学位論文要旨



No 125745
著者(漢字) 桶葭,興資
著者(英字)
著者(カナ) オケヨシ,コウスケ
標題(和) 電子伝達回路を内包した人工光合成ゲルの設計
標題(洋) Design of Artificial Photosynthetic Gels Involving an Electronic Transmission Circuit
報告番号 125745
報告番号 甲25745
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7278号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 吉田,亮
 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 准教授 山崎,裕一
 東京大学 准教授 高井,まどか
内容要旨 要旨を表示する

生体高分子は、水との協同的な秩序を形成することで拡散による無秩序化を抑制し、高次機能を発現させている。生命体は一つの自律分散協調系として捉えることができ、バイオミメティック的手法から種々の機能性ゲルの創製に関する研究が行われている。生体内物質を組織化させ化学物質の伝達機能を果たす代表例として光合成を行う葉緑体があげられ、これまで種々の光エネルギー変換システムが溶液系で考案されている。特に水の完全光分解により水素を生成し、次世代エネルギーとして利用する試みが世界的に展開されている。分子論的観点やシステム論的観点から試みられているが、全システム化および効率化の実現は困難とされている。これに対し、光合成を行う葉緑体は、高度に階層化された電子伝達組織を持つことで高次なエネルギー変換を達成している。したがって、人工光合成の実現には、階層的に形成された構造を考慮する必要がある。本研究では、ゲルを用いて可視光誘起による電子伝達回路を持つ三次元網目構造を構築し、可視光照射により水から水素と酸素を発生する人工光合成ゲル「人工葉緑体」の実現を目指す。外界との情報・物質の授受に開放的なマテリアルを光エネルギー変換回路に導入することで、網目構造による協同的な電子伝達、すなわち円滑な多電子酸化還元反応の達成が期待できる。ゲルを用いることで、(1) 三次元的な分子配置、(2) 反応への網目の動的な関与、(3) 外部刺激による網目構造の制御が可能となる。高分子の網目構造を利用して、変換回路の構成要素間における静電相互作用を制御し、電子伝達が円滑に進行するように機能分子が近接した構造を設計した。システムの構築にあたり、光エネルギー変換システムに必要な4つの構成要素(酸素発生触媒/光増感剤/電子伝達剤/水素発生触媒)を逐次ゲル内部に導入して可視光照射実験を行い、水素発生側と酸素発生側の触媒能をそれぞれ検証した。

本論文の内容を以下、章ごとに要約する。

第1章では、緒言として本研究の背景と目的について述べた。本研究の背景となる人工光合成、および機能性ゲルに関する先行研究例を紹介するとともに、バイオミメティックな観点からのマテリアル設計戦略と、人工光合成システムにゲルを用いる利点を述べた。さらに、次章以降におけるシステムの構築にあたって、全システム化に向けたゲルの構造設計とそのメカニズムについて述べた。

第2章では、可視光誘起による水素発生ゲルシステムの構築について述べた。反応回路に必要な構成要素をゲルの内部に導入し、その内部の構造設計を行った。(EDTA/Ru(bpy)32+/Viologen/Pt)系の反応回路を用いた可視光照射実験において、溶液システムより、Ptナノ粒子やRu(bpy)32+がゲル内部に固定化されたゲルシステムの方が効率的に水素を生成した。ここで、高分子網目によるPtナノ粒子の安定分散効果と、ゲル内部での静電相互作用による近接設計について議論した。また、電子伝達部位(Viologen)も網目に組み込んだゲルシステムにおいて、水素生成までの電子伝達能を検証し、高分子鎖のコンフォメーション変化を駆動力とした電子伝達メカニズムを提唱した。

第3章では、水素発生ゲルシステムにおける光反応の温度制御について述べた。本章では、外界からのエネルギー授受に着目し、温度と光がシステムに与える影響を議論した。まず、主鎖網目に温度応答性の高分子N-isopropylacrylamide (PNIPAAm)を用いることで、 温度の違いにより網目が反応に及ぼす効果を検証した。様々な温度において可視光照射実験を行ったところ、温度上昇に伴って水素生成速度は増加しアレニウス挙動に従った。しかし、相転移温度を超えると、水素生成速度は大きく減少した。これは、温度応答性の主鎖網目による収縮挙動が引き起こす現象: (1) ゲルの収縮に伴った光の散乱、(2) ゲル外部への溶液排出、(3) 収縮した高分子鎖による電子伝達の阻害、が大きな要因と考えられる。このゲルシステムに対して、相転移温度前後の温度に交互に切り替えてON-OFF制御を試みた。低温で可視光を照射した際は、光反応が生起し水素が生成し、これを高温に切り替えたものは、水素が生成しなかった。この温度切替を繰り返しても可逆的な水素生成がおこり、高分子網目中の機能団が電子伝達に有効な構造を維持した。また、可視光照射から水素を生成するゲルシステムの変換効率は約13%と高い値であった。

第4章では、サブミクロンサイズのゲル微粒子を用いて水素発生ナノシステムを構築について述べた。本章では、階層的なゲルシステムの構築に向けて、自己組織化による高次構造形成が可能なサブミクロンサイズのゲル微粒子を用い、新たな組織構造形成のプロセスを提唱した。このサイズのゲルを用いることにより、構成要素のナノスケールでの組織化が可能であることと、高い透過率を維持することの利点が両立する。まず、正に帯電した粒径数百nm程度のゲル微粒子の高分子網目が拡がった状態で、負に帯電したPtナノ粒子を静電相互作用により組織化させた。次に、塩の添加と温度上昇によって高分子網目を収縮させ、ゲル内部でPtナノ粒子とRu(bpy)32+が近接する構造を持たせた。ミクロンサイズのゲル微粒子の透過率と水素生成速度を比較して、サブミクロンサイズのゲル微粒子の有用性について議論した。

第5章では、可視光誘起による酸素発生ゲルシステムの構築について述べた。構造形成の過程において、機能性分子の静電相互作用と高分子鎖の立体反発効果を利用した。ゲル内の酸素発生触媒能の検討において、(RuO2 / Ru(bpy)32+ / [Co(NH3)5Cl] 2+)系の反応回路を用い、ゲル内部に構築された各機能団の連携を議論した。可視光照射実験に先立ち、システムを構成するRuO2ナノ粒子とRu(bpy)32+部位の分散状態について検証したところ、(SDS-RuO2 colloidal solution/poly(NIPAAm-co-Ru(bpy)3))の系で、安定分散性を示した。ここで、ナノ粒子のアニオン性表面とカチオン性分子Ru(bpy)32+の静電相互作用による効果と、この接近に伴う高分子鎖の凝集抑制効果について議論した。同種の機能団を高分子鎖の立体反発効果により凝集を抑制すると同時に、異種の機能団を静電相互作用により近接した構造とすることで、電子伝達が効果的になることを述べた。RuO2ナノ粒子を内包したpoly(NIPAAm-co-Ru(bpy)3)-grafted PNIPAAm gelに対する可視光照射実験において、酸素が持続的に生成した。ナノ粒子と高分子鎖の複合体が安定に分散することで、円滑な電子伝達回路を内包した酸素発生ゲルシステムが構築された。

第6章は、本研究の総括とした。電子伝達回路を内包したゲルが、分子構造設計、および外界からのエネルギー授受に優れており、ゲルを人工光合成システムに導入する有用性についてまとめた。また、この新規なバイオミメティックゲルの今後の展望と波及効果について述べた。

以上のように、人工光合成システムの構築にゲルが有用であることが明らかにされたと同時に、本論文における人工光合成ゲルの設計によって、新規なバイオミメティックマテリアル創製の指針が打ち出された。本研究は、人工光合成に関する研究分野をはじめ、光化学分野、機能性材料分野へ大きな波及効果をもたらすと期待される。また、地球環境問題が大きくなっている今日、エネルギー問題を解決するマテリアル創出に本研究は大きく貢献するものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

生体内物質を組織化させ化学物質の伝達機能を果たす代表例として光合成を行う葉緑体があげられ、これまで種々の光エネルギー変換システムが考案されている。特に水の完全光分解により水素を生成し、次世代エネルギーとして利用する試みが世界的に展開されている。分子論的観点やシステム論的観点から試みられているが、全システム化および効率化の実現は困難とされている。これに対し、光合成を行う葉緑体は、高度に階層化された電子伝達組織を持つことで高次なエネルギー変換を達成している。したがって、人工光合成の実現には、階層的に形成された構造を考慮する必要がある。本論文では、ゲルを用いて可視光誘起による電子伝達回路を持つ三次元網目構造を構築し、可視光照射により水から水素と酸素を発生する人工光合成ゲル(人工葉緑体)の実現を目指している。高分子の網目構造を利用して、光エネルギー変換回路の構成要素間における静電相互作用を制御し、電子伝達が円滑に進行するように機能分子が近接した構造が設計されている。光エネルギー変換システムに必要な4つの構成要素(酸素発生触媒:RuO2/光増感剤:Ru(bpy)32+/電子伝達剤:Viologen/水素発生触媒:Ptナノ粒子)を逐次ゲル内部に導入して可視光照射実験を行い、水素発生ゲルシステムと酸素発生ゲルシステムが構築されている。本論文は、以下の6章から成る。

第1章では、本研究の背景と目的について述べている。背景となる人工光合成、および機能性ゲルに関する先行研究を紹介するとともに、バイオミメティックな観点からのマテリアル設計戦略と、人工光合成システムにゲルを用いる利点について述べている。さらに、全システム化に向けたゲルの構造設計とその高分子が反応回路に寄与するメカニズムについてまとめている。

第2章では、可視光誘起による水素発生ゲルシステムの構築について述べている。反応回路に必要な構成要素(Ru(bpy)32+/Viologen/Pt)をゲル内部に導入し、その内部構造の設計を行っている。まず、構成要素がゲル内部に固定化されたゲルシステムの方が溶液システムより効率的に水素を生成したことを示している。この効率化の要因として、ゲル内部における構成要素が近接された構造であることと、高分子網目による安定分散効果が働くことが議論されている。また、電子伝達部位も網目に組み込んだゲルシステムにおいて、水素生成までの電子伝達能を検証し、高分子鎖のコンフォメーション変化を駆動力とした電子伝達メカニズムが提唱されている。

第3章では、水素発生ゲルシステムにおける光反応の温度制御について述べている。本章では、外界からのエネルギー授受に着目され、温度と光がシステムに与える影響が議論されている。まず、主鎖網目に低温で水溶性となる温度応答性の高分子poly(N-isopropylacrylamide) (PNIPAAm)を用いることで、 温度の違いにより網目が光反応に及ぼす効果を検証している。低温域で可視光を照射した際は、光反応が生起して水素が生成し、高温域では、水素が生成しなかったことを確認し、速度論的解釈がなされている。さらに、このゲルシステムにおいて、温度切り替えによる光反応のON-OFF制御を実現している。また、可視光照射から水素を生成するゲルシステムの変換効率(約13%)を導出している。

第4章では、ナノゲル微粒子を用いて水素発生ナノシステムを構築について述べている。本章では、階層的なゲルシステムの構築に向けて、自己組織化による高次構造形成が可能なナノゲル微粒子を用い、新たな組織構造形成のプロセスを提唱している。Poly(NIPAAm-co-Ru(bpy)3) nanogelの高分子網目が拡がった状態で、Ptナノ粒子を静電相互作用によりゲル内部に導入し、Ru(bpy)32+とPtが近接する構造を持たせて、効率的な水素発生ナノゲルシステムを実現している。

第5章では、可視光誘起による酸素発生ゲルシステムの構築について述べている。システムを構成する各機能団(RuO2/Ru(bpy)32+)を円滑に連携させるため、アニオン性界面活性剤で分散されたRuO2ナノ粒子とpoly(NIPAAm-co-Ru(bpy)3) macromonomerによって複合体を作製している。まず、ナノ粒子のアニオン性表面とカチオン性分子である光増感部位の静電相互作用による効果と、高分子鎖の凝集抑制効果について議論しており、安定分散化された複合体の構造評価がなされている。この複合体を固定化したゲルにおいて可視光照射による酸素発生を確認し、円滑な電子伝達回路を内包した酸素発生ゲルシステムの構築を実現している。

第6章は、本研究の総括であり、本論文全体の内容をまとめるとともに、人工光合成システムにゲルを導入する有用性についてまとめられている。

以上のように本学位請求論文において、人工光合成システムの構築にゲルが有用であることが明らかにされたと同時に、人工光合成ゲルの設計によってバイオミメティックマテリアル創製の新たな指針が打ち出されている。これにより人工光合成に関する研究分野をはじめ、光化学分野、機能性材料分野へ大きな波及効果をもたらすと期待される。また、地球環境問題が大きくなっている今日、エネルギー問題を解決するマテリアル創出に大きく貢献するものと期待される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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