学位論文要旨



No 125759
著者(漢字) 杉目,恒志
著者(英字)
著者(カナ) スギメ,ヒサシ
標題(和) 単層カーボンナノチューブ触媒成長の機構解明と合成制御
標題(洋)
報告番号 125759
報告番号 甲25759
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7292号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 野田,優
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 准教授 三好,明
 東京大学 教授 丸山,茂夫
内容要旨 要旨を表示する

・第1章 序論

カーボンナノチューブ(carbon nanotube, CNT)は,ダイヤモンドやグラファイトの同素体であり,炭素原子がsp2混成軌道によって構成するシート(グラフェン)を筒状に丸めた構造をもっている.直径がナノメートルスケールであることや,機械的,電気的,化学的に優れた物性を持つことから,CNTは次世代の材料として様々な分野での応用が期待されている.さらに元素として炭素原子だけからなるためレアメタルなどのように枯渇の恐れがなく,サスティナビリティーの観点からも非常に重要な材料である.現在までに様々な応用が提案されており物性などの研究が進んでいるが,実用化されていないのが現状である.この原因としては成長機構の理解が十分でなく,直径,長さやカイラリティなどのチューブ一本の構造や,数密度や配向性などの集合体の構造制御が困難であることが挙げられる.また成長速度と成長の持続性を同時に制御することが難しく,一定の収量を短時間で得ることも課題の一つである.更にエレクトロニクスの分野に向けては,数密度・位置・配向の制御やカイラリティの制御などが必要である.そこで本研究では,化学気相成長(chemical vapor deposition, CVD)法による基板上でのSWCNTの触媒成長を対象に,成長機構の理解および成長の制御を目的とした.より具体的には,基板上での触媒粒子の形成と構造変化,炭素源の気相反応と触媒反応に着目した実験により,SWCNTが高密度に長尺に成長し垂直配向する合成条件の開発とメカニズムの解明を進め,更に,ここから得られた知見を元に,SWCNTのキャップの形成(核発生)と成長に着目することで,カイラリティ制御合成を目指すこととした.

・第2章 二元系コンビナトリアル手法の開発

既往の研究で開発された単元系触媒の担持量を系統的に制御するコンビナトリアル手法を元に,二元系触媒での担持量と組成を同時に系統的に制御する手法の開発を行った.基板上にマスクを介してスパッタで触媒を担持すると,触媒の担持量分布を形成できる.マスク穴の形状を点状からスリット状に変更することで,一次元の膜厚分布を形成し,この手法を二回行うことで二種の触媒の膜厚分布を直交して形成できる.実際にCo-Mo二元系触媒に適用し,担持量と組成を最適化することによりSWCNTの成長の密度を向上,SWCNTの垂直配向膜の合成に成功した.

・第3章 Co-Mo触媒とエタノールを用いたSWCNTの合成

CVD法によるSWCNTの基板上への合成においては,触媒としてFe, Co, Niが一般的に用いられている.更に,これらの二種の混合,Moなどの他の金属との混合,SiO2, MgOやAl2O3などの酸化物下地の併用なども行われている.現在までにSWCNTの垂直配向成長が複数の触媒・炭素源に対して報告されているが,垂直配向成長の必要条件については,手法間での共通性はもとより,手法内についても十分に解明されていない.本章では,Co-Mo触媒によるC2H5OHからのSWCNT合成を対象に,CoとMoの担持量と組成を系統的に変えたコンビナトリアル触媒ライブラリを用い,広範なCVD条件における触媒条件の影響を検討した.結果,CVD条件に応じて最適な触媒条件が変わることが判明し,直径2-3 nmのSWCNTが10 minで30μmの高さまで垂直配向成長する条件を見出した.更に,単原子層以下のMoがCo触媒の構造変化を抑制してSWCNTの直径分布を狭くし収量を増やすのに効果的であり,CoとMoの組成に加え膜厚も重要な因子と分かった.750 °CにおいてCoのみで30 μmの高さにSWCNTが垂直配向成長する条件も新たに見つかり,この時に成長しているSWCNTの直径分布はバイモーダル(1-2 nmと3-4 nm)であった.

・第4章 Co触媒とAl2Ox下地を用いたSWCNTの合成

基板上にSWCNTを垂直配向成長させる技術は,大量合成技術への応用や電子デバイスの作製などへの応用の観点からも重要である.様々な方法によって垂直配向成長が実現されており,近年では数ミリメートルの高さでの成長例も多い.特にAl2O3またはAlを酸化した下地(以下Al2Ox)は,ミリメートルスケールの垂直配向成長の全ての報告例で用いられている.しかし,その効果やメカニズムについては明らかになっておらず,さらなる実験的な検討が必要である.この章ではCo触媒とC2H5OHを用いたミリメートルスケールのSWCNT垂直配向成長について,Al2Ox下地(15 nmのAlから形成)とSiO2下地の違いについて検討した.コンビナトリアル手法により触媒条件とCVD条件を最適化することにより,C2H5OHを炭素源としてCNT垂直配向成長をミリメートルスケールで実現した.Co膜厚が比較的大きいエリア(≧ 1.3 nm)においてはAl2Ox上とSiO2上の両方で主に多層CNTがミリメートルスケールで成長するのに対し,Co膜厚が比較的小さいエリア(0.62 - 1.0 nm)においてはAl2Ox上のみで主にSWCNTがミリメートルスケールで成長することが分かった.成長中のCNT垂直配向膜の高さのリアルタイム観察から,成長は急停止することが分かった.Al2Ox上とSiO2上で,CNTの初期成長速度はCo膜厚に依らず1.4 ・ 0.2 μm/sと同様であったものの,成長停止までの寿命はAl2Ox上ないしCoが厚いほど長いことが分かった.CNT成長の停止は,触媒粒子の構造変化によって触媒粒子への炭素の取り込みと吐き出しのバランスが崩れることが原因と考えらる.実際にSEMによる観察から,成長停止直前にCNTの析出の振動現象が観察された.Al2Oxの効果としては,オストワルトライプニングなどによるCo粒子の構造変化を防ぐことが示唆されたが,更なる検証が必要である.

・第5章 Cold-gas CVD装置による単層CNTの合成

Hot-wallタイプのCVD装置においては,気相温度と基板温度がほとんど同じになるため,気相反応と触媒反応を独立に制御することは困難である.特にC2H5OHなど容易に熱分解する炭素源を用いる場合には,この二つの独立制御が重要である.この章では,ガスの予熱部,ガスの冷却部,リボン状基板の加熱部から構成される新規な装置(Cold-gas CVD装置)を用いて,気相反応と触媒反応を独立に制御し,気相反応がCNTの成長に与える影響について詳細に検討を行った.Co/Al2Ox触媒を用いたC2H5OHからのSWCNTの垂直配向成長には,C2H5OHの予熱による熱分解反応が必要なことが分かった.ガス分析および気相反応のシミュレーションから,主な前駆体がC2H2であることが示唆され,実際にC2H2原料からは予熱無しで比較的良質なSWCNTが垂直配向成長した.また,C2H2分圧が高いとCNTはほとんど垂直配向成長せず,安定してCNTを垂直配向成長させるためにはC2H2分圧を他の炭素源と比較して1/10から1/100程度に低く保つことが重要と分かった.

・第6章 カイラリティ制御合成を目指した新規単層CNT合成法

SWCNTの電子構造はカイラリティに依存し,異性体の1/3が金属的性質を,2/3が半導体的性質を示す.金属/半導体の制御は,特にエレクトロニクスの分野での応用に重要である.SWCNT合成後の分離や,合成の段階での作り分けなどが検討されているが,半導体SWCNTではバンドギャップがSWCNT直径にも依存するため,単一カイラリティのSWCNTの合成も重要である.本研究ではカイラリティ制御合成を目指して,ホットワイヤーで生成したHラジカルによるSWCNTエッチング反応を併用した,新規のSWCNT合成法を提案し検討した.カイラリティの制御には至らなかったが,直径分布の狭いSWCNTの合成に成功した.

第7章 総括

本研究では,CVD法による基板上でのSWCNTの触媒成長,特にSWCNTの垂直配向成長を対象に,成長機構の理解および成長の制御を目的とし,触媒条件とCVD条件の両方を広範に変えた系統的な検討を行った.最適な触媒条件はCVD条件に応じて変化することを見出し,両者を同時に最適化することがSWCNT合成法の開発に重要であることを示した.触媒はアニール時の粒状化に加え,CVDの最中にも構造変化を起こし,触媒失活やSWCNTの構造変化を引き起こすことを確認,助触媒や担体により触媒粒子の構造変化の程度が変わることを示した.SWCNT合成の有効な炭素源として知られるC2H5OHは気相で熱分解を起こし,生成するC2H2がSWCNT垂直配向成長の重要な前駆体であることを確認した.C2H2の生成を制御することでミリメートルスケールのSWCNT垂直配向成長を達成する一方,過剰なC2H2の生成は触媒粒子の失活を引き起こし,特に直径の小さい触媒粒子からの直径の小さいSWCNTの成長を阻害することも見出した.また,SWCNTの合成を核発生と成長に分けて考え,核発生にカイラリティ選択性を持たせるべくエッチング反応を併用したSWCNT合成法を提案,SWCNTのカイラリティ制御には至らなかったものの直径分布を狭く出来ることを見出した.以上,多様な触媒・反応条件によるSWCNTの垂直配向成長を実現し,触媒粒子形成からSWCNT成長までの機構を明らかにした.SWCNTの実用化という大きな将来目標を達成するためには,SWCNTの成長停止などの機構のより深い理解と,大量合成やカイラリティ制御合成等の技術の一層の確立が必要である.

審査要旨 要旨を表示する

「単層カーボンナノチューブ触媒成長の機構解明と合成制御」と題した本論文は、化学気相成長(CVD)法による基板上での単層カーボンナノチューブ(SWCNT)の触媒成長を対象に、触媒粒子の形成と構造変化および炭素原料の気相分解による前駆体形成に着目して成長機構を解明し、SWCNTの核発生と成長に着目してSWCNT合成の高度な制御を目指した研究であり、7章から構成されている。

第1章は序論であり、研究背景および研究目的を述べている。冒頭では、SWCNTの発見と研究開発の歴史、SWCNTの構造や物性の特徴、SWCNTの各種合成法、および本研究で主に用いた評価法について述べている。続いて、SWCNTの本格的な実用化には合成技術の確立が重要であることを述べた上で、本博士論文ではSWCNTの成長機構の深い理解と合成の高度な制御を目指すとしている。

第2章では、本論文にて開発し活用した二元系コンビナトリアル手法について述べている。基板上にマスクを介してスパッタ法で触媒を担持すると、触媒の担持量分布を形成できる。マスク穴の形状を点状からスリット状に変更することで一次元の膜厚分布を形成し、この手法を二回行うことで二種の触媒の直交した膜厚分布を形成できることを説明している。更にCo-Mo二元系触媒に適用し、担持量と組成を最適化することにより、SWCNTの垂直配向膜の合成に成功したことを報告している。

第3章では、Co-Mo触媒を用いたエタノールからのSWCNT合成について述べている。Co-Mo触媒はSWCNT合成の代表的な触媒の一つであるが、その最適組成について議論が別れていたことを紹介している。二元系コンビナトリアル手法を用いた系統的な検討により、CVD条件に応じて最適な触媒条件が変わることを示すとともに、直径2-3 nmのSWCNTが10 minで30μmの高さまで垂直配向成長する条件も新たに報告している。更に、単原子層以下のMoがCo触媒の構造変化を抑制してSWCNTの直径分布を狭くし収量を増やすのに効果的であり、CoとMoの組成に加え膜厚も重要な因子としている。加えて、Coのみで30 μmの高さにSWCNTが垂直配向成長する条件も新たに見出し、この条件ではSWCNTの直径分布はバイモーダル(1-2 nmと3-4 nm)になるとしている。

第4章では、Co触媒とAl2Ox下地を用いたSWCNTの合成について述べている。近年のミリメートルスケールのSWCNT垂直配向成長事例を紹介するとともに、全ての報告例でAl2Ox下地が用いられていると指摘している。その上で、Co触媒によるエタノールからのSWCNT合成にAl2Ox下地を適用し、SiO2下地と比較検討している。まず、コンビナトリアル手法による合成の最適化により、ミリメートルスケールのCNT垂直配向成長を実現している。1.3 nm以上と厚いCo触媒では両方の下地上で多層CNTがミリメートルスケールで成長するのに対し、0.62-1.0 nmと薄いCo触媒ではAl2Ox上のみでSWCNTがミリメートルスケールで成長することを報告している。CNTの成長中のリアルタイム観察からCNTの成長の急停止を見出し、CNTの初期成長速度はAl2Ox上とSiO2上で1.4 ・ 0.2 μm/sと同様な一方、成長時間はAl2Ox上で長いことを報告している。更に成長停止直前にCNT析出の振動現象を観察、触媒粒子の構造変化により触媒粒子への炭素の取り込みと吐き出しのバランスが崩れることが成長停止の原因と考察している。Al2Oxの作用としてCo粒子の構造変化の抑制を示唆し、更なる検証の必要性を指摘している。

第5章では、Cold-gas CVD装置によるSWCNTの合成について述べている。エタノール等の容易に熱分解する炭素源では気相反応と触媒反応の独立制御が重要な反面、Hot-wall CVD装置では両者の独立制御は困難であると指摘している。そこで、ガスの予熱部・ガスの冷却部・リボン状基板の加熱部から構成される新規なCold-gas CVD装置を用いて、Co/Al2Ox触媒によるエタノールからのSWCNTの垂直配向成長を検討し、エタノールの熱分解の重要性を明らかにしている。更に分解生成物のアセチレンが主な前駆体であると指摘し、実際にアセチレンから原料の予熱無しでSWCNTの垂直配向成長を実現している。加えて、アセチレン分圧が高いとCNTはほとんど成長せず、他の炭素源と比較して1/10から1/100程度に低く保つことが重要であると指摘している。

第6章では、カイラリティ制御合成を目指した新規SWCNT合成法について述べている。SWCNTはカイラリティにより金属的・半導体的性質が変わるため、カイラリティ制御は特にエレクトロニクス応用に重要と指摘している。HラジカルによるSWCNTのエッチングを併用した新規のSWCNT合成法を提案し、カイラリティの制御には至らなかったものの、直径分布の狭いSWCNTが合成できたことを報告している。

第7章は終章であり、本研究を通じて得られた成果をまとめ、今後の課題と展望について述べている。

以上要するに、本論文は反応工学および物理化学の考えに基づき、CVD法による基板上でのSWCNTの触媒成長を対象に、二元系触媒の系統的検討を可能とするコンビナトリアル手法を開発し、触媒粒子の形成と構造変化および炭素原料の気相分解による前駆体生成を明らかにするとともに、SWCNTのミリメートルスケール垂直配向成長と直径制御成長を実現したものであり、化学システム工学への貢献が大きいと考えられる。更に、手法開発から機構解明を経て合成技術をも開発しており、基礎から応用までの一貫した研究手法の実践は、工学への貢献も大きいと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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