学位論文要旨



No 125782
著者(漢字) 三原,武
著者(英字)
著者(カナ) ミハラ,タケシ
標題(和) ハフニウムの集合組織およびイオン照射微細組織に関する研究
標題(洋)
報告番号 125782
報告番号 甲25782
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7315号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 笠原,直人
 東京大学 准教授 出町,和之
 東京大学 准教授 沖田,泰良
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

原子力の経済性向上技術として制御棒に中性子吸収材であるハフニウム(Hf)が用いられている。Hfは従来用いられてきたボロンと比べて核的寿命が長いことから経済性の向上でき導入が開始されている。現行Hf制御棒には複数の型式があり、この一つにHf板型制御棒がある。平成18年、本制御棒の実機適用中制御棒シース部にひびが確認された。このひび発生現象は、しきい線量(4.4×1021 n/cm2)以上の照射を被ったシースにおいて発生した照射誘起応力腐食割れ(IASCC)が原因であり、その応力源として、Hf板の照射成長が挙げられている[1]。しかしながら、ひび発生現象の応力源となるHf板の照射成長および照射損傷組織に関する知見は乏しく、同族元素であるZrに関する照射成長[2-4]、照射損傷組織[4]などの既往研究を元に帰納的に導かれた知見である。

照射成長とは照射下で寸法変化が生じる現象であり、六方晶金属においては微視的にはa軸に平行に膨張しc軸に沿って収縮する[2]現象である。したがって照射成長量に影響する因子にはc軸配向性[2]が挙げられるが、これは加工方法や加工後熱処理などの製造工程に強く依存することが知られている[5]。結晶方位の偏りである集合組織に関する理解は、当該事象の解明にとって重要である。照射組織に関しては、a軸方向の膨張は柱面上に格子間原子型転位ループが形成されることにより引き起こされる[2]。また、高照射量での成長速度の上昇が観察されるが、これはc成分転位が現れてくることに関連していると考えられている[4]。

本研究では、燃料棒安全技術開発に資することを研究目標とし、Hfの冷間加工および熱処理による集合組織の形成過程を明らかにし、さらに照射に伴い導入される格子欠陥の性状同定と照射損傷蓄積過程を明確にする。そしてこれらを総合してHfにおける照射成長挙動の評価およびその抑制策の提案を目的とした。

2.イオン照射による照射組織挙動

実験に使用したHf材(純度97.0 %)の主な不純物としてZrが約2 (wt%)およびH, O, Nが数100 ppm含有される。これをTEM用ディスク(3 mmφ)に打ち抜き、真空中で1273 Kにおいて1 hの熱処理を施した後、メタノール、過塩素酸、n-ブタノール溶液(混合比10:1:6)を用い25 V、液温233 Kにて電解研磨を行ってイオン照射試料とした。イオン照射は東京大学HIT施設タンデトロン加速器を用いてエネルギー1 MeV Ni+イオンを最大損傷ピーク値10 dpaまで照射温度を室温から773 Kの範囲で照射した。その後200 kV TEMにより組織観察および欠陥性状分析を行った。欠陥性状分析はコントラスト実験により行った。

1MeV Ni イオンを623 Kで照射量10 dpaまでのTEM明視野(BF)像による損傷組織より3dpaでは、照射によって生成した平均径7 nmの大きさの転位ループが5×1021 /m3の数密度で観察された。観察された転位ループの性状を決定した結果、b=1/3, 1/3を持つ格子間原子型転位ループが多数占めることが分かった。これらは照射量増加とともに合体成長し、10 dpaでは転位網を形成した。一方、773 Kでの照射では3 dpaで転位ループおよび転位網が形成されるが、照射量が5 dpaを超えると転位密度が減少した。これらの回復挙動は、同族のZrに類似している[5]。

Ni イオンを623 K で10-100 dpaで照射した試料で観察されたc成分転位の照射量依存性の暗視野像の入射電子線はほぼB=であり反射ベクトルはg=[0004]である。これらから20 dpa以上で観察された線状コントラストは回折条件のgベクトルとバーガースベクトルbとの関係からc成分転位と結論できた。この転位は照射量増加とともに発達した。この結果623 K, 20 dpa以上でc成分転位が形成し照射成長に影響を及ぼす可能性があることが分かった。

3.加工および焼鈍による集合組織変化

実験で用いた試料は市販Hf材(純度等、前出)を250×83×10 mmに切り出し鏡面研磨した後、10-4 Paの真空中で1273K、3時間の熱処理を施し出発材とした。焼鈍材は5-40 %範囲で冷間ロール圧延後、焼鈍温度を873-1373 Kの範囲で真空中1時間の等時焼鈍を行った。加工および焼鈍後の結晶粒形態、結晶方位分布などの評価のために光学顕微鏡観察、微小硬度測定(マイクロインデンテーション法)、X線回折法(θ-2θ, 極点法)により調べた。その後、再結晶化挙動を詳細に調べるため、前実験の出発材を同様の圧延(RD圧延)を施した試料とND周りに90°回転した方向(TD圧延)の圧延を施した試料をそれぞれ20 %で冷間圧延後、1273K一定で3時間までの範囲で等温焼鈍を行った。これらについて加工および焼鈍後の微小領域の結晶方位分布を調べた。ここで使用したRD, ND, TDはそれぞれ圧延方向、圧延面法線方向、圧延垂直方向を意味する。

3.1 等時焼鈍による再結晶化挙動

1273K-3h焼鈍した出発材を冷間加工度5-40%の範囲で873-1373Kの等時焼鈍試料に対するマイクロインデンテーション法による硬度測定結果では873Kでは加工組織の転位などの欠陥回復にともない約40%軟化した。この単調に減少する挙動はJ. G. Goodwinら[6]が得たビッカース硬度測定の結果による傾向とほぼ一致する。しかし873K-1173Kの範囲では本研究では硬化した。これは微小荷重測定では冷間加工組織の回復過程での転位ループの粗大化を検出しているためと考えられる[7-9]。約1173 Kでは再結晶粒形成が起こることを光学顕微鏡による金相組織観察により確認した。さらに1273Kではいずれの加工でも再結晶粒の形成によって軟化した。

配向変化を集合組織の観点から明らかにするために、 (0002)極点図の焼鈍温度依存性を測定した。RDが圧延方向、TDが圧延垂直方向を示す。冷間加工材の極点図では(0001)底面がTDに約30°傾いた集合組織を形成した。873K焼鈍ではピークが鋭くなり、回復挙動を示す。また、1073 Kから1173 Kではさらにピークが鋭く、また分岐し、再結晶集合組織を形成していることがわかる。

Hfの圧延加工後の等時焼鈍実験の硬さ測定、XRDおよび光学顕微鏡観察の結果をまとめると図3のようになる。20 %冷間圧延した場合、六方晶(0002)底面が圧延面垂直方向から圧延方向周りに約30°傾斜した集合組織を形成する。焼鈍すると873Kまでは欠陥の回復に伴い単調に軟化する。一方で873K - 1173Kの領域では、転位が合体集合し転位ループを形成、粗大化し、硬化する。1173 K以上の温度では再結晶粒形成および粗大化により軟化することを明らかにした。

3.2 等温焼鈍による再結晶化挙動

圧延加工20%後、1273 K, 1800 sまでの焼鈍によるHfの逆極点図マッピングにより圧延材では結晶粒内にひずみを蓄積しているが、900 sで約70 %が再結晶粒化され、1800 s焼鈍することによってほぼ全面にわたって再結晶粒が形成された。粒径分布により900 sでひずみ回復と同時にサブグレインの形成がみられ、1800 sでは再結晶化後の結晶粒成長による粗大な粒が形成したことが分かった。

RD、TDの圧延加工20%、1273Kでの正極点図および結晶方位分布関数(ODF)の焼鈍時間依存性より出発材の圧延加工よって(0001)底面がTDへピークが広がり、RD圧延材ではRDと平行であったの結晶配向が消滅した。両圧延材ともに焼鈍時間経過とともにc軸周りの回転を伴いながらφが20-40°の範囲で変化した。結晶方位の回転は再結晶化に伴う変形双晶の回復による回転とすべりの回復にともなう回転の二通りに分けて考えることができる。前者は、RD圧延材によって優先的に導入されたことにより形成した方位である。後者は、TD圧延材によって優先的に導入されたことにより形成した方位である。本研究では双晶変形とすべり変形の二通りの再結晶に伴う回転があることが示唆された。

4. 照射成長挙動の評価およびその抑制策の提案

重イオン照射による照射損傷組織の解析から623 K, 20 dpa以上でc成分転位の形成に伴い、照射成長速度の上昇の可能性がある。これは、ひび発生しきい線量をキンチン・ピースモデルにより計算すると8.3 dpaとなり、20 dpaと比較すると小さい値である。つまり、線状に発達する前の転位により柱面上転位ループが発達している可能性がある。

また、照射成長速度低減のためには焼鈍材の集合組織であるc軸配向を緩和する必要がある。本研究により圧延材組織の熱的回復挙動から、二通りの圧延(RDおよびTD圧延)では双晶変形およびすべり変形に伴う結晶回転があり、圧延方向を変化させることによって集合組織結晶方位が比較的広範囲に分散でき、その結果としてc軸配向を緩和する可能性を示唆できた。

5.結論

Hfを冷間圧延後等時および等温焼鈍による回復や再結晶過程、硬化挙動および再結晶集合組織形成過程について調べた。さらに、重イオン照射法による照射欠陥形成や転位ループ成長過程などの照射量および照射温度依存性について照射欠陥を観察した。その結果、以下の成果が得られた。

また、照射欠陥と損傷組織のTEM観察実験では

(1) 室温から773 Kの照射温度範囲では、照射量に依存し転位ループや転位網を形成した。

(2) 転位ループの性状決定した結果、b=1/3, 1/3を持つ格子間原子型転位ループが多数占めた。

(3) 照射成長に関与するc成分転位は623 K, 20-100 dpaで形成した。

集合組織形成と回復挙動の実験では

(4) 微小硬度測定により冷間圧延材において転位ループ粗大化により硬化したことが分かった。

(5) 二通りの圧延により双晶変形およびすべり変形の再結晶に伴う回転の影響を示した。

[1] 「沸騰水型原子力発電所のハフニウム板型制御棒のひび等に関する調査報告書の公表等について」 経済産業省 原子力安全・保安院[2] A. Rogerson, J. Nucl. Mater., 159 (1988) 43-61.[3] R. A. Holt, J. Nucl. Mater., 159 (1988) 310-338.[4] M. Griffiths, J. Nucl. Mater., 159 (1988) 190-218.[5] K. Y. Zhu, D. Chaubet, B. Bacroix and F. Brisset, Acta Mater. 53 (2005) 5131-5140.[6] M. E. Sauby and D. Lee, J. Nucl. Mater. 50 (1974) 175-182.[7] C. Hellio, C. H. De Novion and L. Boulanger, J. Nucl. Mater., 159 (1988) 368-378.[8] H. O. K. Kirchner, Z. Metallkde. 67 (1976) 525-532.[9] B. Marczewska-lasa, M. Zehetbauer, W. Pfeiler and B. Wielke, J. Mater. Sci., 26 (1991) 4499-4510.
審査要旨 要旨を表示する

本論文は、軽水炉の制御棒において中性子吸収材として利用されるハフニウム(Hf)板型制御棒の中性子照射環境下での振る舞いを対象としている。実機で使用されたHf板型制御棒では、しきい線量4.4×1021 n/cm2以上の中性子照射を受けた場合、ステンレス鋼製シース部に照射誘起応力腐食割れによるひびが発生する事例が相次いで確認され、そのひびをもたらす応力源として、Hf板の照射成長が挙げられた。しかしながら、Hf材料の照射成長および照射損傷組織に関する知見は極めて限られていることから、本研究では、燃料棒の安全技術開発に資するため、Hfの冷間加工および熱処理による集合組織の形成過程を明らかにし、さらに照射に伴い導入される格子欠陥の性状同定と照射損傷蓄積過程を明確にすることを目的としている。

本論文は8章で構成されており、第1章は上記の研究の背景と目的をとりまとめている。

第2章は、制御棒の安全性と照射成長評価の工学的評価の意義を明らかにすることともに、制御棒のひび発生における解決すべき課題と想定しうるメカニズムを俯瞰的に論じている。

第3章では照射成長現象について、ジルコニウム(Zr)合金での知見を整理するとともに、Hfにおける課題を整理している。

第4章は、本研究において実施した実験の詳細を論じており、Hf試料の準備並びにイオン照射試験の条件設定をとりまとめるとともに、集合組織試験の最新手法の適用に関して詳細に論じている。

第5章は、イオン照射実験よるHfの照射組織挙動を論じている。特に転位ループの性状を詳細に評価した結果、b=1/3, 1/3を持つ格子間原子型転位ループが多数占めることを明らかにし、10 dpaまでにネットワーク転位へ成長することを明らかにしている。また転位の回復試験を実施して、Zrとの類似性を議論している。さらに高い照射量までの試験を実施して、20 dpa以上では詳細な透過電子顕微鏡観察によって、バーガースベクトルにc成分を有する転位ループが形成することを見いだすことに成功した。このタイプのループ形成が起こりうることは、Hfの照射成長の照射量依存性がある閾値から大きな増加を示す可能性を示唆している。また、Zr系の各種材料と比較することによって、c成分転位ループが形成するメカニズムについて、議論を行っている。

第6章は、加工によるHfの集合組織形成と再結晶化挙動について、圧延加工後の等時焼鈍実験の硬さ測定、XRDおよび光学顕微鏡観察等による詳細な実験に基づいた結果をとりまとめられている。20 %冷間圧延したHf板材の場合、六方晶の(0002)底面が圧延面垂直方向から圧延方向周りに約30°傾斜した集合組織を形成する。873Kまで焼鈍では、欠陥の回復に伴い単調に軟化する一方で、873K~1173Kの領域では、転位が合体集合し転位ループを形成、粗大化して、硬化が起こりうることを見いだしている。また再結晶粒形成および粗大化による軟化現象は、1173 K以上の温度で起こることを明らかにした。さらに極点図の解析からは、焼鈍時間経過とともにc軸周りの20~40°の回転を伴いながら方位が変化することを明らかにしている。この結果は、結晶方位の回転は再結晶化に伴う変形双晶の回復による回転と、すべりの回復にともなう回転の二通りに分けて考えることができるとしており、始めてHfにおいて双晶変形とすべり変形の二通りの再結晶に伴う回転があることが示唆している。

第7章はこれらの実験結果を総括して、板型制御棒のひび発生の機構を定量的にとりまとめている。

第8章は結論であり、本研究の成果を総括するとともに、今後への課題を整理している。

以上を要するに本論文は、本格的研究が極めて限られていたHfの制御棒としての挙動評価に必要となる照射成長評価について、ミクロ組織発達並びに集合組織形成の双方の観点から基盤的知見を明らかにすることに成功しており、原子炉材料工学に寄与するところが少なくない。

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として、合格であると認められる。

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