学位論文要旨



No 125788
著者(漢字) 坂井,亮太
著者(英字)
著者(カナ) サカイ,リョウタ
標題(和) アワノメイガ類におけるオスおよびメス性フェロモンの生合成系に関する研究 : 脂肪酸不飽和化酵素の比較を中心に
標題(洋)
報告番号 125788
報告番号 甲25788
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3488号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 石川,幸男
 東京大学 教授 嶋田,透
 東京大学 教授 富樫,一巳
 東京大学 准教授 勝間,進
 東京大学 准教授 久保田,耕平
内容要旨 要旨を表示する

ガ類のメスは配偶行動の際に、腹部末端に存在するフェロモン腺から性フェロモンを放出し、オスを誘引する。誘引されたオスはメスの近傍に定位し、近距離における雌雄間交信を行った後、交尾に至る。ガ類の性フェロモンは、炭素鎖数が10から18の直鎖状の脂肪族化合物で、1から数個の二重結合が導入されており、アルコールやアセテート、アルデヒドなどの官能基を有している。また、ガ類が配偶行動の際に行う雌雄間交信としては、音響交信やオス性フェロモンの放出などが知られている。

アワノメイガ属は北半球に広く分布するガの仲間で、日本国内では8種が確認されている。アワノメイガ類の性フェロモンは、炭素鎖数が14で1つの二重結合が導入されたアセテート、又はアルコールを利用している。アワノメイガ類の性フェロモン成分として、E11-、Z11-テトラデセニルアセテート(E/Z11-14:OAc)、E12-、Z12-テトラデセニルアセテート(E/Z12-14:OAc)、Z9-テトラデセニルアセテート(Z9-140Ac)、E11-テトラデセノール(E11-14:OH)が同定されている。アワノメイガ類では、これらの成分を種特有の成分組成で利用することで、同種のオスを特異的に誘引している。アワノメイガ類の性フェロモンは、体内に普遍的に存在する脂肪酸が誘導・修飾を経て生合成される。生合成の各反応としてβ酸化による炭素鎖の短縮、不飽和化酵素による炭素鎖への二重結合の導入、還元反応、アセチル基の転移が知られている。性フェロモンの種特異性は、性フェロモン生合成に利用される脂肪酸不飽和化酵素の違いや、β酸化、還元反応における反応性の差異など、特定の少数の段階に依存している。

アワノメイガ類の配偶行動では、メスの性フェロモンに誘引されたオスが、メスの近傍でオス性フェロモンの放出を行っている。アワノメイガ属のオス性フェロモンは、多くのガと同様にヘアペンシルと呼ばれる、オスの交尾器周辺に存在する毛状の器官から分泌される。ガ類のオス性フェロモンには、催淫作用やメスの誘引など配偶行動において重要な役割を担っていると考えられるが、アワノメイガ類における研究は限られている。

本研究では、アワノメイガ類におけるオスおよびメス性フェロモン生合成系の分化の過程を明らかにすることを目指して、生合成酵素である脂肪酸不飽和化酵素に着目した比較解析を行った。

1.アワノメイガ類における種特異的な性フェロモン生合成

アワノメイガ属の一種アズキノメイガは、性フェロモンとしてE/Z11-14:OAcを、アワノメイガはE/Z12-14:OAcを利用している。2種の性フェロモン成分の違いは、生合成に関与する脂肪酸不飽和化酵素が、アズキノメイガでは△11位不飽和化酵素、アワノメイガでは△14位不飽和化酵素と異なるために引き起こされている。しかし、2種のフェロモン腺では性フェロモン生合成に必要ないもかかわらず、△11位および△14位不飽和化酵素、両脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の転写産物が確認されている。

2種において、性フェロモン前駆体の分析を行ったところ、E/Z11-14:OAcの前駆体であるE/Z11-14:Acy1はアズキノメイガにおいてのみ検出された。一方、El2-14:OAcの前駆体である、E/Z12-14:Acy1とE/Z14-16:Acy1はアワノメイガにおいてのみ検出された。2種では、△11位不飽和化酵素、△14位不飽和化酵素ともに転写されているが、アズキノメイガでは△14位不飽和化酵素は活性を示しておらず、アワノメイガにおいても△11位不飽和化酵素が活性を示していないことが明らかになった。2種において、脂肪酸不飽和化酵素の発現をmRNAおよびタンパク質レベルで比較した。その結果、2種における性フェロモン成分の違いは、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の転写量の違いにより引き起こされていることが示された。アズキノメイガとアワノメイガでは、性フェロモン生合成に不必要な脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の転写を抑制することで、種特異的な性フェロモン生合成を可能にしていると考えられた。

2.アワノメイガ類の脂肪酸不飽和化酵素

国内に生息するアワノメイガ属のうち、アズキノメイガ、アワノメイガ、フキノメイガ、ユウグモノメイガ、ウスジロキノメイガより△11位不飽和化酵素および△14位不飽和化酵素をクローニングし解析した。性フェロモン成分は、種間で異なっているが、脂肪酸不飽和化酵素は、全ての種で90%以上の相同性を有していた。

△11位不飽和化酵素の転写解析および、性フェロモン前駆体分析を行い、性フェロモンとの比較を行った。△11位不飽和化酵素は、ヨーロッパアワノメイガにおいて機能解析が行われており、ミリスチン酸(14:AcyDをE/Z11-14:Acy1に変換するという機能が明らかになっている。△11位不飽和化酵素の解析を行ったところ、ヨーロッパアワノメイガの△11位不飽和化酵素と活性が同様であるが配列が異なるユウグモノメイガの△11位不飽和化酵素と、反応性が異なりE11-14:Acy1だけを生産するウスジロキノメイガの△11位不飽和化酵素が存在することが示された。アワノメイガ属では、ゲノム解析により多数の△11位不飽和化酵素遺伝子が存在することが明らかになっているが、共通した遺伝子を保持していながら、発現する遺伝子の違いにより、性フェロモンの多様性が生み出されていることが明らかになった。

△14位不飽和化酵素では、種間で変異も少なく、転写にも差異は認められなかった。△14位不飽和化酵素は、アワノメイガでのみメス性フェロモンの生合成に利用されていたことから、性フェロモン生合成系が分化する過程で獲得したと考えられていた。しかし、分化する以前からアワノメイガ類では△14位不飽和化酵素を保持していたことが示された。また、オスの腹部末端において転写解析を行ったところ、全ての種において転写が確認された。近縁種であるヨーロッパナワノメイガでは、△14位不飽和化酵素のオス性フェロモン生合成への関与が示されており、アワノメイガ類では幅広い種においてオス性フェロモンの生合成に利用されている可能性が示された。

3.アワノメイガ類のオス性フェロモン

アワノメイガ属では、ヨーロッパアワノメイガとアワノメイガにおいてオス性フェロモンの存在が示されている。ヨーロッパアワノメイガの解析から、オス性フェロモンは交尾の成否に深く関わっていることが示されている。ヨーロッパアワノメイガの利用するオス性フェロモンは、ヘキサデカニルアセテート(16:OAc)、Z9-ヘキサデセニルアセテート(Z9-16:OAc)、Z11-ヘキサデセニルアセテート(Z11-16:OAc)、Z11-ヘキサデセニルアセテート(Z14-16:0Ac)であり、アワノメイガでは16:OAc、Z9-16:OAcを利用していた。

国内に生息するアワノメイガ類のオス性フェロモンを分析したところ、16:OAc、Z9-16:OAcを放出するブワノメイガと、16:OAc、Z9・16:OAcおよびZ14-16:OAcが含まれるウスジロキノメイガ、ユウグモノメイガ、アズキノメイガEタイプ、フキノメイガ、そして16:OAc、Z9-16:OAc、Z11-16:OAc、Z14-16:OAcのアズキノメイガZタイプが存在した。オス性フェロモンも、メス性フェロモンと同様に種間において成分および混合比が異なっていた。

化学構造から推定される生合成経路では、パルミチン酸(16:Acy1)が脂肪酸不飽和化酵素による二重結合の導入、還元反応、アセチル基の転移という、メス性フェロモンと共通する生合成系を経て合成されると考えられた。そこでオスの腹部末端における脂肪酸不飽和化酵素の解析を行ったところ、△14位不飽和化酵素、△11位不飽和化酵素といったメス性フェロモンと同一の酵素の関与が示唆された。この結果により、アワノメイガ類において、△11位不飽和化酵素、△14位不飽和化酵素というメス性フェロモンの生合成に利用される酵素が、利用されていない種においても高度に保存されている理由が、オス性フェロモンの生合成に利用されているためであることが判明した。

また、アワノメイガ類では多様な成分組成のオス性フェロモンを有していることが明らかになり、メスの性フェロモンと同様に配偶行動時における種認識に貢献することで、メス性フェロモンとともに生殖隔離をより強固なものにしていると考えられた。

本研究では、△11位不飽和化酵素および△14位不飽和化酵素に着目してオスおよびメス性フェロモンの解析を行った。メス性フェロモンの生合成に利用されていると考えられていた2つの脂肪酸不飽和化酵素は、アワノメイガ類では、幅広い種においてオス性フェロモンの生合成にも利用されていることが明らかになった。オスおよびメス性フェロモン生合成系は共通の酵素を利用し、相互に影響しあいながら進化してきたと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、トウモロコシの重要害虫であるアワノメイガとその近縁種(以後、アワノメイガ類)におけるオスおよびメス性フェロモン生合成系の進化の過程を明らかにすることを目的として、性フェロモン生合成系の鍵酵素である脂肪酸不飽和化酵素に着目した比較解析を行ったものであり、その要旨は以下の通りである。

1.アワノメイガとアズキノメイガにおける脂肪酸不飽和化酵素の発現調節機構

アワノメイガは (E)-12- & (Z)-12-テトラデセニルアセテート(E/Z12-14:OAc)を、アワノメイガ類の一種アズキノメイガは、(E)-11- & (Z)-11-テトラデセニルアセテート(E/Z11-14:OAc)を性フェロモン成分として利用している。2種の性フェロモンの違いは、生合成に関与する脂肪酸不飽和化酵素が、アワノメイガではΔ14不飽和化酵素、アズキノメイガではΔ11不飽和化酵素と異なるためであると推定されていたが、2種ともに両酵素の遺伝子を持つことが示されており、この違いが起こるメカニズムはわかっていなかった。アワノメイガとアズキノメイガにおいて、Δ11不飽和化酵素とΔ14不飽和化酵素の発現をmRNAおよびタンパク質レベルで比較した結果、2種における性フェロモン成分の違いは、Δ11及びΔ14不飽和化酵素遺伝子の転写の制御により引き起こされていることが明らかとなった。

2.アワノメイガ類の脂肪酸不飽和化酵素の比較解析

国内に生息するアワノメイガ類のうち、アワノメイガ、アズキノメイガ、フキノメイガ、ユウグモノメイガ、ウスジロキノメイガからΔ11不飽和化酵素遺伝子およびΔ14不飽和化酵素遺伝子をクローニングし解析した。性フェロモン成分は種間で異なるにもかかわらず、調査した全ての種が2種類の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を保有しており、全ての種においてそれぞれ90%以上の相同性が認められた。

Δ11不飽和化酵素の転写解析および、性フェロモン前駆体分析を行い、性フェロモンとの比較を行った。ヨーロッパアワノメイガのΔ11不飽和化酵素は機能解析が行われており、ミリスチン酸(14:Acid)をE11-14:AcidとZ11-14:Acidの混合物に変換することが示されている。日本産アワノメイガ類のΔ11不飽和化酵素の解析を行ったところ、ヨーロッパアワノメイガのΔ11不飽和化酵素と同様にE11-14:AcidとZ11-14:Acidの混合物を生成するが、配列は異なるΔ11不飽和化酵素(ユウグモノメイガ)と、反応性が異なりE11-14:Acylだけを生産するΔ11不飽和化酵素(ウスジロキノメイガ)の2タイプの酵素の存在が新たに示された。

調査したすべての種がΔ14不飽和化酵素遺伝子を保有していたが、その転写はメスではアワノメイガの性フェロモン腺でのみ認められた。従来、アワノメイガでのみΔ14不飽和化酵素が性フェロモンの生合成に利用されていることから、この酵素(遺伝子)はアワノメイガが種分化する過程で新規に獲得したものと考えられていたが、アワノメイガ類の共通祖先が既にΔ14不飽和化酵素遺伝子を保有していたと推定される。

3.アワノメイガ類のオス性フェロモン

アワノメイガ類では、ヨーロッパアワノメイガでオス性フェロモンの存在が示されており、この性フェロモンが交尾の成否に深く関わっていることが示されている。ヨーロッパアワノメイガの利用するオス性フェロモン成分は、ヘキサデカニルアセテート(16:OAc)、Z9-ヘキサデセニルアセテート(Z9-16:OAc)、Z11-ヘキサデセニルアセテート(Z11-16:OAc)、Z11-ヘキサデセニルアセテート(Z14-16:OAc)である。国内に生息するアワノメイガ類のオス性フェロモンを新規に分析したところ、アワノメイガは16:OAc、Z9-16:OAcの2成分を、ウスジロキノメイガ、ユウグモノメイガ、アズキノメイガ(Eタイプ)、フキノメイガは16:OAc、Z9-16:OAcおよびZ14-16:OAcの3成分を、そしてアズキノメイガ(Zタイプ)は16:OAc、Z9-16:OAc、Z11-16:OAc、Z14-16:OAcの4成分を利用していた。メス性フェロモンと同様に、オス性フェロモンも種間において成分および混合比が異なっていた。

オス性フェロモンはその化学構造から、メス性フェロモンと同様の生合成系を経て合成されると推定された。すなわち、パルミチン酸(16:Acid)が脂肪酸不飽和化酵素による二重結合の導入を受け、そののち還元反応およびアセチル基の転移反応を受けて合成されると考えられる。そこで、オスの性フェロモン生産部位(腹部末端)における脂肪酸不飽和化酵素の解析を行ったところ、メス性フェロモンの合成に関与しているものと同一のΔ14不飽和化酵素とΔ11不飽和化酵素の関与が示された。また、オスにおける両酵素の遺伝子転写解析を行ったところ、全ての種の腹部末端で転写が確認された。

これまでメス性フェロモンの生合成にのみ利用されていると考えられていた2種類の脂肪酸不飽和化酵素は、アワノメイガ類では、オス性フェロモンの生合成にも利用されていることが明らかになった。この結果により、Δ11不飽和化酵素、Δ14不飽和化酵素という2種類の酵素が両方とも、メス性フェロモンの生合成への関与の有無にかかわらず、全てのアワノメイガ類で高度に保存されている理由が、オス性フェロモンの生合成に利用されているためであることが示唆された。また、アワノメイガ類は多様な成分組成をもつオス性フェロモンを有していることが明らかになり、メス性フェロモンと同様に配偶行動時における種認識に貢献することで、メス性フェロモンとともに生殖隔離をより強固なものにしていると考えられた。

以上、本研究はアワノメイガ類の性フェロモンの生合成系をΔ11不飽和化酵素およびΔ14不飽和化酵素に着目して詳細に調査・解析し、ガ類の性フェロモン交信系の進化の一端を明らかにしたものであり、学術上、応用上価値が高い。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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