学位論文要旨



No 125779
著者(漢字) 深野,義隆
著者(英字)
著者(カナ) フカノ,ヨシタカ
標題(和) 高速炉MOX燃料の過渡時燃料挙動に係る研究
標題(洋) Study on the Transient Fuel Behavior of the Mixed Oxide Fast Reactor Fuel
報告番号 125779
報告番号 甲25779
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7312号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 笠原,直人
 東京大学 教授 越塚,誠一
 東京大学 講師 石渡,祐樹
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

安全性と経済性を両立する高速炉燃料の実用化に向けては、合理的な燃料破損限界評価手法の整備が必要となる。このためには、燃料の高燃焼度化、燃料設計条件の多様化等に対応し、燃料燃焼度や燃料スミア密度等の燃料条件に依存した破損メカニズム及び破損限界を適切に把握し、評価に反映することが重要である。

既往研究では、高スミア密度燃料を中心とした過渡試験データが存在するものの、データ数も僅少であり、燃料条件、過渡条件の多様化に対応した燃料破損限界を把握できない。また、破損限界評価手法も高スミア密度燃料の過渡試験データに基づいており、多様な設計条件に対応できていない。

一方、燃料製造時の品質のばらつきや照射条件の幅を踏まえると、過出力条件下において代表的な破損限界よりも大幅に低いエンタルピー条件で燃料溶融を伴って少数ピンが偶発的に破損する状況を考慮する必要がある。「常陽」、「もんじゅ」等の既存の高速炉では設計基準事象の範疇で燃料溶融は生じないため、これに対応した既往研究はない。

このため本研究では、国際共同CABRI炉内試験計画において過渡試験を実施し、燃料スミア密度や出力上昇速度等が燃料破損限界に与える影響を把握すること、また、既存の炉内過出力試験データを広範に調査し、統一的に分析することにより、燃料条件に依存した燃料破損メカニズムを明らかにすること、さらに、これらの知見を過渡時燃料挙動評価コードに反映させることを目的とした。また、設計条件の多様化に対応し、燃料溶融を伴った偶発的破損を想定した場合にも破損伝播が防止される可能性を実験及びその詳細な評価により確認することとした。

2. CABRI炉内過出力試験の実施と結果分析

2.1 ランプ型過出力試験

CABRI-FAST炉内試験計画では、制御棒誤引き抜き事故に相当するような緩慢な炉内過渡試験(ランプ型過出力試験)を4試験実施した。高スミア密度燃料(~90%TD:TDは理論密度)を用いた試験では定格出力の2倍程度で破損する結果となった。この試験では、同種燃料を用いて先に実施された試験(~1%Po/s:初期出力の1%毎秒の出力上昇)に比べ約3倍の出力上昇速度(~3%Po/s)を適用したが、同様の熱条件での破損となり、この範囲おいては燃料破損限界に対する出力上昇速度の影響が小さいことを明らかにした(表1)。一方、低スミア密度燃料(~80%TD)を用いた3試験は、全て非破損の結果となり、定格出力の3倍以上の高い破損限界を有することを確認した(表2)

2.2 パルス型過出力試験

一方、短時間により多くのエネルギーが投入されるパルス型過出力試験の結果の分析からも同様に、低スミア密度燃料は高スミア密度燃料に比べて高い燃料破損限界を有していることを確認した。CABRI-FAST炉内試験計画で実施した高スミア密度燃料を用いたPF2、LT2試験について、先に実施された高スミア密度燃料のE4、E6試験と結果を比較した(表3)。同程度の投入エネルギーでも、高スミアのE6試験が破損の結果であったのに対し、LT2試験は非破損である。また、共に非破損のE4,PF2試験では低スミアのPF2試験の方が投入エネルギーが高いにもかかわらず、被覆管歪みが小さい結果となっている(図1)。

3.燃料破損メカニズムの考察

CABRI-FAST炉内試験結果に加え、過去に実施されたCABRI炉内試験、米国TREAT炉内試験等、既存の炉内ランプ型過出力試験データを統一的に分析することにより、燃料スミア密度が燃料破損限界に対する支配因子であることを明らかにした。表4に既存の炉内ランプ型過出力試験の試験条件及び結果の概要を示す。TREAT試験はTREAT試験炉の駆動炉心が空気冷却であるため、短時間の過渡となり、制御棒誤引き抜きに相当する出力上昇速度よりも数倍速い条件となっている。このため、燃料の温度上昇に対して冷却材の除熱が遅れ、CABRI試験と比較して冷却材温度は相対的に低くなる。従って、燃料の破損限界をより適切に表すため、燃料の線出力ではなく、燃料の断面溶融割合の評価値を用いた(図2)。図2に示すように、高スミア密度燃料は20~30%程度の比較的低い断面溶融割合で破損しており、これは、燃料熱膨張や燃料スウェリングによる燃料被覆管機械的相互作用(FCMI)が主体となる破損であり、燃料溶融領域圧力も若干寄与している。これに対して、中~低スミア密度燃料(80~85%TD)は70~80%程度の高い断面溶融割合に至るまで破損していない。これは、中~低スミア密度燃料では、FCMIを緩和するメカニズムが存在し、高スミア密度燃料に比べて高い破損限界を有していると言える。なお、12at.%程度までの現状試験データの範囲では、燃料燃焼度の増加によって大幅に破損限界が低下するような状況にはないこともわかった。

また、このような高い破損限界を有する中~低スミア密度燃料の破損条件はプレナムガス圧程度の負荷での被覆管高温化による強度低下型の破損となることを確認した。図3は中~低スミア密度燃料について、プレナムガス圧相当の被覆管のフープ応力と被覆管温度の評価値をプロットし、被覆材の破断応力と比較したものである。900℃以上のデータはなく、直接の比較は困難であるが、低温側のデータから類推すると、中、低スミア密度燃料の破損データは概略破断応力に近接し、被覆管の高温化に伴う強度低下によってプレナムガス圧相当の圧力で破損していると言える。

4.解析モデルへの反映と評価

過渡前の断面金相写真の分析等から、これらの中~低スミア密度燃料の高い破損限界を支えるメカニズムとして、(1)燃料内の気相空間による燃料熱膨張及び燃料スウェリングの吸収、(2)自由空間への早期ガス放出による燃料スウェリングの抑制によるFCMIの低減が有力であるとの結論を得た(図4)。そこで、上記メカニズムを過渡時燃料挙動評価コードに経験式の形で反映した。本改良モデル適用前は、低スミア密度燃料を用いたランプ型過出力試験において最大数%程度の被覆管残留歪を計算していたのに対して、改良モデルを適用した結果、実験結果と同様、被覆管残留歪が全く生じない結果が得られた。また、低スミア密度燃料を用いたパルス型過出力試験の結果に対しても、改良モデル適用前は被覆管残留歪を過大評価していた(図5)のに対して、改良モデル適用後は全般的に整合性のある評価結果が得られ、スミア密度に依存した過渡時の被覆管変形挙動評価が可能となった(図6)。

5.偶発的破損条件下での破損伝播の防止

CABRI- RAFT炉内試験計画では、偶発的破損想定における溶融燃料の放出挙動と放出後の冷却性に関わる基本特性を把握するためにRB1及びRB2試験を実施した。これらの試験では、図7に示すように、低スミア密度の照射済燃料の被覆管にスリット状の人工欠陥を設け、これを融点が625℃の合金で塞ぎ、各々図8に示す過渡条件で核加熱して燃料溶融を生じさせ、その上で冷却材流量減少によって欠陥部分の合金を溶融させて開口型の破損を実現した。

RB1試験では、図9に示すように、20%程度の断面溶融割合(全燃料の10%程度の溶融)での開口破損を実現するとともに、有意な燃料放出がないことを確認した。また、スクラム前の有意な燃料放出、ガス放出はなかったことから、10%程度の燃料溶融に対しては、燃料外周部の安定な固相燃料組織が溶融燃料やピン内FPガスに対して放出抑制機能を有することを明らかにした。また、開口破損によって冷却材流中へと遅発中性子先行核が移行し、炉心から流れ出た冷却材からの遅発中性子の測定によって異常を検知できる可能性があることを明らかにした。

RB2試験では、より高い過出力を加えて燃料溶融量を増大させ、全燃料の20%程度の溶融燃料の放出を生じさせることに成功した。RB2試験では、溶融燃料の放出直後のごく短時間に破損口近傍で冷却材飽和温度を超えるものの、その後1~2秒間は冷却材飽和温度を越えない範囲で推移していることを確認した。このことから、溶融燃料放出量が極端に大きくない場合、周辺に単相冷却材流が存在する実機のピン束条件では、放出された溶融燃料が液相ナトリウムあるいはナトリウム蒸気によって冷却される可能性が高いことが示された。また、RB2試験は単ピン試験であることから、米国TREATで実施された7本ピン束試験の結果についても分析し、RB2試験と同程度の50~60g程度の溶融燃料の放出では、冷却材流量はほぼ回復し、ピン束条件でも破損伝播は限定的となる可能性が高いことを確認した。

6.結論

国際共同CABRI炉内試験計画において過渡試験を実施し、燃料スミア密度や出力上昇速度が燃料破損限界に与える影響を把握するとともに、既存の過出力試験を統一的に整理、解釈し、燃料スミア密度に依存した破損メカニズム、破損限界を明らかにした。また、燃料スミア密度に依存した破損メカニズムをPAPAS-2Sコードに反映したことにより、合理的な被覆管変形挙動解析が可能となった。さらに、燃料溶融を伴った偶発的ピン破損を想定した場合にも、25g程度の燃料溶融に対しては冷却材中への溶融燃料放出が抑制されること、有意な燃料放出がなくとも遅発中性子の観測によって異常状態を検知できる可能性があること、及び50g程度の燃料放出があっても冷却材によって冷却され、破損伝播が防止される可能性が高いことを確認した。

表1 高スミア密度燃料を用いた試験の結果概要

表2 高スミア度燃料を用いた試験の結果概要

表3 パルス型摘出力試験の結果概要

図1 E4試験とPF試験後の被覆管残留歪みの比較

表4 既存炉内ランプ型過出力試験の試験条件及び結果概要

図2 各種スミア密度燃料の最大出力位置での熱料断面溶融割合の評価値

図3 中、低スミア密度燃料の被覆管フープ応力破断応力

図4 FCMI低減効果の模式図

図5 改良モデル適用前の解析結果

図6 改良モデル適用後の解析結果

図7 RB1試験の人工欠陥模式図

図8 RB1,2試験の過出力及び流量減少履歴

図9 RB1試験後の軸方向中心位置での断面金相写真

審査要旨 要旨を表示する

本論文は高速炉MOX燃料の過渡時燃料挙動に係る研究をまとめたもので6章より構成されている。

第1章は序論であり、本論文の研究テーマ選定の背景、及び必要性を述べている。安全性と経済性を両立する高速炉燃料の実用化に向けては、合理的な燃料破損限界評価手法の整備が必要となるとしている。このため本研究では、炉内過出力試験を実施するとともに、既存の試験データを併せた統一的な分析により、燃料条件に依存した燃料破損メカニズムを明らかにすること、及びその知見を過渡時燃料挙動評価コードに反映させることを研究の目的としている。また、燃料製造時の品質のばらつきや照射条件の幅を踏まえ、代表的な破損限界よりも低い条件で燃料溶融を伴った偶発的破損を想定した場合にも破損伝播が防止される可能性を実験的に確認することも研究の目的としている。

第2章はCABRI炉内試験計画におけるランプ型及びパルス型過出力試験の結果とその分析内容について述べている。高スミア密度燃料を用いたランプ型過出力試験では定格出力の2倍程度で破損し、初期出力の1~3%毎秒の範囲では出力上昇速度の燃料破損限界に対する影響が小さいことを明らかにしている。低スミア密度燃料を用いたランプ型過出力試験では、溶融限界線出力を明らかにするとともに、定格出力の3倍以上の過出力でも燃料ピンは破損せず、高い破損限界を有することを明らかにしている。また、パルス型過出力試験についても同様に低スミア密度燃料が高い破損限界を有していることも示している。

第3章は燃料破損メカニズムについて述べている。本研究で実施したCABRI炉内試験結果に加え、過去に実施されたCABRI炉内試験、米国TREAT炉内試験等、既存の炉内ランプ型過出力試験データを統一的に分析することにより、燃料スミア密度が燃料破損限界に対する支配因子であることを明らかにしている。また、軽水炉燃料の燃料破損限界が燃料燃焼度の増加に伴って低下するのに対し、高速炉燃料では12at.%までの燃焼度の範囲では燃料破損限界に対する燃料燃焼度の影響は小さく、非常に高い破損限界を有していることも示している。さらに、被覆管の応力評価により、中、低スミア密度燃料では、被覆管の高温化に伴う強度低下に至るまで破損しないことを解明している。

第4章は破損メカニズムの解析モデルへの反映と評価について述べている。過渡時燃料挙動評価コードに対して燃料内の気相空間が燃料熱膨張、燃料スウェリング等を吸収するメカニズム及び燃料スウェリングに寄与するFPガスが自由空間に移行するメカニズムをモデル化し、既存のランプ型、パルス型過出力試験に適用した結果、被覆管の歪を精度良く解析できることを示している。

第5章は偶発的破損条件下での破損伝播の防止に関する実験研究の成果について述べている。燃料溶融を伴った偶発的ピン破損を想定した場合にも、25g程度の燃料溶融に対しては冷却材中への溶融燃料放出が抑制されること、有意な燃料放出がなくとも遅発中性子の観測によって異常状態を検知できる可能性があること、及び50g程度の燃料放出があっても冷却材によって冷却され、破損伝播が防止される可能性が高いことを示している。

第6章は本論文の結論であり、本研究のまとめが述べられている。

以上を要約するに、高速炉MOX燃料の過渡時燃料挙動について研究し、高速炉燃料の過出力時の高い燃料破損限界及びその燃料破損メカニズム、さらに偶発的破損想定時の安全裕度を明らかにしている。この成果は原子力工学の進展に貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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