学位論文要旨



No 125783
著者(漢字) 宮武,彩
著者(英字)
著者(カナ) ミヤタケ,アヤ
標題(和) Beam ON-LINE PETによる照射領域画像情報を用いた高精度陽子線治療に関する研究
標題(洋)
報告番号 125783
報告番号 甲25783
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7316号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 教授 小佐古,敏荘
 東京大学 教授 高橋,浩之
 東京大学 准教授 出町,和之
 国立がんセンター 室長 西尾,禎治
内容要旨 要旨を表示する

1.研究背景と目的

放射線治療は、がんの治療法として外科治療、化学治療と並び三大治療法の一つとなっている。世界的にがん患者数は増加傾向にあり、患者の治療予後改善(Quality of Life : QOL)の向上の観点からして、放射線治療が果たす役割は大きいと考えられる。がんの放射線治療において、従来のX線及び電子線による治療に加え、近年、陽子線や炭素線などの粒子線による治療が注目されている。陽子線を含む粒子線治療は、ブラッグピークによる線量集中性に優れた線量分布特性に加え、光子線や電子線とは異なった放射線の生物学的効果を持つことから、放射線難治性の腫瘍に対しても高い治療効果が得られる可能性があることが示唆されている。粒子線治療への期待と需要は、今後更に高まることが予想される。

高い線量集中性という陽子線治療の特徴を最大限に活かすためには、腫瘍に陽子線が的確に照射さられたかどうかを確認できることが非常に重要である。近年、陽子線治療の品質保証、管理及び高精度化のために、陽子線照射によって患者体内で起こる標的原子核破砕反応により生成されるポジトロン放出核の分布・強度をPETシステムで測定し画像化する研究が盛んである。国立がんセンター東病院では陽子線治療における患者体内での照射領域の可視化のため、照射室内のビームライン上に、高位置分解能を持つplanar typeの検出器を設置したBeam ON-LINE PET system mounted on a rotating gantry port (BOLPs-RGp) を開発し、世界で初めて実臨床で利用している。現在、陽子線治療中の全患者に対して、その治療期間中、日々の治療毎に、BOLPs-RGpによるactivity分布の実測を行っている。初回の治療で取得されるactivity分布画像をリファレンスとして、日々の治療で測定されるactivity分布画像との相違を比較することで、患者体内中における照射領域の位置を確認し腫瘍への照射精度を担保する利用法である。陽子線が腫瘍へ的確に照射されたかを定量的に評価するには、患者体内における陽子線の線量分布とactivity分布の相関を正確に把握する必要があり、生成されるポジトロン放出核の種類・位置・強度を精度良く算出しなければならない。このactivity分布のシミュレーションを実施する方法の一つに、患者体内で生じる標的原子核破砕反応の反応断面積値を組み込んだモンテカルロ法がある。モンテカルロ法に組み込まれている反応断面積の値は、陽子線のエネルギー及び生成核種に大きく依存する。しかしながら、現在までに報告されている反応断面積データの量及び精度は不十分な状況にある。また、乱数を利用した統計的計算法により膨大な計算データを必要とするモンテカルロ法によって患者体内のactivity分布を計算する場合、計算時間に数日を要する。そのため、多数の患者治療を実施しなければならない医療現場において、モンテカルロ法の利用は不可能である。そこで、高精度の陽子線治療を患者へ提供するため、臨床利用が十分可能な計算速度・精度を実現する、新たなactivity分布の計算アルゴリズムの研究開発が必要である。

本研究は、実臨床で利用可能な治療計画照射領域のactivity分布シミュレーションシステムの構築において、それを実現させることが可能な高速・高精度のactivity分布の計算アルゴリズムの研究開発を目的とする。

2.ペンシルビーム法を用いたactivity分布計算アルゴリズム

本研究では、activity分布の計算アルゴリズム法として、標的原子核破砕反応で対象となりうる人体構成原子核より生成されるactivity分布の計算を、化合物中での陽子線の多重クーロン散乱効果を考慮してペンシルビームカーネル化させて取扱う手法を考案した。陽子線線量計算アルゴリズムとしてよく用いられるペンシルビーム法を、activity分布計算に応用する新たな手法である。

本手法で利用する反応断面積情報は、人体を構成する主成分の12C、16O、40Ca核を数多く含むポリエチレン、水及び酸化カルシウムの化合物に陽子線を照射し、化合物中で生成されたポジトロン放出核の深部依存(エネルギー依存)のactivity分布を、全てBOLPs-RGpで実測することで得る。つまり、ある標的原子核と陽子核との全ての反応チャンネルにおける反応率情報が含まれたデータを利用する本手法は、データ量及び精度と共に不十分であった反応断面積の値を利用するモンテカルロ法に対して精度の向上が期待できる。また、取得したactivity分布をペンシルビームカーネル化して取り扱うことで、計算時間の大幅な短縮が可能となる。従って、本研究で考案したペンシルビーム法を利用したactivity分布計算法では、モンテカルロ法の課題であった精度と計算時間の両方が改善され、実臨床での利用が見込まれた。

3.Activity分布のペンシルビーム化

考案したactivity分布のペンシルビーム化のために、様々な検証を通して確立した測定条件の下、3種類のターゲットに陽子線を照射し、標的原子核とした12C、16O、40Ca核の情報を含む3種類のターゲットのactivityデータをBOLPs-RGpによって実測した。

深部activity分布の実測ではMONOエネルギーの陽子線を利用するが、実臨床では患者毎及び照射方向毎にビーム進行方向の腫瘍の大きさに合わせた拡大ブラッグピーク(Spread Out of Bragg Peak : SOBP)を利用して治療が実施されている。そのため、activity分布計算で利用するデータも、SOBPビームを照射した際に取得されるactivity分布データである必要がある。SOBPビームは、MONOエネルギーの陽子線をアルミ製のリッジフィルタに透過させることで形成される。そこで、リッジフィルタの形状情報を利用し、MONOビームによる実測結果からSOBPビームで取得されるactivity分布への変換法を考案し確立した。変換係数を導出して利用するこの手法の確立によって、照射条件毎に必要な実装データの測定時間が大幅に短縮できた。

また、ターゲットに照射して実測したactivity分布データから、目的とした3種類の原子核の深部activity分布を取得する手法を確立した。更に、治療毎及び患者毎に異なる照射時間を想定し、activity分布形状の時間依存性も考慮した深部activity分布データとした。それらを多重クーロン散乱効果によって側方向への拡大をガウス関数で近似することでactivity分布をペンシルビーム化し、activity分布計算で必要とされる12C核、16O核、40Ca核に対するactivity分布を全て整備した。

4.結論

本研究では、照射領域可視化を利用した陽子線治療において、activity分布計算を高精度・高速で実施可能なactivity分布のペンシルビームをカーネル化する新しい手法の計算アルゴリズムを考案した。本手法により、実臨床での利用は不可能であると考えられたモンテカルロ法によるactivity分布シミュレーションシステムの課題を解決することが出来る。考案したactivity計算アルゴリズムを搭載したシミュレーションシステムを構築することで、照射領域可視化を利用した高精度陽子線治療を患者へ提供することが可能になる。陽子線照射領域可視化の研究において、このような例は無く、今後、需要が高まることが予想される陽子線治療において、本研究で開発したactivity分布計算アルゴリズムを搭載した照射領域可視化シミュレーションシステムの実用が照射領域可視化を利用した陽子線治療においてスタンダードになると期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

論文は、国立がんセンター東病院で研究開発されたBeam ON-LINE PET system mounted on a rotating gantry port (BOLPs-RGp) によって取得された照射領域画像情報を利用した陽子線治療の高精度化に関するものである。陽子線の特徴を活かしたより高精度な陽子線治療を患者に提供するため、現在の実臨床でのBOLPs-RGpの運用法における課題が検討され、実臨床で利用可能な治療計画照射領域のActivity分布シミュレーションシステムの構築の必要性が熟慮されている。更にその理念に基づき、シミュレーションシステムの実臨床での利用を可能にする、高速・高精度のActivity分布の計算アルゴリズムの研究開発を行ったものである。

第一章では、がんの治療法の一つである放射線治療の中の陽子線治療について説明されている。

第二章では、陽子線の特徴である線量集中性を最大限に活かすより高精度な治療を実施するためには照射領域の可視化が必要であるとし、陽子線照射によって患者体内で起こる標的原子核破砕反応により生成されるポジトロン放出核の分布・強度をPET (Positron Emission Tomography) システムで測定し画像化する手法について、原理から実臨床での一つの利用形態であるBOLP-RGpの概要まで説明されている。

第三章では、論文の根幹である照射領域可視化シミュレーションに必要とされる人体元素別化、及び実臨床での利用を目的として考案された計算アルゴリズムの特徴と共に、研究開発されたActivity分布シミュレーションについて論じられている。日々取得されるActivity分布画像の相対比較によって腫瘍への照射精度を担保するという現在のBOLPs-RGpの運用法に対し、陽子線が腫瘍へ的確に照射されたかを定量的に評価するため、患者体内における陽子線の線量分布とActivity分布の相関を正確に把握し、生成されるポジトロン放出核の種類・位置・強度を精度良く算出する必要があるとしている。このActivity分布のシミュレーションを実施する方法の一つにモンテカルロ法の利用があるが、計算精度と計算時間を考慮すると現状では実臨床での利用は不可能としている。そこで、臨床利用が十分可能な計算速度・精度を実現する、新たなActivity分布の計算アルゴリズムとしてActivity Pencil Beam法を考案した。この手法は、標的原子核破砕反応で対象となりうる人体構成原子核より生成されるActivity分布の計算を、化合物中での陽子線の多重クーロン散乱効果を考慮してペンシルビームカーネル化させて取扱う手法である。この手法で利用する反応断面積情報は、ターゲットに陽子線を照射し、生成されたポジトロン放出核の深部依存(エネルギー依存)のActivity分布を全てBOLPs-RGpで実測することで取得するため、モンテカルロ法に対して精度の向上が期待できる。また、取得したActivity分布をペンシルビームカーネル化して取り扱うことで、計算時間の大幅な短縮が可能となる。従って、考案したActivity Pencil Beam法は、モンテカルロ法の課題であった精度と計算時間の両方が改善され、実臨床での利用が見込まれたとしている。

第四章では、前章で考案したシミュレーションシステムの実装データとなるペンシルビーム化したActivity分布について、変換係数の導出を初め、様々な検証を重ねて確立した取得法が述べられ、必要とされる実装データを全て取得したことが示されている。

第五章では、前章までに得られた知見を基に、シミュレーションシステム全体の計算精度に影響する様々な項目について、詳細な考察がなされている。更に、エネルギー閾値によって標的原子核破砕反応では観察できないレンジ周辺部の照射領域可視化についても検討されている。第六章では、本論文で提案されたシミュレーションシステムの今後の展開と共に結論が述べられており、今後の発展を期待させ、非常に貴重且つ重要な見解であると言える。

以上のように本論文は、Activity分布シミュレーションシステムに関して、実臨床で利用可能な高精度・高速である新たな計算アルゴリズムActivity Pencil Beam法を考案したものである。また、考案したActivity計算アルゴリズムを搭載したシミュレーションシステムを構築することで、照射領域可視化を利用した高精度陽子線治療を患者へ提供することが可能になることが示唆されている。陽子線照射領域可視化の研究においてこのような例は無く、本論文で考案しているActivity分布計算アルゴリズムを搭載した照射領域可視化シミュレーションシステムの実用が、照射領域可視化を利用した陽子線治療においてスタンダードになると期待できる。実用性は極めて高く、新規性も適当に盛り込まれ、工学での研究成果が国民生活へ貢献できることを示した非常に意義のある論文であると言える。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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