学位論文要旨



No 125786
著者(漢字) 三條,舞
著者(英字)
著者(カナ) サンジョウ,マイ
標題(和) 異種ポリアミノ酸をビルディングブロックとして構築される高機能性遺伝子キャリアの調製とその機能評価
標題(洋) Preparation and evaluation of multifunctional gene carrier based on various poly(amino acid)s
報告番号 125786
報告番号 甲25786
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7319号
研究科 工学系研究科
専攻 バイオエンジニアリング専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 教授 鄭,雄一
 東京大学 教授 酒井,康行
 東京大学 准教授 山崎,裕一
内容要旨 要旨を表示する

遺伝子治療は、従来の治療法では対処困難な疾患に対する治療法として、その実用化が期待されている。しかし、これまでの遺伝子導入技術では遺伝子導入効率、発現量、発現期間など様々な点で実用レベルに達しておらず、期待される治療効果が得られていない。そのため、遺伝子導入プロファイルを改善する遺伝子キャリアの開発が盛んに行われている。そして、免疫原性などの安全性の観点から、非ウイルス型キャリア開発への注目が目覚ましい。ところが、非ウイルス型キャリアは、細胞内動態を制御する機能に乏しいため、その遺伝子導入効率はウイルス型に比べて低いという問題がある。従って、細胞内の複雑な環境に対応し、遺伝子を効率良く核内へデリバリーする機能の創り込みが必要である。

低毒性な遺伝子キャリア用材料としてはポリアミノ酸が着目されている。中でもカチオン性のポリリシン(PLys)は遺伝子(pDNA)の凝縮能に優れていることから、有望な材料の一つとして期待されている。しかしながら、PLysをベースにしたキャリアは安定性において優れているが、細胞内でエンドソームから細胞質へと遺伝子を運ぶ機能に乏しいため、その遺伝子導入効率は必ずしも十分ではない。そこで近年、PLys由来の遺伝子キャリアに対してエンドソーム脱出能を補うことで、遺伝子導入効率を改善する試みがなされている。つまり、細胞内動態を制御する機能、特にエンドソーム脱出能を組み込むことで、PLys由来の遺伝子キャリアの性能は、実用的なレベルへ大きく近づくと期待される。

遺伝子キャリアのエンドソームから細胞質への移行効率向上は、高効率な遺伝子発現のための重要な課題である。エンドソームは内部が酸性環境のオルガネラである。これまでに、この酸性化をトリガーとしてエンドソーム膜を破壊する様々な分子設計が行われてきた。我々のグループでは、ポリアスパラギン酸の側鎖にジエチレントリアミン(DET)を結合させたカチオン性ポリマーPAsp(DET)が、低毒性かつエンドソーム脱出能に優れることを見出した。このPAsp(DET)の側鎖カチオン鎖は、2段階のプロトン化挙動を示すことで酸に対する高いバッファー能を示すとともに膜傷害活性を発揮すると考えられる。しかし、ポリカチオンは生体分子との非特異的相互作用をすることが懸念されることから、PAsp(DET)側鎖のカチオン構造をアコニチン酸無水物で修飾した、アニオン性ポリマーPAsp(DET-Aco)を新たに合成した。このアコニチン酸無水物による修飾はエンドソーム内の弱酸性pHに応答して速やかに解裂し、PAsp(DET)が復元することでポリマーの電荷が再び反転するという「Charge-Conversional 特性」を有している。従って、pH7.4 でアニオン性ポリマーであるPAsp(DET-Aco)は、エンドソーム内のpH 低下に伴ってアコニチル基を脱離させ、カチオン性のPAsp(DET)へと変換し、高いエンドソーム脱出能を示すと考えられる。このCharge-Conversional 型ポリマーを用いることで、PLys由来の遺伝子キャリアにエンドソーム脱出機能が付加されるものと考えられる。

本研究では、PLysホモポリマーから形成させたpDNA/PLys ポリプレックスを、Charge-Conversional 型ポリマーでコートした三元ポリプレックスへと展開した。この三元ポリプレックスは、アニオン性のCharge-Conversional 型ポリマーでコートされることによって、血清との非特異的吸着が抑制され、その安定性が向上するものと期待される。さらに、エンドソーム脱出機能が不十分なPLysに添加することで、Charge-Conversional 型ポリマーのエンドソーム脱出素子としての有用性が明らかになり、またpDNA/PLys ポリプレックスの遺伝子導入効率が改善されると予想される。ここでは、この三元ポリプレックスのin vitroでの遺伝子導入効率を評価し、さらに詳細な細胞内動態観察によりその遺伝子導入メカニズムの解明に取り組んだ。

審査要旨 要旨を表示する

遺伝子治療は、疾患を遺伝子レベルで根本的に治療することから、従来の治療法では対処困難な疾患に対する治療法として、その実用化が期待されている。現在までに、世界中で1600例近くの臨床試験が実施されたが、いまだ標準的治療として確立されるに至っていない。その最大の要因は安全かつ効率的に遺伝子を導入する手段が見出されていないためである。特に安全性や免疫原性の観点から、近年では非ウイルス型キャリアの開発が盛んに行われている。ところが非ウイルス型キャリアは、体内動態や細胞内動態を厳密に制御する機能に乏しいため、その遺伝子導入効率はウイルス型に比べて低いという問題がある。本論文ではこの点に着目し、「キャリアの安定性」、「遺伝子導入効率の向上」、「低毒性」の全てを満たしうる非ウイルス型キャリアの開発を目指し、体内動態と細胞内動態の両者に関わるバリアを突破するための機能性素子を合成すると共に、プラスミドDNA(pDNA)との複合体形成に関する物理化学的特性解析を行っている。さらに、キャリアのエンドソーム脱出効率や遺伝子発現効率に対する機能検証などの生物学的評価を行い、非ウイルス型キャリアとしての有用性を検証している。以下、各章毎に、本論文の審査結果の概要を述べる。

第一章の序論では、ウイルス型キャリアと非ウイルス型キャリアの相違を挙げると共に、安全性の観点から非ウイルス型キャリアの有用性を説いている。さらに、従来の非ウイルス型キャリアの課題点を示し、体内動態、細胞内動態メカニズムに立脚した各バリアを突破するための戦略立案を挙げている。具体的には、遺伝子凝縮能に優れるpoly(L-lysine)(PLys)をベースにすることでキャリアの安定性を確立すると共に、エンドソーム脱出能に乏しいPLysを補完するため、高いバッファー能と低pH応答性の細胞膜傷害活性を有するカチオン性ポリマーpoly{N-[N'-(2-aminoethyl)-2-aminoethyl]aspartamide}PAsp(DET))を組み込むことで、遺伝子キャリアのエンドソームから細胞質への移行効率向上により、高効率な遺伝子発現を導くことを提案している。しかし、カチオン性ポリマーによる生体分子との非特異的相互作用が懸念されることから、PAsp(DET)側鎖のカチオン電荷をアコニチン酸無水物修飾することで、アニオン性ポリマーpoly(N-{N'-[(N''-cis-aconityl)-2-aminoethyl]-2-aminoethyl} aspartamide)(PAsp(DET-Aco) )に変換し、この問題の解決を図っている。このPAsp(DET-Aco)は、弱酸性環境に応答して電荷が反転する機能を有する。従って、pH7.4でアニオン性ポリマーであるPAsp(DET-Aco)は、エンドソーム内のpH低下に伴いアコニチル基を脱離させ、カチオン性のPAsp(DET)へと変換することで、エンドソーム脱出素子としての機能を発現することが期待される。本章では、戦略実現に必要な機能性素子およびそれらを合理的に配置したキャリアの設計を示し、本研究の意義および論点を明確に述べている。

第二章では、上記の戦略の一つ目の設計として、PLysホモポリマーから形成させたpDNA/PLysポリプレックスのカチオン性表面に対し、PAsp(DET-Aco)を静電相互作用によって組み込んだ三元ポリプレックスの調製法を検討している。ここでは、調製した三元ポリプレックスの粒径、ゼータ電位およびポリアニオンによる置き換わり実験の評価から、PLys鎖がpDNAを凝縮し、さらにアニオン性の第三成分で覆われた安定な三元ポリプレックスの形成が示されている。さらに、株化培養細胞系での検討では、毒性に敏感で、かつ遺伝子導入が困難な細胞として知られている正常ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)を用いて、pDNA/PLys/PAsp(DET-Aco)三元ポリプレックスがpDNA/PLysポリプレックスより低毒性でありながらも高い遺伝子発現効率を有することを確認した。この要因を明らかにするため、より直接的に遺伝子導入機構の解明を行っている。まず、共焦点レーザー顕微鏡観察によりポリプレックスの細胞内動態を観察したところ、PAsp(DET-Aco)が血清培地中において解離することなく、三元系を保持したまま細胞内に取り込まれていることが実証されている。さらに、pDNA/PLys/PAsp(DET-Aco)三元ポリプレックスは良好に速やかにエンドソームから脱出する様子が観察され、PAsp(DET-Aco)がエンドソーム脱出素子として働きpDNA/PLysポリプレックスのエンドソーム脱出を促進したことが結論づけられている。

第三章では、第一章で述べた戦略の二つ目の設計として、全身投与型遺伝子キャリアシステムの構築を目指し、キャリアの中間層に生体適合性を示す Poly(ethylene glycol)(PEG)鎖を持つ高機能性遺伝子キャリアを提案している。具体的には、PLysと生体適合性を有するPEGとのブロック共重合体(PEG-b-PLys)を用いて形成させた高分子ミセルに、PAsp(DET-Aco)を共有結合を介して組み込む方法を検討している。この高分子ミセルは、PLys鎖によってpDNAを安定に内包でき、PEG中間層からなる生体適合性と、外殻に配置されたPAsp(DET-Aco)に基づくエンドソーム脱出機能を備えている。具体的には、末端にアジド基を有するPEG-b-PLysブロック共重合体を用いてpDNAとミセルを形成させ、末端アルキンを有するPAsp(DET-Aco)との環化付加反応(Click Chemistry)による導入を行っている。Click Chemistryは、種々の反応性官能基が共存する条件においても高い選択性を有することから、ポリアミノ酸側鎖のアミノ基やカルボキシル基が存在する複雑な条件においても適用できる有効な手法と考えられる。しかしながら、表層にアジド基を有する高分子ミセルの構築には成功しているが、最終段階のClick反応を進行させる条件の確立には至っていない。その原因として、PEG鎖の高い運動性によって反応性官能基がPEG層内部に潜り込んでいるためと考察し、PEG鎖長に着目したミセル設計を確立する必要性を指摘している。

第四章は総括として、一連の研究のまとめ、全身投与型遺伝子デリバリーを目指したPLysベースのキャリアシステムの展望を述べている。

以上、本論文ではpDNA/PLysポリプレックスにエンドソーム脱出能を示すPAsp(DET-Aco)を静電相互作用によって組み込んだ三元ポリプレックスの創製により、「高い遺伝子発現」、「低毒性」、「キャリアの安定性」の全てを満たしうるキャリアシステムの構築に成功している。このようなマルチ機能型遺伝子キャリアは、これまでに例を見ない新しい取り組みといえ、実用的な遺伝子キャリア開発に向けたブレイクスルーとなることが期待される。本論文の内容は、その独創的なアプローチや高い有用性から考えてバイオエンジニアリング分野において極めて卓越した価値を有しており、世界的にも実用化の機運が高まる非ウイルス型キャリアの開発に多大な貢献を与えるものと判断される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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