学位論文要旨



No 125776
著者(漢字) 五十嵐,悠紀
著者(英字)
著者(カナ) イガラシ,ユキ
標題(和) コンピュータを用いた手芸設計支援に関する研究
標題(洋)
報告番号 125776
報告番号 甲25776
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7309号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,宏正
 東京大学 講師 大竹,豊
 東京大学 教授 森川,博之
 筑波大学 准教授 三谷,純
 大妻女子大 教授 堤,江美子
内容要旨 要旨を表示する

裁縫や編み物といった手芸の分野では専門家がデザインした型紙や編み図を利用して手作りの作品を作ることが多く,初心者が形状を自らデザインし,それに沿った作品を作ることは難しかった.これはできあがりの3次元形状を想像しながら,2次元の展開図(型紙や編み図)をデザインすることの難しさを表しており,熟練者であっても,試行錯誤を繰り返しながら時間をかけて手作業で行う作業である.

本研究では,これを手作業が主であるコンピュータ支援が未開拓であった手芸の分野にさらに展開し,熟練者しか作成することのできなかったオリジナルの手芸作品を主婦や子供たちなどの素人がデザインし製作できるようなシステムを実現することを目標とした.従来の設計・製作支援の分野のシステムはCADなどのように専門家向けが中心だったため,素人でも手軽にデザインできるような直感的なインタフェースが必要となるため,それらを提案・実装した.提案手法を実装したシステムを用いて,実際に一般ユーザに使ってもらうためにワークショップの開催やユーザスタディにおけるシステムの評価実験および調査なども行った.

本研究では大きくわけて,3つのテーマを取り扱う.まず第1にユーザが望む形状のあみぐるみをデザインする手法を提案した.3次元モデリングプロセスにインタラクティブな毛糸のシミュレーションを組み合わせることで初心者でもあみぐるみを効率的にデザインできるシステムKnittyを作成した.ユーザは図1のようにスケッチインタフェースを用いて3次元あみぐるみモデルをデザインしていく.システムはユーザの入力を用いて,あみぐるみモデルを構築し,対応する編み図も自動生成する.本システムは初心者にでも直感的にデザインできる.また,初めてあみぐるみに挑戦する者でも作成手順を容易に理解できるようにするために,製作手順を視覚的に提示する製作支援インタフェースも備えた.これによりあみぐるみ製作初心者にも容易にオリジナルなあみぐるみを作成できることを確認した.一般のユーザによるユーザスタディを行うため,小学生高学年および中学生を対象としたワークショップを開催し,図2のようにオリジナルのあみぐるみをデザインしてもらいシステムを評価した.

第2に,図3のような3次元モデルから実際のあみぐるみをに変換する手法である.既存の3次元サーフェスモデルを入力として,ユーザがあみぐるみにするために手足などのパーツごとに領域分割を行う.システムはそれぞれのパーツを1本の毛糸で編む計算を行い,あみぐるみモデルに変換する.本手法では,あみぐるみ作成のために,3 次元サーフェスモデルを1次元の小さなセル列として表現することを行った.本システムは3次元モデルへ等幅のストリップを巻きつけ,得られたストリップを等幅でサンプリングすることで,編み図へと自動変換する.また対応する編み図を自動生成する.

第3に実際に存在する物体のためのカバーをデザインする手法である.既存の物体に対してカバーをデザインする際にはたくさんの物理的制約があり,それらを満たすようなカバーを素人がデザインすることは難しい.さらにデザインする際には2次元の型紙をカバーで包みたい物体の表面よりも大きくなるようにデザインしなければならない.また,取り出し口は内部の物体を簡単に取り出せる大きさでなければならない.これらの問題を解決するために,コンピュータを用いて既存の3次元モデルに対してインタラクティブにカバーをデザインするシステムを提案する.図4のように作りたい物体の3次元モデルを用意し,入力とする.システムは入力モデルに合うようなカバージオメトリを提案する.実際に縫い合わせる際の縫い目をデザインし,3次元形状を2次元平面に展開することで型紙を用いる.この展開にはカバーとして成り立つように,表面形状が縮まることのない展開手法を考案した.また,ユーザがデザインした取り出し口から内部の物体を取り出せるか否かをテストする機構も提案する.これにより,実際にカバーを製作する前に,取り出し口の大きさなどをチェックすることが可能になる.一般家庭に普及しているスペックのコンピュータでリアルタイムに稼動するシステムにするために,シミュレーションを頂点同士の衝突干渉のみの利用とするなど対話性の工夫を行った.

本論文で提案するそれぞれの手法について,実際にアプリケーションを実装し,それぞれの評価を行った.これにより,一般のユーザには難しかった手芸作品をデザインするという過程を効率的に支援できることを確かめた.

図1:ユーザのスケッチ入力を元にあみぐるみモデルと対応する編み図を生成するシステムKnitty.(a) ユーザはスケッチインタフェースを用いてあみぐるみモデルをデザインする.(b) システムは編み図とその編み図を元に構成できる3 次元モデルを提示する.(c) システムが提示した編み図を元に実際に編んだあみぐるみ.

図2: Knittyを用いたワークショップで子どもたちが製作したオリジナルのあみぐるみ.

図3:既存3次元モデルからあみぐるみモデルに変換する手法.

図4:カバーデザイン手法の提案.

図5:ユーザのデザインした取り出し口から物体が取り出せるかテストする機構を構築した.コンピュータ内部であらかじめ取り出せるか否か試してみることが可能となる.

審査要旨 要旨を表示する

五十嵐悠紀(いがらしゆき)提出の本論文は「コンピュータを用いた手芸設計支援に関する研究」と題し,全6章よりなり,手芸作品の設計をコンピュータで支援するための問題を扱っている.

第1章では,研究の背景を説明し,研究の目的,手芸の活用分野と論文の構成を述べている.裁縫や編み物といった手芸の分野では専門家がデザインした型紙や編み図を利用して手作りの作品を作ることが多く,初心者が形状を自らデザインし,それに沿った作品を作ることは難しかった.これはできあがりの3 次元形状を想像しながら,2 次元の展開図(型紙や編み図) をデザインすることの難しさを表しており,展開図のデザインは熟練者であっても,試行錯誤を繰り返しながら時間をかけて手作業で行う作業である.そこで本論文では,コンピュータを用いて手芸作品の設計を支援するための研究を行うものとした.毛糸でできたぬいぐるみである「あみぐるみ」と実物体の制約を考えながらデザインしなければならない「カバー」のデザインに着目して,その設計についての研究を行うものとした.

第2章では,は手芸一般に関する共通のデザインと作成プロセスについて論じている.手芸の中でもできあがり形状が3 次元であり設計の難しい裁縫および編み物に関しての現状を取り上げ,考察する.また,修士課程において行ったぬいぐるみデザインのための設計支援システム開発についても紹介し,これらを元に初心者向け手芸設計製作支援システムの要件の分析を行い,システム設計のための一般要件をまとめている.

第3章ではユーザが望む形状のあみぐるみをデザインする手法を述べている.ユーザはスケッチインタフェースを用いて3 次元あみぐるみモデルをデザインしていく.モデリングとシミュレーションを融合した本システムでは,編み図を自動生成し,その編み図を用いて編んだあみぐるみモデルをユーザに提示する.実際にあみぐるみを作成する際に初心者でも簡単に作ることのできるよう,製作支援インタフェースも備えている.製作支援インタフェースでは編み時間の提示や編み方の順序の提示などの機能がある.ワークショップを開催し評価を行うことで,あみぐるみ初心者でも容易にオリジナルのあみぐるみを作成できることを確認している.

第4章では, 3 次元モデルからあみぐるみを作成するための編み図を生成する手法を述べている.既存の3 次元サーフェスモデルを入力として,3 次元サーフェスモデルをストリップと呼ばれる1 次元の小さなセル列として表現することを行った.ユーザが領域分割を行ったあみぐるみのパーツごとに等幅のストリップを巻きつけ,得られたストリップを等幅でサンプリングすることで,編み図へと変換する.システムはそれぞれのパーツを毛糸で編んだ際のあみぐるみモデルとして変換を行い,編み図を自動生成する.シミュレーションを適用したあみぐるみモデルをユーザに提示することで,ユーザは実際に編んだ際の形状をあらかじめコンピュータ内部で確認することができる.本手法を用いて実際に作成したあみぐるみを紹介している.

第5章では,実際に存在する物体のためのカバーをデザインする手法を述べている.作りたい物体の3 次元モデルを用意し,これを入力とする.システムは入力モデルに合うようなカバー形状を提案する.ユーザはカバー形状に縫い目をデザインし,それを元にシステムは型紙へと展開を行う.カバーとして成り立つように,表面形状が縮まることのない展開手法を考案している.また,ユーザがデザインした取り出し口から内部の物体を取り出せるか否かをテストする機構も提案している.これにより,実際にカバーを製作する前に,取り出し口の大きさなどをチェックすることが可能になる.

第6章では結論を述べている.提案したそれぞれの手法について,初心者向けであり,誰でも使えることを考慮して,システム開発の要件に沿うようにシステムを設計し,幾何処理アルゴリズムを考案した.また,実際にアプリケーションを実装し,それぞれの評価を行うことで知見をまとめた.これにより,一般のユーザには難しかった手芸作品をデザインするという過程を効率的に支援できることを確かめた.手芸作品を支援する初心者向けシステムの要件が示された.また,今後の展望がまとめられている.

以上を要約するに,本研究により,コンピュータによって手芸作品の設計を支援する新しい手法が複数提案され,それぞれの有効性が確認された.また,残されている課題についても問題点が明らかとされ,それぞれの手芸設計手法に関して大きな貢献をしたと言える.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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