学位論文要旨



No 125763
著者(漢字) 相見,順子
著者(英字)
著者(カナ) アイミ,ジュンコ
標題(和) 分子間相互作用の高度な制御による機能性分子集合体の設計
標題(洋) Controlled Molecular Interactions for the Design of Functional Supramolecular Architectures
報告番号 125763
報告番号 甲25763
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7296号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 准教授 吉江,尚子
 東京大学 准教授 橋本,幸彦
 東京大学 講師 藤田,典史
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

近年、自己組織化などの分子の秩序配列を利用したナノレベルでの構造制御により、新しい機能を開拓する研究が注目されている。溶液系におけるホスト・ゲスト化学や、非共有結合を利用した液晶分子設計、高分子の相分離構造など、水素結合やπ電子相互作用のような比較的弱い分子間力を巧みに利用することで単分子では実現することのできない機能を実現することができる。

本研究ではまず、自己集合により形成される超分子箱形集合体の溶液中での動的挙動に注目した。「不斉炭化水素のキラルセンシング」や「非極性溶媒中のソルバトクロミズム」という、これまで分子認識化学において対象外であった課題に挑戦し、その基礎的理解と機能開拓を目的とした研究を展開した。さらに、応用展開として、分子間相互作用をバルクの集合体に組み込むマテリアル開発を計画した。

【報告】

1. ピリジル基を有する亜鉛ポルフィリンロータマーからなる動的超分子箱形集合体

アセチレンで架橋したピリジル基を有する亜鉛ポルフィリンダイマーは、窒素と亜鉛間に配位結合を形成し、溶液中で自己集合して箱形四量体を形成する(Figure 1)。集合体には、ポルフィリン平面が直交になる直交形BOX⊥と、平行になる平面形BOX//のコンフォマーが存在し、さらにBOX⊥には鏡像異性体((R)-BOX⊥, (S)-BOX⊥)が存在する。非共有結合により形成されたこれらの3種の構造異性体間には、解離・組み替えによる平衡が成り立っている。

i) 平面形・直交形

箱形集合体の直交・平面の形成は、アセチレン架橋の長さに大きく依存することを明らかにした。架橋が短いとπ共役による安定化が支配的になり、平面形構造を形成しやすいが、長くなると今度は直交形構造を形成するようになる。集合体の構造をリンカーの長さで調節できることを見出した。

ii) キラリティーを持つ箱形集合体の光学分割

箱形ポルフィリンに鏡像異性体が存在することは、HPLCによる直接的な光学分割により実証した。そして光学分割された鏡像異性体のラセミ化を検討し、20 °Cにおける異性体の半減期が半日にも達することを明らかにした。ラセミ化の活性化エネルギーが、アレニウスプロットを用いて計算した結果、97.5 kJであることが分かり、八カ所の多点配位結合がこのような大きな安定性をもたらしたことを明らかにした。

iii) 不斉炭化水素のキラルセンシング

テトラアルキニレン架橋ピリジル亜鉛ポルフィリン二量体が、リモネンなどの不斉炭化水素溶媒中で円二色性を示す事を見出した(Figure 2)。得られたCDスペクトルが光学分割で得られたものと同じであったことから、箱形集合体は不斉炭化水素中で鏡像異性体間に平衡の偏りを生じたものと結論づけた。

iv) 非極性溶媒を用いる超分子によるソルバトクロミズム

ベンゼンや四塩化炭素のような誘電率2.2~2.3程度の炭化水素等の溶媒中で、ジアルキニレン架橋ポルフィリン二量体が、直交形・平面形のコンフォメーションに平衡の差を生じ、その結果溶液の色を変化させることを見出した(Figure 3)。箱の内部空間が溶媒分子の形に合わせるように箱を歪め、π共役構造の異なる集合体を形成することで溶液の色が変化するというソルバトクロミズムの極めて新しい概念を提示した。

2.超分子化学からマテリアル科学へ

超分子化学は、有機合成化学、高分子化学、物理化学、生化学などの分野の中核に位置し、幅広い分野への展望が期待されている分野である。特に、身近な材料に広く使われている高分子材料の設計に、超分子化学の考え方を加えることでより良いマテリアルの創製が期待できる。そこで、材料開発の鍵となる高分子の精密合成と、機能化を目指した研究を展開した。

i) 炭素材料を目指したポリビニルアセチレンブロック共重合体の合成

ブロック共重合体は、構成するポリマー同士が自己集合し、ミクロ相分離するため、様々なモルフォロジーを取ることが知られている。このようなブロック共重合体の性質を利用して、ナノ構造をもつ炭素材料を、簡便かつ効率的に作成することを企てた。

ポリビニルアセチレン(PVA)と、ポリブチルアクリレート(PBA)のようなソフトなポリマーから成るブロック共重合体を加熱すると、PVAは炭素化される一方で、PBAは熱分解されるので、ミクロ相分離を鋳型とした炭素材料を得る事ができる(Figure 4)。さらに、炭素材料の形やサイズは、ポリマーの種類やブロックの分子量比を変えることで調節する事ができる。集合体のドメインの大きさをナノメートル単位で制御する為に原子移動ラジカル重合(ATRP)を用いて、TMS保護したビニルアセチレン(VATMS)の重合、それに続くブロック伸張反応を検討した。

VATMSのATRPを室温で行うことで、副反応を抑えることができ、分子量分布の狭いポリマーが得られる事を見いだした。また、還元剤存在下、少量のCu触媒を用いて重合するARGET ATRPを用いることで、より重合を制御できることを明らかにした。ホモポリマー合成の成功をもとに、PMMA, PtBA, PBAなどを用いてVATMSをブロック伸長し、テトラブチルアンモニウムフルオリド(TBAF)で脱保護することでPVAを含むブロック共重合体の合成に初めて成功した。SAXS、DSC、AFMの結果から、得られたブロック共重合体は相分離構造を示すことが分かっており、今後炭素材料の作成方法の一つとして期待できる結果が得られた。

ii) フタロシアニンを末端に持つブロック共重合体

ポルフィリンの類縁体であるフタロシアニン(Pc)は、広いπ共役平面を持つ芳香族化合物であり、電子的特性や光学的特性に非常に富み、p型半導体として有機エレクトロニクスへの応用が期待されている分子である。そこで、導電性マテリアルの作成を目的に、Pcの分子間π電子相互作用を利用する設計を試みた。ブロック共重合体が自己集合して形成するシリンダー構造内に、Pcをスタックさせて閉じ込め、一次元Pcカラムを安定に形成させることで効率的なキャリアパスを実現させることを計画した。

ブロック共重合体の精密合成とクリック反応によるフタロシアニン分子の機能化

原子移動ラジカル重合(ATRP)を用いてブロック共重合体の組成を制御し、続いて末端へのPcの導入を検討した(Figure 5)。アジド基を有するATRPイニシエーターを用いて、MMAを重合し、さらにスチレンをブロック伸長することにより、ブロック共重合体PMMA-b-PSを合成した。ブロック共重合体とプロパルギル基を有するPcとの1,3-双極子付加環化反応を行い、PMMAホモポリマーには導入率83%、PMMA-b-PSブロック共重合体には10~20%の導入率でPcを末端に持つポリマーの合成に成功した(Table 1)。

Pcを含むポリマーは、非配位性溶媒中、あるいはフィルムの吸収スペクトルにおいて、πスタック由来と考えられるスペクトルの短波長シフトを示した。また、固体のX線回折において、3.5~4.5 Aにブロードなピークが確認でき、Pcのπスタックの存在を支持した。

ブロック共重合体の周期構造について、微小角入射小角X線散乱測定(GISAXS)を用いて検討した。Pc-PMMAをシリコンウェーハ上にスピンコートした薄膜のGISAXSにおいては、高次の周期構造が確認されなかったが、ブロック共重合体のGISAXSパターンでは、面内方向にヘキサゴナルシリンダーに由来する散乱ピークを示した(Figure 6)。この結果から、Pcを含むPMMA-b-PSブロック共重合体が、基板に垂直なシリンダー構造を有する薄膜を形成することが示唆された。さらに、基板上のフィルムに254nmの紫外光を照射し、酢酸で洗浄することでPSのみを基板上に残し、AFM観察を行ったところ、垂直配向シリンダー状のミクロドメインを確認した。

通常、PS-b-PMMAから得られるシリンダー構造は、基板に平行に配列する。そのため、垂直配向シリンダーを実現するために、ランダムコポリマーによる基板の中性化や、外部電場やグラフォエピタキシーによる配向の制御に関する技術が数多く検討されてきており、リソグラフィーにおける重要な研究課題の一つとなっている。本研究において、Pcを末端に持つブロック共重合体が、基板の処理なしに垂直配向シリンダーを形成することを見いだした。

【まとめ】

本研究において、ナノ空間を有する分子集合体の動的平衡を用いて、「非極性溶媒中でのソルバトクロミズム」、「不斉炭化水素のキラルセンシング」といった、今まで分子認識化学の分野で困難とされていた課題を達成した。また、ブロック共重合体の自己集合により形成されるミクロ相分離構造を利用したマテリアルの開発を展開し、テーラーメード炭素材料を目指したポリビニルアセチレンブロック共重合体の精密合成を行った。そして、フタロシアニンを末端に持つブロック共重合体を設計し、電子材料として利用する際に有用と考えられる、「基板に垂直なシリンダー構造」を持つ可能性を見いだした。

Figure 1. Schematic representation of rotamer and its self-assembling event.

Figure 2. Chirality sensing of limonenes using porphyrin box

Figure 3. Solvatochromism of porphyrin box in non-polar

Figure 4. Poly(vinylacetylene)-b-PMMA block copolymer as a nano-carbon precursor

Figure 5. Synthesis of Phthalocyanine-PMMA-b-PS

Table 1. Molecular weights and poly dispersities of Pc polymers

Figure 6. a) GISAXS patterns for Pc-PMMA-b-PS (table 1, entry 2) film on silicon wafer at incident angle of 0.2°. b) The in-plane scattering from GISAXS pattern

審査要旨 要旨を表示する

近年、自己組織化などの分子の秩序配列を利用したナノレベルでの構造制御により、新しい機能を開拓する研究が注目されている。溶液系におけるホスト・ゲスト化学や、非共有結合を利用した液晶分子設計、高分子の相分離構造など、水素結合やπ電子相互作用のような比較的弱い分子間力を巧みに利用することで、単分子では実現することのできない機能を達成することができる。本論文ではまず、自己集合により形成されるナノ空間を有する超分子箱形集合体を用いて、「不斉炭化水素のキラルセンシング」や「非極性溶媒中のソルバトクロミズム」という、これまで分子認識化学において対象外とされてきた課題を達成した研究について、その基礎的理解と機能開拓を述べている。さらに、後半では、マテリアルへの応用展開として、精密合成された高分子を用いる機能性材料の開発について述べている。

序論ではまず、過去に報告されたナノ空間を有する超分子集合体について、その設計と機能について述べている。そして、ナノ集合体のさらなる展開を探索するための分子設計として、共役ポルフィリンからなる動的集合体を提案している。さらに、後半では、マテリアル開発において背景となる高分子の精密合成と、ジブロック共重合体が自己集合して形成するミクロ相分離構造の理論と応用について概観している。特に、ブロック共重合体が形成するシリンダー構造を利用したブロックコポリマーリソグラフィーに注目し、それらを元にした新たな機能性高分子材料の分子設計を提案している。

第1章では、アルキニレン架橋ポルフィリン二量体が自己集合して形成する箱形集合体の動的挙動と機能について、詳細に調べている。まず、アルキニレン架橋鎖の異なる3種のピリジル亜鉛ポルフィリン二量体を合成し、その架橋鎖の長さによる構造異性体(直交形・平面形)の形成挙動について述べている。そこから、ジアルキニレン架橋ポルフィリン二量体が、ベンゼンや四塩化炭素のような誘電率2.2から2.5程度の炭化水素等の溶媒中で、直交形・平面形のコンフォメーションに平衡の差を生じ、その結果溶液の色を変化させる「ソルバトクロミズム」を生じることを明らかにしている。ここでは、箱の内部空間が溶媒分子の形に合わせるように箱を歪め、π共役構造の異なる集合体を形成することで溶液の色が変化するというソルバトクロミズムの極めて新しい概念を提示している。さらに、直交形超分子集合体がキラリティーを有することを、キラルHPLCを用いた光学分割により証明している。そして、このキラルな超分子集合体が不斉炭化水素のセンシングに応用できることを示している。特に、テトラアルキニレン架橋ピリジル亜鉛ポルフィリン二量体が、リモネンなどの様々な不斉炭化水素溶媒中で円二色性を示す事を明らかにしている。得られたCDスペクトルが集合体の光学分割で得られたものと同じであったことから、箱形集合体は不斉炭化水素中で鏡像異性体間に平衡の偏りを生じたものと結論づけている。このような、超分子化学的アプローチによる「非極性溶媒中でのソルバトクロミズム」や「不斉炭化水素のキラルセンシング」を広く達成できた例は今までなく、その意義は大きい。

第2章では、ブロック共重合体が形成するナノ構造を利用したテーラーメードナノ炭素材料の開発を目的に、ポリビニルアセチレンブロック共重合体の合成と性質について詳細に調べている。加熱により炭素化されるポリビニルアセチレン(PVA)と、一方、熱分解するソフトなポリマーから成るブロック共重合体を用いた、ミクロ相分離構造を鋳型とするナノ炭素材料の設計方法を提案している。集合体のドメインの大きさをナノメートル単位で制御することを目的に、原子移動ラジカル重合(ATRP)を用いてトリメチルシリル保護したビニルアセチレン(VATMS)の重合、それに続くブロック伸長反応について述べている。触媒配位子や溶媒、温度の重合制御に与える影響を調査し、重合温度を下げることで副反応を抑えることができ、分子量分布の狭いポリマーが得られる事を示している。また、還元剤存在下、少量の銅触媒を用いて重合するARGET(Activator Regenerated by Electron Transfer)ATRPが、重合制御に効果的であることを示している。さらに、ポリメチルメタクリレート(PMMA)などをマクロイニシエーターとしてVATMSをブロック伸長し、テトラブチルアンモニウムフルオリドで脱保護することでPVAを含む初めてのブロック共重合体を報告している。これらの共重合体フィルムの相分離に関する情報を、DSCやAFM、GISAXSを用いて調査している。さらに加熱によってPMMAが熱分解され、同時に炭素収率が上昇することを示し、今後のナノ炭素材料への応用展開につなげている。

第3章では、第1章で展開したポルフィリン超分子化学と、第2章で行ったジブロック共重合体の精密合成と性質の二つの研究を背景としたさらなる応用展開として、導電性マテリアルの開発を目的とした分子設計について述べている。ジブロック共重合体が形成するシリンダー構造にフタロシアニンが埋め込まれた、高効率キャリアパスを有する導電性マテリアル設計を提案し、PS-b-PMMAブロック共重合体のATRPによる精密重合と、1,3-双極子付加環化反応を用いて、フタロシアニン含有ブロック共重合体を合成する方法を示している。得られた高分子のフタロシアニン末端が、薄膜中でπスタックを形成することを示し、さらにブロック共重合体が基板に垂直なヘキサゴナルシリンダー構造を形成していることを述べている。高分子薄膜への紫外光照射後のAFMおよびTEM、SEM測定を用いて、垂直配向ヘキサゴナルシリンダー構造を支持する結果を示している。この結果は、単に導電性マテリアルや、リソグラフィーマスクとしての可能性を示したのみでなく、強く相互作用する官能基を末端に有するブロック共重合体が相分離構造へ影響することを示唆しているという基礎化学的な知見が得られた点においても大変意義深い。

結論では、本論文の総括と展望を述べている。

以上、本論文では、ナノ空間を有する超分子集合体の動的な挙動を活かして、今まで超分子化学において困難とされてきた炭化水素の分子認識に成功している。さらに、マテリアルへの応用を展開し、高分子の自己集合挙動を利用した機能性材料設計の新しいアプローチが提案されていると同時に、その実現について述べられている。これらの成果は、今後の超分子化学や高分子化学の応用展開、特に有機導電性材料の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク