学位論文要旨



No 125757
著者(漢字) 鈴木,康介
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,コウスケ
標題(和) 自己組織化球状錯体を利用した機能性ナノ空間の創製
標題(洋) Creation of Functional Nanospaces with Self-Assembled Coordination Spheres
報告番号 125757
報告番号 甲25757
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7290号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,誠
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 特任教授 松尾,豊
 東京大学 准教授 石井,和之
内容要旨 要旨を表示する

自然界に存在する球状タンパク質などのナノメートルスケールの中空構造体では、内部環境が巧みに制御されたナノ空間を利用することにより、高度な生体機能を実現している。人工系においても自己組織化の仕組みを用いることで、明確な構造を持つ中空構造体の構築が達成されており、ナノ空間を利用した分子認識や特異反応の開発、ガス吸着など様々な機能を実現できることから注目を集めている。しかし、数ナノメートル径の広い内部空間を有する中空構造体が構築されているにも関わらず、その広い空間サイズを有効に利用した例は極めて少ない。本研究では、24個の配位子と12個のPd(II)イオンからなるM12L24中空球状錯体を用いた新たなナノ空間の化学への展開を目指し、広い内部空間を活用した新規な物質包接場や反応場としての利用を目指した。

本論文は以下の9章から構成されている。

第1章では、本研究の背景、目的および概要を論じた。

第2章では、M12L24球状錯体の内部空間を利用するために、広いナノ空間を持つ球状錯体骨格の設計と、錯体内への官能基集積手法の開発を行った。内側に官能基を1つ導入した配位子を用いて、Pd(II)イオンと配位子を1:2の比率で混合して自己集合を行うことにより、内面に24官能基を有する直径4.6 nmのM12L24球状錯体の構築に成功した。配位子に導入する官能基を変えることにより、錯体内部に様々な環境を創出できることを見出した。また、配位子骨格を伸長することにより、新たに直径6.3 nmおよび7.3 nmの球状錯体を構築することができた。以上のように、様々な空間サイズを有する球状錯体の合成に成功し、これらの錯体を用いてナノ空間の内部環境を制御する手法を確立した。

第3章から第5章では、球状錯体の内部空間に官能基を高密度集積することにより、錯体外部の溶媒との相分離をナノメートルスケールで実現し、ゲスト分子を溶解可能なナノ溶媒空間の構築を行った。まず第3章では、球状錯体内に柔軟なアルキル鎖を集積することにより、疎水性のナノ溶媒相の構築を行った。この錯体は高極性溶媒中に安定に存在し、アルキル鎖で満たされた4 nm径の局所的な疎水性環境を提供する。そこで、錯体が提供する溶媒相への疎水性ゲスト分子の溶解性とその極性を評価するため、極性応答性を持つナイルレッドの内包を検討した。その結果、錯体内のアルキル鎖の密度に応じて、疎水相へのゲスト分子の包接挙動と内部空間の疎水性を制御可能であることを見出した。

第4章では、一般的な有機相とも水相とも混ざらない第3の相として特異な挙動を示すフルオラス相を球状錯体内の孤立空間で構築し、フッ素性分子の溶解を検討した。長さの異なるフッ素性官能基を導入した配位子とPd(II)イオンから、フッ素性官能基を有する球状錯体を構築した。この錯体の単結晶X線結晶構造解析より、明確な構造を持つ球殻構造と流動的な内部空間を確認した。ジメチルスルホキシド(DMSO)に不溶なペルフルオロオクタンを、DMSO中に溶解した球状錯体と混合したところ、19F NMRおよび19F DOSY NMRにより、錯体の内部にペルフルオロオクタンが選択的に溶解することを明らかにした。また、球状錯体に導入するフルオロアルキル鎖の長さを変え錯体内部の有効容積を調整することにより、取り込まれるゲスト分子の数を精密に制御できることが分かった。

第5章では、通常固体として振る舞う広いπ平面を有するコロネン24分子を球状錯体の内部空間に集積することにより、局所的な芳香族相を構築した。球状錯体内に構築した芳香族ナノ相を用いて、通常の溶媒への溶解性の低いフラーレンC60の溶解挙動を13C NMRにより追跡した。球状錯体と過剰量のC60をDMSO中で混合したところ、球状錯体内にC60が高濃度に溶解することが示された。また、この球状錯体内の芳香族性ナノ相は、様々な形状の芳香属性ゲスト分子を溶解することが可能であり、球状のC60に加えてナフタレンジイミドなどの平面状ゲスト分子も溶解できることを見出した。

第6章では、タンパク質の疎水ポケットに見られるアミノ酸残基が精密に配置された空間を球状錯体の内部空間に構築した。まず、各種アミノ酸およびペプチド鎖を連結した配位子を合成し、配位子ライブラリを構築した。これらの配位子とPd(II)イオンとの錯形成により、球状錯体を定量的に得た。L-アラニンを導入した錯体について円偏光二色性(CD)測定を行ったところ、配位子の場合と比較して10倍以上の強度を持つ強いコットン効果が錯体の骨格部位の吸収領域に確認され、球状錯体の骨格部位に不斉を誘起することに成功した。空間は不斉認識および反応場としての利用が期待できる。また、ペプチド鎖を連結した配位子を用いて球状錯体を構築したところ、錯体内に最大で96残基までアミノ酸を集積可能であることが明らかとなった。これは小さなタンパク質にも匹敵するアミノ酸残基数であり、球状錯体の内部空間にタンパク質を内包できる可能性を示した。

第7章では、球状錯体内のナノ空間を物質包接場として利用することにより、生体高分子であるタンパク質の内包を行った。ナノ空間へのタンパク質の固定化は、タンパク質の安定化や構造解析への利用が期待されているが、一義構造を持つ人工カプセル内にタンパク質を内包した例は報告されていない。本研究では直径6.3、7.3 nmの球状錯体を用いて、約3-4 nmのタンパク質であるユビキチンをナノ空間に内包した。フリーの配位子、ユビキチン連結配位子、Pd(NO3)2を混合し、水/アセトニトリル混合溶媒中で錯形成反応を行った。各種NMR測定により、直径6.3 nmの球状錯体が生成したことが確認された。DOSY NMR測定により、錯体形成前と比較してユビキチンの拡散係数が顕著に小さくなったことに加えて、ユビキチンと球状錯体が同一の拡散係数で観測されたことから、直径6.3 nmの球状錯体の内部にユビキチンが内包されていることが強く示唆された。また、骨格を伸長した錯体(直径7.3 nm)を用いた場合にも、球状骨格の拡散係数の変化に伴って、ユビキチンの拡散係数も同一な変化を示した。以上より、直径6.3、7.3 nmの球状錯体の広い内部空間を用いてユビキチンを内包することに成功した。

第8章では、球状錯体内の広いナノ空間を反応場として用いることにより、無機材料の精密合成が可能になると考えた。そこで、従来の手法では粒径制御が困難であった直径5 nm以下のシリカナノ粒子の合成を検討した。錯体の内部空間とシリカナノ粒子との親和性を高めるため、糖鎖で内部修飾した球状錯体合成し、テンプレートとして利用した。この錯体の溶液に170当量のテトラメトキシシランを加えて4日間反応を行い、錯体内でシリカナノ粒子を合成した。レーザー脱離イオン化法による質量分析を行ったところ、生成したシリカナノ粒子の分子イオンピーク(Mn = 11020)を直接観察することに成功し、非常に単分散性の高いナノ粒子(Mw/Mn < 1.01)の生成を明らかにした。TEMによる観察の結果、球状錯体内部に生成したシリカ粒子の粒径は2.9 nmであり、球状錯体内のナノ空間によく一致した大きさのナノ粒子の生成を確認した。さらに、球状錯体の内部空間の大きさや、TMOSの添加量を変えることにより、生成するシリカナノ粒子の粒径と分子量を制御できることを見出した。

第9章では、本研究の総括と今後の展望を論じた。

以上、本論文では、一義構造を持つ球状錯体の広いナノ空間を有効に利用することにより、官能基集積によるナノ溶媒相の構築、分子包接場として用いたタンパク質の内包、反応場として用いた無機ナノ粒子の精密合成に成功した。今後、数ナノメートル径のナノ空間を用いた科学は、様々な生体高分子の内包やその構造解析への利用、機能性高分子材料の合成への展開ができると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

自然界に存在する球状タンパク質などのナノメートルスケールの中空構造体では、内部環境が巧みに制御された広いナノ空間を利用することにより、高度な生体機能を実現している。人工系においても巨大中空構造体の構築が達成されているが、その空間サイズを有効に利用した例は極めて少ない。本研究では、24個の配位子と12個のPd(II)イオンからなるM12L24中空球状錯体の広い内部空間を利用した機能性ナノ空間の構築を目指し、(1)精密な官能基集積による溶媒空間の構築、(2)分子包接場として用いた生体分子の内包、(3)反応場として用いた無機ナノ粒子の精密合成を行った。

第1章では、本研究の背景、目的および概要を論じた。

第2章では、M12L24球状錯体の内部空間の利用を可能にするため、広いナノ空間を持つ球状錯体骨格の設計と、錯体内への官能基集積手法の開発を行った。まず、配位子骨格の設計により、直径4.6、6.3、7.3 nmの巨大な球状中空錯体を定量的に構築することに成功した。また、球状錯体内部に24官能基を定量的に導入することに成功し、ナノ空間の内部環境を制御する手法を確立した。

第3章から第5章では、球状錯体の内部空間に官能基を高密度集積することにより、錯体外部の溶媒との相分離をナノメートルスケールで実現し、ゲスト分子を溶解可能なナノ溶媒空間を構築できることを見出した。まず第3章では、球状錯体内に柔軟なアルキル鎖およびテトラエキエチレンオキシド鎖を集積することにより、疎水性および親水性のナノ溶媒相の構築に成功した。疎水相の極性およびゲスト分子の溶解性は、錯体内のアルキル鎖の密度を変えることにより自在に制御可能であることを明らかにした。

第4章では、一般的な有機相とも水相とも混ざらない第3の相として特異な挙動を示すフルオラス相を球状錯体内の孤立空間で構築し、フッ素性分子の溶解を検討した。この錯体の単結晶X線結晶構造解析より、明確な構造を持つ球殻構造と流動的な内部空間を確認した。また、この錯体の内部にはペルフルオロオクタンが選択的に溶解することを明らかにした。

第5章では、常温で固体として存在する芳香族分子であるコロネン24分子を球状錯体の内部空間に集積することにより、局所的な芳香族相を構築した。芳香族ナノ相へのフラーレンC60の溶解挙動を13C NMRにより追跡したところ、球状錯体内にC60が高濃度に溶解することを確認した。

第6章では、タンパク質の疎水ポケットに見られるアミノ酸残基が精密に配置された空間を球状錯体の内部空間に構築した。円偏光二色性(CD)測定の結果、球状錯体内にキラルなアミノ酸残基を集積することにより、球状錯体の骨格部位に不斉が誘起されることが明らかになった。この錯体内には小さなタンパク質にも匹敵する残基数のアミノ酸が集積可能であることを見出し、球状錯体の内部空間にタンパク質を内包できる可能性を示した。

第7章では、球状錯体内のナノ空間を物質包接場として利用することにより、生体高分子であるタンパク質の内包を行った。DOSY測定の結果、直径6.3 nmおよび7.3 nmの球状錯体内に球状タンパク質のユビキチンを内包することに成功した。

第8章では、球状錯体内の広いナノ空間を反応場として用いることにより、無機材料の精密合成を行った。グルコースを内部に配置した球状錯体の内部でテトラメトキシシランの縮合反応を行うことにより、従来の手法では粒径制御が困難であった直径5 nm以下のシリカナノ粒子を精密に合成することに成功した。また、球状錯体の内部空間のサイズや、テトラメトキシシランの添加量を変えることにより、生成するシリカナノ粒子の粒径と分子量を制御できることを見出した。

第9章では、本研究の総括と今後の展望を論じた。

以上、本論文では、一義構造を持つ球状錯体の広いナノ空間を有効に利用することにより、官能基集積によるナノ溶媒相の構築、分子包接場として用いたタンパク質の内包、反応場として用いた無機ナノ粒子の精密合成に成功した。今後、数ナノメートル径のナノ空間を用いた科学は、様々な生体高分子の内包やその構造解析への利用、機能性高分子材料の合成へのさらなる展開が期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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