学位論文要旨



No 125780
著者(漢字) 井口,幸弘
著者(英字)
著者(カナ) イグチ,ユキヒロ
標題(和) 原子力施設の廃止措置を対象としたリスク評価手法の構築と安全規制への反映
標題(洋)
報告番号 125780
報告番号 甲25780
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7313号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 長崎,晋也
 東京大学 教授 笠原,直人
 東京大学 准教授 出町,和之
 東京大学 准教授 木村,浩
内容要旨 要旨を表示する

1. 本研究の目的

2009年12月末現在、国内では54基の原子力発電所(軽水炉)が稼動しているが、このうち7基が35年以上の運転期間となっている。今後経済的に、あるいは技術的な理由から廃止措置に移行する原子炉が今後増えていくと予測される。現状、寿命延長が図られているが、2030年代以降には、運転期間が60年を超えて、多数の炉が廃止措置に移行すると思われる。

一方、廃止措置の法制度は、過去のJPDR及び東海発電所の実績を踏まえて、平成17年に届出制から、認可制に改定され、同時にクリアランス制度が開始している。その後、発電炉では、東海発電所、新型転換炉ふげん発電所及び浜岡発電所1、2号機において、廃止措置計画の認可が為されている。

原子力発電所及び放射性廃棄物処分の社会的受容状況を見ると、かなりの忌避感が見られる。廃止措置については明確な調査はないが、過去の新聞報道や、国会及び地方議会での議論を見ると、解体からの放射性廃棄物の処理、廃止措置時の安全性に関する懸念等が示されている。今後、放射性廃棄物の処分やクリアランスが滞り、廃止措置が進まなければ、「原発の墓場」が現出し、引いては原子力そのものの社会的な受容が危うくなると考えられる。このためには、解体廃棄物の処分場の確保は勿論のこと、クリアランスの社会的な受容を進めるとともに、廃止措置時のリスクレベルに応じた分かりやすい、規制制度を構築する必要がある。

このため、本研究では、原子力施設の廃止措置時のリスクを評価する手法を開発し、その結果等に基づき、作業や設備の重要度を分類し、廃止措置の進捗毎の状況に対応し、階層別に対応を行う手法について検討・評価した。

2. 手法の概要

廃止措置時における安全を確保するためのアプローチとして、まず必要なのは、過去の廃止措置の知見である。さらに、リスク評価の主要な要因となる放射性物質の環境への影響パラメータについて、評価試験から得られた知見やデータを考慮し、これらを取り入れたリスク評価を実施する。

この、リスク評価結果の知見に基づき、作業や設備の重要度を分類し、廃止措置の進捗状況に対応し、規制手段の階層に応じた安全性の向上を行う。この手順を図1に示す。

この手法によって、廃止措置におけるリスクを客観的に評価し、効果的に廃止措置の規制や管理における安全向上方策を提案できる。

3. 廃止措置時のリスク評価手法

廃止措置で注目するリスクは、放射性物質に由来する。すなわち、解体が実施されている際に、発生する粉じんそのもの、あるいはフィルタなどに蓄積した放射性物質が何らかの起因事象に因って汚染拡大防止設備及び建屋から環境に放出されて事故の発生となる。このように、廃止措置時の事故は、基本的には放射能を持つ設備を汚染拡大の防止対策を行いながら解体を行う際に発生するというモデルで単純化される。

具体的には、国内の原子力発電所(BWR、PWR、GCR、ATR)とサイクル施設(ウラン濃縮施設と再処理施設)をモデル化してリスク評価を実施した。エンドポイントは最大の被ばく線量を与えるサイト近傍の公衆の被ばく線量としている。

起因事象と発生頻度については、先行研究に基づき、火災、爆発、落下など、8事象について設定を行った。インベントリなどの必要なデータは、各施設の申請書類や公開の調査報告書を元に設定した。放射性物質の放出後の公衆被ばく線量の計算方法は基本的には、運転時などの評価にも用いられている手法による。

起因事象が発生すると、事故の閉じ込め機能や防護機能、換気系のダンパの作動などによって、事故のシーケンスが分岐する。このため、起因事象毎に比較的単純なイベントツリーを展開し、一般的な機器故障率を分岐確率として定量化を行った。特に、事故シーケンスによって環境への漏出率が異なるため、発生頻度とシーケンス毎の漏出率を乗じることによって、放出量を定量化した。

4. リスク評価の結果

以上の手法によるリスク評価の結果を表1に示す。最大の放射能放出は、例えばフィルタに蓄積した放射能が全量放出されるようなシーケンスであり、最大で100μSvとなる。ただし、頻度を考慮した最大のリスクは0.01(μSv/y)未満である。これは、火災の発生頻度が0.01(/y)であること、閉じ込めシステムと防護システムの効果が、約0.01であることによる。

図2に全てのシーケンスについて、被ばく量を横軸に、発生頻度を縦軸に示した結果を示す。

例えば、イギリスのHSEが示す基本安全目標(BSO)は、100-1000μSvの範囲で、0.01(/y)となっている。これによれば、廃止措置のリスク評価結果は、被ばく線量自体が公衆リスクとしては無視できる程度であることを示している。

しかしながら、解体時には、熱的な切断や非定常的な作業が行われることから、公衆被ばく量が少なくても、発生頻度が比較的高いシーケンスがある。原子力施設や放射性廃棄物処分の社会的受容状況を考えれば、些細な事象でも、社会的な拒絶反応を生じさせる結果となる。このため、このように廃止措置時のリスクが十分に小さいことを社会的に説明すると同時に、トラブルの発生を抑止していく努力が必要である。

5. リスク評価結果の利用と安全規制への反映

上記のリスク評価手法は、複雑で労力が必要となるため、このリスク評価結果の知見と環境影響評価の知見及び過去の廃止措置実績の知見、経験等を総合し、簡易的に設備や作業の重要度を評価する方法を検討する。

リスクに影響する4つの重要な要素のうち、最も重要なものは、放射性物質量自体である。2番目の要素は放射化によるものか、二次汚染によるものかなど、放射性物質による汚染状況である。例えば、フィルタに蓄積した汚染は、火災のリスクを考えればより飛散しやすい状況である。第3の因子は解体方法である。熱的切断は、放射性物質を飛散しやすく、また、火災を起こす危険性がある。水中における切断、機械的切断のリスクは比較的小さい。また、別の重要な要素として、閉じ込めシステム、防護システムといった設備の役割がある。即ち、事故発生リスクの低減には、放射性物質の閉じ込め機能、消火設備などの設備が寄与する。イベントツリーで設定したように、一つのシステムで1/100程度の低減が可能である。

重要度は、基本的には設備のインベントリによるため、インベントリ量を常用対数にとり、その値を基本的な指標とする。汚染の状態、解体方法については、環境影響評価の結果において、放射化物の熱的切断の飛散率(1%)を基準にし、飛散率の比の対数を参考にして、効果を定量する。設備の機能では、閉じ込め機能や防護機能として、影響を少なくとも1/100に抑えることから、効果を+2とする。

この重要度評価を具体的に適用した例を表3に示す。現行の管理経験から、例えば、13以上をAランクとし、9以上-13未満をBランク、9未満をCとする。このようなランク分けを具体的な安全規制に反映することが可能である。

解体作業が進むにつれ、インベントリが減少すれば重要度も減少する。もちろん、対象物が除かれれば、リストから削除される。逆に、早期の解体を行う場合にはインベントリが増加する。この場合、飛散しやすい特別な核種がインベントリに現れる場合があり、この場合はその核種の飛散率を考慮する必要がある。このように重要度別及び進捗別のアプローチが可能である。

現在の日本の廃止措置規制制度では、廃止措置計画を事業者が申請し認可を受けることとなっている。また、廃止措置計画の認可と同時に保安規定が改定される。ここでは、「工事の計画及び実施」といった項目で、事故防止対策を記載するように定められており、具体的な運用は下部要領に委ねられている。さらに、廃止措置時に機能を維持する施設と維持すべき期間のリストが記載される。

重要度評価は、廃止措置の安全性を効果的に高めるように廃止措置規制に反映することができる。例えば、「A」とされた設備や作業は、規制機関が何らかの手段で定期的な検査を行い、「B」とされた設備や作業は、事業者が適切に管理を行い、管理状況を規制機関が検査するなどである。

この方法は、国内の場合、廃止措置計画から反映されるべきである。また、保安規定、保安検査などの廃止措置の実施時の規制手段に適切に反映することができる。このように、重要度に応じて、規制と管理の段階的な階層に応じた管理が可能となる。これが階層別アプローチである。

この手法によって、結果的に廃止措置計画書、保安規定が最適化され、規制の作業量も適正化される。また、事業者は、施設の維持の最適化、解体作業の適正な安全対策の向上など、安全向上努力を合理化できると考えられる。

6. 結論

以上のように、原子力施設の廃止措置を対象とし、廃止措置のリスク評価手法を構築し、典型的な施設の解体に適用した。この結果、廃止措置のリスクは、許容できる領域にあることが示された。廃止措置の社会的受容を考慮し、廃止措置時のトラブルを抑止するため、リスク評価結果、リスク評価に用いた手法等の知見を反映し、4つのアプローチで廃止措置時の安全向上を図るため、設備や作業の重要度を簡易的に評価する手法を開発した。この手法によって、事業者が効率的に安全性を向上することができるとともに、現状の廃止措置規制に適用することによって、規制の最適化が行えることを示した。

図1 廃止措置時の安全向上の手順

表1 各設置のリスク評価結果の概要

図2 リスク評価の結果(全シーケンス)

表2 リスクへの影響による重要度指標の定量

表3 PWR各作業、設備の重要性評価の例(進捗状況に応じた重要度ランク)

審査要旨 要旨を表示する

我が国で稼働中の原子力発電所54基のうち7基の運転期間が35年を超え、経済的ないし技術的理由により廃止措置に移行するものが今後は増加すると予測されている。本論文は、原子力施設の廃止措置時のリスクを評価する手法を開発し、その結果等に基づき作業の重要度を分類し、廃止措置の進捗に応じて階層別に対応する手法を検討・評価したものである。

第1章は序論で、まず、廃止措置の国内外の動向と今後の課題をまとめている。原子力の社会的受容のためにも、廃止措置時のリスクを評価し、規制の適正化が重要だと述べている。さらに、過去のトラブル等の知見、研究成果、リスク評価結果を総合した上で、リスク情報の活用、重要度に応じた検討、廃止措置の進捗別の整理、規制手段の階層別の対応、の4つのアプローチで整理し、それに基づいたリスクレベルの評価から合理的な廃止措置の安全性向上方策を立案するという論文の全体構成を説明している。

第2章では、廃止措置経験の知見の反映を図るべく、過去のトラブル事例や国際機関で指摘されている留意点をまとめ、リスクレベルに応じた規制の検討に取り込めるように整理している。

第3章では、これまで実施された環境影響評価試験の結果をリスク評価手法に反映すべく、その整理を行っている。廃止措置時の主要な被ばくリスクはプラント中の汚染物の放射能に由来するもので、平常時のサイト外の公衆被ばく線量は評価式で計算できる。その影響因子をまとめている。環境影響評価試験としては一連のものが実施されているが、特に東海発電所での試験と他の3件のホット試験については概要を記述し、結果を整理している。

第4章では、平常時だけでなく事故も考慮に入れた廃止措置時のリスク評価手法の提案をしている。事故時のリスクは、放射能量、作業環境への移行率、閉じ込めシステムで除去されない率、実効線量係数、事故発生頻度の5つの数値の積の総和で表される。BWR、PWR、GCR、ATR、ウラン濃縮施設、再処理施設のそれぞれに対し、事故時と平常時双方についてリスクを評価する。事故については、火災、爆発、落下、衝突、機能停止、誤開閉、異常切断、外電喪失といった起因事象を仮定し、イベントツリーを展開する。評価に必要なパラメータ等を整備して計算した結果、まず平常の被ばく量は最大でも数μSvと非常に小さいことが示された。事故時については被ばく量と発生頻度との関係が求まるが、十分許容できる領域にあることが明らかとなった。

第5章は廃止措置における規制手段の状況の整理と今後のあり方の提案である。廃止措置時のリスクレベルに応じた管理が望まれること、そのためにリスク要因を整理し、設備と作業の重要度を定量化することが大切として、まずその考え方を述べている。安全規制への反映には廃止措置計画・保安規定・保安検査といった規制手段の階層ごとに重要度別の対応がなされるべきで、これについても具体案を提示している。

第6章は結論で、以上述べてきた内容をまとめるとともに、今後に残された課題を整理している。

以上のように本論文は、原子力施設の廃止措置を対象にリスク評価手法を構築するとともに、安全規制への反映策を示したもので、工学の進展に寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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