学位論文要旨



No 125769
著者(漢字) 矢崎,さなみ
著者(英字)
著者(カナ) ヤザキ,サナミ
標題(和) イオン性部位を有する機能性液晶の開発
標題(洋) Development of Functional Liquid Crystals Containing Ionic Moieties
報告番号 125769
報告番号 甲25769
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7302号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 野崎,京子
 東京大学 教授 工藤,一秋
 東京大学 准教授 舟橋,正浩
内容要旨 要旨を表示する

有機材料開発において、自己組織的ナノ構造を利用したアプローチは重要である。液晶は、結晶の秩序性と液体の流動性を併せ持つ物質であり、自己組織的に動的・異方的なナノメートルレベルの分子集合構造を形成する。分子間相互作用、ナノ相分離、分子形状といった情報を分子に組み込むことでナノ構造を設計し、外部刺激応答性や高効率輸送特性を有する機能性液晶材料の開発が可能である。本研究では特に、イオン性液晶に着目した。イオン伝導体は生体におけるイオンチャンネル、電子材料におけるバッテリーやキャパシターなど、幅広い分野で重要な働きをする。イオン性部位と疎イオン性部位のブロック構造を有するイオン性液晶は、ナノ相分離によって各ブロックが分離して凝集したナノ構造を形成し、高効率・異方的にイオンを輸送する材料となる。

これまでにスメクチック液晶やカラムナー液晶を用いた 2 次元、1 次元の異方的イオン伝導性液晶が開発され、異方性やイオン伝導度の向上が報告されてきた。本論文では、水素結合性のグルタミン酸部位を導入した異方的イオン伝導性液晶において、1 次元伝導の液晶-液晶相転移における不連続的な変化を見出したことが述べられている。さらに、近年有機フレキシブル電子デバイスへの応用が期待されている ・ 共役分子に着目し、異方的イオン伝導性を ・共役部位の電子活性と組み合わせることによる新規機能性液晶材料の開発が示されている。第 1 章は序論であり、以上の本研究に至る背景を概観し、問題提起が行われている。

本論第 2 章では、グルタミン酸部位を有するイオン性カラムナー液晶のイオン伝導挙動について述べている。ペプチド部位は、水素結合の形成により安定な液晶相を与える場合がある。イミダゾリウム塩部位、水素結合性の L-グルタミン酸部位、嵩高いアルコキシフェニル部位から成る扇形の化合物を設計・合成した。長鎖アルキル基で置換したフェネチルアルコールと Fmoc 保護したグルタミン酸を縮合後、脱保護を行い、さらにブロモ酪酸と反応後、メチルイミダゾールと反応させることで対アニオンが臭化物イオンのイミダゾリウムブロミド誘導体を得た。さらにアニオン変換により対アニオンがビストリフルオロメタンスルホニルイミドイオンであるイミダゾリウムイミド誘導体を得た。イミダゾリウムブロミド誘導体は、ヘキサゴナルカラムナー液晶相を発現した。イオン性部位と疎イオン性部位のナノ相分離により、イミダゾリウム塩部位が中心に自己組織化したカラム構造が形成されていると考えられる。さらに高温領域において、イミダゾリウムブロミド誘導体はミセルキュービック相を発現した。一方、イミダゾリウムイミド誘導体はヘキサゴナルカラムナー相のみを形成した。イミダゾリウムブロミド誘導体の液晶状態での赤外吸収スペクトル測定において、臭化物イオンがグルタミン酸部位のアミドのプロトンと強く相互作用し、アミド間水素結合の形成を妨げていることが示唆された。一方、イミダゾリウムイミド誘導体の液晶状態での赤外吸収スペクトルでは、ビストリフルオロメタンスルホニルイミドイオンはアミドのプロトンとの相互作用が小さいことが示唆された。イミダゾリウムブロミド誘導体においては、臭化物イオンと水素結合性のグルタミン酸部位との強い相互作用によって液晶構造が高温まで安定化された。さらに、かさ高い疎イオン性部位を有するため、ミセルキュービック相が発現したと考えられる。

イミダゾリウムブロミド誘導体のカラムナー液晶状態でせん断応力を印加することによりカラムを一軸配向させ、カラムの軸に平行、垂直な方向のイオン伝導度をそれぞれ測定した。イミダゾリウムブロミド誘導体はカラムナー液晶相においてカラムの軸方向で軸に垂直な方向より約 10 倍高いイオン伝導度を示した。また、ヘキサゴナルカラムナー相 - キュービック相の相転移に伴い、イオン伝導度の急激な低下が観測された。カラムナー相での 1 次元イオン伝導パスが切れ、イオン性部位がミセルの中心に組織化したことを示す結果である。液晶の自己組織的分子集合構造の変化を利用した 1 次元輸送のオンオフスイッチングへと展開可能である。また、イミダゾリウムイミド誘導体はイミダゾリウムブロミド誘導体より約 15 倍高いイオン伝導度を示した。

本論第 3 章では、・ 共役部位を有するイオン性スメクチック液晶におけるエレクトロクロミズムについて述べている。・共役部位を有する液晶は、・共役部位が凝集した液晶秩序構造において異方的・効率的に電子性キャリアを輸送することが報告されている。イオン伝導性と電子性キャリア伝導性を有する材料は様々なデバイスへと応用が期待されている。液晶ナノ構造中でイオン伝導性を示す電子活性な物質を開発できれば、高度な機能を有する新規材料の構築につながると考えた。・共役部位として優れたホール輸送特性が期待されるフェニルターチオフェン部位と、イオン伝導性部位としてイミダゾリウム塩部位からなる化合物を設計・合成した。ブロモターチオフェン誘導体とボロン酸エステル誘導体との鈴木カップリングにより 4 環化合物を得た。末端ヒドロシキル基を三臭化リンにより臭素化後、イミダゾールと反応させ、アニオン変換することで目的化合物を得た。この化合物はスメクチック A 相を発現した。スメクチック A 相において、疎イオン性の ・共役部位と、イミダゾリウム塩部位がナノ相分離により別々に凝集し、イオン伝導パスとホール輸送パスが分離して組織化した積層構造を形成していると考えられる。

交流インピーダンス法によるイオン伝導度測定において、この化合物はスメクチック相のレイヤー方向に10-4 Scm-1 オーダーのイオン伝導度を示した。

この化合物の電解質溶液状態のサイクリックボルタンメトリーにおいて、可逆的な一電子酸化還元波を得た。さらに、この化合物の電解質溶液の酸化状態での紫外可視吸収スペクトル測定において、・共役部位の酸化によるカチオンラジカルの生成を示唆する吸収ピークが可視域を含む波長領域に現われた。さらに、バルク液晶状態での酸化還元特性を調べた。透明電極からなる液晶セルに電圧を印加すると、可逆に化合物の色の変化が観察された。このバルク液晶状態でのエレクトロクロミズムをレーザー光の透過光強度の変化により評価した。液晶セルに矩形波電圧を印加すると、可逆に透過光強度が増減する様子が観察された。電圧を印加すると、化合物が形成するナノ液晶構造でのイオン伝導パスを対アニオンが高効率に移動し電極近傍に可逆的に集まることで、可逆に化合物が酸化されたと考えられる。

本論第 4 章では、第 3 章で見出した・共役部位を有するイオン伝導性液晶のエレクトロクロミズムの向上を検討した。第 3 章において取り上げたフェニルターチオフェン誘導体が電解質溶液に溶解したサイクリックボルタンメトリーにおいて、電解質溶液の電位窓内の電位において可逆な還元波が観測されなった。また、液晶バルク状態でのエレクトロクロミズムにおいて、酸化電極に比べて還元電極での反応の可逆性が劣った。

そこで新たに、電子吸引性のシアノ基を導入した化合物を合成した。この化合物は、スメクチック A 相を形成した。X 線回折測定および分子力場計算より、第 3 章で取り上げたフェニルターチオフェン誘導体と同様、スメクチック A 相においてイオン伝導パスと電子性キャリア輸送パスが分離して組織化した積層構造の形成が示唆された。化合物が電解質溶液に溶解した溶液のサイクリックボルタンメトリーにおいて、可逆な酸化波と還元波が観測された。この化合物ではシアノ基の導入によって電子親和力が大きくなったと考えられる。この化合物を用いて透明電極からなる液晶セルを作製し、バルク液晶状態での酸化還元特性を評価した。第 3 章で取り上げたフェニルターチオフェン誘導体と同様に、バルク液晶状態で可逆な色の変化が観察された。

さらに、還元電極に PEDOT-PSS 薄膜をコーティングした液晶セルを用い、第 3 章で取り上げたフェニルターチオフェン誘導体のバルク液晶状態での酸化還元特性を評価した。

以上、本論文では、イミダゾリウム塩を用いた機能性液晶材料の開発が述べられている。グルタミン酸部位を導入したイオン性カラムナー液晶において、液晶相転移を利用したイオン伝導の相転移による不連続的な変化について報告している。また、・共役部位を導入したイオン性スメクチック液晶を用いて、バルク液晶状態でのエレクトロクロミズムが観測されたことが述べられている。本論文で報告されている研究は、液晶の動的なナノ構造を利用した機能材料開発の指針を示すものである。今後、目的とする機能に合わせて分子構造を最適化することにより、様々な電子材料へと応用展開が可能であると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

有機材料開発において、自己組織的ナノ構造を利用したアプローチは重要である。分子間相互作用、ナノ相分離、分子形状といった情報が組み込まれた分子が形成するナノ構造を用いる高機能性および環境低負荷性材料の開発は有望である。

本論文では、ナノ構造を形成させる手法として液晶の自己組織化を用いている。また、機能としてイオン伝導や電子伝導に着目し、電子材料などへの応用展開の可能性を示している。高効率・異方的なイオン伝導性ナノ構造を基本モチーフとし、さらに新たな機能と融合することによる機能性液晶材料の開発が述べられている。本論文は以下の 5 章から構成されている。

第 1 章は序論であり、以上の本研究に至る背景を概観し、問題提起が行われている。

第 2 章では、グルタミン酸部位を有するイオン性カラムナー液晶の熱挙動とイオン伝導挙動について述べている。イミダゾリウム塩部位、水素結合性のグルタミン酸部位、かさ高いアルコキシフェニル部位から成る液晶が開発された。対アニオンとして臭化物イオンやビストリフルオロメタンスルホニルイミドイオンを用いた、イミダゾリウム塩誘導体が合成された。イミダゾリウムブロミド誘導体は、ヘキサゴナルカラムナー液晶相とミセルキュービック液晶相を発現した。ヘキサゴナルカラムナー相からミセルキュービック相への相転移に伴い、イオン伝導度の急激な低下が観測された。ミセルキュービック相において、カラムナー相で形成されていた 1 次元イオン伝導パスが断片化し、イオン性部位がミセルの中心に組織化したことを反映した結果であると推察している。このようなイオン伝導挙動により、液晶の分子集合構造変化を利用したイオン伝導性の制御が可能であると考察している。一方、イミダゾリウムイミド誘導体は幅広い温度領域においてヘキサゴナルカラムナー相を形成し、イミダゾリウムブロミド誘導体より高いイオン伝導度を示した。ふたつの化合物の液晶バルク状態における赤外吸収スペクトルを比較し、対アニオンとグルタミン酸部位との相互作用を、得られたイオン伝導挙動や熱挙動に関連付けている。

第 3 章では、・共役部位を有するイオン性スメクチック液晶におけるエレクトロクロミズムについて述べている。優れたホール輸送特性が期待されるフェニルターチオフェン部位と、イオン伝導性部位であるイミダゾリウム塩部位からなる化合物の開発が示されている。この化合物はスメクチック液晶相を発現した。・ 共役部位とイミダゾリウム塩部位がナノ相分離により別々に凝集し、イオン伝導パスとホール輸送パスが分離して組織化して積層構造が形成していることを、X 線回折測定から結論づけている。溶液状態でのサイクリックボルタンメトリー測定から、この化合物がほぼ可逆に一電子酸化されることが示されている。さらに、バルク液晶状態における酸化還元特性を検討している。この化合物は、透明電極からなるセルに封入し電圧を印加することで可逆な色変化を示した。電圧を印加すると、化合物が形成する液晶ナノ構造のイオン伝導パスを対アニオンが高効率に移動し、電極近傍に可逆的に集まることで、可逆に化合物が酸化されたと考察している。

第 4 章では、第 3 章で見出されたバルク液晶状態でのエレクトロクロミズムの問題点を明らかにし、その解決策を示している。第 3 章で観測した・共役部位を有するイオン伝導性液晶のエレクトロクロミズムにおいて駆動電圧や応答速度に問題点を見出し、その原因として液晶の還元反応が不可逆であることに着目している。新たに合成された電子吸引性のシアノ基を導入した化合物は、溶液状態でのサイクリックボルタンメトリー測定においてほぼ可逆な酸化波と還元波を示した。この化合物を用いて透明電極からなる液晶セルを作製し、バルク液晶状態での酸化還元特性を評価している。第 3 章で取り上げられたフェニルターチオフェン誘導体よりエレクトロクロミズムの駆動電圧が低くなることを見出している。さらに、還元電極に導電性高分子薄膜をコーティングした液晶セルを用いることで、バルク液晶状態でのエレクトロクロミズムの応答が速くなり、駆動電圧も低くなることを見出している。導電性高分子薄膜が電子アクセプターとして機能し、液晶の酸化反応と組み合わされることでエレクトロクロミズム特性の向上が得られたと結論づけている。

第 5 章は本論文の結論であり、本研究を通して得られた新しい知見および応用展開の可能性について述べている。

以上のように本研究では、イミダゾリウム塩を用いた機能性液晶材料の開発が述べられている。本研究の成果は自己組織的ナノ構造を利用した新たな機能発現の可能性を示しており、今後の材料化学の進歩に大きく貢献するものと期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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