定界面成長のためには電解質濃度が低いほど大きな電圧が必要であることを示した.次に,2次元の解析では,高印加電圧あるいは高電解質濃度であるほど電析の成長速度は速く,その先端は肥大化することが分かった.さらに,印可電圧と電解質濃度をパラメータとした電析形態の状態図を作成した.高印加電圧時では太い枝分岐が,一方,低印可電圧時では細く密な枝分岐が観察された.枝の分岐形状は銅イオン濃度が低いほど,より複雑になり,局所的に溶解した副枝分岐が観察された.本モデルにより電析中の析出と溶解を表わすことができ,電析形態を決定する主要因子の手掛かりとなる.

第4章では,平衡電極電位及び界面エネルギー異方性による電析デンドライト形状への影響について解析した.電析デンドライトは複雑な幾何学形状を持つため,従来の数値解析手法では成長先端形状への影響が十分に考察されていなかった.そこで,デンドライト先端の安定性を検討するため,電極-電解質界面の摂動安定性解析を行った.その結果,平衡電極電位,異方性強さに応じて求めた臨界波長の値は界面成長速度の平方根に反比例することを示した.次に,定常状態での電析デンドライト界面の先端曲率半径は異方性強さが大きいほど小さくなり,平衡電極電位が高くなるほど大きくなった.また,それぞれの条件で得られた曲率半径は成長速度の平方根に反比例した.以上より,安定性解析で得られた臨界波長と,定常解析で得られたデンドライト先端の曲率半径は線形関係を持ち,電析デンドライト成長は中立安定性基準を満たし,電析デンドライトと凝固デンドライトの界面安定性には共通性を見出し得ることを示した.

第5章では,金属硫化物系における原子スイッチプロセスのシミュレーションモデルを構築し,電圧印加によるAg2S,Cu2S系それぞれのAg,Cu金属架橋の析出と固溶プロセスについて解析した.Ag2S系ではPt電極へ負の印加電圧を与えることにより,Ag2S/真空中表面から析出するAg柱成長を再現し,Ag/Ag2S界面での酸化還元反応を引き起こすために必要となる過剰エネルギーを考慮することで,Ag柱を生成するための閾値電圧が求められた.この値は,過電圧20 mVとした場合,成長速度と印加電圧の関係からおよそ- 0.14 Vと見積もられた.Cu2S系でも同様に,多結晶中のボイド内で生じる金属架橋の生成,消滅プロセスを再現した.この系での架橋の生成は,イオンブロックとして働くPt電極側から始まることを示した.逆バイアスを印加した場合,架橋の消滅を示し,Cu活量が希薄となるPt電極側から溶解した.これら一連の挙動はこれまでに提案されているものと一致した.さらに,電圧の掃引および極性を選ぶことによって,Ag/Ag2S,Cu/Cu2Sそれぞれの系の電流値はスイッチング特性を持つことを確認した.それぞれのI-V特性は,Ag/Ag2S 系では電圧の極性に依存せず対称性を持つスイッチング挙動を示したのに対し,Cu/Cu2S系では電圧の極性で非対称となった.これは,金属硫化物内の電気伝導機構に起因し,ホール伝導である後者の系ではON直前とOFF直後で電気伝導度が1桁近く異なることがわかった.

第6章では本論文の総括を述べた.

以上,本研究では電気化学プロセス諸問題に対してフェーズフィールド法の新たなモデルを構築し,モデル妥当性の検討とともにいくつかの電気化学プロセスにおける組織形成過程の解析を行い,これがこれまでの電気化学的知見と矛盾しない定量性と新規性の高い手法であることを示した.

審査要旨 要旨を表示する

電析現象はメッキや電池等の場面で観察され,その制御には電極/電解質界面での反応機構の理解が不可欠である.しかし,電気化学界面ではイオンの酸化還元反応と結晶成長反応が生じるため,これを取り扱う数値解析手法は確立されていない.本研究は,電気化学プロセスに適用可能なフェーズフィールド法を構築し,その妥当性を検証するとともに,電気化学プロセス解析への適用を行ったもので,6章よりなる.

第1章は緒論であり,本研究の目的と位置付けを述べている.ここでは,これまでの電気化学プロセスへのフェーズフィールド法アプローチを紹介し,それらの実用性が乏しいことを示し,電極反応と拡散反応を含む新たなモデルの構築,電析マクロ組織形成過程および電気化学特性の解析を通じて,モデルの適用性や解析の新規性を検討することの意義を明確にしている.

第2章では,電気化学に適用可能なフェーズフィールドモデルを導出した結果について述べている.具体的には, Ginzburg-Laundau自由エネルギー汎関数の変分よりフェーズフィールド方程式および拡散方程式を,電位ポテンシャルを決定するためにPoisson-Nernst-Planck方程式に従った電荷保存式を導出し,酸化還元反応を組み入れるためにフェーズフィールド易動度中の拡散係数にFrumkin補正を施すモデルを提案している.そして,導出したモデル妥当性の検証のため,平衡および定常解析を行っている.1次元平衡解析では電解質イオン濃度によって生じる電極電位差はNernst式と一致すること,2次元平衡解析では界面形状過電圧は界面エネルギー異方性を考慮した場合にも曲率半径の逆数に比例し,Gibbs-Thomson式を満足することを示した.また,1次元定常状態の電析・電解反応解析により,界面反応速度がButler-Volmer式と一致することを示した.さらに,2次元電析形状への影響を検討し,対称性パラメータの値にかかわらず摂動界面の安定臨界波長は成長速度の平方根に反比例すること,また,定常成長中での電析デンドライト先端曲率半径は安定臨界波長と比例関係にあることを示した.これらの検討より,導出モデルにより電析・電解反応プロセスを定量的に扱うことが可能であることを示している.

第3章では,電析プロセスのマクロ組織形成の理解を目的とし,電気化学フェーズフィールドモデルによりCuSO4水溶液系からの銅電析プロセスと析出形態について解析した結果を述べている.はじめに,1次元における印可電圧と電解質濃度による電析成長速度の依存性を検討し,安定界面成長のためには電解質濃度が低いほど大きな電圧が必要であることを示した.次に,2次元解析では印可電圧と電解質濃度の変化による電析形態の変化を検討し,高印加電圧時では太い枝分岐が,低印可電圧時では細く密な枝分岐が観察されること,枝の分岐形状は銅イオン濃度が低いほどより複雑になり,局所的に溶解した副枝分岐が観察されることを示した.

第4章では,平衡電極電位及び界面エネルギー異方性による電析デンドライト形状への影響について解析した結果を述べている.ここではまず,電極-電解質界面の摂動安定性解析を行い,平衡電極電位,異方性強さに応じて求めた安定臨界波長は界面成長速度の平方根に反比例することを示した.次に,定常状態における電析デンドライト先端曲率半径は異方性強さが大きいほど小さく,平衡電極電位が高いほど大きくなること,それらの先端曲率半径は成長速度の平方根に反比例することを示した.以上の結果より,安定臨界波長とデンドライト先端曲率半径は線形関係にあり,中立安定性基準を満たし,凝固デンドライトとの共通性を見出し得ることを示した.

第5章では,Ag2S系およびCu2S系原子スイッチの数値モデルを構築し,電圧印加による金属架橋の析出と固溶の過程を解析した結果について述べている.まず,Ag2S系では電圧印加によるAg2S表面からAg柱の析出を霜柱成長を模したモデルにより再現した.Ag/Ag2S界面での酸化還元反応に必要な過電圧を20 mVとし,Ag柱生成の閾値電圧を約- 0.14 Vと評価した.Cu2S系でおいても,金属架橋は結晶粒界などの微小開口部で生じるとして,そのプロセスを再現した.この系で架橋はPt電極側から生成し,逆バイアス印加の場合にはPt電極側から溶解することを示した.さらに,電圧の掃引により各系のスイッチング特性を解析し,Ag/Ag2S 系では対称性なスイッチング挙動を,Cu/Cu2S系では非対称なスイッチング挙動を示すことを示した.

第6章では本論文の総括を述べている.

以上,本研究は電気化学プロセスに対するフェーズフィールドモデルを構築し,その妥当性を検討するとともに、電気化学プロセスにおける組織形成過程の解析によりその有用性を示したもので,マテリアル工学の進展に寄与するところ大である.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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