学位論文要旨



No 125765
著者(漢字) 澤山,淳
著者(英字)
著者(カナ) サワヤマ,ジュン
標題(和) 次元構造制御された水素結合性超分子材料に関する研究
標題(洋)
報告番号 125765
報告番号 甲25765
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7298号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 准教授 芹澤,武
 東京大学 准教授 北條,博彦
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

分子間相互作用によって分子やユニットが組織化された構造を持つ超分子材料は、分子機能をはるかに超えた組織構造由来の機能を有することが期待される。また、ロバストな共有結合に比べ、結合の自由度が高い分子間相互作用を用いることで、次元性の高い複雑な組織構造形成が可能となる。組織構造形成には種々の分子間相互作用が用いられるが、本研究で用いた水素結合は比較的強い分子間相互作用であり、方向性、可逆性を有し、多重化により精密な構造制御が可能なため、超分子材料構築の重要な相互作用の一つである。

二次元の組織構造の例としては脂質などの両親媒性分子が形成する二分子膜があり、水中においては内水相を取り囲んだベシクル構造となる。特に、μmサイズのべシクル(GV)は、ドラッグデリバリーや人工細胞などへの応用が期待されているが、脂質が形成するGVは、内水相や形状保持に関する安定性が不足している。

核酸塩基はDNAやRNAを形成する多重水素結合能を有する分子であり、多様な水素結合パターンを形成する。本研究ではべシクルの安定化に、核酸塩基の形成する二次元の水素結合ネットワークを用い、高い安定性を持つ新規なGVの作製を目指した。ただ、凝縮相で水素結合支配の組織構造を構築するためには、高い凝集密度という分子の形状が大きな支配因子となる条件との整合性が重要であり、分子設計に基づいて超分子組織構造を設計する上での大きな課題となっている。本研究で選択したアルキルシリル化デオキシグアノシン誘導体は、屈曲性に富むアルキルシリル部位を有した側鎖により上記の整合性を満たし、水素結合支配の組織構造の作製が可能となる。例えば、適切なかさ高さの側鎖を持つ1aは、グアニン部位の二次元水素結合ネットワークに基づくシート状組織構造を形成する(Fig.1)。さらに水素結合ネットワークを上下から挟み込むアルキルシリル部位末端の官能基によりシート状構造の表面特性を調整することができるため、分子設計に基づく超分子ゲルやフィルムの作製が可能となっている。しかし、水素結合は水のような極性の高い溶媒中では有効に働かず、組織構造の形成は困難であり、これまで水中で水素結合性の組織構造を安定に形成させた例はほとんど報告されていない。本研究では水中における水素結合支配の超分子材料構築法を提案し、得られた水素結合性の超分子ベシクルの性質、構造を明らかにするとともに、水素結合を有効に用いた超分子材料の新たな展開を目指した。

II.水中における水素結合性超分子ベシクルの設計と作製

水中で安定に水素結合性のシート状構造を形成させるための設計要素として、グアニンの二次元水素結合ネットワークを乱さない側鎖の屈曲性とかさ高さの調整、水中において安定に分散するためのシート状構造表面の親水性の向上、および非極性な部位による水素結合ネットワークの保護効果の向上に焦点を絞り、分子設計および合成を行った。2aは水素結合性シート状構造の形成能は示したが、オキシエチレン鎖が短く親水性が不足しているため、水中に分散しなかった。オキシエチレン鎖を伸長した2b,2cではフィルムは形成せず、これは保護効果がアルキル鎖では不十分なため、オキシエチレン鎖が二次元水素結合ネットワークの形成を阻害したと考えられる。保護部位としてフェニル基を導入した化合物3a,3bでは安定な自立性の超分子フィルムを形成した。X線回折測定では3a,3bそれぞれ2.32nm,2.32nmに積層間隔にあたるピークが、IR測定からはグアニン間の水素結合形成が確認された。したがって、3a,3bがキャストフィルム中でグアニンの水素結合ネットワークに基づく、シート状構造形成能を有することを示した。

水中でのシート状構造形成能を評価するため、薄膜法を用いベシクルの作製を行った。試験管表面に3bの薄膜を調整し、超音波照射、80。Cの条件下で水中に分散させることで、GVの調整に成功した。ベシクル内部に蛍光プローブ(EosinY)の内包が観察されたことより、内水相を有したべシクル構造の形成が確認された。以上より、水中においてもシート状構造による水素結合性ベシクルが形成していると考えられ、分子設計指針の有効性を明らかにした。

III.水素結合に基づく巨大多層膜ベシクル(GMV)の構造と特性

一定濃度範囲内の3a/THF溶液を純水中に注入することで、簡便かつ再現性よく高濃度なべシクル溶液調整が可能となることを見いだし、大部分が平均粒径1.2μm程度のGVであることを確認した。GVの調整時に用いたTHF溶液のIRスペクトルを詳細に検討した結果、グアニン部位が予めTHF溶液中で適度な二次元水素結合性組織構造を形成していることが、注入法でGVを作製するための必要な条件であることを明らかにした。

また凍結解凍により得られたべシクル膜は、フィルム中での二次元水素結合ネットワーク形成時と同様なIRパターンを示すことから、ベシクル膜がグアニンの二次元水素結合ネットワークに基づき形成されていることを確認した。さらに、ベシクル膜をシリコン基板上にキャストしたAFM観察から、凍結前のべシクルの1/20程度に減少し高さ30~40nm程度のかなり扁平な構造体となっていることが判明した。この厚さを上下二枚分の膜の厚さと仮定することにより、ベシクル膜の厚さがが15~20nm程度でシート状構造体6~9層からなる多層膜であることを示した。また直径と膜厚の関係からベシクルの内水相の割合は約84%程度となり、十分に大きな内水相有したべシクル構造を持つことを明らかにした。

次に、この水素結合性超分子ベシクルが高い安定性を有することを以下の検討で明らかにした。ベシクル溶液は30日静置しても、ベシクルの形状、溶液中の個数に変化が見られず、30日後も内水相に内包した蛍光プローブを保持していた。また、100°Cで3時間乾留を行っても、溶液中のべシクルの形状、個数にほとんど変化が見られず、外水相のpHを4,10にしてもほとんど変化が認められなかった。また、このべシクルは乾燥状態でも内水相を保持した状態で安定に存在し、真空下で12時間静置しても形状に変化が見られず、ベシクル膜が優れた内水相保持能を示した。さらに、AFM観察で探針による負荷を増大させて走査しても、ベシクルは壊れることなく走査方向に傾いて観察された。これらの結果は、二次元水素結合ネットワークに基づく膜を有するベシクルが、従来の脂質リボソームなどと比べて、高い分散安定性、形状保持能および、内水相の保持能を有することを示すものであり、水素結合性超分子ベシクルが安定性に優れた新しいタイプのべシクルであることを実証した。

IV.水素結合に基づく巨大単層膜ベシクル(GUV)の形成

ノニオン界面活性剤のテトラエチレングリコールドデシルエーテル(TEGDE)を3aと等量THF溶液に予め添加し水中に注入することで、GUVの形成を見いだした。GUVの直径は約1.7μm程度であり、ベシクル膜のIRはグアニンの二次元水素結合ネットワークの形成を示しており、水中にいても水素結合ネットワークが形成されていることが確認された。また、AFM観察からも膜厚が高さ2.5nmであることが示され、ベシクルがGUVであることを確認した。続いて、GUVの形成について、NMRよりTEGDEの膜中への取込がほとんど認められず、また、IR測定から3aの水素結合パターンに影響を与えていないことが判明した。この結果からTEGDEがベシクル調整時にシート状構造の積層を抑制するためにGMVではなく、GUVが形成されたものであると結論づけた。また、このGUVはTEGDE非存在下ではベシクル間での融合がほとんど観察されないが、TEGDEの添加を引き金としベシクル間での融合が観察された。このGUVは水素結合の可逆性に基づいた動的性質を有したべシクルであり、マイクロカプセルとして応用が可能であると考える。

V.総括

本研究では、水中で水素結合による次元制御された構造体を形成させ、新たな水素結合性超分子材料の構築を目的とした。水素結合部位を屈曲性のある非極性な部位で保護するとい[う分子設計指針を提案し、その設計指針に基づき設計されたアルキルシリル化デオキシグアノシン誘導体3a,3bは水中でグアニンの二次元水素結合ネットワークに基づくシート状構造の膜を持つ、GMVを形成した。このべシクルは水中のみならず、乾燥状態でも高い形状および内水相の保持能有した新しいタイプのGMVであることを示した。また、調整時のノニオン界面活性剤添加によりGUVが形成した。GUVはGMVに比べより水素結合性質を反映すると考えられ、融合という動的応答性を有したべシクルである。以上本研究より、水中における水素結合性超分子材料の可能性を大きく広げることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

水素結合は,組織化された集積構造を持つ超分子材料の作製に有用な分子間相互作用であるが、極性の高い水中では有効に作用しない。本論文は、高い水素結合能を有する核酸誘導体を用いて、水中でも水素結合を有効に働かせるための分子構造設計と、その設計に基づいて作製された二次元水素結合で安定化されたμmサイズの超分子多層および単層膜ベシクルに関する研究を述べたもので、全5章で構成されている。

第1章は序論で,まず組織化された構造を持つ超分子材料の特徴や組織構造形成に至る分子間相互作用を概説し、さらに本論文で主として用いられている水素結合について水中での問題点など詳しく述べている。次いで、本論文が対象とするμmサイズの巨大ベシクルに関する研究や用途について概説し、問題となる低い安定性の向上に向けた研究を整理して提示している。さらに、核酸系超分子材料に関する研究の進展を概説した上で核酸系分子を対象とすることの根拠を示すとともに、二次元水素結合で安定化された超分子巨大ベシクル作製という本論文の目的を述べている。

第2章は,水中で二次元水素結合を形成させるための分子設計について述べたもので、まず疎水性で形状適合性に優れた部分構造を利用することが、集積化にともなう立体的な要因を緩和して水素結合支配の組織構造を形成させる上で重要であることを指摘している。次に、デオキシグアノシン誘導体の側鎖構造を精密に最適化すると、二次元水素結合層が疎水層で挟み込まれて安定化し、表面に親水性が付与されたシート状構造体が形成できることを、フィルム形成能とその構造解析から検証しており、さらに最適化された誘導体が水中において二次元水素結合に基づく超分子ベシクルを形成することを確証している。これらの検討を通して、形状適合性のある部分構造を用いた精密分子設計により、水中においても二次元水素結合を安定に形成させ得ることを実証している。

第3章では、得られた二次元水素結合支配の膜を持つ巨大超分子ベシクルについて検討しており、簡便な注入法で調整できること、水溶液中で高い分散安定性を有し、広いpHおよび温度領域で形状安定性および内包物質の保持能を維持できるベシクルであることを明らかにしている。またその構造をXRD、赤外吸収、およびAFMなどを用いて解析し、二次元水素結合によって形成された厚さ約2.3 nmのシート状構造体が6~9層積み重なった膜で包まれているというベシクル構造を明らかにしている。さらにベシクル調整時の水素結合による事前組織化の重要性を指摘するとともに、真空下でも壊れることなく内水相を保持できる高い安定性を持つことを述べている。

第4章では、さらに非イオン性界面活性剤を共存させるという独創的な方法で、簡便な注入法による巨大超分子単層膜ベシクルの調整に成功しており、その構造を明らかにするとともに、3章で見いだした多層膜ベシクルの高い安定性や内水相保持能が、主に二次元水素結合の特性を反映したものであることを明らかにしている。また水中およびシリコン基板上でベシクル同士の融合や分割が起きることを実証しており、安定でありながら水素結合の可逆性に基づく融合・分割能を持つ新しい巨大超分子ベシクルであることを示している。

第5章は総括であり、これまでの結果を総括し、ミクロカプセルやミクロリアクターなどとしての応用に向けた今後の展望を示している。

以上のように本論文は、精密な分子設計により水素結合を水中で有効に作用させて超分子ベシクルが簡便に作製できることを実証するとともに、二次元水素結合でできた巨大ベシクルが優れた安定性と内包物保持能を有することを提示したもので、得られた知見は、化学生命工学の分野に寄与するところ大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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