学位論文要旨



No 125752
著者(漢字) 齊藤,陽介
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ヨウスケ
標題(和) エネルギー貯蔵型色素増感太陽電池に関する研究
標題(洋) Study on Energy-Storable Dye-Sensitized Solar Cells
報告番号 125752
報告番号 甲25752
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7285号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬川,浩司
 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 准教授 石井,和之
 東京大学 准教授 山口,和也
 東京大学 講師 但馬,敬介
 東京大学 客員教授 宮坂,力
内容要旨 要旨を表示する

太陽光発電の普及拡大は、低炭素社会の実現に向けて重要な課題であり、これを進めるためにその発電コストの低減が求められている。色素増感太陽電池(DSSC)は、色素吸着酸化チタン多孔膜を光電極とし、この電極と対極の間に電解液を満たした電気化学セルを用いた太陽電池であり、材料と製造プロセスの両面で低コスト化に有利な条件を備えている。一方、太陽光発電の普及拡大とともに危惧されるようになった逆潮流による系統への影響を抑えるには、蓄電設備との併用が必要となる。しかしながら、ともにコストの高い太陽電池と二次電池を組み合わせることは、その普及拡大には好ましくない。本研究では、DSSCが電気化学反応による発電機構を持つため,同じく電気化学反応を利用する二次電池との組み合わせが可能である点に注目した。具体的には,DSSCと二次電池を組み合わせた、蓄電機能を付与した太陽電池である「エネルギー貯蔵型色素増感太陽電池(ES-DSSC)」の実用化を見据えた研究を行った。本論文は,このES-DSSCの高性能化に向けた新たなセル構造や電荷蓄積電極の検討や光量依存性や出力安定性、大型化セルなどの特性評価を行った結果をまとめたもので,五つの章から構成される。

第一章では,本研究の背景とともにこれまでの蓄電可能な太陽電池の研究例をまとめた。1976年にHodesらは、太陽電池の出力を補助する方法として発電とともに蓄電が可能な三極式の光電気化学電池という新しい概念を提案したが、その後、2003年に瀬川らが,この考えをDSSCに適用し三極構成のES-DSSCを報告している。この電池は,DSSC部分の対極をメッシュ状にし,光アノード,対極,カチオン交換膜,電荷蓄積電極の順に組み合わせた構造から成り,電子は電荷蓄積電極,ホールは電解液中のヨウ素レドックスに貯められる。ES-DSSCは,太陽電池と蓄電池が一体となることで低コスト化や小型化が期待できるため,出力変動を抑制するだけでなく,新たな用途を開拓できる可能性がある。しかしながら,初期の研究ではあくまでも動作の検証に留まり,十分な性能や耐久性を達成するには至らなかった。そこで本研究では,ES-DSSCの実用化検討に向けて,セル構造や電荷蓄積電極について検討を行い,高性能化を目指したことを述べている。また、これまで研究されてこなかったES-DSSCの光量依存性や出力安定性の評価や大型化セルの作製と特性評価を行い,本電池の実用化への知見を得ることを目的としたことを述べている。

第二章では,導電性高分子のポリピロールを用いたES-DSSCの高性能化を目指し,主にセル構造について検討し,数種類のセル構造を提案した。これまでの構造の隔膜のカチオン交換膜が充電・放電反応において大きな抵抗になっていたことがわかり,その低抵抗化に向けてカチオン交換膜の薄膜化の検討を行った。また,ポリピロール膜の電気化学特性について検討し,膜厚の増大によるイオン拡散抵抗の増大,構造緩和現象の発生とポリピロール膜の不均一性の増大が,容量密度の減少や抵抗の増大を引き起こしていることを述べた。これを解決するために電極基板の検討を行い,メッシュ基材を用いてポリピロール膜を薄膜化し,セル構成を変えることで大幅な蓄電容量の増大に成功した。また,くし型基板を用いて,通常のDSSCと同等な構造でありながら,蓄電が可能な新しいセル構造を提案した。さらにホール貯蔵容量の増大に向けて,ホール貯蔵電極が導入された太陽電池と二次電池のセパレート構造を開発し,ホール貯蔵材料としてポリアニリンが上手く機能することを見出し,さらにこの構造が高出力化の点で優れていることを明らかにした。最後に本研究で提案したセル構造の特徴をまとめ,それらの特性に応じた応用領域について考察した。

第三章では,ES-DSSCの電圧の向上とエネルギー密度の向上を目指して, ポリピロールよりも負の酸化還元電位を持つ酸化タングステンについて着目し,これを用いたセルの特性を検討した。その結果,酸化タングステン電極を用いたES-DSSCは,ポリピロールを用いたセルよりも高い電圧を示すことを見出した。これにより,酸化タングステンのように酸化チタンの伝導帯下端からわずかに正の電位で酸化還元する材料は,高いエネルギーを貯蔵できることが示された。さらに,酸化タングステンの結晶構造に依存する電気化学特性について検討し,WO6八面体が隙間なく並んだ構造の単斜晶酸化タングステンよりも,酸素欠陥に起因する剪断面を持つ表面酸化膜や六角形のトンネル構造を持つ六方晶酸化タングステンのように欠陥や空間を持つ結晶構造の方が,高いエネルギー密度を示すことがわかった。これは,結晶構造内の空間がイオン挿入サイトとして機能し,ホストとイオンとの相互作用を弱め,イオン挿入による構造変化を抑えていると考えられる。したがって,更なる高エネルギー密度化に向けて,適切な欠陥や空間を持つ構造が材料設計を考える上で重要であることを述べている。

第四章では, ES-DSSCの実用化に向けて,これまで全く研究されてこなかった本セルの光量依存性や出力安定性などの特性評価や大型化についての検討を行った。実環境の様々な光量下におけるES-DSSCの特性を明らかにするために光量依存性について検討し,低光量の光照射下においても十分に光蓄電が行えることがわかった。また,実用サイズに近い大きさのセルの特性評価を目的に,発電面積30×30 mmの大型セルの作製を試みた。その結果,腕時計などの低消費電力の動力補助には十分に使用可能なセルの作製に成功した。更なる高出力機器への使用に向けて,内部抵抗を低減するために電解液やカチオン交換膜の検討,及び,集電線の導入が必要であることがわかった。

第五章では,以上,本研究で得られた成果について総括した。本研究は,ES-DSSCの構造や電荷蓄積電極について検討を行うことで大幅な性能向上を達成し,出力や長期耐久性などの課題はあるものの実用可能なレベルにまで性能を向上させることができた。ポリピロールを用いたES-DSSCの構造について検討を行い,高性能化や小型化に向けた新たなセル構造を提案し,本電池の応用分野や拡張性を広げる上で有益な成果が得られた。また,電荷蓄積電極として新たに酸化タングステンについて検討し,高性能化に向けて電荷蓄積材料の指針を立てる上で,酸化還元電位の良好なマッチングとイオン挿入サイトを有する構造が重要であることがわかった。さらに本研究で開発したES-DSSCについて,光量依存性や大型化について検討し,蓄電容量と出力の点で低消費電力機器へ実用可能なレベルにまでセルの完成度を向上させることに成功した。これらは,出力変動を抑制した太陽光発電の実現や太陽光発電の利用拡大に向けた有用な方法論の一つを示したものである。

審査要旨 要旨を表示する

太陽光発電の普及拡大は,低炭素社会の実現に向けて重要な課題であり,これを進めるために太陽電池コストの低減が求められている。色素増感太陽電池(DSSC)は,色素吸着酸化チタン多孔膜を用いた光電極と対極の間に電解液を満たした電気化学セルをあり,その安価な材料と簡便な製造工程から低コスト化に有利な条件を備えている。一方,太陽光発電の普及拡大とともに危惧されるようになった逆潮流による系統への影響を抑えるには,蓄電設備との併用が必要となる。しかしながら,コストの高い二次電池を,低コスト化が求められる太陽電池に組み合わせることは好ましくない。本研究は,DSSCが電気化学反応による発電機構を持つため,同じく電気化学反応を利用する二次電池との組み合わせが可能である点に注目し,DSSCと二次電池の組み合わせによる蓄電機能を付与した太陽電池である「エネルギー貯蔵型色素増感太陽電池(ES-DSSC)」について研究したものである。本論文は,このES-DSSCのセル構造や電荷蓄積電極の高性能化に加え,出力の光量依存性や安定性,大型セルやモジュールの作成などを行った結果をまとめたもので,五つの章から構成されている。

第一章では,本研究の背景と目的について述べている。ここでは,ES-DSSCの実用化検討に向けてセル構造や電荷蓄積電極について検討を行い,高性能化を目指していることを述べている。また,これまで研究されてこなかったES-DSSCの光量依存性や出力安定性の評価や大型化セルの作製と特性評価を行い,本電池の実用化への知見を得る目的を述べている。

第二章では,導電性高分子のポリピロールを用いたES-DSSCの高性能化を目指し,主にセル構造について検討し,数種類のセル構造を提案している。太陽電池部分と蓄電部分間のカチオン交換膜を薄膜化した構造を開発し,低抵抗化を実現している。また,ポリピロール膜の電気化学特性について検討し,メッシュ基材を用いてポリピロール膜を薄膜化し,セル構成を変えることで大幅な蓄電容量の増大に成功している。ホール貯蔵容量の増大に向けて,ホール貯蔵電極が導入された構造を開発し,高出力化の点で優れていることを明らかにしている。最後に本研究で提案したセル構造の特徴をまとめ,それらの特性に応じた応用領域について説明している。

第三章では,ES-DSSCの電圧の向上とエネルギー密度の向上を目指して, ポリピロールよりも負の酸化還元電位を持つ酸化タングステンについて着目し,これを用いたセルの特性を検討している。その結果,酸化タングステン電極を用いたES-DSSCは,ポリピロールを用いたセルよりも高い電圧を示すことを見出している。さらに,酸化タングステンの結晶構造に依存する電気化学特性について検討し,六角形のトンネル構造を持つ六方晶酸化タングステンを用いたセルが,高いエネルギー密度と出力を示すことを見出している。更なる高エネルギー密度化に向けて,適切な欠陥や空間を持つ構造が材料設計を考える上で重要であることを述べている。

第四章では, ES-DSSCの実用化に向けて,これまで全く研究されてこなかった本セルの光量依存性や出力安定性などの特性評価や大型化についての検討を行っている。ES-DSSCの光量依存性について検討し,低光量の光照射下においても十分に光蓄電が行えることを見出している。また,ES-DSSCの出力安定化機能を確認し,特にモジュール化した際においての有用性を示している。さらに,実用サイズに近い大きさのセルの特性評価を目的に,発電面積30×30 mmの大型セルの作製を試みている。その結果,腕時計などの低消費電力の動力補助には十分に使用可能なセルの作製に成功している。更なる高出力機器への使用に向けて,内部抵抗の低減が課題であることを述べている。

第五章では,本研究で得られた成果について総括している。

以上,本研究はES-DSSCの構造や電荷蓄積電極について検討を行うことで大幅な性能向上を達成している。さらに,さまざまな特性評価を通じて本セルの実用的な利点を明らかにし,低消費電力機器へ実用可能なレベルの大型セルの開発に成功している。本研究は,出力変動を抑制した太陽光発電の実現や太陽光発電の利用拡大に向けた有用な方法論の一つを示したものと言える。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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