学位論文要旨



No 125784
著者(漢字) 八木,重郎
著者(英字)
著者(カナ) ヤギ,ジュウロウ
標題(和) 液体リチウム用ホットトラップ材における窒素および水素のトラップ挙動とモデリング
標題(洋)
報告番号 125784
報告番号 甲25784
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7317号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 准教授 鈴木,晶大
 東京大学 准教授 沖田,泰良
内容要旨 要旨を表示する

1.序言

将来のエネルギー源として期待されているD-T核融合炉では、極めて高エネルギーの中性子が発生するため、炉材料の中性子損傷を理解する必要がある。そのため現在IFMIF(国際核融合材料照射施設)の建設が計画されており、この中で溶融Liは高速流となって重水素ビームのターゲットになる[1]。さらに溶融Liは核融合炉において、トリチウム増殖と冷却を兼担する液体増殖ブランケット材料としても期待されている。

Li中の主要な非金属不純物としてはH,C,N,Oがあり、構造材に対する腐食抑制などを目的として、IFMIFの設計においてはこれらの不純物の濃度が何れも10wt.ppm以下に設定されている[1]。このうちC,OはLiの融点直上での溶解量が10wt.ppm以下であるため、コールドトラップによって十分低減できる一方で、H,Nは同じ手法では目標より1,2桁高い濃度までしか低減できず、別手法が必要となる。その手法としては、ホットトラップ法が有力であり、NについてはTi、HについてはYが有力な候補元素である。

現在までにTiによりNが回収できること、さらにNの拡散係数の大きいFeをTiと合金化することで、効率的な回収が達成できることが報告されている[2,3]。しかし、トラップ材内部でおらず、長期的な回収を行うためにも内部挙動を解明・モデル化する必要がある。の窒素挙動に対する定量的な理解はされて

そこで本研究では、Fe-Ti合金の内部での窒素挙動を水素トラップ材であるYとともに解明・モデル化することを目的とした。

2.イットリウム中の水素挙動

2.1水素トラップのその場観察手法

BCC構造の金属中ではHは拡散係数が大きく、中でもFeは拡散係数が大きいこと、Li中や水素雰囲気で酸化物・窒化物を生成しにくいこと、Liとの共存性に優れること、といった特長をもっている。そこで、図1左に示す透過型水素濃度測定装置を開発した[4]。図1右に示す真空系に接続することで、LiにH2、D2ガスを導入出来るとともに、透過した水素同位体を真空計や質量分析計を用いて定量できる。

この装置のLi中にYを浸漬することによりYの水素トラップ、すなわちLi中水素濃度の低下を直接観察することが可能となる。

2.2Li中でのYの水素回収

上記装置を利用した873 KにおけるLi中でのYによる水素回収経過を図2に示す[5]。(時間)1/2に対する濃度変化は直線的であり、拡散が律速過程であることが分かる。

2.3 Y中での水素拡散係数の推定

2.2の結果に対して水素拡散係数とY表面の水素濃度を一定とする一次元拡散モデルでフィッティングを行った。表面水素濃度をYH2相当、拡散係数を2×10-12 m2/sとすると図2破線で示す濃度変化が算出され、実験結果がよく再現される。Fisherら[6]によるとYの873 Kでの水素拡散係数は8×10-12m2/sであり、算出した拡散係数と同程度といえ、Li中でのYによる水素回収はトラップ材内部での水素拡散が律速過程とわかる。

3.Fe-Ti合金内での窒素の拡散

3.1リチウム中での窒素吸収

Fe-Ti合金を用いたLi中での窒素回収は、Ar雰囲気としたステンレスポット内にMoルツボもしくは純鉄製のキャプセルを設置し、その中で溶解したLiに873 Kで合金板を浸漬することで行った。一例としてTiを7.5at%含有した合金(Fe-7.5Ti、以下同様に略記)を用いた窒素濃度の低減を図3に示す。この回収反応を(時間)1/2に対して整理し、回収速度係数として算出した結果を図4に示す。反応速度係数は合金中Ti濃度が5%強で飽和する傾向を有しており、これがTi固溶のαFe単相の組織にFe2Ti相が析出する濃度と一致していることから、各相での窒素拡散が複合した結果と推測される。

3.2ガス中での窒素吸収

Fe-Ti合金内部での窒素拡散挙動を解明するため、これらの合金板をNH3/H2混合ガス雰囲気(NH3濃度18%、1気圧)とした熱天秤内で加熱し、窒素吸収挙動を観察した。αFe単相の試料としてFe-5Ti、Fe2Ti単相の試料としてFe-28Ti、それらの混合組織の試料としてFe-10Tiを利用した。結果を図5に示す。

Fe-28Tiの質量増加速度はFe-5TiやFe-10Tiと同程度ではあるが、Ti濃度が高いことからFe2Ti相の窒素拡散が低速であることが推測される。またFe-10Tiの質量増加は短期的にはほぼFe-5Tiと同様である一方、最終的な質量増加量はチタン濃度に応じて大きくなっており、αFe相を拡散したNが遅れてFe2Ti相に侵入している結果と考えられる。

3.3 各組織での窒素拡散

図5にて示した質量変化に対してフィッティングを行った。表面濃度が1.3×104秒の時定数で飽和すること、拡散係数をN/Ti比が1以上の場合に1.5×10-11 m2/s、それ以下の濃度の場合1×10-12 m2/sの拡散速度係数をもつ仮定した場合、実験値とよい一致を示した。結果を実測データとともに図6に示す。高濃度側における窒素拡散は純鉄中の窒素の拡散係数[7]と同等の値であり、高窒素濃度においてはFeとの合金化によって拡散が高速化していることが確認できる。

続いてFe2Ti相での拡散に対しても表面に対して上記と同じ時定数を想定してフィッティングを行った。この場合、窒素拡散係数を7×10-13 m2/sとするとよい一致を示した。結果を図7中に実測データとともに示す。純Tiの同温での拡散係数は5×10-18 m2/sと報告されており[7]、合金化によって拡散が高速化していることが分かる。

3.4 二相状態での窒素拡散

Fe-10Ti合金の窒化においては、窒素はα鉄相を拡散侵入し、順次Fe2Ti相内に侵入していく、という挙動が予想される。実際に図5において示した窒化挙動は内部のチタンまで比較的速やかにかつ有効に利用されていることを示しており、合金化が有効に機能していることが分かる。

4 セルオートマトン(CA)によるモデル化

4.1 イットリウム合金中の水素拡散

FisherらはYとNbの合金化し、その組織における水素拡散係数を測定した[6]。この合金は島構造を有しており、CAモデルによって拡散速度のイットリウム中との比の推定を行うと、実測値の1.5または2.4に対して2.4~2.8と良い一致を示した。

4.2 Fe-Ti合金中の窒素拡散

Fe-Ti合金のガス窒化挙動をもとに、合金内部での窒素拡散のCAモデルを構築した。複合組織であるFe-10Ti合金のガス窒化挙動に関しても再現が可能であった。結果を図8に示す。

5. 総合討論

5.1 IFMIFにおけるトラップ系の試算

3.1において得られたLi中窒素の回収速度係数をもとに、IFMIFの1/3スケールのループを建設するIFMIF-EVEDA(IFMIF工学実証設計活動)における窒素純化系の試算を行った。Li重量2.5 tに対して初期不純物窒素濃度を100wppmと推定し、トラップ材をFe-5Ti合金粒(粒径200μm)100 kgとすれば、初期の窒素濃度低減にかかる時間(<100 h)および総吸収可能量(>1 kg)ともに要求を満たすと計算された。

5.2透過による水素同位体濃度測定

本研究で作製した水素透過装置は質量分析計の併用により数wppmの精度で重水素の定量が可能であり[10]、透過壁の外部を高純度Heガスでスイープし、透過ガスを電離箱で測定することで、appbオーダーのトリチウムに対しても定量が可能である。IFMIFにおいては注入するD、副反応により生成するTなどを対象とした水素同位体のセンサーが必要であり、長時間の安定性も有する本体系は非常に有望である。また、Yに対するOやNの汚染の影響を定量的に評価することは水素トラップの長期的な挙動を予測するためにも必要であり、本装置がLi中水素濃度変化のその場観察を可能とすることはさらなる研究において非常に有用である[5,10]。

参考文献[1]H. Nakamura et al., J. Nucl. Mater., 329-333 (2004) 202[2]T. Sakurai et al., J. Nucl. Mater., 307-311 (2002) 1380[3]S. Hirakane et al., Fusion Eng. Des., 81 (2006) 665[4]J. Yagi et al., ICFRM-14 (2007)[5]J. Yagi et al., Japan-China Tritium Workshop (2008)[6]P. W. Fisher et al., J. Nucl. Mater., 122-123 (1984) 1536[7]日本金属学会, 金属データブック 改定3版, 丸善(1993)[8]M. Kinoshita et al., Fusion Eng. Des., 81 (2006) 567[9]J. Yagi et al., 核融合エネルギー連合講演会 (2008)[10] J. Yagi et al., Fusion Eng. Des., 84 (2009) 1993

図1: 透過型リチウム中水素濃度測定装置 左: 透過壁の周辺 右: 接続の概略

図2: Y浸漬によるLi中水素のホットトラップ

図3: Fe-7.5Ti合金による リチウム中窒素のホットトラップ(Li:25 g Fe-7.5Ti:40x10x1 mm 3枚)

図4: Fe-Ti合金の窒素回収速度係数のTi濃度依存性

図5: Fe-Ti合金のガス窒化による 質量変化

図6: Fe-5Ti合金のガス窒化とモデル化によるフィッティング

図7: Fe-28Ti合金のガス窒化による質量変化

図8: Fe-10Ti合金のCA法によるフィッティング

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、核融合工学分野で重要な材料である液体リチウムの使用に際して低減が必要となる不純物の水素同位体および窒素に対する低減に着目し、それらの回収のためのトラップ材料における水素や窒素の挙動を解明し、モデルの構築を行うことを目的としたもので、水素同位体および窒素のトラップ材料としてはそれぞれイットリウムと鉄チタン合金に焦点を当てており、全6章から構成されている。

第1章は序論であり、本研究の背景として核融合分野における液体リチウムの重要性、そして液体リチウム使用における水素同位体や窒素の低減の必要性、これまでの各不純物の低減に関する研究例を紹介し、解決すべき課題をまとめ、本研究の目的を述べている。本論文は、リチウム中での水素回収をその場観察するために水素同位体濃度センサーを開発しつつ、イットリウムによる水素回収を観察、また窒素の回収は組成を変えた鉄チタン合金を作製して窒素吸収の変化を測定し、水素、窒素ともに回収に対するモデルを構築して実際の大型リチウムループに対する提言・試算を行うことを目的としている。

第2章では、まず純鉄を透過壁材料として利用したリチウム中水素同位体濃度センサーの開発を行い、そのセンサーの定量性に関して軽水素、重水素およびトリチウムを利用した実験を行い、数十wppm以上のリチウム中水素濃度領域において十分な定量性を有することを確認している。そしてそのセンサーを利用してイットリウムによるリチウム中水素回収のその場観察を行い、高水素濃度領域ではイットリウム内での水素拡散を律速過程として回収が進行することを述べている。また、リチウム中に不純物窒素が存在することにより、イットリウムの水素回収が阻害されることを明らかにしている。

第3章では、濃度を変えた複数種の鉄チタン合金を作製し、それらを利用してリチウム中で窒素回収を行って、窒素回収特性が合金濃度に対して依存性を有することを述べている。そしてそこで示唆された合金の組織ごとの特性差を詳細に解明するため、アンモニアを含有したガス雰囲気での鉄チタン合金の窒素吸収特性および水素雰囲気での脱窒素特性を測定し、合金内部での窒素濃度に応じて窒素の拡散挙動に変化が生じることを示す結果を得ている。

第4章では、セルオートマトン法を利用し、第2章及び第3章で得られたイットリウムによる水素回収試験のモデル化、鉄チタン合金の窒素吸収挙動のモデル化を行っている。このモデルと実験データとの比較により、イットリウムによる水素回収において、イットリウム表面の窒素汚染が表面における水素吸収反応の効率を低下させることを明らかにしている。また既往研究のイットリウム-ニオブ合金中の水素拡散をモデルとし、セル条件の設定により複合組織内での拡散現象も再現できることを示し、鉄チタン合金による窒素吸収挙動の再現も可能であることを示している。

第5章は総合討論であり、実用的な視点から本研究により得られた知見をとらえ、特に大型リチウムループを備えるIFMIFおよびその工学実証ループにおける水素同位体モニターの利用、そして水素トラップおよび窒素トラップの運転パターンに対して提言を行うとともに、窒素トラップの長期挙動の予測を行っている。

第6章は結論であり、本研究を総括を行っている。

以上を要するに、本論文は液体リチウム用非金属不純物トラップ材に着目し、水素および窒素の回収挙動についての研究を行うとともに、リチウム用水素同位体モニターの開発を行ったものであり、IFMIFのリチウムループのみならず、核融合炉液体ブランケット増殖材としての液体リチウムの利用に際しても重要な、学術的かつ実用的基盤を提供しており、原子力・核融合工学の発展に貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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