学位論文要旨



No 125750
著者(漢字) 石井,悠衣
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,ユイ
標題(和) 化学組成と局所結晶構造を制御したRE123バルク材料の超伝導特性
標題(洋) Superconducting Properties of RE123 Bulk Material Tuned in Chemical Composition and Local Crystal Structure
報告番号 125750
報告番号 甲25750
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7283号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 大崎,博之
 東京大学 准教授 下山,淳一
 東京大学 准教授 野口,祐二
 東京大学 教授 前田,京剛
 物質・材料研究機構 主任研究官 熊倉,浩明
内容要旨 要旨を表示する

種結晶からのエピタキシャル成長によって作製されるRE123バルク超伝導体 (RE = 希土類元素) は、捕捉磁場を利用した強磁場発生用途においてその産業応用が進められてきた材料である。本材料による強磁場発生の最大のメリットは、従来の超伝導磁石では到達困難であった小空間での磁場発生が可能な点であり、この新しい強磁場環境を利用して小型NMR、廃水処理、薬剤の磁気搬送など様々な新技術が考案されてきた。ところが、これらの産業への発展を阻んできたのが、捕捉磁場強度の低さであった。この現状に対する背景は次のようである。

捕捉磁場強度の決定因子の一つは臨界電流密度(Jc)であり、これは粒間を流れる電流と粒内を流れる電流の二種類に大別される。既に二軸配向技術の開発により、結晶粒間を流れる超伝導電流密度が低下する問題は大きく改善されてきた。現在の開発の焦点は、粒内における臨界電流密度の改善となっており、特に磁場下で有効な量子化磁束のピニングセンターの導入検討がなされてきた。こうした材料開発においては、材料の組織制御に主眼が置かれてきている。しかしながらRE123をはじめとする銅酸化物超伝導体は、金属系超伝導体に比べ本質的にTcが低い特徴があることから、結晶中における化学組成のわずかな変化も有効なピニングセンターとなると考えられ、この化学組成の制御が77 KにおけるRE123バルク材料の高捕捉磁場特性化においては重要であると考えられる。一方で冷凍技術の発達により、液体窒素温度 (77 K) より低温での本材料の利用も期待される応用分野の一つとなっている。しかしながら77 KなどTc付近に比べて、低温での臨界電流密度特性の評価はあまり進んでいない。それにもかかわらず、こうした低温応用においては、77 Kにおける臨界電流特性に基づき材料選択される場合が多い。

本研究では、広範な利用を促すRE123バルク材料の設計指針を見出すことを最終目標とし、その化学組成がRE123バルクの臨界電流特性に与える影響を明らかにすること、そしてRE123におけるJcの温度依存性の決定因子を解明することを目的とした。

本論文は以下に述べる全6章から構成される。

第1章では最初に超伝導体の熱力学的性質と電磁的性質についての一般的な理論を述べ、それらの適用範囲を明らかにする。続いて研究の動機に至った経緯について、臨界電流密度の決定因子とRE123バルク材料の開発状況をそれぞれまとめ、問題点を指摘する。それに対する本研究のアプローチを明らかにし、研究の目的を記す。

第2章では、RE123が有す多彩な化学組成が結晶構造と超伝導特性に与える影響について、これまで蓄積されてきた知見をまとめた上で、RE123の臨界電流特性に対するこれまでの化学的アプローチがCuO2面内での局所化学組成変化に限定されていたことを指摘する。一方で、銅酸化物超伝導体の中でRE123は例外的に、ブロック層においても超伝導電子が存在している点を取り挙げる。このことを踏まえて本章では、特にブロック層の構成要素の一つであるCuO鎖に注目し、CuO鎖面内での局所化学組成変化がRE123の臨界電流密度特性に与える影響について系統的に調べた結果を述べる。具体的にはCuO鎖のCuサイトをドープ可能であるFe, Co, Gaといった不純物元素に注目し、それらを希薄ドープした際の超伝導特性の変化を調べた。それらの結果から、イオン半径の異なる元素の希薄ドープによって生じる局所的な格子歪みに由来し、それらの不純物元素が従来超伝導特性を大きく決定づけると考えられてきたCuO2面以外にあっても強力なピニングセンターとなり得ることが、本研究により初めて明らかにされた。また本手法が、RE123の特徴である高いTcを本質的に損なうことのない手法であることを示すことができた。

第3章ではまず、RE123バルク材料の捕捉磁場強度を決定づける臨界電流密度が、わずかな化学組成の変化によって大きく影響を受けている可能性があることを指摘する。このことに対し、本章においては化学組成の変化がRE123の臨界電流密度に与える影響を明らかにすることを目的としている。具体的には、Dy123が有すDy過剰量および不純物量の変化がDy123バルクの臨界電流特性に与える影響を系統的に調べた。その結果、Dy過剰領域周囲への不純物イオンの、固体化学的に決まる配置のしやすさが、Dy123の磁場中Jcの決定因子となっていることが明らかになった。さらに、互いに隣接しやすい不純物元素の共ドープによって鋭いピニングポテンシャルを化学的に設計可能であることを実証し、局所的な結晶構造の乱れと局所電荷密度の考慮、それに対する適切な不純物元素の選択が、より強いピニングセンターの設計指針となることを明らかにした。

第4章では、ピニング機構の本質にかかわる臨界電流密度の温度依存性について述べる。幅広い温度での利用が見込まれる本RE123バルク材料においては、臨界電流密度の温度依存性の支配因子を明らかにする必要性があることが指摘される。そこで本章においては、支配的なピニングセンターの異なるRE123単結晶を用い、それらの臨界電流密度の温度依存性を詳細に比較した。従来からJcの温度依存性に対して、凝縮エネルギーの温度依存性と磁束クリープが支配的であると考えられてきたが、酸素欠損およびドープした不純物イオンとRE過剰領域がそれぞれ支配的ピニングセンターとなっているRE123単結晶のピニング特性においては、それらだけでは説明困難な相違点があることが明らかになった。すなわち、Tc付近で有効なピニングセンターとして働くRE過剰領域が必ずしも低温において有効とは限らないという事実を見出した。

第5章においては、ドープした不純物イオンとRE過剰領域が異なるJcの温度依存性を示したことについて、Jcの温度依存性を変化させる機構を解明することを目的とした。結晶格子の局所的な歪みがほとんど体積を持たない点欠陥とみなされることから、等方的な超伝導体における点欠陥に対する研究例について、本系に対する適用の可否を検討する。それを踏まえ、二次元的な欠陥についての従来理論を三次元的な点欠陥に拡張することによって、異方性の強い系においても広く適用可能な手法を提案する。それに基づいたピニング力の温度依存性の解析から、コヒーレンス長より小さなピニングセンターが、コヒーレンス長より十分に大きいピニングセンターに比べて強い温度依存性を示すことが示され、これは前章で得られた事実と整合するものであった。すなわち、高温では主にRE過剰領域とともに有効な磁束のピニングセンターである不純物イオンの、低温においてピニング効果が強められるという特徴が、温度の低下に伴うコヒーレンス長の短縮に起因していることが明らかになった。

第6章では、以上の研究結果により得られた知見をまとめ、RE123バルク材料設計に対する提言ならびに他の材料に対する本研究の意義について述べる。本研究により、高捕捉磁場特性を示すRE123バルクを設計するためには、現在主流となりつつある固溶の起こりやすい中軽希土類123ではなく、固溶の起こりにくい重希土類123へ開発の指針を再転換することが必要であり、広い温度範囲で強いピニング力を示すピニングセンターを局所化学組成の制御によって設計することが、RE123の有す高いポテンシャルを最大限に引き出すための鍵であることが明らかになった。これらの不純物イオンは原理的にc軸方向へ流れるJcに対しても改善可能であるため、現在柱状欠陥の導入に主眼が置かれているRE123薄膜導体においても不純物ドープへ開発の指針をシフトしていくことが重要と考えられる。また本研究により得られた知見は、低温応用に大きなシェアのあるBi2212丸線導体に対しても、点欠陥の示す強いJcの温度依存性を利用することによって飛躍的な超伝導特性や通電特性の向上が可能であることを意味している。

本研究で得られた全ての知見は、RE123のみならず、コヒーレンス長の本質的に短い銅酸化物全般や最近発見された鉄系超伝導体などにも共通するものであると思われ、これら異方的な超伝導体の磁束ピニング機構の発展や材料設計への有用な知見として今後活用されていくことを期待している。

審査要旨 要旨を表示する

本学位論文は、「Superconducting Properties of RE123 Bulk Material Tuned in Chemical Composition and Local Crystal Structure(化学組成と局所結晶構造を制御したRE123バルク材料の超伝導特性)」と題して、精密な化学組成の制御による局所結晶構造の変化がRE(希土類)Ba2Cu3O7-δ 系超伝導材料の磁束ピニング特性に与える影響とその機構について詳細に述べたものであり、全6章で構成されている。

第1章では、研究内容を論じる上で必要となる超伝導の基本的性質や熱力学的性質、電磁的性質の解析方法についてまとめた後、論文でのキーワードとなる磁束ピニング現象について解説している。さらに、希土類RE123バルク材料開発の意義と課題について現状を総括し、研究の動機付けを行なっている。

第2章では、本材料に対する異種元素の化学ドーピングが、超伝導面(銅酸素面)における銅サイトに限定されている現状に対し、高い臨界温度を損なうことなく他の結晶サイトへのドーピングが本質的に優れることを明らかにしている。これまで酸化物超伝導体への元素置換は基礎物理的な興味でのみ行われており、臨界温度、臨界電流特性を低下させるものと一般的に認識されてきたが、本研究によって、置換量が希薄で超伝導コヒーレンス長よりも十分に遠い間隔で置換元素が分布する場合には、臨界温度の低下なく、局所的な結晶格子の歪みによって磁場下での臨界電流特性が著しく改善すること、この効果が銅酸素面以外の結晶サイトへのドーピングにおいても有効であることが明白となった。

さらに第3章では、RE123材料の捕捉磁場強度を決定づける臨界電流密度が、わずかな化学組成の変化によっても大きく影響を受ける可能性があることから、化学組成の変化による材料の臨界電流密度の変化を明らかにする必要性を指摘している。そのうえで、本バルク材料の化学組成が臨界電流特性に与える影響について、実験結果に基づき、これを普遍的に理解する方法について検討している。本章においては、鋭いピニングポテンシャルの形成を化学的に設計可能であることを実証し、結晶内の固体化学的に決まるイオン配置がこの物質の臨界電流密度に対する決定因子となっていることを明らかにしている。

第4章では、幅広い温度での利用が見込まれる本材料において、臨界電流密度Jcの温度依存性に対する支配因子を明らかにする必要性を指摘している。それに対し、酸素量を精密に制御したRE123単結晶を用い、本系におけるJcの温度依存性を詳細に比較している。これまで高温で強いピニングセンターはどの温度においても普遍的に強いと考えられてきたが、本論文で述べられている結果は、Tc付近で有効なピニングセンターが必ずしも低温でも有効であるとは限らないことを明確に示している。

第5章では、第4章で明らかになった事実について、希土類123のJcの温度依存性が支配的ピニングセンターによって異なる理由を詳細に議論している。 実効的な体積が非常に小さいと考えられる点欠陥による磁束ピニング現象について、その要素的ピニング力の温度依存性を導く方法を提案し、それに基づいて求められた要素的ピニング力の温度依存性の実験結果との対応を検討している。それらを通して、コヒーレンス長の温度変化が主要因となり、点欠陥的ピニングセンターの実効的な大きさの違いが大きく温度依存性の変化させる機構を明らかにしている。

第6章では、希土類123超伝導バルク材料に関しての本研究の成果を総括し、その次世代材料としての可能性に言及し、また本研究成果が他の超伝導材料へ与える波及効果について著している。

以上要約したように、本研究は、希土類RE123バルク超伝導材料の高捕捉磁場特性化を主願とし、本材料が持つ高いポテンシャルを最大限に引き出すための指針を固体化学的側面から打ち出したものとして高く評価することができ、高磁界発生磁石など広い工学応用分野への発展さらには磁束ピニング理論の基礎的な発展に寄与するところが大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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