No | 125768 | |
著者(漢字) | 服部,岳 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハットリ,ガク | |
標題(和) | 銅触媒による不斉プロパルギル位置換反応の開発 | |
標題(洋) | Development of Copper-Catalyzed Asymmetric Propargylic Substitution Reactions | |
報告番号 | 125768 | |
報告番号 | 甲25768 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7301号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1. 序論 遷移金属触媒を用いた触媒的アリル位置換反応は、対応するエナンチオ選択的な合成反応を含めて、現在では最も信頼性のある有用な合成反応の一つとなっている。対照的に、遷移金属錯体を用いた触媒的プロパルギル位置換反応は、位置選択性による反応制御の困難さのため開発が遅れていた。2000年に当研究グループによって開発された硫黄架橋二核ルテニウム錯体によるアレニリデン錯体を鍵中間体として経由する触媒的プロパルギル位置換反応の報告を契機に、種々な遷移金属錯体及びルイス酸を触媒として用いたプロパルギル位置換反応が報告されてきている。 一方、エナンチオ選択的プロパルギル位置換反応の開発に関しても、2005年に当研究グループにより光学活性基を架橋硫黄上に導入した硫黄架橋二核ルテニウム錯体を触媒として用いることにより初めて達成された。しかし、高いエナンチオ選択性を達成できたのは、炭素求核試薬を用いた反応系に限られ、ヘテロ原子求核試薬を用いた反応ではエナンチオ選択的な置換反応は達成されなかった。また、これまで報告されているエナンチオ選択的な不斉プロパルギル位置換反応は硫黄架橋二核ルテニウム錯体を触媒として用いた例に限られている。これらの研究背景を踏まえて本研究では、硫黄架橋二核ルテニウム錯体以外の他の遷移金属錯体を触媒として用いる事により、特にヘテロ原子求核試薬を用いたエナンチオ選択的プロパルギル位置換反応の開発に取り組んだ。 1994年に村橋らの研究グループは、銅塩を触媒として用いたプロパルギルエステルとアミンとの反応によるプロパルギル位アミノ化反応を報告している。この反応は、完全な位置選択性で対応するプロパルギルアミンが合成可能な有用な触媒反応であるが、現在までその不斉化は達成されていない。 そこで本研究では、この銅塩を触媒に用いたプロパルギル位アミノ化反応に着目し、その不斉化を検討することにした。銅錯体とプロパルギルエステルとの反応から、銅アセチリド錯体を経由して対応する銅アレニリデン錯体が反応中間体として生成すれば、エナンチオ選択的プロパルギル位アミノ化反応が達成可能と考え、詳細な検討を行った。 2. エナンチオ選択的プロパルギル位アミノ化反応 0 °Cメタノール中iPr2NEt存在下、プロパルギルアセテート1aとN-メチルアニリンに触媒量のCuOTf・1/2C6H6および(R)-Cl-MeO-BIPHEPを作用させると、プロパルギル位での位置選択的なアミノ化反応が進行し、目的物のプロパルギルアミン2aが88%収率、86% eeで得られた(Scheme 1)。(R)-Cl-MeO-BIPHEPを不斉配位子として用いて、様々な置換基を有するプロパルギルアセテート1及びアミンを用いて反応性の検討を行った結果、種々のプロパルギルアミンを高収率、高エナンチオ選択的に合成することができた(Scheme 2)。 本触媒的アミノ化反応の推定反応機構をScheme 3に示す。プロパルギルアセテートの末端アルキン部位に銅錯体が配位した銅アルキン錯体Aの生成後に、脱プロトン化反応を経由して、銅アセチリド錯体Bが生じる。本触媒的アミノ化反応は、末端アルキン部位を有する基質に対して特異的に進行する反応であることから、銅アセチリド錯体の生成が支持される。続いて、アセテート部分のカルボニル酸素へのプロトン化を伴う酢酸の脱離により、・炭素にカルボカチオンを有する銅アセチリド錯体Cが生成する。この銅アセチリド錯体Cは、銅アレニリデン錯体の共鳴構造体である。この銅アセチリド錯体Cに対し、求核試薬であるアミンが・炭素を攻撃することで、別の銅アセチリド錯体Dが生成する。次いで、銅アセチリド錯体D内でのプロトン移動により銅アルキン錯体Eを経由し、別のプロパルギルアセテートとの配位子交換により、銅アルキン錯体Aの再生と共に、生成物であるプロパルギルアミンが得られる。別途、共同研究者による理論計算によっても、この反応機構を支持する結果が得られている。 以上のように、銅錯体を触媒として用いたエナンチオ選択的プロパルギル位アミノ化反応を初めて達成し、不斉配位子として(R)-Cl-MeO-BIPHEPが非常に有効に働くことを明らかにした。 3. エチニルエポキシドを用いたエナンチオ選択的環開裂反応 前節で述べたように、銅錯体を触媒として用いたエナンチオ選択的なプロパルギル位アミノ化反応の開発に成功し、銅アレニリデン錯体を鍵中間体として経由する興味深い触媒反応であることも明らかにしてきた。プロパルギルアセテート以外の反応基質を用いて銅アレニリデン錯体を生成することができれば、新しいエナンチオ選択的な触媒反応を開発することが可能となる。本研究では、エチニルエポキシドを銅アレニリデン錯体の前駆体として用いたエナンチオ選択的環開裂反応による光学活性アミノアルコール合成の検討を行った。 触媒量のiPr2NEt存在下、-20 °Cアセトン中エチニルエポキシド3aとアニリンに触媒量のCu(OTf)2と(R)-DTBM-MeO-BIPHEPを反応させたところ、95%収率、79% eeで目的のアミノアルコール4aが得られることが分かった(Scheme 4)。 続いて、(R)-DTBM-MeO-BIPHEPを用いて基質一般性の検討を行った結果、種々のプロパルギルアミノアルコールを高収率、高エナンチオ選択的に合成することができた(Scheme 5)。 本触媒的開環反応の推定反応機構をScheme 6に示す。エチニルエポキシドの末端アルキン部位に銅錯体が配位した銅アルキン錯体Fの生成後に、脱プロトン化反応を経由して、銅アセチリド錯体Gが生じる。本触媒的アミノ化反応は、末端アルキン部位を有する基質に対して特異的に進行する反応であることから、銅アセチリド錯体の生成が支持される。続いて、エポキシド部分の酸素へのプロトン化により、エポキシドの開環反応が起こり、・炭素にカルボカチオンを有する銅アセチリド錯体Iが生成する。この銅アセチリド錯体Iは、銅アレニリデン錯体の共鳴構造体である。この銅アセチリド錯体Iに対し、求核試薬であるアミンが・炭素を攻撃することで、アミンをプロパルギル位に有する銅アセチリド錯体Jが生成する。次いで、銅アセチリド錯体J内でのプロトン移動により銅アルキン錯体Kを経由し、別のエチニルエポキシドとの配位子交換により、銅アルキン錯体Fの再生と共に、生成物であるアミノアルコールが得られる。 本反応は、速度論的光学分割によらないラセミ体のエチニルエポキシドの不斉開環反応であり、理論的には100%の収率で目的物である環開裂生成物が非常に高いエナンチオ選択性で得ることができ、有機合成化学的に優れた不斉触媒反応であると言える。 4. プロパルギル位アミノ化反応及び環化付加反応を用いた連続的な不斉合成反応 前節までの反応において、その生成物は種々の金属触媒による変換反応が知られている末端アルキン部位を有している光学活性なプロパルギルアミンである。そこで、この知見に着目し、系中で生成したプロパルギルアミンを同一の銅錯体を用いて更に有用な化合物へと変換することを試みた。 触媒量のCuOTf・1/2C6H6と(R)-Cl-MeO-BIPHEP存在下、プロパルギルアセタート1とN-(E)-2,4-ペンタジエニルアニリンとをメタノール中、0 °C、24時間反応させた後、室温で8時間反応させることで、テトラヒドロイソインドール誘導体5が収率82%で得られた(Scheme 7)。生成物は二種類ジアステレオマーの混合物として得られたが、そのジアステレオ選択性はcis/trans = 20/1と極めて高く、優先的に生成したシス体は非常に高いエナンチオ選択性(88% ee)で得られた。 様々な置換基を有するプロパルギルアセテート1とN-(E)-2,4-ペンタジエニルアニリンとを同様の反応条件下で反応させると、対応するテトラヒドロイソインドール誘導体5が良好な収率で、また、非常に高いジアステレオおよびエナンチオ選択性で得ることができた(Scheme 7)。 続いて、反応機構の解明のため以下の実験を行った。プロパルギルアセタート1とN-(E)-2,4-ペンタジエニルアニリンとの反応を0 °C、12時間のみで行うと、対応する光学活性なプロパルギルアミン6aが90%収率、86% eeでのエナンチオ選択性で得ることができた(Scheme 8)。次に、この別途単離したプロパルギルアミン6aを連続反応と同一の銅触媒存在下、室温で8時間反応させると、非常に高いジアステレオ選択性でテトラヒドロイソインドール誘導体5aが得られた(Scheme 9)。対照的に、不斉配位子である(R)-Cl-MeO-BIPHEPを加えずに、また、銅触媒を存在させずに環化付加反応を行った場合には、テトラヒドロイソインドール誘導体5aは良好な収率で得られるものの、非常に低いジアステレオ選択性しか見られなかった(Scheme 9)。これらの実験結果は、連続的触媒反応の二段階目で触媒反応である環化付加反応のジアステレオ選択性発現において、不斉配位子である(R)-Cl-MeO-BIPHEPが非常に重要な役割を果たしていることを示している。 本反応は、プロパルギル位アミノ化反応と環化付加といった全く異なる二種類の触媒反応を単一の銅触媒を用いて、順序良く効率的に進行させることにより、比較的単純な反応基質であるプロパルギルアセテートとアミンとから一段階で、ジアステレオ及びエナンチオ選択性が制御されたテトラヒドロイソインドールジエンを高収率で得ることに成功した例である。 5. まとめ 光学活性ジホスフィンを不斉配位子として有する銅錯体を触媒として用いたエナンチオ選択的なプロパルギル位アミノ化反応の開発に成功した。幾つかの実験結果及び理論計算の結果は、銅アレニリデン錯体を鍵中間体として進行していることを示している。この知見に基づき、銅アレニリデン錯体を鍵中間体として経由するエチニルエポキシドのエナンチオ選択的な環開裂反応及び連続的触媒反応の開発に成功した。銅アレニリデン錯体の単離には至っていないが、本研究で得た結果は、銅触媒を用いた有機合成反応に新しい知見を加えたものであると確信している。 Scheme 1. Enantioselective propargylic amination of 1a Scheme 2. Copper-catalyzed enantioselective propargylic amination of propargylicacetates with amines12 Scheme 3. Proposed reaction pathway Scheme 4. Enantioselective ring-opening reaction of 3a Scheme 5. Enantioselective copper-catalyzed ring-opening reactions ofethynyl epoxides 334RHONHAr Scheme 6. Proposedreactionpathway Scheme 7. Copper-catalyzed sequential reactions of propargylic acetates (1) withN-(E)-2,4-pentadienylaniline Scheme 8. Copper-catalyzed propargylic substitutionreaction of 1a with N-(E)-2,4-pentadienylaniline Scheme 9. Copper-catalyzed Diels-Alder reaction of 6aScheme | |
審査要旨 | 学位論文研究において、「銅触媒による不斉プロパルギル位置換反応の開発」を題材として研究を行った。 第1章では、銅錯体を化学量論的及び触媒的に用いた末端アセチレンの分子変換反応について概観し、本論文の研究背景について述べている。遷移金属触媒を用いた触媒的アリル位置換反応は、対応するエナンチオ選択的な合成反応を含めて、現在では最も信頼性のある有用な合成反応の一つとなっている。対照的に、遷移金属錯体を用いた触媒的プロパルギル位置換反応は、位置選択性による反応制御の困難さのため開発が遅れていた。最近になり、エナンチオ選択的な触媒的プロパルギル位置換反応が報告されるようになったが、その報告例はルテニウム錯体を触媒として利用した炭素求核試薬を用いた反応系に限られてきた。本研究では、ルテニウム錯体以外の他の遷移金属錯体を触媒として用いる事により、ヘテロ原子求核試薬を用いたエナンチオ選択的プロパルギル位置換反応の開発に取り組んだ。 第2章では、銅触媒を用いたエナンチオ選択的プロパルギル位アミノ化反応の開発に成功した研究成果について述べている。触媒量の銅錯体及び光学活性ジホスフィン配位子存在下、種々のプロパルギルアセテートとアミンとの反応により、プロパルギルアミンが高収率かつ高エナンチオ選択性で得られることを見出した。これはエナンチオ選択的プロパルギル位アミノ化反応を達成した初めての例である。幾つかの実験結果及び理論計算の結果は、これまで提唱されてこなかった新しい有機金属錯体である銅アレニリデン錯体を反応中間体として経由して進行する新しい触媒反応であることを示唆していた。 第3章では、速度論的光学分割によらないラセミ体のエチニルエポキシドの不斉開環反応の開発に成功した研究成果について述べている。触媒量の銅錯体及び光学活性ジホスフィン配位子存在下、種々のエチニルエポキシドとアニリン誘導体との反応により、エチニル基を有するアミノアルコールが高収率かつ高エナンチオ選択性で得られることを見出した。本反応は、速度論的光学分割によらないラセミ体のエチニルエポキシドの不斉開環反応であり、目的物である光学活性アミノアルコールが100%近い収率で非常に高いエナンチオ選択性で合成することができる有機合成化学的に優れた不斉触媒反応である。 第4章では、プロパルギルアミノ化反応及び環化付加反応を連続的に用いた不斉合成反応の開発に成功した研究成果について述べている。触媒量の銅錯体及び光学活性ジホスフィン配位子存在下、種々のプロパルギルアセテートとペンタジエニルアニリンとを反応させることにより、連続的な不斉反応が進行し、テトラヒドロイソインドール誘導体が高収率、高ジアステレオおよびエナンチオ選択性で得られることを見出した。本反応は、単一の銅触媒を用いた全く異なる二種類の触媒反応を順序良く効率的に進行させることにより、比較的単純な反応基質から一段階で、ジアステレオ及びエナンチオ選択性が制御された複雑な化合物を高収率で得ることに成功した例である。 第5章では、本論文の総括と今後の展望について述べている。 以上、本論文ではエナンチオ選択的な不斉プロパルギル位アミノ化反応を初めて達成すると共に、その反応機構に関して詳細な検討を加えることにより、銅触媒を用いた新しい有機合成反応の開発に成功した研究成果について述べている。本論文で得られた知見は有機合成化学の更なる発展に大きく寄与するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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