学位論文要旨



No 125770
著者(漢字) 山本,祐也
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ユウヤ
標題(和) 炭酸カルシウム/生体高分子複合体の開発
標題(洋) Development of Calcium Carbonate/Biopolymer Hybrids
報告番号 125770
報告番号 甲25770
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7303号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 准教授 芹澤,武
 東京大学 准教授 舟橋,正浩
内容要旨 要旨を表示する

バイオミネラリゼーションとは生体による無機物形成のことである。形成された無機物をバイオミネラルという。バイオミネラルの例としては人間の歯や骨、貝殻や甲殻類の外骨格、磁性細菌のマグネタイトなどが挙げられる。バイオミネラリゼーションは細菌から藻類、植物、海綿動物から脊椎動物に至るまで多くの生物種にみられる現象であり、形成される無機物も、炭酸カルシウムやリン酸カルシウムからシリカ、酸化鉄など多様である。バイオミネラルには有機物との複合化により単なる無機鉱物にはみられない多くの興味深い特徴がある。熱力学的に不安定な多形の安定化や作り分け、単純な無機化学合成では形成されない複雑なモルホロジー、緻密に制御された結晶の配向などである。

天然のバイオミネラルはその精緻なモルホロジーや多形の作りわけ、結晶方位の制御などから材料化学者にとって興味深い研究対象である。またその高い機械的強度や光学的機能、環境低負荷性など優れた特性を有している。たとえば貝殻真珠層は平板状のアラゴナイト単結晶と有機高分子層からなる層状構造を形成しており、その結晶のレンガを有機物のセメントでかためたような複合構造によって、単なるアラゴナイト単結晶よりはるかに高い機械的強度を有しており、またその各結晶層における光の多重反射と干渉によって美しい真珠光沢を発現している 。バイオミネラルの形成過程においては酸性生体高分子、特に酸性タンパク質が重要な役割を果たしていることが明らかになっている。これらバイオミネラルに関わる酸性タンパク質の構造は生命工学の急速な発展により、DNAの塩基配列レベルでは明らかになりつつある。しかし、翻訳後修飾まで含めてこれらの酸性タンパク質の構造を明らかにした例は少なく、その構造と機能の相関は未解明であるのが現状である。

これまでに、ザリガニ外骨格の硬組織化に関与する酸性ペプチドCAP-1存在下キチンマトリクス上で炭酸カルシウムの結晶成長をおこなうことで、一軸に配向した炭酸カルシウム薄膜結晶が形成することがわかっている。さらにセリンがリン酸化されていない組換えペプチドrCAP-1では表面を形成する結晶が大きくなり、タイル状になることがわかっている。

本研究では、CAP-1の様々な組換え体を用いてその構造と機能の関係を詳しく報告している。また、液晶性のキチンやコラーゲンを用いることで無機/有機複合体に秩序構造を導入したことも報告している。

第一章は序論である。天然のバイオミネラルの構造と機能についての基礎、およびバイオミネラルに倣う無機結晶成長の研究例について平易に概説し、さらに酸性タンパク質の役割を研究する利点を明示し、本研究への導入とした。

第二章では、様々なCAP-1の組換え体存在下、キチン薄膜上で炭酸カルシウムの結晶成長を行うことで、CAP-1の構造と機能の関係について詳細に述べている。まず、CAP-1のホスホセリンをアスパラギン酸に換えた組換えペプチドS70Dを用いて炭酸カルシウムの結晶成長をキチン薄膜上で行った。その結果、得られた結晶の表面はCAP-1を用いた場合とrCAP-1を用いた場合の中間程度の粒径の粒状結晶から形成していることがわかった。また、rCAP-1のN末端部位を除いた組換えペプチドΔNおよびC末端部位を除いた組換えペプチドΔC存在下、キチン薄膜上で炭酸カルシウムの結晶成長を行った。その結果、ΔN存在下得られた結晶の表面は400 nm程度の粒状結晶から形成されており、rCAP-1を用いた場合とほとんど差がなかったのに対して、ΔC存在下得られた結晶は他のペプチドを用いた場合に見られたような表面の微細化が見られなかった。ΔCは酸性残基が連続するC末端部位を欠いたことで炭酸カルシウム結晶成長阻害作用が大きく失われたことがわかった。これらの結果から、酸性残基は単にその数ではなく、配列が結晶化制御に重要であることがわかった。

得られた知見を元に、CAP-1の更なる機能化を行った。ここまでの結果から、CAP-1の酸性残基が連続するC末端部位が炭酸カルシウム結晶成長に大きな影響を及ぼしていることがわかったので、この酸性残基が連続するC末端部位の繰り返し構造を有する組換えペプチドrCAP-1-CTを用いてキチン薄膜上で炭酸カルシウムの結晶成長をおこなった。その結果二種類の一軸配向した三角形の結晶が得られた。走査型電子顕微鏡観察及び透過型電子顕微鏡観察より、一方はc軸が基板に垂直に配向しており、さらに小さな200 nm程度の三角形の結晶子から形成されていることがわかった。カルシウムイオンとの相互作用部位と考えられるC末端を繰り返し構造にしたことで、ペプチドによってカルサイトの(001)面が安定化されていた。もう一方はc軸が基板に水平に配向しており、200 nm程度の粒状の結晶子から形成されていることがわかった。結晶が(001)方向あるいは(00-1)方向の一方のみに成長していた。

第三章、第四章では、無機/有機複合体に液晶を利用して秩序構造の導入について述べている。

第三章ではコレステリック相を示すリオトロピック液晶性キチンをマトリクスとした炭酸カルシウムの結晶成長プロセスを利用した、甲殻類外骨格に類似した秩序構造を有する無機/有機複合体の構築について述べている。まず、キチンを塩酸処理することによって、液晶性キチンサスペンジョンを得た。これを塩化アンモニウム蒸気中に静置したところ、流動性を失いゲル化した。このゲル化したキチンを偏光顕微鏡で観察したところ、コレステリック液晶に特徴的なフィンガープリントテクスチャーが観察され、液晶の構造が保たれていることがわかった。そこで、このキチンゲルをマトリクスとして炭酸カルシウムの結晶成長を行った。結晶成長はキチンゲルをポリアクリル酸、塩化カルシウム水溶液中に浸漬し、炭酸アンモニウム蒸気中に静置することで行った。30日間の結晶成長によってゲル内部で炭酸カルシウムが形成した。得られた複合体を走査型電子顕微鏡、エネルギー分散型X線分光、赤外吸収分析、熱重量分析などを行ったところ、この複合体は構造と構成成分の両方で甲殻類外骨格に類似していることがわかった。

第四章ではコラーゲンモデルペプチドを液晶化し、アモルファス炭酸カルシウム (ACC) と複合化することで秩序構造を有するコラーゲン/ACC複合体を構築したことについて述べている。得られた複合体を分析したところ、フーリエ変換分析より、ACCと複合化するとコラーゲンロッド間の間隔が広がることがわかった。

第五章は本研究のまとめと展望である。これまでのバイオミネラリゼーションに関わる酸性タンパク質の研究は配列中の酸性残基の数ばかりに注目しているものが多く、また、構造決定もDNAの塩基配列レベルであり、翻訳後修飾まで含めて完全に化学構造が決まったペプチドの構造と機能を調べた研究はほとんどなかった。本研究ではCAP-1の様々な組換え体を用いた炭酸カルシウム結晶成長により、CAP-1の構造と機能の関係を明らかにした。その結果、ホスホセリン、およびC末端の酸性残基連続配列が重要であることがわかった。また、無機/有機複合体への秩序構造の導入に関しては、リオトロピック液晶状態を利用することで、液晶の秩序構造を複合体に導入することに成功した。本研究で確立した手法は今後、新規な無機/有機複合体の開発に有用であると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

バイオミネラリゼーションとは生体による無機物形成のことをいう。天然のバイオミネラルは高い機械的強度や光学的性質、環境低負荷性などの優れた特徴を有しており、新規機能材料のよいモデルになると考えられている。

本論文では、ザリガニ由来ペプチドCAP-1の様々な組換えペプチドやCAP-1をモデルに合成したオリゴペプチドを用いることでCAP-1の構造と機能の関係を明らかにすることを目指した。特にペプチド70残基目の官能基やC末端酸性部位を変化させることで、ペプチドの酸性部位が炭酸カルシウムの結晶成長に及ぼす効果について詳細に述べている。さらに液晶性のキチンやコラーゲンと炭酸カルシウムの複合化による秩序構造を有する無機/有機複合体の構築が述べられている。本論文は以下の5章から構成されている。

第1章は序論であり、以上の本研究に至る背景を概観し、目的を述べている。

第2章では、様々なCAP-1組換えペプチドおよびオリゴペプチド存在下における炭酸カルシウムの結晶成長実験ついて述べている。CAP-1の70残基目のホスホセリンをアスパラギン酸に置換した組換えペプチドS70Dでは、リン酸基をもたないrCAP-1とリン酸基を有するCAP-1の中間程度の粒径の粒状結晶からなる一軸配向した結晶が形成することを見出している。このことからペプチド70残基目の官能基の酸性度が得られる炭酸カルシウムの表面モルホロジーに影響を与えていると考察している。また、酸性残基がまばらに存在するペプチドN末端、および酸性残基が連続して存在するC末端17残基を除いた組換えペプチドΔNおよびΔC存在下、キチン薄膜上で炭酸カルシウムの結晶成長を行い、ペプチドの酸性残基はその数だけでなく配列も重要であることを示している。また、CAP-1のC末端酸性部位のアミノ酸配列をもとに酸性オリゴペプチドを設計・合成し、炭酸カルシウムの結晶成長に及ぼす効果を述べている。論文では、オリゴペプチドを添加物として用いた炭酸カルシウム結晶成長の結果から、ペプチドC末端の酸性部位が形成する炭酸カルシウム結晶の表面モルホロジーに、ペプチドのキチン結合部位が結晶の配向制御に重要な役割を果たしていると結論づけている。さらにCAP-1の配列の更なる機能化を行った組換えペプチドrCAP-1-CT存在下、炭酸カルシウムの結晶成長を行い、配向した結晶のモルホロジーについて述べている。カルサイトの不安定な面がrCAP-1-CTにより安定化されたために配向した結晶が形成したと推察している。

第3章ではリオトロピック液晶性キチンをマトリクスとした炭酸カルシウムの結晶成長について述べている。すなわち、甲殻類外骨格やウニの棘などのバイオミネラルを含む生体の秩序構造と液晶の秩序構造には相似な点が多く見られることを指摘し、液晶をテンプレートにした無機/有機複合材料開発の有用性について述べている。得られた複合体の構造解析を行い、構造と組成の両面で甲殻類外骨格に類似していることが示されている。本論文における秩序構造を有する無機/有機複合体構築に関するアプローチが、新規機能材料の開発に重要であると述べている。

第4章ではリオトロピック液晶性のコラーゲンモデルペプチドとアモルファス炭酸カルシウムの複合化について述べている。コラーゲンモデルペプチドとアモルファス炭酸カルシウムの複合体の構造解析の結果をもとに、光学異方性を有するコラーゲンモデルペプチド/アモルファス炭酸カルシウム複合体が構築されたことが示されている。

第5章は本論文の結論であり、本研究を通して得られた新しい知見および新しい無機/有機複合材料の開発指針について述べている。

以上本論文では、様々な組換え体を用いてCAP-1の構造と機能の関係に関する詳細な研究を行った。また、キチンやコラーゲンモデルペプチドなどのリオトロピック液晶を用いて秩序構造を有する無機/有機複合体の構築を行った。本研究の成果は今後の無機/有機複合体の開発に大きく貢献するものと期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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