学位論文要旨



No 125778
著者(漢字) 宮下,直也
著者(英字)
著者(カナ) ミヤシタ,ナオヤ
標題(和) 高効率タンデム太陽電池に向けた希釈窒化物半導体の高品質化に関する研究
標題(洋)
報告番号 125778
報告番号 甲25778
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7311号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 岡田,至崇
 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 瀬川,浩司
 東京大学 准教授 杉山,正和
 豊田工業大学 教授 山口,真史
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、長波長帯光デバイス用材料として期待されるGaInNAs希釈窒化物半導体の多接合タンデム太陽電池への応用に向けて、高品質でかつ1 eV帯のバンドギャップの薄膜結晶成長技術の研究を行った。

III-V-N系希釈窒化物半導体では、窒素(N)原子の非混和性が高く、熱平衡状態では組成オーダーのNの添加が非常に困難な材料系である。したがって、数%のNを添加するためには活性な窒素源(NプラズマやHydrazine系ガスソースなど)を導入し、熱平衡からずれた条件での結晶成長を検討する必要がある。これまでに、分子線エピタキシー(MBE)や有機金属化学気相成長(MOCVD)などの成長法が研究されているが、非混和性の高いN原子の導入に伴い、結晶欠陥や結晶構造の乱れ、また組成の局所的な揺らぎが生じ、結晶性が劣化することが問題となっている。また、N導入に起因した高密度の局在準位や、深い準位の形成による電気的、光学的特性の劣化が実用化を困難にしている。これらの欠陥準位の起源として、N原子の不均一取り込みによる局在化やクラスター化、複合欠陥や空孔型欠陥、不純物等が考えられるが、現状ではまだ不明な点が多い。また、GaInNAsを太陽電池材料に応用した報告例は少なく、その電気的特性ならびに太陽電池特性に関する研究は十分に成されていない。そこで本研究では、はじめにMBE法を用いたGaInNAs材料の高品質化を目指し、原子状水素の導入による効果と成長温度の欠陥準位への影響を評価した。さらに、Sbサーファクタントの導入による結晶成長制御および結晶品質、欠陥準位への影響を検討し、GaInNAsSb太陽電池の作製と評価を行った。以下にそれぞれの概要を述べる。

はじめに、原子状水素援用RF-MBE(H-MBE)法によるGaInNAs結晶の高品質化を図るため、結晶成長時の原子状水素照射の影響を検討した。原子状水素を用いることで、N添加に伴う表面平坦性の乱れが抑制された。このことから、二次元成長モードが促進され、良質な結晶が得られやすい成長機構となっていると考えられる。さらに原子状水素の照射により太陽電池の量子効率の増大を得た。また、成長温度を検討した結果、低温になるほど(~400℃)成長時の表面マイグレーションが抑制され、X線回折等で評価されるマクロな結晶性の揺らぎが改善された。一方で、酸素不純物の取り込みが増加しフォトルミネッセンス(PL)発光特性、電子移動度、太陽電池の量子効率の劣化、およびリーク電流の増大が観測された。500℃程度の高温で成長することでこれらの特性が改善したことから、GaInNAsの結晶性の改善には高温成長による酸素不純物や、(N-N)spl等の複合欠陥に起因した再結合準位の低減が有効であることを見出した。

次に、Sbサーファクタントを導入したGaInNAs成長の制御を検討した。GaInNAs成長時にSbを照射すると5元混晶(GaInNAsSb)が得られるため、デバイス応用へ向けて、各構成元素の組成の変化と諸成長条件との相関を系統的に調べた。まずIn組成は、成長条件によらずIn/(Ga+In)供給量のみに律速依存することが分かった。N組成に関しては、Sbの有無により2割程度の増減傾向が見られたことから、サーファクタント効果によるNの取り込み機構の変化が示唆される。また、このときのN組成の増減はGaInNAsSb中のIn組成によって変化することを見出した。Sbに関しては、従来報告されているGaAsSb等と同様に表面偏析の影響が見られた。Sb組成に関しては成長速度、Sb照射量に比例し、As照射量に反比例する傾向が得られた。以上の条件から、5元混晶の組成を制御する条件を明らかにした。

次に、SbサーファクタントによるGaInNAsSb結晶の品質、欠陥準位形成等への影響を光学特性および電気特性の観点から評価した。光学特性に関しては、Sb組成が1%以下のGaInNAsSb薄膜において発光強度および発光半値幅の顕著な改善が得られることを見出した。PLスペクトルの温度依存性を評価した結果GaInNAs, GaInNAsSb試料のいずれにおいても2種類の発光ピーク(バンド端発光、および局在準位発光)が観測された。この2つのピーク間のエネルギー差ΔEは、Sb非照射ではΔE = 49 meVであったのに対して、Sbを照射することによりΔE = 7.0 ~ 16 meVと大幅に低減した。局在準位はN原子の不均一分布による伝導帯のポテンシャル揺らぎに起因しており、Sbを照射することによりNがより均一に結晶に取り込まれたと解釈できる。しかしながら、Sb照射量を増加させ、Sbを2%以上添加すると発光強度および半値幅の劣化が見られたことから、SbGaアンチサイト欠陥等のSbに起因した欠陥の導入が示唆される。これらの結果から、Sb照射量の最適値を明らかにした。

SiドープGaInNAsSbにおいて、Sb照射により電子移動度がおよそ1.5倍に増加するとともにキャリア濃度が5倍程度増加したことから、ドナー活性化率の改善と散乱中心の減少が起こることが分かった。さらに、キャリア濃度の温度依存性を調べたところ、GaInNAs中では伝導帯の下端(CBM)から160 meVに1018 cm-3程度の高密度のトラップ準位が存在することが分かった。また、深準位過渡容量分析法により、アンドープのGaInNAsおよびGaInNAsSb中の深準位欠陥の影響を調べたところ、GaInNAs中にはCBMから250 meV付近に電子トラップが存在し、電子トラップ密度はSb照射により1/5まで減少することが分かった。これらの結果はPL測定の結果とも一致しており、これらの深準位欠陥による非発光中心がSb照射によって低減され、発光強度が増大したと考えられる。

以上の結果を踏まえ、p-GaAs/i-GaInNAs(Sb)/n-GaAsダブルヘテロ太陽電池におけるSb照射の効果を検討したところ、最適量のSbを照射することにより、GaInNAs(Sb)層の吸収端が70 nm程度長波長化し、約1 eVのバンドギャップが得られた。また、量子効率は5 ~ 10%程度増大し、GaAsフィルター下での短絡電流密度Jsc(>870nm)は、4.1から5.6 mA/cm2まで増加した。4接合タンデム太陽電池への適用を考えた場合、まだ改善の余地があるものの、GaInNAs太陽電池特性に対してSb照射が有効であることを示すことができた。太陽電池特性においては、今後、デバイス構造や、電極デザイン、プロセスの改良等により更なる高効率化が期待できる。

以上、H-MBE法において最適量の原子状水素の照射および高温成長を組み合わせることにより、GaInNAs中の不純物や点欠陥が低減されることを示した。さらにSbサーファクタントの導入が、GaInNAsの結晶性劣化の要因となっていたNのクラスター化や局在準位を抑制し、光学特性、電気特性の改善に有効であることを明らかにした。また、1 eV帯のバンドギャップを有するGaInNAsSbを太陽電池の吸収層に導入し、その有効性を示した。本成果は、今後のIII-V-N系希釈窒化物半導体のエピタキシー技術、また光デバイス応用に寄与するところが多いと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「高効率タンデム太陽電池に向けた希釈窒化物半導体の高品質化に関する研究」と題し、長波長帯光デバイス材料として注目されるGaInNAs希釈窒化物半導体のエピタキシー技術および多接合タンデム太陽電池に向けた素子特性評価を行った結果について述べたものであり、全7章からなる。

第1章は序論であり、本論文の要旨が述べられている。第2章は、「背景と研究目的」であり、本研究の背景と目的を詳しく解説している。III-V-N系希釈窒化物半導体では、窒素原子の非混和性が高く、均質な結晶成長が困難な材料系である。数%の窒素を添加するためには一般に活性な窒素源(窒素プラズマやHydrazine系ガスソースなど)を導入する必要があるが、結晶欠陥や結晶構造の乱れ、また組成の局所的な揺らぎが生じ、結晶性が劣化することが問題となっている。また、窒素に起因した高密度の局在準位や、深い準位の形成による電気的、光学的特性の劣化が実用化を困難にしている。これらの欠陥準位の起源として、窒素の不均一な取り込みによる局在化やクラスター化、複合欠陥や空孔型欠陥、不純物等が考えられるが、現状ではまだ不明な点が多い。また、GaInNAsを太陽電池材料に応用した報告例は少なく、その電気的特性ならびに太陽電池特性に関する研究は十分に成されていない。そこで本論文では、まず第3章において本研究で用いた実験装置および測定・評価法を解説し、第4章ではMBE法を用いたGaInNAs材料の高品質化に向けて原子状水素の導入による効果および成長温度の欠陥準位への影響を評価している。第5章では、Sbサーファクタントの導入による結晶成長制御および結晶品質、欠陥準位への影響を検討し、第6章でGaInNAsSb太陽電池の作製と基礎特性の評価・解析を行っている。第7章は結論である。

第4章では、原子状水素援用RF-MBE(H-MBE)法によるGaInNAs結晶の高品質化を図るため、結晶成長時の原子状水素照射の影響を詳細に検討している。原子状水素を用いることで、窒素の添加に伴う表面平坦性の乱れが抑制される。このことから、二次元成長モードが促進され、良質な結晶が得られやすい成長機構となっていると結論付けている。さらに原子状水素の照射により太陽電池の量子効率が増大する結果を得ている。また、成長温度を検討した結果、500℃程度の高温成長が最適であり、酸素不純物や、(N-N)spl等の複合欠陥に起因した再結合準位を低減させることの重要性を指摘している。

第5章では、Sbサーファクタントを導入したGaInNAs成長の制御に関して検討を行っている。In組成は、成長条件によらずIn/(Ga+In)供給量のみに律速依存することを示した。またこのときのN組成の増減はGaInNAsSb中のIn組成によって変化することを見出している。次に、SbサーファクタントによるGaInNAsSb結晶の品質、欠陥準位形成等への影響を光学特性および電気特性の観点から評価している。Sb組成が1%以下のGaInNAsSb薄膜において発光強度および発光半値幅の顕著な改善が得られることを示している。またGaInNAs, GaInNAsSb試料のいずれにおいても2種類の発光ピーク(バンド端発光、および局在準位発光)が観測され、この2つのピーク間のエネルギー差ΔEは、Sbを照射することによりΔE = 7.0 ~16 meVと大幅に低減している。このことは局在準位が窒素の不均一分布による伝導帯のポテンシャル揺らぎに起因しており、Sbを照射することにより窒素がより均一に結晶に取り込まれたと解釈できるとしている。

SiドープGaInNAsSbにおいて、Sb照射により電子移動度がおよそ1.5倍に増加するとともにキャリア濃度が5倍程度増加したことから、ドナー活性化率の改善と散乱中心の減少が起こることを示した。さらに、キャリア濃度の温度依存性を調べたところ、GaInNAs中では伝導帯の下端(CBM)から160 meVに1018 cm-3程度の高密度のトラップ準位が存在することを示した。深準位過渡容量分析法により、アンドープのGaInNAsおよびGaInNAsSb中の深準位欠陥の影響を調べたところ、GaInNAs中にはCBMから250 meV付近に電子トラップが存在し、電子トラップ密度はSb照射により1/5まで減少することが分かった。これらの結果はよい一致を示しており、これらの深準位欠陥による非発光中心がSb照射によって低減され、発光強度が増大したと述べている。以上の結果を踏まえ、第6章では、p-GaAs/i-GaInNAs(Sb)/n-GaAsダブルヘテロ太陽電池におけるSb照射の効果を検討している。最適量のSbを照射することにより、GaInNAs(Sb)層の吸収端が70 nm程度長波長化し、目標とする約1 eVのバンドギャップが得られている。

以上、本論文は、III-V-N化合物混晶半導体GaInNAsを基盤とした長波長帯薄膜材料のエピタキシー技術および太陽電池応用に関するオリジナリティーの高い研究である。本論文の特筆すべき研究成果として、(1) 水素MBE法によるGaInNAs薄膜の結晶成長において、成長温度が低いと結晶組成の均一性は向上するものの、酸素不純物や(N-N)spl等の複合欠陥等の非発光再結合中心が導入され、光学・電気的特性が劣化してしまうメカニズムを明らかにし、高品質化に向けて成長温度および原子状水素のビームフラックスの最適化が達成できたこと、(2) Sbのサーファクタント効果として、窒素原子のクラスター化や局在準位の形成を抑制できることを検証し、結晶成長のメカニズムに関して新しい知見が得られたこと、(3) 1 eV帯のバンドギャップを有するGaInNAsSbを光吸収層に導入した太陽電池の試作を行い、GaAsフィルター下での短絡電流密度としてJsc(>870nm)= 9.6 mA/cm2と良好な結果が得られ、改善の余地は残しているものの、GaInNAs太陽電池特性に対してSb照射が有効であることを示したこと、などが挙げられる。本論文の研究成果は、今後のIII-V-N系希釈窒化物半導体のエピタキシー技術、また光デバイス応用に寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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