学位論文要旨



No 125785
著者(漢字) 山本,智彦
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,トモヒコ
標題(和) 可搬型高エネルギーX線源の原子力保全応用
標題(洋)
報告番号 125785
報告番号 甲25785
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7318号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 高橋,浩之
 東京大学 教授 笠原,直人
 東京大学 准教授 松崎,浩之
 東京大学 准教授 出町,和之
内容要旨 要旨を表示する

(本文)

原子力発電所の安全確保・稼働率向上のために状態監視保全、すなわちプラントを稼動させながら検査評価する保全手法が重要となってきている。発電所の内部で最も故障事象の多い機器としてポンプなどの回転機器、部品としてはベアリングが挙げられる。現在ベアリングの余寿命評価は振動計によって加速度信号発生頻度の上昇カーブをフィッティングし、破壊までの余寿命を推測する手法が一般的である。しかし機器や運転条件によって結果のバラツキがあり、重大な被害を起こす可能性がある。ベアリングの劣化損傷は転動体と内輪・外輪との衝突による金属疲労破壊であると考えられる。劣化が進んだ末期のマクロ的損傷は振動法や摩耗粒子分析で評価できる。さらに軽度劣化の段階的過程での残留応力を把握することができれば、劣化の度合いが金属疲労破壊曲線(S-N曲線)と照らし合わせて評価することが可能になる。この手法が確立すれば、回転機器というシステムの軽度・重度劣化が、ベアリング材料の疲労破壊として捉えられ、ここまで蓄積されかつ信頼性のある材料データを活用して、余寿命を評価することができると考えている。本研究においては、ベアリングを対象とした回転機器の保全への可搬型X-band Linac X線源の適用を目指し、回転機を静止させることなくリアルタイムで画像取得し状態を監視する手法の構築と、ベアリングに対するS-N曲線やその他状態監視保全技術による余寿命評価に物理的指標を加えるべく、X線回折法を用いた残留応力測定を行った。また小型Linac X線源の高安定化を目指しマルチビームクライストロンの設計を行った。

ベアリングを対象とした回転機器のリアルタイム状態監視手法は、Linacの繰り返しすなわち生成するX線の繰り返しと検出器のシャッターのタイミング、さらにはベアリング等の回転数を同期させることで、回転中であっても静止しているように見られるといったものである。本研究においては、使用する950 keV X-band Linac X線源の性能評価試験を行った後、ベアリング等の回転数をレーザー光や電磁センサーといった回転信号をピックアップするような同期回路を作成し、イメージングプレート(IP)やフラットパネルディテクタ(FPD)を使用して透過画像取得を行った。さらに現場での使用を考えてベアリング転動体(玉)の回転信号を電磁センサーで読み取ることによる画像取得も行った。これは、通常見ることが不可能である転動体を同期信号とすることでより適用範囲を広げることができると考えたからである。最終的には同期回路なしで鮮明な画像取得を目指した。実験を行った結果、装置の性能は定格200 [mGy/min @ 1 m (500 pps)]に対してX線コリメータありで約10 [mGy/min @ 1 m (500 pps)]程度と非常に少ない線量率であった。これは、加速器の構造上の問題が考えられる。しかし、本研究においては画像を積算して取得することにより線量不足を回避することとした。また識別能と分解能の評価を行い、識別能約3 %、分解能をレスポンス関数Modulation Transfer Function (MTF)で評価しMTF=0.1としてコリメータありで4[LP/mm] = 125 μmとなった。このスペックでベアリングリアルタイム撮影を行った結果、レーザー光を用いたIPによる原理実証、FPDによるリアルタイム監視を実証することができた。転動体に同期させた画像取得も実証できたが、レーザー光の同期回路と違いおよそ±3°程度のジッターが存在し、画像がぼけるという現象が起きた。ジッターの原因としては空間ノイズや振動などが考えられる。最終的に現場で使用することを考えると同期回路などはないほうが便利であることから、X線シングルショット撮影を行った。検出器としてはFPDの他、高感度で知られるHARP (High-gain Avalanche Rushing amorphous Photoconductor)カメラを使用して線量の少なさをカバーして実験し画像取得に成功した。以上の実験から可搬型X-band Linac X線源を用いたベアリングリアルタイム撮影手法の状態監視保全への有用性が示せた。

通常のベアリング交換の際は、S-N曲線に基づく余寿命評価と振動法・Acoustic Emission (AE)・油分析といった定性的な指標によって交換がなされてきた。しかし、過剰な交換頻度や分解検査によるいじり壊しの可能性も否定できない。そこで、劣化損傷ベアリングをサンプルとし内部にある残留応力を測定することでS-N曲線上に振動法・AE・油分析と残留応力情報を載せた新たなベアリング余寿命評価指標の構築を目指した。X線による残留応力測定はBragg則による回折法により金属結晶のひずみを測定する。そこから応力を換算し求めることになる。この測定によりベアリング表面付近の残留応力を認識できる。

可搬型Linac X線源は非破壊検査のみならず医療用としても使用されている。その高周波源は多くの装置でマグネトロンであるが自励発振器であることから発振が不安定になることがある。高周波の発振が不安定であることは電子加速が不安定になり、結果として生成X線が不安定になるということである。そこで高周波源として高エネルギー加速器で使用されるクライストロンの採用を検討した。しかし、高エネルギー加速器で使われるクライストロンは電源が大型であったり効果であったりと民生用で使用されるような加速器には導入が難しい。いかに電源などを小型化し本体も小型、価格も安価にできるかを考えたとき、近年KEKなどで開発が進められているマルチビームクライストロンの採用が選択肢として挙げられた。マルチビームクライストロンは通常のクライストロンとコンポーネントは同一であるが、電子銃が複数あることが異なる。電子銃を複数にすることにより、個々の電圧を下げることができ効率を落とすこともなくなる。電圧が下がることで電源なども小型化され、可搬型Linacに有利である。本研究においては250 kWのシングルビームクライストロンを8本束ねるような形で出力2 MWのクライストロンの空洞設計を行った。初期電圧を50 kVとし、空洞長は130 mm程度で効率65 %以上の空洞設計ができ、将来の3.95 MeV非破壊検査用Linacならびに6 MeV医療用Linacの高安定化に寄与できるような高周波源として有用であると考えている。

本研究は、原子力発電所などにおける保全活動に対して可搬型Linac X線源を適用するため、回転機器特にベアリングを対象とした損傷検出の方法としてリアルタイムイメージングによる損傷確認手法の構築、さらにベアリング交換のための余寿命評価法としてX線回折法による残留応力測定を行った。また可搬型Linac X線源の高安定化を目指し、マルチビームクライストロンの空洞設計を行った。リアルタイムイメージングによりベアリング損傷を動作中でも確認できることが示唆され、残留応力測定により従来の余寿命評価に使用されるS-N曲線や、振動法・AE・油分析などの定性的評価に残留応力という物理的指標を加えることができ、より効率よく検査・交換ができるものと考えられる。また、マルチビームクライストロンの採用により可搬型産業用Linacの高安定化が期待でき、X線源としてのLinacの応用範囲がより広がっていくと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

論文はX線を利用したベアリングに対する保全応用に関するものである。東京大学原子力専攻で開発中の可搬型950 keV X-band Linac X線源を利用したベアリングのリアルタイム可視化試験、X線回折法を利用した残留応力測定によるベアリング転動体の損傷状態の認識と剥離現象のメカニズムについての解明、可搬型加速器を用いたX線源高安定化のためのマルチビームクライストロンの基礎設計が検討されている。

第一章では、論文の背景にある原子力発電所における保全活動について述べられており、現行の時間計画保全で起こりうるオーバーメンテナンスなどへの対処法として状態監視保全が注目されているとされている。これを受け、状態監視保全技術の記述がされており、論文の研究対象として故障事例の多いベアリングを選び、その余寿命評価手法にX線を適用することでより信頼度の高い余寿命評価が可能となる旨記述されている。本論文においてはX線残留応力測定法によるベアリング転動体の応力分布とLinac X線によるベアリングの可視化手法の構築ならびにLinacの高安定RF源となりうるマルチビームクライストロンの設計を研究範囲としている。

第二章では、東京大学原子力専攻において開発研究されている可搬型X-band Linac X線源を使用した試験について述べられている。本装置は、最大950 keV の電子ビームを発生しX線を生成する。本論文では識別能・分解能の評価を行っており、目標とする200 μm程度の識別能・分解能を達成している。この装置を用い、回転中のベアリングを停止させることなくX線によりリアルタイムで監視するためにレーザーや電磁センサーなどを使用して同期を取ることで画像積算した静止画像取得に成功している。さらにHARP撮像管を使用することで同期させることなくシングルショットで撮影を試み、画像取得はできているが、両手法とも200 μmの解像度を得ることができていない。しかし、その原因と改善点などが示されており、提案の手法によりリアルタイムで可視化が可能であることが示されている。

第三章では、X線回折法を用いた残留応力測定によりベアリング転動体表面の応力変化を測定している。残留応力は現場で観測できないが、振動法やAcoustic Emission法、油分析など通常使われている状態監視手法に残留応力という物理的指標を加味でき、より信頼性が高まると考えられている。本論文においてはベアリング転動体を3状態用意し、表面近傍の残留応力の測定を行っている。結果として損傷が進むにつれ、圧縮応力が解放されていることがわかり、剥離も-300 MPa程度で起こるという知見が得られている。しかし、サンプル数が少ないため、詳細な残留応力の変化を示した曲線が描けていないが、今後の課題として測定数を増やすことで残留応力の変化とベアリングの劣化損傷現象のメカニズムが解明できると考えられている。

第四章では、可搬型Linac X線源に適用する高安定なRF源としてマルチビームクライストロンの基本設計を行っている。通常数MeVクラスのLinac X線源にはマグネトロンと呼ばれる自励発振器が使用されているが、発振不安定性などの問題がある。そこで高エネルギー加速器で使用されているクライストロンを小型化し、さらに効率を高めるために複数の電子銃を採用するマルチビームクライストロンの基本設計をMAGICと呼ばれるPICコードのより行っている。MAGICによる計算により8ビーム、6空洞/ビームで2 MWクラスのマルチビームクライストロンが全長200 mm程度、直径150 mm程度で作製できるとされ、将来的な小型Linacを利用したX線源の高安定化が実現できると考えられる。

以上のように、本論文は原子力保全を目的としてLinac X線源でのイメージング、残留応力測定による余寿命評価への適用の議論、さらに高度なX線源実現のための装置高度化と行ってきている。目標値に及ばなかった点もあるが手法は独創的であり、非常に有用なものである。これは、原子力の保全への可搬型高エネルギーX線源の応用研究の先駆けになるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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