学位論文要旨



No 125781
著者(漢字) 前川,陽
著者(英字)
著者(カナ) マエカワ,アキラ
標題(和) 電気光学効果を用いたフェムト秒電子バンチ形状計測手法の研究
標題(洋)
報告番号 125781
報告番号 甲25781
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7314号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上坂,充
 高輝度光科学研究センター 副主幹研究員 冨澤,宏光
 東京大学 教授 高橋,浩之
 東京大学 准教授 門,信一郎
 東京大学 准教授 長谷川,秀一
 東京大学 准教授 出町,和之
内容要旨 要旨を表示する

現在、大型放射光施設であるSPring-8敷地内において、X線自由電子レーザー(XFEL: X-ray Free Electron Laser)が2011年度からのビーム供給開始に向けて建設中である。XFEL発振のためには低エミッタンス (< 1 πmm-mrad)・短バンチ( ~ 30 fs)の電子バンチの安定生成が必要とされる。XFEL/SPring-8では、熱カソード電子銃から発生した電子バンチをエミッタンス増大を抑えながらバンチ圧縮と加速を行い、XFEL発振に必要とされる高品質電子ビームの生成を行う。その調整のためにはビームパラメータを計測することが必要不可欠であり、XFEL/SPring-8ではビーム診断機器が多数配置されている予定である。BPM (Beam Position Monitor)やSCM (Screen Monitor)などの電子ビームの横方向分布を計測するモニタはSPring-8内のSCSS(SPring-8 Compact SASE Source)試験加速器にて性能試験が行われており、XFEL/SPring-8で要求される分解能を達成していることが報告されている。

一方で、30 fsという極短電子バンチのバンチ長を計測することは、非常に困難である。通常の電子加速器でバンチ長計測に広く用いられているストリークカメラでは、カメラ自体の分解能が最高で200 fs (FWHM)であり、実際の測定では他の要因により分解能は更に悪化する。このため、XFEL/SPring-8では高周波デフレクタによるバンチ形状計測を行う予定である。これは100 fs以下の極短バンチ測定としては信頼性の高い測定であるが、破壊型のモニタである。更に、高周波デフレクタは全長が10 m程度と大きいこともXFEL/SPring-8では問題となる。XFEL/SPring-8では全体のシステムのコンパクト化・低コスト化を重視しているため、高周波デフレクタはバンチ長計測を行う時にはCバンド主加速管の位置に加速空洞と置換して測定を行う。電子ビームをアンジュレータまで伝送する際には高周波デフレクタを外して主加速管を取り付ける必要があるため、X線レーザー発振中に測定することは出来ない。X線レーザーをユーザーに安定に供給するためには電子ビームの最適化は必要不可欠であり、ビーム診断の体系を整備することは非常に重要である。従って、電子ビームのバンチ形状を高時間分解能かつ非破壊で計測する手法の開発が求められている。

そこで、本研究で着目したのは、近年注目を浴びている非線形結晶の電気光学効果(EO Effect: Electro-Optic Effect)を用いたバンチ長計測手法である。EO効果とは、非線形結晶に外部電場が印加された際に結晶中の屈折率分布が変化する現象である。電子ビーム軸近傍に非線形結晶を配置すると、電子バンチの作るクーロン電場が印加された時に屈折率分布が変化する。ここで、高エネルギー電子バンチ周囲のクーロン電場はローレンツ圧縮されているので、クーロン電場の時間幅は電子バンチ長と同程度である。このとき、電子バンチとタイミングを同期させてレーザープローブパルスを結晶に入射すると、結晶中の屈折率分布の変化に応じてレーザー偏光状態が変化する。後段で偏光子を使うことで偏光状態の変調が強度分布の変調へと変換されるため、最終的にレーザーパルス形状(時間形状または周波数スペクトル形状)を計測することで、電子バンチの電荷密度分布を得ることができる。

本研究では、EO効果によるバンチ長計測の高時間分解能化および横方向電荷分布の同時計測を可能にするフェムト秒電子バンチの3次元形状計測体系の設計開発を行う。EO効果によるバンチ長計測は非破壊・シングルショット計測が可能であり、XFEL/SPring-8においてビーム調整中に使用できるモニタとして非常に有用である。しかし、現時点ではEO効果によるバンチ長計測の時間分解能は最高で140 fs (FWHM)程度に制約されおり、XFELでの30 fs (FWHM)の電子バンチを測定するためには、時間分解能の更なる向上が必要となる。そのため、白色レーザーパルスや有機EO結晶であるDAST結晶を使用することで時間分解能の向上を行う。更に、電子ビーム軸周囲にEO結晶を複数配置して同時にプローブすることで、電子ビームの横方向電荷密度分布形状を計測することが可能となる。電子ビームの3次元バンチ形状(縦方向電荷密度分布と横方向電荷密度分布の同時計測)を計測することで、既存の電子ビーム計測系では計測が不可能であった、スライス毎の横方向電荷密度分布の非破壊・シングルショット・リアルタイム計測が可能となる。

上述した3次元電子バンチ形状の非破壊・シングルショット・リアルタイム計測体系の構築のため、以下の項目の設計開発を行った。これにより、電気光学効果によるバンチ形状計測が可能となった。

(1)フェムト秒3次元電子バンチ形状計測の数値計算による評価

3次元バンチ形状計測において、縦方向分布計測と横方向分布計測についてそれぞれ数値計算による計測体系の有用性の評価を行った。前者については白色光を用いる場合にEO結晶の屈折率分散がどの程度時間分解能に影響を与えるか評価を行い、白色光を用いることで時間分解能が向上することを示した。後者については横方向分布の変化がどの程度のEO信号の変調として検出できるか信号強度の見積を行い、10μmの偏芯を10%の強度変化として検出可能であることを示した。

(2)プローブレーザー光源の開発

3次元電子バンチ形状計測に必要となる、白色・ラジアル偏光・円環形状・線形チャープ・矩形スペクトルのレーザーパルスの開発を行った。白色光については、フォトニック結晶ファイバにTi:Sapphireレーザー(中心波長792 nm、89.25 MHz)を入射することで、600 nmから900 nmの広帯域レーザーパルス生成を行った。また、液晶光学素子およびアキシコンレンズ対を用いることで、直線偏光・ガウス形状レーザーをラジアル偏光・円環形状へと変換する体系を構築した。また、AO変調器であるDAZZLERを使用することで、白色光の矩形スペクトル化も行った。

上記のレーザー光源について、リスレープリズムを用いた自動アライメントシステムの構築を行った。これにより、DAZZLERや回折格子などの光学素子を調整した際に起きる下流の光路のずれを、自動で補正することが可能となった。

(3)白色光用の光学素子の開発

白色光用の偏光光学素子の開発を行い、600 - 1100 nmの広帯域で使用可能なフレネルロム波長板や偏光ビームスプリッタを開発した。これにより、EO効果によるバンチ形状計測を行う際に必要となる光学系を構築することが可能となる。更に、フレネルロム波長板の特性評価として、円錐屈折による偏光状態の計測を行った。通常白色光の偏光状態を計測することは困難であるが、この方法では円錐屈折結晶に計測するレーザーを入射することで容易に偏光状態の確認を行うことができる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、東京大学原子力専攻及び高輝度光科学研究センタで行われた、極短電子バンチ形状計測に関するものである。サブピコ秒の極短電子バンチ形状計測について、コヒーレント遷移放射のスペクトル解析による手法と電気光学効果による手法の有用性について、数値計算と実験両面から検討が行われている。

第一章では、サブピコ秒の電子バンチ生成源の1つとして、主にX線自由電子レーザーに注目し、本論文で構築する極短電子バンチ形状計測体系の必要性について説明が行われている。また、既存の極短電子バンチ形状計測の手法についても比較検討がなされ、X線自由電子レーザーにおいて非破壊・リアルタイムで電子バンチ形状を計測するためには時間分解能の改善が必要である現状について述べられており、本論文で構築する計測体系の動機付けが説明されている。

第二章では、極短電子バンチ長計測手法の一つであるコヒーレント遷移放射のスペクトル解析による電子バンチ長計測について、レーザープラズマ加速を用いて行った実験結果及び数値計算結果について述べられている。レーザープラズマ加速では電子ビームのエネルギー分散によってバンチ長が2ps程度まで広がっていることをGeneral Particle Tracernによる数値計算で示しており、これまでの実験結果と一致していることを示した。一方で、コヒーレント放射のスペクトル解析によるバンチ長計測では、リアルタイムでのバンチ長計測は困難であり、その点では電気光学効果によるバンチ長計測が優れていることについても触れられている。

第三章では、電気光学効果によるバンチ形状計測の理論について述べられている。特に、電気光学効果によるバンチ形状計測において時間分解能を制約する要因を列挙し、X線自由電子レーザーで数10fsの時間分解能でのバンチ形状計測を行うにあたり、支配的となる制約要因がレーザーのバンド幅と結晶の周波数特性であることを示した。

第四章では、本論文で構築するバンチ形状計測体系の設計について述べられており、本論文で開発を行った開発項目が列挙されている。また、バンチ形状計測について数値計算による分解能の見積が行われており、縦方向ではレーザーバンド幅の広帯域化によって111fsの時間分解の達成が可能であること、横方向では10umの偏芯が検出可能であることを示した。一方で数10fsの時間分解能達成のためには、有機EO結晶の活用が必要であり、そのための対策としてDAST結晶の使用を検討していることについても述べられている。

第五章では、本計測体系に必要となるプローブレーザー光源の開発について述べられている。プローブ光源として、ラジアル偏光・円環形状レーザーの生成に成功しており、そのために必要となる光学素子の開発も行われている。3次元形状計測に必要となるタイミング制御板の開発及び実験での実証、プローブレーザーの安定運転のための自動アライメントシステムの実現についても完了している。一方で、高時間分解能化に必要となる白色レーザーについては、未だ生成実験が行われている中途の段階である。しかしながら、現在開発を完了している項目によって、電子バンチの3次元形状計測のためのシステムは完成している。

第六章では、本計測体系に必要となる光学素子の開発について述べられている。電気光学効果によるバンチ長計測では、波長板や偏光ビームスプリッタが必須である。これら光学素子を、広帯域(600-1100nm)で使用可能となるよう、設計開発及び実験での性能評価を行った。広帯域における偏光状態の計測として円錐屈折による計測が行われており、偏光状態の計測手法として本計測手法が有用であることを示した。

第七章では、以上で開発を行ったプローブレーザー光源や光学素子を使用した、バンチ形状計測体系の構築について述べられている。ここではSPring-8のフォトカソードRF電子銃試験装置を用いて、3次元形状計測の原理実証実験を行うべく、必要となる体系の構築が完了している。

以上のように本論文は、極短電子バンチ計測手法として、コヒーレント放射のスペクトル解析による手法の数値計算・実験両面からの評価、電気光学効果によるバンチ形状計測の設計開発及び体系構築を行った。本計測体系は、非破壊・リアルタイムでの極短電子バンチ計測として、極短電子バンチ生成を行う加速器にとって必要不可欠のものである。3次元バンチ形状計測の概念は非常に独創的で、本体系構築のために開発した光学素子も光学の最先端のものであり、非常に価値が高い。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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